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第五話 おにく

 というわけで、再び森にやってまいりました。魔石は大事!でも、ご飯はもーっと大事! 


 せっかく異世界に来たのだからと、スマホで景色を撮っていると、撮影直後画面上にちっちゃく【New!ラッツ】などと表示されているのに気づいた。


 なんじゃあこりゃあと、タップしてみると例のアプリが立ち上がり、密かに増えていたらしい図鑑ページが開かれた。


 どうやら何かをきっかけとして開放された機能みたいだけど、これまでカメラに収めた物達がずらりと登録されていて……いやこれはじめから入れとけよ!存在教えておけよと思いましたよ。


 でもさ、こうして自ら採取するとなるとさ、図鑑は必須だよね。いかにも旨そうな赤い実が猛毒だ!とか 食べられる、食べられるが火を通さないと腹を壊す!とか地球でもざらにあるし、ましてや知らない生態系で構成されている世界だ。図鑑でも無いと無理ゲーだろうよ。


 で、先程からちょいちょい見かける「ラッツ」という名前の紫色の実は食べられるようで。

 

【ラッツ】可食 生食可能

 甘酸っぱいこの味、もしやこれが初恋の味?

 フルーティでそのままデザートでもいいし、料理の調味料としてもバッチリ!

 使いみちはアナタ次第★


 ……説明がうざい。


 これがまた、ほんとあちこちに生っててさ、目につくたび拾っていったら上着のポケットがパンパンになってしまったよ。ううん、これは何か入れ物を考えなければいけないな。


 歩いているうち小腹が空いてきたので、図鑑を信じて一口食べると……まあ、見た目通りの味がしたよ。ビタミンたっぷり!そんな感じ。酸っぱいグミみたいな感じね。


 アホほど実っているから、俺は最悪これで凌げないことも無いけれど、いくら雑食とは言えクロベエはきっと無理だろうな。猫さんも美味しくいただける肉的なものも探さねば。


 出会ったら肉にして差し上げましょう!と、特に探知を使わせずのんびりと獣的なものを探しながら歩いていると……突如ずるりと滑り、鈍い衝撃と共に視界が天を捉える。


 ……うん、こけましたわ。


「いってえ!なんだあ!?」


 手を突くとぐにゃりとした感触。どうやら泥濘に足を取られたようだ。ドロドロでとても気持ち悪い……うう、お洗濯とかどうしよう……と、嘆く俺と対象的に喜ぶアホが1匹。


「うおおおお!泥だあああああああ!!!!」


「あっ!よせ!」


 時既に遅し。


 俺が止める間もなく、クロベエは泥濘に飛び込んで……嬉しそうにゴロゴロゴロゴロ転がりまわっている。あああ……なんてこった。


「これ好き!これやるとサッパリする!」


「そうかい……後で洗おうな……」


 無邪気にゴロゴロするクロベエを見ていたら思い出した。


 イノシシはこういう泥場でゴロゴロすることにより身体に泥をつけ、ダニから身を守るのだ。泥でコーティングされた身体はダニの侵入を許さず、さしずめ泥の鎧をまとったよう具合になる。


 周囲をよく観察すると、何か大きな獣が残した泥の痕跡が確認できた。もしかすると、ここはイノシシ的な何かが利用しているのではなかろうか。


「おいクロベエ!ちょっと辺りを探ってくれ!多分だが肉が居るぞ!」


「おっ!まじか!ようし!まかせろー!」


 肉という単語に反応したクロベエが泥から飛び出し辺りを探る。スンスン、ふごふごと辺りを探知……いや、これは気配察知というよりは匂いを嗅いでいるのでは……。


「むっ!むむむむーん!ユウ!あっちがくさいぞ!」


 やっぱ匂いか……。探知できるならなんでもいいや。とんでもない猛獣でもいたら嫌だし、一応慎重に「臭い」方向に向かう。


 ヤブを掻き分け、そろそろと歩いていくと……なにやら妙な音が聞こえ始めた。警戒度を揚げ、さらにゆっくりゆっくりと、慎重に進むと……鼻で穴を掘る獲物の姿が目にはいる。


「あれは……イノシシ……なのか?」


 足が6本あり、鈍く光る弾丸のような何か。名前を調べようとスマホを向けると、それが悪かったのかこちらの気配に気づき、ゆっくりと振り向いた。


 鑑定するまでもなくイノシシだわこいつ!というような顔をしているが……まるで兜をかぶっているかのように、頭を平たい角が覆っていて……。


 こいつぁ、きっと技リストに【頭突き】があるぞお……。


 なんて冗談言ってる場合じゃねえ!頭を低く下げ威嚇態勢に入っている。やばい!突進する気まんまんだ!


