第八十話 始まりの村物産展その2
ただでさえ地熱で暖かな集落が今さらに気温を上げていた。
それは天災や魔獣の攻撃では無く、一人の男の仕業である。
「うおおおお!なんじゃこれはうまいぞおおおお!!」
「ちょっと!それはあたしんだよ!あんたのはそっち!」
「お!おかわりもあるのか!?」
「この野菜、甘いぞ!」
「肉が!肉が!ああ!肉が!」
最初は一人一人に配膳していたが、面倒になってセルフにした途端騒ぎが大きくなってしまった。
予定では鍋を食べて貰いながら使われている素材や、その入手法などを説明して始まりの村と同じ流れに持って行くつもりだったのだが、そうはいかなかった。
この集落には始まりの村と決定的な違いがあった。それは人種等という単純な話では無い、もっと業が深い物だった。
「……そうか、そうだよな……はあ……仕方ない……」
いつの間にか勝手に料理をし始める女達、それを受け取り盛り上がる男達……
いつしかユウもボックスから作り置きをいくつか出し、テーブルに並べていた。そして……
「もう我慢できねえ!俺も飲むぞおおおおお!!!」
そう、この集落には酒が存在しているのだ。
マサモ……、どう見てもサツマイモにしか見えない其れから作られた酒……。
一口飲むと想像通りの味、そう芋焼酎。
芋焼酎に目が無い俺は其れからの行動が速かった。既に良いくらいに酔っ払っていたパンを見つけるやいなや、氷を出させた。パンもパンでノリノリで山のように氷を出しロックで飲み始めたから結果オーライだろう。
「うむ、やはり俺はロックが好きだな」
野菜の煮物をつまみながら飲んでいたが、そんな俺の姿を住民達は見逃さなかった。変わった飲み方をしている、酒好きが真似をしないわけが無い。次々に氷に飛びつき、ロックで飲み始める。
「旨いな……」
「ああ……マッサにこんな飲み方があったなんてな……」
地熱でかなり暖かい集落だ、冷えた芋焼酎……マッサはとても旨かったに違いない。
「君たち、外に沢山氷があると思うけど今まで誰も試さなかったのかい?」
ふと頭に浮かんだ疑問を口にすると、あーね、という顔をされる。
「いやあ、そう言われちまえばそうなんだが……外寒いだろ?」
「うんうん、寒い寒いって戻ってきたらさ、マッサのお湯割りを飲んじゃうんだなこれが」
なるほど、確かに外は酷く寒い。いくら部屋の中が暖かくても冬の帰り道は熱燗の事ばかり考えていたし、コンビニでビールを買う気なんて起きなかったものなあ。
妙に納得し、さらにマッサを口に運ぶ。飲めば飲むほど旨い。
気づけば集落全員がコップ片手に氷に群がり陽気に笑い合っている。端から見れば大量のオッサンと猫耳幼女が群がっているようにしか見えないが、酒を飲める年と言う事でみんな成人なのだろう。
……いやまて、年齢の概念が無ければ成人の概念も無いのかな……?
ふと、気になって年齢チェックをして見ようと思ったがやめておいた。お酒は二十歳から、それは俺達の世界の概念であってこの世界では通用しない。始まりの村は酒の概念すら無かったのできちんと制定するつもりだが、俺が来る以前から酒が存在していたここでそれをやっても受け入れられることは無いだろう。
だったらはじめから気にしない方が精神衛生上よろしい。
と言うわけで全てを投げだし氷の山に飛びついたのだった。
―――
――
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……頭が痛い……。頭が痛いです……。
多少頑丈にされているはずのこの身体を持ってしても奴、二日酔いには勝てなかったよ……。いつの間に出したのか分からないテントの中には見えてはいけない物が見えそうになって爆睡している女神と……あれ?ルーちゃんが居ない。
ボックスから水が入った樽を出し、桶に注ぎ顔を洗う。幾分かスッキリしたのでテントから出るとクロベエとヒカリも居ない。
じゃあ、そこらの人に聞いてみようかと思えば……
これは……酷い……。
何も知らない物がここに訪れたらきっと襲撃された後、そう思うことだろう。様々な物が散らばり、それに混じってポツポツと落ちているヒゲと猫耳。そのどれもが良い笑顔でぐっすりと眠っている。
ドワーフは酒に強いはずなのに……と思ったが、恐らく朝まで飲んでいたのだろう。その証拠に何人かは大分小さくなった氷山から氷を削り、未だ黙々と酒を飲んでいた。
「……あんたらまだ飲んでたの」
「おお、ユウ!夕べはありがとな!あんなに笑ったの初めてだよ!」
「ほんとね!あんたの踊りめちゃくちゃ面白かったわ!」
……踊ったのか……踊ったんだな……。飲み会後、あった友達や知人から「あの時のお前」と言われる事ほど恐ろしい事は無い……。
俺の場合、絡み酒にはならないらしいのだが、とにかく陽気になって妖しい踊りや歌等を披露してしまうらしいからだ……。踊ったんだな……
落ち込んでばかりはいられない。ルーちゃん達の事を聞かなくては。
「ん?あんた達と一緒に来た子かい?デカいの二匹連れて奥に向かったよ」
「危ないからってとめたんだけどねえ、クロベエ達がいるし、私は平気だからって行っちゃったんだよ」
奥、ってことはダンジョンか?ルーちゃんは使役の力があるとは言えそれは野良にのみ効く力のはずだ。恐らく既に別のダンジョンコアの元に居る魔獣達には効果が無いはず。
クロベエとヒカリはそれなりに強いが、何かあってからじゃ遅い。
テントに戻るとパンの尻を叩いて起し、事情を話す。
セクハラだ何だと騒いでいたが、ルーちゃんがダンジョンに向かったことを聞くと直ぐにシャキっとした顔になる。
「……気がつかなかった……ごめん、ユウ。私が居ながら……」
「いや……俺も爆睡してたから……とにかく急ごう、何が起こるか分からないからな」
念のためにスマホランスを装備してダンジョンへ続く道を急いだ。