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白の聖女の救世譚(エイプリルフール一発ネタ)

「あ、あの、わたし、頑張ったんッスよ。先輩のために、めちゃくちゃ頑張ったんス」


 ――そう言って。

 目前に立ったそいつ・・・は、いつかのように俺を見上げていた。

 いつも俺のうしろを付いてまわって、こちらを信頼しきった笑みを浮かべて。

 まるで人懐っこい犬のようだった。

 周囲の全てから疎んじられていた俺を、唯一慕ってくれた少女だった。


 そいつと俺は、なにもかもが正反対だった。


 俺は世界のあらゆる生命から忌み嫌われる、黒の属性を持って生まれた。

 だから当然のこととして生みの親には捨てられ、自由と平等、そして博愛を謳う教会にすらも見放され、都市の最も濃い闇の中で生きてきた。

 誰にも手を差し伸べられなかった俺が、それでも生き抜くことができたのは皮肉にもこの身に宿った闇の力のおかげだった。

 不死身に近い生命力。

 肉体年齢にそぐわぬ常人離れした膂力。

 そして、白を――生命を侵す黒の魔法。

 それらが俺をかろうじて生きながらえさせたのだ。


「え、えへへ……だから、先輩も褒めてくれるっスよね……?」


 そうやって孤独に生きていた俺は、ある日、寝床にしていた路地裏の片隅でこいつと出会った。

 貴い血筋の、妾の子だったらしい。

 本妻とその子に疎まれて、当主の知らぬ間に放逐された。

 ありとあらゆる陵辱、暴力を受けて、都市の暗闇に打ち捨てられた。

 普通であればとっくに死んでいてもおかしくない惨状だった。

 

 しかし命を落とすことはなかった。

 俺と同じように、こいつにもまた特別な力が隠されていたからだ。

 命の危機に際して覚醒したのは、俺とは真逆の――白の属性。

 人々が、教会が、世界が崇め奉るもの。

 それを持つものには、聖人として、聖女として、約束された栄光の未来が待っている。


「ほ、ほら、いつかみたいに、撫でてくださいよ。よくやったなって、あのときみたいに」


 常人であれば死ぬほどの怪我をたったの一晩で癒したこいつは、教会に向かえば一生遊んで暮らせる幸福な未来が待っているはずのこいつは、しかし怪我が治ってもその場を去ることはなかった。

 死人のような顔をして、膝を抱えて、ぼんやりと座り込んでいるだけだった。


 面倒ごとには関わり合いたくない。

 だから俺は、そいつをいないものとして扱った。

 

 そのまま一日経って、二日経って、三日経って――あまりにもそいつのお腹の音がうるさかったから、仕方なく俺は、その日の収穫――カビの生えたパン。ごちそうだった――をくれてやった。

 いい加減目障りだったというのもある。


 それをやるから、とっととどっかに行け。


 そう吐き捨てるように告げたというのに、どうしてかそいつは泣き出して。

 抱きついてきて。

 驚いた俺は蹴り飛ばして。

 けれどそれでも縋り付いてきて。


 ――仕方なく、そのまま放っておくことにした。

 くれてやったパンをとりあえずそいつの口に押し込んで、泣きながらあぐあぐと口を動かす阿呆みたいな姿を見やって、ため息。

 そういえば、誰かの体温を感じたのは、初めてかもしれない。

 そんなことを、ふとこのときの俺は思ったのだ。


「これで、先輩の夢が叶うんですよ。まちがいないっス! だから、ほら」


 それから、こいつはなぜか俺につきまとうようになった。

 さっさと教会に行けと忠告してやったというのに、それを無視して、俺のあとをついてまわった。

 俺に名前なんかなかったから、いつの間にか俺のことを先輩と呼ぶようになり(仕方なしに路地裏での生き方を教えてやったせいかもしれない)、なにが楽しいのかいつもニコニコと笑っていた。

 

 そう、ちょうど今のように。


「…………」


 あれから、十年の時が流れた。

 年齢相応に背が伸び、体つきも女らしくなり、その容貌はもう少女と呼べるものではなくなっている。

 美しい、女だった。

 俺の黒髪黒眼とは似ても似つかない、金髪金眼。

 まるで光を放つかのような輝きに満ちた、華やかな姿。

 

