第五百十四話 アイリちゃん
アイリちゃん視点です。
突如ウチらのナワバリにやってきた不思議な連中。アイツラはほんと不思議だ。
ヨソモノを見たことが無いわけではない。男共のナワバリに向かう途中や狩の最中に見知らぬ連中の姿を見かけることは何度かあった。
……とは言っても、そう頻繁にあることではなくって、小さかった体がここまで育つまでの間に4回見たかどうか。
ヨソモノは大体男で、ウチらの知る男共とは少し違った姿形をしてはいたものの、なんだかやっぱりビクビクとしていて、ウチらが声をかけると逃げ去ってしまう。まあ、男なんてそんなもんだろうと思っていたんだけどさ。
今ウチらのナワバリにいる連中は少しおかしい。何がおかしいって、まず大体にして女衆が男達と行動を共にしているじゃないか。女と男は似ているようで別の生き物だ。
一緒に居て何か得することがある訳でもないし、ウチらを見るとビクビクとして何もできなくなっちまうから見ていてイライラすんだ。
まあ、それでも代々の営みとしてさ、授かりの月だけは儀式用の小屋に住んで男と共に暮らしたりはするるけどね。
……ウチはまだセイジンして親方になったばかりだからその儀式はまだだけれども。
で、今回出会った連中は女衆のが数が多いが、男衆も混じっているわけだ。片方はウチらが知る男衆に近い感じの雰囲気をしているんだけど、もうひとり、よく喋る方、ユウとかいう奴がとてもおかしい。
何なんだあいつ? ウチらを見ても怯むどころか、何処か嬉しそうにしているじゃないか。そしてよりにもよってウチのことを『アイリちゃん』なんてフザけた呼び方をしやがるんだ。
マイのやつからも報告をうけていたけどさ、勇ましく先頭を立って森を歩いたり、堂々とウチらとやりとりしてのけたり……ほんと女みたいな男だよ、こいつは。
さて、歓迎の儀式の後は宴の予定だったんだけれども、ユウのやつが互いの飯を出し合って交流しようとか良くわからないことを言い出したもんでね……マイの奴の報告を聞いてさ、あ、いいなあ、ウチも食べてみたいなあって思ったからそれはまあ断らずに快諾したのだけれども、うちらの仲間はたくさんいるんだぞ。
あいつ、みんなの腹を満たせるだけ飯を用意できるんだろうか? もしかしたらウチやマイ達の分だけ作るのかもしれないけれど、それはちょっとみんなに申し訳がないから嫌だな。
マイが言うことが本当なのであれば、とってもうまい飯のハズだし、うまいものは皆で食いたいじゃないか。
とはいえ、アイツラは人数が少ない。だったらウチらから少し人を貸し出してやろう。見たこともない飯を作るのだと、マイが言っていたけれどさ、飯なんて火で炙ったり鍋で煮たりすれば誰だってできるもんさ。ウチらの飯をとそう変わることは無いだろうし、手伝いだってできるはずさ。
……と、ユウのやつが困った顔で何やら悩んでいる。案の定人が足りないと言っているね。ふふ、それでこそ男らしい。頼りがいの有る女に頼ってこそだ。
『たのむルーちゃん!適当に20人くらい呼んで!』
む……?呼ぶ?一体どういうことだ? こいつらは道に迷って居たのではなかったのか? それはそれとしても、今から呼んで間に合う距離にヨソモノの気配は無いはずなんだけど……。
!?
広場に光の柱がブワワっと上がった!一体何が起きたんだ!?
腰に挿した得物に手をかけ、怪しげな光が止むのを待っていると……結構な人数が現れた!一体何処から? 光りに紛れて現れた? いや、そんな気配は一切感じられなかった……一体どうやって何処から現れたって言うんだい?
