第四十八話 クリスマスイブ
ウッサ・ロップ達との出会いは意外なことにかなり有益だった。
元々目当てだったホップは勿論のこと、胡椒のような物まで手に入れることが出来た。元々パンがくれた塩胡椒を使っては居たが、生産して普及させるという目的もあるため、この世界の原種は見つけておきたかったのだ。
何よりも愉快だったのがヒカリとの出会いだ。
衝撃的な出会いだったとは言え、クロベエに屈服した後の態度は悪くないものだった。言葉遣いこそ荒々しいが、凜々しい女騎士のような声、フワフワの真っ白な毛、綺麗なオッドアイの瞳。
森の猫を想像すれば,普通はヒョウやジャガーの様な短毛種を想像するが、ヒカリはふわふわの長毛種。狸のような黒いキジトラの長毛種であるクロベエにお似合いの相手だ。
今の所ヒカリにはウッサ・ロップ達の護衛を任せているが、ルーちゃんが成長しダンジョンの2階層が出来た際にはあの集落のウサギどもには森のダンジョン(仮称)に越して貰い、手が空くヒカリは家に呼んでもいいかなと思っている。
案外クロベエがまんざらじゃなさそうなので、お嫁さんとして呼びたいのと、元々地球ではクロベエの他に何匹か多頭飼いしていたので、何となく寂しく感じるってのもある。
◇
そして気づけば12月も虫の息、今日は12月24日だ。地球の俺であれば、せいぜい仕事帰りに酒を買って帰り、SNSやなんかでクリスマスを煽りつつも、本心ではちゃっかり猫たちとのクリスマスを楽しんだりして、べ、別にソロでも寂しくないぞアピールを自分にするようなことをしていたのだが、今年は違う。
女神―ではなくて、ルーちゃんがいるからだ。
悲しきかな、俺は独身なので子を持つ親の気持ちは今ひとつわからなかったが、ルーちゃんと過ごすうち、父性が芽生えていた。
ルーちゃんはクリスマスというものを知らない。なので、俺が…俺達が教えてあげないと行けない。これはよい子のための義務なのだ。
今日は朝からクロベエに狩りを頼んでいた。先日獲ってきたレッグ・コッカとかいうデカい鶏をお願いしたのだ。集落の周囲を探って安全そうならヒカリも誘えと2匹分のお弁当をくくりつけ送り出してやった。
「どうだった?」
という、ただ単に狩りの成果を聞くだけの質問に
「え?まあ別に?平和すぎて暇だって言うから仕方なく連れてっただけだし?いつも通りだよ」
と、馬鹿正直にきちんとヒカリと遊んできたと報告してくれるクロベエは愚かで可愛いと思う。
最も、狩りの成果なんて庭に置いてあるデカい鶏を見ればそれで分かるのだが。
◇
ルーちゃん達は午後からダンジョンの様子を見に出かけている。
ダンジョンコアだからといって、そう頻繁に見に行く必要も無いのだが、ルーちゃんを連れ出して欲しかったのだ。
「よし、焼けた。はじめてにしては上々じゃないか?」
綺麗に焼けたスポンジケーキを前に俺は大満足だ。
「ユウー、おかわりまだー?」
……嘘です、何回か失敗しました。失敗作はモルモル達にーと思ったのだけど、彼らを呼ぶ前にクロベエが喜んで食ってしまったのだ。虫歯になるからあんましやりたくないんだけどなあ。
スポンジケーキを3分割する。イチゴ(っぽい実)のショートケーキを作るのだ。
下準備中、生クリームが必要だなと気づいて畜産に手をつけていないことを悔やんだ。せめて牛のような魔獣を見つけておけば…と。
しかし、思い出したのだ。俺に大したチート能力は無いが、存在自体がおかしい、この場に居てはいけない存在を。
「なあ、パ…女神さま、ちょっとこちらへ…」
面倒くさそうにやってきたパンをルーちゃんのためと説得して買ってきて貰ってたのだ。俺に隠すこと無く地球に出かけてる訳だから、ルーちゃんのためと言えば買い物くらいホイホイするというわけ。
なんだか正しくない気もするが、身内で楽しむ分には甘えてもいいだろ?ケーキ自体を買ってきて貰ったわけじゃ無いしさ。出来ることは自分でがんばる、それでいいじゃないか。
なんとか見よう見まねでケーキを作り上げたが、こう言うときスマホの存在がありがたいとシミジミ感じた。メールは女神としかやりとり出来ないが、ブラウジングは普通に出来るわけで。何か調べたいときはググればそれで済むのだ。
3万を超える兵を相手に五千の兵で無双する―そんな世界であればそんな付け焼き刃の知識じゃどうしようもなかったんだろうけど、何しろ平和な世界だ。くそ面倒くさそうな製造だってアプリが作っちまうし、甘やかされた世界に来て甘やかされているような気すらしてくる。
っと、鶏も焼き上がった。
ケーキにチキン、ジャモサラダにクリームシチュー、そこそこクリスマスっぽい感じに出来たんじゃ無いでしょうか!
◇
「わあ~凄いきれい!なあにこれ!?なあにこれ!?」
夕食後、大きなケーキを見てバタバタと興奮するルーちゃん。その姿を見て作って良かったと心から思う。
夕食自体もかなり喜んでくれていた。
チキン自体は普段の食事とそう変わらないが、始めてたべるクリームシチューはとても気に入ったようだった。それだけでかなり満足げだったのだが、お腹が休まった頃に出したケーキに大興奮だ。
「これはケーキ、イチゴのケーキだよ。甘くて美味しいぞ-」
なんて言ったもんだから興奮はMAXだ。何より普段は夕食後に何かを食べることは無い。シチューに続いてこんなものまで!とはしゃいでいる。
ケーキにナイフを入れ、取り分けてあげた。
断面をじっくりと眺めた後に一口分フォークで取り、わくわくとした顔でゆっくりと口に運ぶ。
目を見開いて「んん~~~~!!!」と唸った後は2口、3口とフォークが止まらなかった。
イチゴっぽい実も気に入ったようだったので、俺の分を乗せてあげるとさらにボルテージが上がって凄いことになっていた。
「あんまり興奮させると寝れなくなるでしょうが…」
と、呆れ顔でケーキをつつく女神様、3切れ目を召し上がっています。
気合い入れて作ったから結構デカく作っちゃったんだよな。
大きさにして8号は楽にある。クロベエは勿論モルモル達が1つずつ食べても残るため、今日だけ特別にルーちゃんとクロベエにもおかわりを許してしまった。
今日はクリスマスイブだ。
これくらいの可愛い罪は許されてもいい。