 だというのにその表情だけが、いつまでも幼い子供のままだった。

 俺に褒められるのを待つ、無邪気な少女のままだった。

 

「……どうして。どうして、だ。どうして、お前は、こんなことを」


 呻くような声が、喉から漏れた。

 その言葉に、そいつはきょとんと首をかしげる。


「だから、言ったじゃないッスか。先輩のためッスよ。これで、先輩の夢が叶うんですから」


 両腕を広げて、屈託のない笑みを浮かべる。

 けれど。

 けれど――俺たちの周囲に広がるのは。




「先輩のために、頑張って殺したんです。いっぱいいっぱい、たーくさん殺したんですから」




 屍。

 屍の山。

 老若男女。貴族。兵士。平民。ありとあらゆる人間の骸で築かれた、おぞましき死の山。


 街が、燃えていた。

 壊されて、潰されて、なにもかもが台無しにされていた。


 それを為したのが、こいつだった。

 俺の目の前に立つ、こいつ。

 五年前、教会の人間に連れていかれ、聖女として奉られることになったはずの女。

 

「先輩、言ったッスよね。いつか、周囲のやつらを見返してやるのが夢なんだって。誰もが認める英雄になってやるんだって」


 およそ十万の人間を殺し尽くした、かつて聖女と呼ばれていた女は、笑う。

 笑って、告げる。


「世界の敵になったわたしを殺せば、先輩の夢は叶いますよ。あの女じゃなくて、あいつじゃなくて、わたしだけが、先輩を英雄にしてあげられるんです」


 ――それは。

 そんなことは。


「白の属性の、天敵。白を殺せるのは、黒だけ。だからこそ忌み嫌われることになった黒。けれど逆に言えば、本来崇め奉られる白が世界の敵となれば、それをどうにかできるのは黒――あなただけなんですよ、先輩」


 見栄、だった。

 こいつの前で格好をつけたくて、昔、英雄などという言葉を口にしたこともあった。

 しかし本当は、そんなことこれっぽっちも望んではいなかった。

 なぜならばその頃の俺は、満たされていたからだ。

 いつしか、満たされてしまっていたから。

 こいつと出会って、付きまとわれて、そうして、いつの間にか――。

 だから俺は、こいつがただ幸せになれればいいと、それだけを。


 なのに。

 どうして。


「でもまあ、よく考えたらこの程度・・・・じゃあ、ちっとも世界の敵とは言えないッスよね。せめて、世界の半分・・・・・ぐらいは滅ぼさないと」


 これじゃあ、先輩が褒めてくれないのも当たり前ッスかね――なんてことを言って。

 そいつは、頬を掻いた。

 照れくさそうに。

 

「もう少し、待っていてくださいッス。もっともっと、たくさん殺しますから。先輩のために、捧げますから。だから――」


 今はこれだけで我慢しておきます。

 そう呟いたそいつは、呆然として動けない俺の手を取ると、ぽすりと自分の頭の上に乗せた。

 えへへ、といつかのように、笑う。

 笑う。

 笑って。




「世界の半分がなくなったら、わたしを殺しに来てくださいね――先輩」




 そうして、あいつは俺の前から去っていった。


 白魔と呼ばれる化物が世界中に現れるようになったのは、それから半月ほどあとのことである。

 そして堕ちた聖女が、魔女――或いは魔王と呼ばれるようになったのも。 

 

 




          **********






 ――これは、英雄が世界を救うまでの物語。

 世界だけしか、救うことができなかった物語。


 




          **********






タイトル:《白の聖女の救世譚》


 




          **********






「わたしが……わたしだけが、先輩の魂を救えるんだ。

 絶対に、あのひとを世界の敵になんか、させない。

 あんな結末エンディング、絶対に認めてやるものか……!」  



 



          **********






タイトル:《■の聖女の救世譚》


 




          **********






タイトル:《■の■■の救世譚》

 

 




          **********






タイトル:《■の■■の■■譚》

 

 




          **********






タイトル:《■の■■の英雄譚》


 




          **********






タイトル:《■の勇者の英雄譚》


 




          **********






タイトル:《黒の勇者の英雄譚》


 




          **********




 


「もしも、また生まれ変わることができたら。

 今度こそ、一緒の高校に通えたら、いいなぁ……ね、せんぱい」



 

  

 

続きません。

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