あまりの驚きに何もいえずに居ると、ユウの奴が非常にばつが悪そうな顔をして此方にやって来た。そうだろう、そうだろう。そんだけ多くの仲間を何処かに隠していたんだ。ウチらに言い訳の一つもしたいはずさ。
最も、敵意なんていっこも感じられないからね。奇っ怪な姿の者達といえども、うちらは歓迎してやるくらいの気概はあるんだよ。
案の定、なんだか申し訳なさそうな顔をしてユウの奴がこっちに来やがった。ふふ、こいつ男のくせに中々気骨があるからね。こういう弱った表情を見せられるとウチもこう……。
「おおい、アイリちゃあん」
「な、ななな? ウチをちゃん付けで呼ぶな!」
ほんっとこいつは!ちゃん付けで呼ばれたのなんて、まだ小さき小娘だった頃以来ではなかろうか? まったくこいつは人のことを何処まで馬鹿にすれば気が済むのだろう……だが、何故だろう?なんだかとっても悪い気がしない……。
「まあ良いじゃん。それよりさ、食事を作る場所なんだけどさ」
なるほど……そう来たか。どうやら、後出しで仲間を増やしたことについては特にわびるつもりはないらしい。いや、別にそれに関しては問題無いのだ。ユウ達だって、ウチらに何らかの警戒心を抱いていたのかも知れないし、きちんと姿を現させて紹介してくれたのだからな。
しかし、竈か。自慢では無いが、ウチらの竈は数だけは沢山あるんだ。男共と違って女は数が多いからね。何かと必要になるわけなんだけれども……しかし、こうして余所の連中と共に使うという事はまず無かったことだ。
交代で使えばなんとかなるかも知れないが……ええい、取りあえずそう提案してみよう。
「ああ……そうだな……ううむ、仕方がない。何をやったのか知らんが、お前達、いきなり数を増やしたからな、一緒に使うには竈が狭いし、上手くウチらと交代しながら作るほかあるまい」
「いやいや。アイリちゃんが許してくれるならば、そこらの森を切り開いてちゃちゃっと炊事場を作ろうと思うんだけど……」
「いや、しかしだな。客人にそこまで迷惑をかけてしまうのもな」
「いやいや。簡単にできるしさ。アイリちゃんが良いよーって言ってくれたらそれだけでいいし」
「う、うむう。じゃあ、いいよー」
「やったぜ」
「ぐぬっ! つ、つい『いいよー』なんて言葉を使ってしまった……まあよい!好きにしろ!」
ぐっ! 余りにも殊勝なことを言うから! 軽い口調でウチを誘導するから!ついついユウの口車に乗ってしまった!
ウチとしてはユウ達、客人にそんな作業をさせるのは不本意であるし、何より今から竈を作るとなれば宴が始まるのが大分遅れてしまうではないか。
となれば、竈番以外の女衆達にユウ達が竈を作る手伝いをさせるほか無いのだが……奴らも素直では無いからな……ウチの言う事もたまに聞かないしさ……さてどうするか……。
一人頭を抱え悩んでいるウチの事なんて知らぬユウめ、なんだか脳天気な顔をして一人森へ向かっていくじゃないか。
ナワバリ近くはケモノ共の討伐がされているし、奴らもウチらのナワバリには入らぬので安全ではあるのだが……一体彼奴は一人で何を……!?
何……を……いや、何が起きているのだ……!?
ユウの奴はただ突っ立っているだけだというのに、石や木が凄まじい速度で組み上がり、見たことも無い程立派で大きな小屋が建ち上がっていく……。
瞬きすることも出来ず、じっとそれを見つめていることしか出来なかったが、それも一瞬のことだった。あっという間に大きな大きな小屋が建ち上がり、ユウにそれが何かと聞けば『飯を作る場所だ』という。
……あれが竈場……? あんなに立派な竈場を見たのは初めてだ。
というか、一体何をどうしたらあのような不可思議な事が出来るのだろうか……。まるではじめからそうなるかのように石や木が自ら動いていた。そんな事が出来る男の話なんて、いや、女衆であっても出来るという奴は聞いたことが無い。
ユウは後から呼んだ仲間達に何か指示をして大いに盛り上がっている。一体何が始まるのかわからないけれど……ウチにはなんだかわからないけれど、胸が熱く高鳴ってきたよ……!
ユウ!ウチをもっともっと驚かせておくれ!




