【短編】ひねくれコウモリと空飛ぶペンギン
昔々、その森では獣の友達と鳥の友達がケンカをしていました。
「木は地面から生えている。だから森は藪に住んでる俺達、獣のものだ」
獣のボスである熊さんが言うと、
「それは違うぞ。たくさん木が生えてるから森なのじゃ。だから森は木の上に住んでいる鳥達のものじゃ」
鳥の長老であるフクロウさんが言い返します。
そんな森で生まれ育ったコウモリさんは獣のような牙を持ち、鳥のように空を飛ぶ事が出来ました。だから獣さんとも鳥さんともお友達になれました。
そんなコウモリさんでしたが、獣達と鳥達が仲直りした時、獣と鳥どちらとも仲良くしていたのが知られてしまいます。
ある日、コウモリさんが藪の中にある獣の集会場へと出かけました。
すると獣達のボスである熊さんが言いました。
「お前は鳥の仲間なんだろ、あっちへ行けよ」
「ふん、空も飛べないうすのろどもの獣のくせに。あんな奴らこっちから願い下げだ」
この日からコウモリさんは藪の中に入らなくなりました。
次の日、コウモリさんが木の上にある鳥の会議場にいきました。
すると鳥達の長老であるフクロウさんが言いました。
「お主は獣の仲間なんじゃろう? あちらに行ったらどうじゃ」
「なんだいなんだい。角も牙もない弱っちい鳥のくせに。あんな奴らこっちから願い下げだ」
この日からコウモリさんは木の上で眠らなくなりました。
「邪魔だよ、コウモリ」
「あっち行けよ、コウモリ」
次第に森に住む獣達や鳥達からいやがらせを受けるようになりました。コウモリさんは森の外れにある寒くて暗くて何だかいつもじめじめとしているほら穴へと追いやられてしまったのです。
みんなが起きている昼間には森に入れることが出来ませんので、みんなが寝静まった真夜中にひっそりと森に入り、食べ物を探すようになりました。
「ざまあみろ」
「せいせいしたぜ」
ひとりぼっちになってしまったコウモリさんを獣達や鳥達が笑います。
「あーほら穴はいいな。らんぼうな獣もいないし、くちうるさい鳥もいない」
コウモリさんは笑われるたびにそう強がっていいました。
しかしその横顔は何だかちょっぴり寂しそうでした。
そんなある日、森にペンギンくんがやって来ました。
ペンギンくんは鳥の一族の会議に出ました。
「フクロウさんフクロウさん。僕と友達になってくれませんか?」
「ペンギンくん、飛べない君は鳥ではない。だから友達にはなれないんじゃ」
「……そうですか」
ペンギンくんは悲しそうに言うと木の上から降りました。
次の日、ペンギンくんは獣の集会に出ました。
「クマさんクマさん。僕と友達になってくれませんか?」
「ペンギンくん、角も牙もないお前は獣じゃない。だから友達にはなれないぜ」
「……わかっていました」
ペンギンくんは悔しそうに言うと藪の中から出ていきました。
ペンギンは自分の居場所を探そうと森の中を歩き回りましたが、とうとう居場所は見つけられませんでした。
そして森の外れにあるほら穴へとたどり着きます。
「誰だお前」
「はじめましてコウモリさん、僕、ペンギンです」
「そのペンギンが何の用だ?」
「僕、鳥さんとも獣さんともお友達になれなくて困っていたんです。コウモリさん、僕とお友達になってくれませんか?」
「嫌だね。空も飛べない、牙もない、そんなお前と友達になれるわけないだろう?」
「でも、僕はお友達が欲しいんです」
「悪いが俺は友達なんて欲しくない」
コウモリさんはそう言ってそっぽを向いてしまいました。
コウモリさんは友達なんてこりごりだと思っていました。だって、昔は獣達とも鳥達ともお友達でした。森に住んでいる全員と仲良くしていたのです。それなのにみんなが仲良くし始めたらきゅうに仲間外れにされてしまったのです。
――俺はただみんなと仲良くしたかっただけなのに。
コウモリさんはこんな悲しい思いをするくらいなら友達なんていらないと思っていたのです。
しかしペンギンくんは諦めません。
「じゃあ友達になれなくてもかまいません。せめてこのほら穴に住まわせてもらえませんか?」
食い下がるペンギンくんにコウモリさんはそう返しました。
「止めておいたほうがいい。ここはとっても住みづらいぞ。いつも寒くて暗くてじめじめとしているんだ」
それを聞いたペンギンくんはきょとんと首をかしげます。
「そうですか? 涼しくて眩しくなくてしっとりとしてて、とても素敵な場所じゃないですか」
「……じゃあ勝手にすればいいさ」
コウモリさんは仕方なさそうに言いました。
でも、その横顔はとても嬉しそうでした。
寒くて暗くてじめっとしているほら穴を、ペンギンくんが素敵な場所だと言ってくれた事が、コウモリさんには何だかとても誇らしかったのでした。
