第四百八十六話 カズくん農業に励む
それなりに経験がある釣りで隠れた俺の才能を見せてやろうと思ったら農作業をさせられていた……。
いやほんと意味わからんし。農業だよ農業。しかも、ちょっと体験しましょうーってかんじじゃなくて、開墾からって感じだよ?一体何をさせようって言うのかわけわからんわ。
ブチブチと小さくボヤきながら畑……と呼びたくは無い土地を見渡していると早速チクリと叱られる。
「よっしゃ、まずは身体うごかそか? ちょっとでもサボったらあのロン毛差し向けるから、気合い入れや」
……叱られるのはまあ、良いけれど、そのロン毛にお尻を狙われるのはとても気分がよろしくは無い。よろしくは無いというか、色々な意味で危機を感じるので、ポーズだけでもやる気を見せておこう……。
一本抜いては俺のため、二本抜いては俺のため……三本抜いたらゴリラの笑顔……ってやってられんわ!
チマチマチマチマと、必死に抜いてかれこれ1時間は経ったんじゃ無いでしょうか。ぜーんぜんだよ。ぜーんぜん。畑の半分も草むしれてないし!
タルット共は時折監視に来ては『意外とやるやん』なんて言うくらいで手伝いもしない。
……まあ、彼らは彼らで別の畑をものすごい勢いで耕しているけれども……。いやいや、あれは俺には出来ねえって。
出来ないは出来ないなりにここまでやったんだからもう良いんじゃ無いっすかね?と、視線を送るも言い笑顔で親指を立てられてしまう。
なんだよ!タルットのくせに妙に爽やかな仕草やめろよな! もういい!こんなのほっぽり出して逃げてやろう!……なんて考えた瞬間、すげー勢いで駆け寄って来たのはロン毛。
「なんや?嫌になったのか?ええんやで? せや!あっちの小屋でお兄ちゃんと少し休憩しようか?」
「滅相も無い。草抜きのカズと言われた俺の力、まだ出し切れていませんのでね」
「あっそ。ま、飽きたらいいや。お兄ちゃんが労ったるからな」
ニコニコと気持ちが悪い笑顔で去って行くロン毛のタルット。お兄ちゃんて……やめろよな……。汗ばんでいた背中がスゥっと冷えて風邪引きそうだろうがよ……。
遠くで妙な手つきでキウリをさするロン毛がチラチラと此方を見ている。くっそう、幸い体力はまだまだある!こうなったらやれるところまでやったろうやないかい!
……
…
かれこれあれから3時間が経ちまして……畑の半分まであと少しと言うところまでむしれたんじゃ無いでしょうか。
俺にしては結構頑張れたと思うんですが、どうでしょう、ここはひとつこれで解放というわけには。
なんて視線をタルットに送ると、ニッコリ微笑んで此方にやってくる。おお、もしかして本当に解放してくれるのでは!?
「凄いやん!正直ここまでやるとは思わんかったわ」
「へへ、草抜きには少し自信がありますんでね」
「ほーん、畑に情熱をかけてくれてたんやね。ごめんな、嫌々やってるかと思ってたわ」
「滅相も無い!畑の楽しさ、わかります!土と対話し、より良い野菜を作る共同作業……!良いですよね、畑!」
「うんうん!ほんなら、午後もよろしくなー。いやあ、キツい様ならもうオシマイにして貰おうかと思ってたんだけどね、その分ならもう少しお願いできそうやわ」
「……え、あ、はい……」
ぬああああああ!!やってしまった!ノリで、その場のノリで適当なことを言ったら刑期が延びてしまった!俺の悪いくせが悪い感じにバッドに転んでしまった……。
しょうが無い……次のチャンスまで頑張ろうか……と、草を抜こうとしゃがんだところ……。
「ああ、お昼になるから休もうや。あっちに水道あるから手を洗ってね、向こうの小屋で1時間のお昼休みやで」
「うっす」
そうか、もうそんな時間か……。ともあれ休憩はありがたいや。ああ、水道の水が……冷たくて気持ちいい……。ついでに顔と首も……ひゃああ!冷たい!気持ちいい!