「クロベエ!うわっ!ぬちゃっとしてる!」


 クロベエにまたがり、首輪をがっしりと掴み、俺の合図で木に登るよう頼む。


「木登りだね!よっしゃまかせて!」


 ちょっと変わってるみたいだけど、どうせ中身はイノシシなんでしょう? 猪突猛進、いいですよね。こいつはきっと、俺を目掛けて真っ直ぐに突進をしてくるはずさ。


 そこをひらりと躱し、そのまま木に頭を打ち付けたら……気絶するんじゃないかな? そのまま永遠に眠っていただき、その後スタッフで美味しくいただく作戦……失敗する気がしねえ。


「ブフォオオオオオオオ!!!」


 そういう演出なのか知らんが、律儀に雄叫びを上げて狙い通りこちらに突進してくるイノシシ。


「馬鹿め!かかったな!おい!クロの字!飛べ!」

「おうともさ!ユウの字!」


 重そうな身体からは想像できないほどに軽やかな跳躍でとん、ととんと樹上に登るクロベエ。そしてその直後、鳴り響くはイノシシ様が奏でる打撃音だ。


 ズズーーーーン


 俺達が飛び乗ったのはツリーハウスでも建てられるだろうという大きな木だ。デカいし、頑丈そうだから大丈夫だろうと思っていたのだが……あれあれあれ? イノシシの頭が……もしかしてこれ、めり込んでいるんじゃないかな?


 そして、それで気絶していてくれたのなら良かったのだけれども、彼ね、結構かたいのよ(物理)


 木から頭を抜こうと、力任せに顔を動かしているようで木が激しく揺れている。


「ぬおおお!落ち、落ちる!クロベエ!耐えろ!」

「にゅおおおおおおお!!!」


 なかなかに洒落にならない揺れに落ちそうになったけれど、クロベエはなんとか爪を立てて耐えてくれた。耐えてくれたのだが……


ミシミシミシミシ……


 やばいこれ倒れる奴だ!!!知ってるんだ俺は……って、いってる場合じゃねえ!


 木の下敷きになっては敵わない!クロベエもそれは思ったのか俺が声を掛ける前に素早く飛び降りる。


 ズズーンと、木が倒れる音を背後に聞き、ほっとため息をついたのだけれども……倒れた木の方を見てまだ去らぬ危機を察しましたわ。


「おいおいマジかよ……そういう生き物かあ……」


 倒れた大木の下敷きになっているように見えたそのイノシシは、メキメキと木を破壊しながら這い出して。まるで何事もなかったかのように顔をブルブルと震わせている。


 うわあ、頑丈なんだねえ、あの角……。ていうか、ていうかあ……全身頑丈なんだねー。倒れた木の下敷きになってもものともしないんでしょう?あんなのクロベエの爪や牙は通らないだろうねえ。


 かといって俺が今持っているのは鉈的なナイフのみ……か。


「よし詰んだ!クロベエ!逃げるぞ!」


「おれも今そう思ってたとこ!」


 ひらりとクロベエにまたがって一目散に逃げ出したわけですが……まあ、彼も諦めてはくれませんよね。後ろから轟音を立てて追っかけてくるんだ。なんだこれ冒険映画か何かかよ!


 クロベエが走る速度を上回るイノシシさんは、何度も何度も突進をかましてきます。なんとかそれを躱せているお陰で徐々にではあるが距離が離れつつあり……このままいけばなんとか撒けそうだ。ヒュー!俺は、俺達は助かるんだ……


「あっ」


 クロベエが小さく呻いた瞬間、ふわりと身体が浮いて俺の身体が投げ出された。


「ふんご!」


 ……着地した先が藪だったおかげで大した怪我はしていないけれど、あちこち擦り傷だらけでたまらない。これ、あとでかゆくなる奴だわ。


「ああ、くそいってえ……どうしたんだよ……なあ、クロベエ……」


 ぼやきつつ、クロベエを見ると凄い体勢で転び、軽く目を回していた。


 ああ……なるほど、泥かぁ。


 どうやらクロベエさんは泥濘に足を取られスリップしたようだ。プルプルと頭を振り、泥を吹き飛ばすクロベエ。ぬわっ!こっちに泥が!泥があ!


