第六十一話 リブッカ
今日は狩りのため女神の泉に来ている。
念のため、ルーちゃんも連れてきて話が通じそうな魔物を探ってみたが、狩りで入る範囲に現れる魔獣は該当しなかった。
ヒッグ・ホッグのようにある程度手強い連中じゃなければ知性が芽生えないのだろうか?ということはリブッカ辺りならスカウト出来るかもしれないな。
しかし参ったな、元々の予定では二度目の来訪までにクロスボウに慣れておいて貰い、リブッカを狩って武器の効果を見せると共に狩人としての自信を取り戻して貰う……、それだけの予定だったんだが、あれから事情が変わってルーちゃんの"お友達"も増やす必要が出てきた。
リブッカは恐らく知性があるタイプだ。となると一緒に行動するのは……だめだな。
「おい、パン、ちょっと」
パンを呼び、今日の予定を相談する。
俺達狩人グループは以前と同じルートを通り、リブッカを狩る。
パンとルーちゃんコンビは狩人グループとは逆方向に入りリブッカをスカウトする。
ついでに見知らぬ魔獣で話が通じるヤツがいればそれもスカウトすれば良いだろう。
「でもあれよね、別方向で狩りつつ仲間にスカウトするってアレよね」
それはそれ、これはこれだ。案外ドライな関係かもしれないぞ。ボスが変わってラッキーくらいに思ってたりさ」
「ま、気にしちゃ負けよね。私たちもドライに行きましょ、ドライに」
ルーちゃんもまた、案外割り切ってくれている。お友達はお友達、肉は肉ということらしい。
それもまたアレな話だが、優しすぎて全魔獣保護!狩り反対!肉禁止!なんて騒がれるよりよっぽどマシさ。
計画しているアレの件に関しても、ゲーム感覚と言うことで割り切ってくれたし、ほんと良いダンジョンコアに育ちそうだぜ。
話がまとまったので、パン達と別れ森の奥を目指す。
キンタが持ってるのはこの村産のクロスボウだ。
俺が渡したのはあくまでも貸与ということで、返してもらった。
残り2台は狩人達の共有財産として所持してもらい、慣れるために若い連中達で順番に使ってもらうことにした。
「ユウ、これ本当に貰っていいのか?」
「ああ、良いぞ。それはキンタ専用だ。優れた狩人として指導役になって欲しいのと、村長の特権だと思ってくれ」
「残りの2台は順番に使うってことだが、ゆくゆくは全員分そろえて弓とつかいわけてえな」
「俺があげられるのはその3台までだからな。後は自分たちで稼いで買ってくれよな」
「そうか、ユウが考えたあの仕組みだな、通貨とかいう。ちなみにどれくらいの金を用意すれば良いんだ?」
「材料として結構鉄を使うからな。本体が200リパン、そうだなリブッカ1頭分か、それより少し多いか。
矢は木の矢だと10本20リパンで、鉄は10本100リパンだ。10リパンで5日分くらいの肉を買えるな」
凄いため息が聞こえてくる。そりゃそうだ、これにめげずに頑張って稼いで欲しい。
今日はあくまでもリブッカ狩りだ。欲を出して狩り場を荒らさないよう、ひたすら移動に費やしているのであっという間にポイントに到着した。
リブッカの縄張りを見つける方法は簡単だ。トナカイのような立派なツノを生やしているが、それを木に擦りつける習性があるそうだ。
縄張りを示すためだとも、伸びすぎないようにするためだとも言われているが、それによって木に傷がつくのだ。
なので傷がついた木があったらリブッカの縄張りだということで、狩人達は即座に逃げ去っていた……というのは今日までだ。
「よし、リブッカの縄張りに入ったな。逃げるのは今日でおしまいだ!俺も買い取るから沢山狩ってくれ!」
「「「おー!!!」」」
って、やばいやばい。狩りに来てたんだった!逃げられてしまう……わけがなく、逆に呼び寄せてしまったようだ。
◇
声に驚き逃げるのは本能で敵だと、勝てない相手だと認識している場合だろう。逆に獲物だ、勝てる相手だと認識した場合はどうだろうか?
こんな話を聞いたことがある。山を歩く人を襲い、その持ち物である食料の、人の味を覚えた羆は熊よけの鈴やラジオの音を聞くと「獲物が居る」と判断し逆に寄ってきてしまうことがあるという。
人間をなめきっているリブッカの場合、良い玩具がやってきたとばかりに足音や声を聞くと寄ってくるようだ。それを証明するかのように、岩の上から大きなリブッカが見下ろしている。
かつて人間に敗れたことがあっただろうか?(俺がスマホで狩ったけど)いや無い。自信満々の姿でやれるもんならやってみろと悠々と立っている。
「キンタ、奴さん余裕の顔をしているぜ?見せてやりなよ練習の成果をさ」
キンタは緊張しつつもニヤリと笑いクロスボウを構える。狙いは頭、その一点だ。
幾度となく狩人と遭遇し、そのたび矢をはじいて返り討ちにしていたリブッカからすれば懲りずに矢を向ける狩人が滑稽に見えていた。
形は違えどあれはいつもの飛び道具だ。あんなもので自分の身体を貫けるものか、矢が弾かれ呆然としたところをツノでついてやろう,そう思っていた。
だが、どうだ。自信が無さそうないつもの顔とは違い笑っているでは無いか。おかしい。いつもと様子が変だ。それになんだあの魔獣は。見たことが無い魔獣が人間を襲うでもなく退屈そうにこちらを見ている。
ゾクリ、寒気と共に嫌な予感がした。普段であれば絶対に感じない死の気配。ラウベーアと遭遇した時以来の緊張感だ。逃げろ、本能がそう警鐘を鳴らしている。逃げる?人間から?馬鹿な!だが、この予感は不味い。一度逃げて様子を伺おう。
しかし、一瞬の迷いが判断を遅らせていた。
バシュッ
衝撃と共に目の前が白くなり自分の死を悟った。
◇◇
「うおおおおおお!!!すげえ!!!すげえ……すげえよこれ…」
キンタは興奮に身体を震わせ叫んでいる。仲間の狩人も駆けより輪になって抱き合いキャッキャとはしゃぎながら跳ねている。これが女子校のハンティング部とかだったら絵になるんだろうが、オッサンを中心とした男共なので暑苦しくて仕方が無い。
「やったじゃないか!どうだ?これがクロスボウの、鉄の矢の威力だ」
これさえ有ればもう敵は無いな!とはしゃぐ狩人に一応警告をする。
「木の矢で倒せるのは小型の魔獣、例えばクッカやロップくらいだ。
そして鉄の矢で倒せるのはリブッカと、まだ見ていないがそれに近い魔獣だろう。
ただしラウベーラは無理かもしれない。また、うちの森…俺が狩り場にしてる魔獣の森にいるヒッグ・ホッグなんかも鉄の矢では通らないな」
それを聞き、気を引き締める狩人達を見てほっとする。今できることからコツコツと技術を学び、そうしてから次の段階に行けばいいさ。
皆の練度が上がったらさらに強い矢を売るようにするからなと、語るとさらにやる気を出していた。
鍛冶屋のダンが魔鉄鋼を加工出来ないから問題を先送りにしてるのを誤魔化しただけなんだが、こう言っとけば問題ないだろう。
「よし、みんな!獲物は俺がしまうから今日はもっと狩って帰るぞ!!順番に腕を見せてみろー!」
「「「おーーーー!!!!」」」
盛り上がる狩人達を連れさらなる獲物の元へ向かった。