こうしてコウモリさんとペンギンくんは森の外れのほら穴で一緒に暮らし始めました。
「おはよう、コウモリさん」
「ああ、おやすみ、ペンギンくん」
ペンギンくんが朝起きるとコウモリさんは眠ります。
「こんばんは、コウモリさん」
「やあ、おはよう、ペンギンくん」
夕方、ペンギンくんがほら穴に帰ってくるとコウモリさんは目を覚ますのです。
「いってらっしゃい、コウモリさん」
「いってらっしゃい、ペンギンくん」
夜にペンギンくんがお見送りをしたら、お昼にはコウモリさんが同じ事をするのです。
「きれいな朝日ですね」
「ああ、きれいな夕焼けだ」
同じ青色と赤色が混ざり合うふしぎな空を見てふたりは言いました。
ペンギンくんはほら穴の入り口に立ち、コウモリさんは入り口の岩にぶら下がって過ごすようになりました。
四季折々の景色をほら穴の入り口が額縁のように切り取ります。
春には夢の世界にいるような色とりどりのお花畑を眺め、夏にはむせ返るような新緑の匂いをかぎ、 秋には夕焼けよりもなお赤い紅葉に驚かされ、冬にはきんと耳鳴りがするような静寂の中を過ごしました。
ふたりが一緒に居られるのは朝と夕方の僅かな時間だけでしたが、いつしかその短い時間がふたりにとってかけがえのないものとなっていったのでした。
そんなある日、ペンギンくんが川で魚をつかまえていると大きな地震が起きました。
とても大きな地震でした。
川に入っていたペンギンくんは無事でしたが、森ではたくさんの木が倒れ、そのせいでたくさんの藪がつぶれてしまいました。
もしかしたらほら穴も同じようになっているかも知れませんでした。
「たいへんだ、戻らなきゃ!」
ペンギンくんは川を下り、いそいでお家に戻りました。
そんなある日、コウモリさんがほら穴で眠っていると大きな地震が起きました。
とても大きな地震でした。
ほら穴ではたくさんの岩が倒れました。コウモリさんがぶら下がっていた岩も落ちました。そしてコウモリさんはほら穴の中にある川へと落ちてしまいました。
「うわ、助けてくれー!」
泳げないコウモリさんはぶくぶくと泡を吐きながら溺れてしまいました。
――ペンギンくんは無事かな。
コウモリさんは溺れながらこんな事を思いました。
木につぶされて怪我をしていないでしょうか。ペンギンくんは牙も翼もないのろまでよわっちいやつです。だからとっても心配なのでした。
――ああ、このまま俺は死ぬのかな。
コウモリさんは最後にもういちどペンギンくんに会いたいと思いました。コウモリさんはいつのまにかのろまでよわっちい、でも誰よりも優しいペンギンくんが大好きになっていました。
もう一度、お友達になりたいと思っていたのです。誰かとではなく、ペンギンさんとお友達になりたいのです。
でも死んでしまったらもうお友達にはなれません。
コウモリさんは後悔しました。こんな事になるのなら素直に友達になってくださいと言えばよかったと思ったのでした。
「コウモリさーん!」
そんな時、ペンギンさんが現れました。
ここに来てはいけないとコウモリさんは思いました。岩が落ちてきて危ないからです。しかしペンギンさんはとても泳ぐのが上手でした。落ちてくる岩をすいすいと避けてしまいます。
「大丈夫、コウモリさん?」
ペンギンさんはまるで空を飛ぶような速さで川の底まで来ると、大きなくちばしでコウモリさんを捕まえました。そのままほら穴を出てコウモリさんを助け出します。
「ありがとう、ペンギンくん。きみはじつはすごい奴なんだな」
助けてもらったコウモリさんは今度こそ素直になろうと思いました。
「コウモリさんのほうがすごいですよ。あなたには大きな牙と翼がある」
「いやペンギンくんのほうがすごいよ。きみには大きなヒレとくちばしがある。なによりとても優しい。これは俺には絶対に真似が出来ない」
「でも、コウモリさんはひとりで生きられる強さがあります。僕にはそんな強さはありません」
ふたりはお互いを褒めあいます。
「ペンギンくん、きみは命を助けてくれた恩人だ。何でも言ってくれ」
「コウモリさん、あなたはほら穴に入れてくれた恩人です。何でも言ってください」
そうしてふたりはお互いの願いを聞くことにしました。
「コウモリさん」「ペンギンくん」
ふたりは何もかも正反対でした。
コウモリさんは牙も翼も持っていて、ペンギンくんは持っていません。
ペンギンくんはほら穴が大好きで、コウモリさんは大嫌いです。
コウモリさんはお昼に眠り、ペンギンくんは夜眠ります。
ペンギンくんは朝日が好きで、コウモリさんは夕焼けが好きです。
「俺と」「僕と」
ペンギンさんはひとりぼっちでした。
コウモリさんもひとりぼっちでした。
「友達になってください」
でも、いまは――――