「労働の後の水は気持ちよかろ?」
声をかけられ横を向けば、タルットがニコニコと立っていた。正直ロン毛以外のタルットの見分けがつかないので、さっきのタルットなのかどうかは不明だが、無難に『そうですね』と答えた。
「せやろせやろ。ほれ、タオル濡らして身体も拭きや。流石にお風呂はまだ入られんからね、せめてこいつでさっぱりして御飯にしたらええよ」
「おお、ありがとうございます!」
これは素直に嬉しい……!
ヒヤッとよく冷えた水でタオルを湿らせ、ぎゅっと絞って背中を拭く……あああああああ……これは……いけない!これはいけません!火照った身体がキュッと冷えて、ベタベタだった背中がさらっとして……!
「ほいよ、これに着替えときや。今きとるのは帰るまでに洗濯したるから、ほれ、着替えて着替えて!」
キュウリの絵がついたTシャツを手渡された……。確かにさっぱりした後、汗でびっちゃりとしたシャツを着るのは気持ちが悪い!
「シャツまでありがとうございます!」
「ええ返事やね。うんうん、こっちも嬉しくなるで」
シャツに袖を通してみれば、さらっとしていて肌触りがとても良い。よく見れば、此方の言葉で『タルット農園』って書いてあるな……。なるほど、ここのユニフォームってわけか。
そういや何人かのタルットがこれと同じのを着てたっけな。
さっぱりとした身体で休憩所に向かうと、結構な数のタルットがワイワイとお昼御飯を食べていた。随分多いなと思ったけれど、畑で作業をしているタルット以外にも、周辺警備やキャンプ場から交代で戻ってきたタルットも居るらしい。
「はい、ホムセンくんも空いてるとこ座り」
「うっす」
適当に端っこに座ると、直ぐさまドスンとオニギリが入った皿と、冷やしキュウリに味噌が添えられた皿が置かれた。
おにぎりとモロキュウか。普段の俺なら『肉がねえ』と悲しみの感情に囚われていたのだろうが、カラッカラに身体が乾きつつある今の俺にはこのおかずはとても魅力的だ!
「いただきます!」
と、早速キュウリならぬキウリに味噌を付け、パクリとかじりつけば、パリリと気持ちが良い音と共に折れたその実から、瑞々しく、よく冷えたほんのりと甘い水分があふれ出してきて、それが味噌の塩気と合わさって凄まじく美味い。
すかさずかじりついたおにぎりもまた、塩が強めに振られていて、塩分が抜けきりつつあった身体にぐわっとしみこんでいく。
っと、中身は嬉しいことに鮭……のような魚じゃないか。野菜が身体に染みるぜ!と感動しては居る者の、動物性タンパク質はやはり嬉しいものだからな!
ペロリと食べてしまったので、もう一つおにぎりを手に取り、がぶりとやると……これは……!梅干しッ!
ふふふ、しかしだな。今の俺にはこれもまたありがたい!なんだっけ?クエーサーだっけ? それが疲れた身体にスゥっとしみこんでこれは……。
なるほどな、タルットだからと馬鹿にしていたけれど、労働後の身体に適した食事をきちんと出しているあたり、中々に立派な奴らじゃ無いか。
「ほれ、食ったらお昼寝しいや。30分でも横になればまたちゃうからね」
やれやれ……食後のお昼寝とか幼児かよ……と、思ったけれど、ゴザのような若草の香りがする敷物はひんやりとしていて、横になるととても気持ちが良い。
そして、開け放たれているテラス戸からは湖から上がってくる涼しい風が吹き込んできて……これは!
……ううむ、なるほど……これは……お昼寝が……したくなるわけだ……スヤァ
ユウ『うーんこれは……』
パン「どうすんの?以外と結構馴染んじゃってるんだけど!」
ユウ『いやあ、カズがやる気出してるのならそれでいいんじゃないでしょうか』
パン「何したり顔してるのよ!ていうか、これこのままじゃいつまでかかるかわからないわよ?」
ユウ『ああ、その辺は大丈夫。応援呼んであるし、ナギサちゃんもほら……』
パン「あっ めっちゃ釣りにハマってらっしゃる……」
ユウ『あの様子じゃきっと今日明日じゃ満足しないと思うな……』
パン「見なさいよ、あのカズくんの幸せそうな寝顔……」
ユウ『アレがこの後曇るかと思うとたまらねえな』
パン「あんたは鬼や……」




