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ごめん、ごめんなさい。

笑いを堪えている間にエレベーターは1階に着いたらしい。私は酔いなのか高揚感なのか判断出来ない上機嫌さで、葵君の手を引いてエレベーターの外へ出た。


「ちょっと、真奈美さん! 酔ってます? 」


ビルの外へ出る自動扉を通る瞬間、葵君のその言葉で何故か急に酔いが覚めた。酔いというよりは、目が覚めたのかも知れない。私は今だに困惑している彼の手をパッと勢い良く離してしまった。


「ごめん! なんか強引過ぎたね? 彼女達大丈夫だったかな? 」


「それは大丈夫ですけど、良いんですか?! 真奈美さん、だって、さっき……」


葵君の懸念も尤もだ。

いや、そもそもは彼が言い出した事だけど、私は彼女達に宣言してしまったのだ、葵君とお付き合いしていると。あの時は怒りが先だっていたし、この失礼な子達に一泡吹かせたい。その一心だった様に思う。酔っていたとはいえ、なんと大人気ない行いだっただろう。


しかも、私は少しの優越感さえ覚えていたのだから、救えない。そして、喧嘩に勝った様な高揚感を抱き、葵君の事は放っていた始末。独りよがりも甚だしい。


「酔いは覚めたよ。ごめんね、葵君。勝手な事して」


「いえ、元はと言えば、僕が言い出した事ですから」


私は葵君と会話しながらも、さっきの上機嫌が嘘の様に冷静になって来ていた。宣言はしたけれど、これで葵君には彼女達は当分どうこう出来ないだろうし、これは私お役ご免て言う奴なのではないだろうか?

そう思うと、心が冷んやりと冷たくなるのが分かる。


振り回されて、乗せられて。それではい、お終い……だからだろうか? 遊びが終わる寂しさにも似ていて、私は自重気味に乾いた笑いが漏れ出た。


「さて、さっきのでどうだったかな? 私の演技力。当分彼女達ちょっかい出して来ないんじゃない? もし出して来たとしても、私の名前出して匂わしておけば断る口実になるし、もうこれで」


「真奈美さんっ、失礼します!! 」


突然葵君が私の手を引いて抱きしめた。


訳が分からず目を見開く私だけれど、葵君は説明してくれない。何とか首を動かして様子を伺えば、さっきの子達がエレベーターから出て来るのが見えた。え、これはどちらかと言うと逃げた方が良いのでは? 何故抱き合ってるの??


混乱の一途を辿る私だったけど、ナツ……という子と目が合って分かってしまった。


彼女は他の誰よりも悲しげに此方を見ていたから。


その瞬間、この行動の意味が分かったと同時に、ずきりと胸が痛んだ。

確かに、彼女達は失礼な子達だった。けれど、こうやって私が吐いた嘘のせいで傷付けてしまったのだ。安易な優越感で、彼女の恋心を否定してしまった。


そう思うと、私は居たたまれなくなって視線を逸らした。手には必然的に力が籠る。そうするべきでは無いのだろうけれど、私は葵君の背中をぎゅっと握った。


ごめん、ごめんなさい。


私は心の中で何度も呟いた。

これは、私が、私の立場が痛くも痒くも無いからと請け負うべき事では無かったのだ。当人同士で解決させるべきだった。……例え時間が掛かったのだとしても。


暫くして、彼女達は駅の方へと行ってしまい、葵君と私はお互い何を言うでも無く、体を離した。


「すみません、真奈美さん。彼女達が見えたから、ついっ」


「良いよ、仕方ない事だった。うん、仕方ない」


「真奈美さん? 」


私は何故か泣きそうになりながら、葵君を見上げた。ほんの少しだけ、彼の方が背が高いのだ。きっと私は目尻に涙が溜まっていて、良い年をして葵君にはみっともなく映るかも知れない。けれど、そんな事はお構い無しだった。


「葵君。今更だけど、私達は最低な事をしたと思う。人を騙すのは良くないよ。況してや、傷付ける様な真似は今後2度としない事」


「ですが、真奈美さんも目の当たりにしたでしょう? 何度言っても、何度冷たくしても、彼女達懲りないんですよ」


「そう、そうかも知れない。けれど、葵君がちゃんと引導を渡してあげるべきだった。あれは私も悪かった。私も加害者だよ」


「加害者?! 大袈裟なっ」


慌てる葵君の両腕を両手でしっかりと掴み、私は彼の黒目がちな瞳を見つめた。


「葵君が、きちんと『好きでは無いから構わないで』と言えば良かった。それで、彼女の恋心は()()で終わった。私が終わらすのとは雲泥の差だよ。例え、なんと言われようとも。葵君。貴方ははっきり言っている様で、逃げ腰だったんだよ、彼女の恋心に。意味分かる? 」


「…………」


葵君の瞳が一瞬揺らいだ。きっと、彼の中で思う所があったのかも知れない。


「はっきりと断らなかったのは、僕の落ち度だと思います。……真奈美さんにも迷惑をかけて……けど、そうでもしないと、どうすれば良いか分からなかったんです! 真奈美さん、貴女と付き合うにはこれしか思い浮かばなかったから、僕はっ」


葵君のその言葉に、私は雷に打たれたのかと思う程、頭の中がはっきりとして、自分の中でかなりの衝撃を受けた。そうか、私はだからモヤモヤと踏ん切りがつかなかったんだ。

そう思った時には、私の口は勝手に動いていた。


「……葵君、もう辞めよう? 」


「ですが真奈美さん! 」


「私は、貴方とは付き合えない。貴方は貴方らしく振る舞える相手と付き合うべきだよ。嘘ついて、大人ぶって、それで無理矢理繋ぐ関係は長続きしない」


「…………」


「私ね、どうしてこんなに憤っていたのかやっと分かった。葵君、貴方は『恋愛感情無しで』って言ったよね? でもおかしいの。だって葵君から少なくとも好意は感じてたし、私もちょっとだけど好意があった。なのに、変だよ、そんな付き合い方。きっと、葵君は最初の印象最悪な方が良いと思ったのか、奇をてらったのか、はたまた純粋に彼女達に困り果てたのかは……それはもう良いんだけど、やり方は間違っていたと思う」


「…………」


彼はどう思っているのか、ふい、と私の視線から目を背けた。私はそれでも、両手で掴むのを辞めなかった。伝えたい事はまだあるのだから。



「だからね、もう一度やり直ししてくれない? 」



「やり直し……? 」




青ざめた葵君に対して、私は満面の笑みで頷いた。




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