 ……取りあえず無事らしいが、骨折してたりしないだろうな。この巨体で盛大に転んだんだからちょっと心配だ。


「大丈夫か?折れてないか?」


 念のために確認すると……


「へっちゃらだよお」


 と、のんきな声を上げる。よっしゃ!その様子ならまた逃げられる!奴が来る前にクロベエに飛び乗って逃げだそう!おら!元気なら起きんかい!俺を背中に乗せて!逃げるんだよ!


 そう思った瞬間――


 背後から殺気を感じた。


 ゆっくり振り向くと……。


 フシュー…… フシュ……


 と、鼻息荒くこちらをみやるイノシシさん。 


 おわった……。


 こう言うときってさ、咄嗟に逃げることが出来なくなるもんなんだよ。


 信号無視をした車が横断歩道に突撃をかます。トラック転生と呼ばれる物ではよく見かけるテンプレ的な光景だけれども、あれ『なんでよけねえの?』って思うじゃん? 俺もそう思ってたんだけどさ、死ぬわこれ!っていう状況を前にすると、足がすくんで動けなくなっちゃうんだと。


 何を言ってるかって? 今まさにその状況なんだよ!畜生!膝が笑って動けやしねえ!


 なんて思って居ると、イノシシが俺に向かって飛びかかってくるのが見える。それを止めようとクロベエが飛んだのが見えたが間に合わない。


 全てがスローモーションで描かれる。知ってるぞ、死んだわこれって言うとき、ゆっくりとゆっくりとその光景が見えるアレだ……。


 思わず両手で顔を覆いかばうが、巨木にも勝るあの巨体を相手にこれは無意味も良いところ。


 ま、パンちゃんが俺達はこの世界で死ぬことは無いと言っていたからな。やられた後に何処かに転移して謎パワーで回復……ゲーム的に言えばセーブポイントからやり直しになるとかそんな具合でなんとかなるんだろうな。


 でもなあ、嫌だなあ 痛いの嫌だなあ!!ああああああ死ぬのやでゃあああああああ!!!!!


 キィーーーーーン


 ……へ?


 何時までもやってこない痛みの代わりに金属音が鳴り響き、腕に軽い衝撃を感じた。


 一体何が起きてるんです?……と、恐る恐る目を開けるとイノシシが俺に覆い被さってくるところだった。


「うおおおおおおお!!!!!!やっぱ死ぬんじゃん!!死ぬ!し……あれ?……ぬおおおお!!!!おもてえええええええ!!」


 潰されるようにイノシシにのしかかられたが、それはもう動かなくなっていて……ただただ重くて辛いだけで済みましたわ。


 なんとか巨体の下から抜け出して観察すると、イノシシの額が砕けていて、それが致命傷となったらしいことがわかった。タブンだけど!


「むう。なんだこれ?もしや俺の覚醒とかそういうやつ?謎のチートパワーで拳神スキルとか目覚めちゃった?俺からにじみ出る拳神波動は金剛石すら砕き尽くすとかそういうアレの……!」


 ウッキウキで素振りをしているとメール。


『いえ、強いのはあなたでは無くてそのスマホですよ。壊れたら困るので最大限に加護を与えておきました。耐衝撃スキル 耐斬撃スキル 耐火スキルなどの防御スキルの他、指紋コーティングもバッチリ!』


 「ええ……? スマホに……保護? 百歩譲って壊れないのはわかったけどさ、なんでそれでこうなってるの?おかしいだろ!スマホが無事でも衝撃は俺にモロに来てひでえ事になってたはずじゃん」


『物理反射も付与してありますからね。スマホに当たった衝撃はそのままその角から魔獣の頭に反射しました。結果として角ごと頭蓋を砕き仕留められたというわけです』


 「なるほど……じゃあ俺にもそんなスキルや加護があるということは……?」


 『あるわけないじゃないですか 拳神さん(笑)あんたはただの人ですよ(笑)』


 ……非常にムカついたので返信しないでスマホをしまう。


 異世界でチートなのは俺でもクロベエでも無くてスマホだった。


 なんつうか……あまり知りたくない事実だったわ。




 

 

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