第七十六話 胸躍る冒険の日々
ガタゴトガタゴト ガタゴトガタゴト
馬車…、もとい猫車が荒野…もとい、原野を走る。
以前から旅の時には絶対に乗ろうと作っていた馬車。
間抜け(パン)のおかげで一度家に戻る羽目になった時、ついでだから使うことにしたのだ。
そもそも今回の旅では馬車を使う予定は無かった。これはそのうち馬型の魔獣を見つけたらルーちゃんに使役して貰って使う予定だった物で、少なくともクロベエ1頭では少し荷が重すぎるものだ。
ガタゴト ガタゴト……
馬車を引くのは黒い魔獣と白い魔獣。仲睦まじく2頭の猫が"猫車"を引いている。
「クロベエ、疲れてないか!?変わろうか?」
「馬鹿だな、お前も一緒に引いているじゃ無いか」
「あ!そっか!」
黒いトラ猫と白猫がどうでも良い会話をしながらイチャイチャと引いている。はあ、連れてくる予定じゃ無かったんだけどな……。
パンの大間抜けなミスにより我々は涙ながらに別れた村に戻るという辱めを受け、さらに「後は任せたぞ!何かあったら直ぐ連絡をしろ!」とビシッと後にした自宅に戻るという辱めを受けたわけだが、急いだとは言え、家に戻る頃にはすっかり日が落ちていたため、旅の初日で自宅泊という情けない目に遭ったのだ。
問題は翌朝で、ダンジョンから出て見回りに来ていたヒカリに見つかってしまった。
涙ながらに別れたクロベエが目の前に居る、我慢をして送り出したのに現れてしまったのだ、迎えに来てくれたと勘違いをして歓喜の涙を流されてしまった。
「あんたこれ…、勘違いだ、ただ戻ってきただけだって言える?」
「どの面下げてそんなこと言ってるんすかねえ、あんたは…」
そんなわけで妥協案として馬車を使うため戻ってきた、馬車は2頭必要だからヒカリも来いと言い訳をし、フロアマスター不在の責はパンに押しつけることにした。
「おら、今日のノルマだ行ってこい」
「うう…私女神よ…偉いのよ…うう…」
どこかの駄女神のようにグズりながらもダンジョンに転送していった。そう、女神だ。パンは女神なのでその気になれば何処にだって転送することが出来る。
なので旅の間は罰としてヒカリの代わりに2階層の見回りをさせることにしたのだ。
その気になれば全員を転送させることもできそうなもんだが、旅の良さが失われる行為はこっちから願い下げだ。
よくある異世界のように賑やかな街が有るわけでも無いが、見知らぬ土地へ向かってノンビリ馬車を走らせるのは良い物だしね。
でまあ、よくある異世界であれば、こうやって馬車で走っていれば盗賊が来たり、それに襲われた商人の馬車があったり、そこから美少女が生えてきたり、貴族の屋敷に招かれたり…陰謀から貴族を救って感謝されたり…美少女に惚れられたり、美少女に惚れられたり、ケモ耳に惚れられたり、惚れられたり惚れられたり…色々有るはずなのだが!
「みーーーごとになんもおきねーーーー胸躍る冒険の日々は?一体何処にあるんだーーーー!!!」
「そりゃそうよ、私の世界だもの」
いつの間にか戻ってきたパンが突然つっこみをいれる。
「うわ、びっくりした!急に出てくんなよ!」
「ダンジョンは平和そのものだったわ。ついでに1階層も見てきたけど狩人達なかなかやるようになったわねー。賑やかしのタルットが二匹に増えてたわよ。一匹だとギリギリなんだってさ」
「へえ、彼らの楽しみのためにもダンジョンをもっともっと強化しないといけないな」
「そうねー……あ、お腹空いたわよ。ご飯にしましょうよ」
突然帰ってきて突然飯を提案とは良いご身分だ。ああ、女神様でした。
馬車を適当に停め、昼食の用意を始めた。
ボックスから魔道コンロを取り出し適当にスープを作る。クッカの肉とムックルにタマナを入れた簡単なスープだ。それに白パン。クロベエ達にはリブッカの肉を焼いたものを出してやる。
匂いで目を覚ましたルーちゃんが馬車から降りてきた。
「寝てたー。今どの辺ー?」
「おはようルーちゃん。おら、女神様ルーちゃんが現在地をご所望だ」
「なによ偉そうに!えーっとね…今は目的地まで半分以上来たところね」
寄り道をする村も無く、謎の遺跡も無く、盗賊も、出会いもなーーーんもない我々の旅は順調以上に順調でたった4日でこんな所まで来てしまっていた。
とは言え、ちょっとした旅気分を味わえる変化も起きていた。
常春だった景色から一転し、朝には霜が降りるような晩秋の様な気候になっていた。
とは言え、女神のガバガバ設定により「秋」ではなく「冬」固定の地域に向かっているため、晩秋というよりは初冬といった方が正しいのだろう。
無論、寒くて寒くて仕方が無いわけだが、弱みを最大限に利用しパンをパシらせ防寒具を買ってきて貰った。無論、金はパンの財布からである。
さらに「ルーちゃんが風邪を引く」とパンの過保護が発動し、馬車の周辺は緩く暖められているため実は防寒具を着ていると暑いくらいなのだ。
異世界らしいイベントが起きないばかりか異世界らしい苦労も無い、そんな妙な旅を我々はしていた…のだが……。
「ユウ、誰か来るぞ」
「ユウ様、あれは人ではないか?」
猫共が早々に感知した気配に一応警戒をするが、うっすらと見える人影にそれを緩めた。
フラフラとこちらへ向かってくるのは身長140cmくらいの小さな人影だ。
もこもこに着込んだ人影は、突如として視界から消えた。
「ユウ、倒れたみたいだ」
「ユウ様、助ける?」
「うん、助けよう!クロベエ!連れてきてくれ!ヒカリ、用心のため一緒に行って!」
小さな人影目がけ、2頭の魔獣が向かっていく。とうとう来たか、人助けイベントが。
俺のハーレムが今ここに始まったのだ。