第三十八話 おひっこし その2
冷静に考えるとありえない風景が広がっている。ここは塩のダンジョン、俺が掘った洞窟が元になって生まれた塩のダンジョン、岩山の地下にあるはずだ。
「ねえねえ、俺さあ前々からラノベなんか読んでこの手のダンジョンが不思議だったんだけど、これってどういう仕組みなの??
どう考えてもあの洞窟の地下にこんな場所を格納するスペースがあるとは思えねえっていうか、空まであるじゃんよ」
「いやさあ、誤魔化すのも面倒だしぶっちゃけるわよ?私が知ってるダンジョンとはちがうのよこれ」
「ちがう」
「そう。普通はね、ダンジョンコアが生まれた土地の特色を持った洞窟、たとえば湿原に生まれたダンジョンならじめっとした感じでさ、地面には湿原の草が生えてて、水たまりなんかもあってさ、まあ湿原っぽいなあって感じのただの洞窟なのよ。下に降りる手段も階段だしね」
「いわゆる古き良きダンジョンRPGって感じのダンジョンですな」
「ええ、火山のダンジョンなら溶岩が見える洞窟、氷のダンジョンなら大きな氷柱があちこちにある洞窟―とか、多少高さに差はあれどきちんと天井や壁が存在する地下構造物なの。
それを想定してルーちゃんに生成させてみたらびっくりよ。空間ごと作り出したのよ?」
「空間ごと」
「そう、初めはずいぶん広く生成したなーとか、ずいぶん明るいなーとか、空っぽいのなにかなーとか思ってたんだけど、っぽいんじゃなくてほんとの空だったのよ」
「いや待て、話が見えない」
「結末をお急ぎなさんなって。でね、びっくりしすぎて思わず帰るかーって思っちゃったんだけど、その時はたと考えたのよ。この広大な湿原のどこに上り階段があるのだろう?」って。
「まあ、そうなるよね。ラノベ見てて気になるのはそこだよ。ジャングルとか草原にある上り階段ってシュールだぞ」
「で、周囲のデータを計測してみたわけよ。そしたらびっくり!私の世界っちゃ世界なんだけど、厳密には私の世界にルーちゃんが創った世界。
扱い的には確かに私の創造物が変化したもの、というものになるんだけど、ここは通常世界からは完全に隔離された閉鎖空間だった」
「うーん、俺が作ったゲームのキャラクタがゲーム内でゲーム作ったようなそんな感じ?」
「あー近いかも。ただしあくまでも私の世界には変わりないから私も介入できるし、存在している場所が違うだけで通常世界と何ら変わりない場所よ」
「よくわかんないけどわかった」
「それでさ、端がどうなっているか気になるじゃない?調べたらね、中心から2㎞四方に高い壁がそびえていて、そこから外には何もなし。
壁は破壊不能オブジェクト扱いで普通の攻撃では傷をつける事すら不可能。ツルツル滑ってとっかかりがないため登攀により超えることも不可能で、全天を覆うドーム状の見えないバリア的な何かがあるので飛行しても超えることはできない」
「オープンワールドゲームにありがちな"見えない壁”ですな。低い位置は見える壁になってるのはルーちゃんの優しさか」
見えない壁がリアルであったらぶつかっちゃうもんな。自動ドアっぽい見た目の手動ドアに顔ぶっつけたことあるが、あんな感じになるんだろうと思う……。
「で、本題の階段ね、それがどこを探しても無かったの。階段らしい構造物をサーチしてみたけどフロア内に存在は無し。ほんとの意味で隔離されてたってわけよ」
「成程、それで転移門か」
「そう!あんたにしては察しがいいわね。私の力を使えばそんなのなくても転移できるけど、今後の事を考えて私が設置したわ」
所々気になる単語はあるが、それはまあ聞かなかったことにしておく。下手なところ突っつくとまた長い説明が始まってしまう。暇な時ならそれでも構わないのだが、今日は用事があって来ている。
みろ、待ちきれなくなったルーちゃんが俺の袖をちょいちょい引っ張り出したぞ。
「ねー、お魚はなそ?」
退屈そうに袖をひくルーちゃん。クロベエなんてだいぶ前からすっかり寝に入っている。
放流場所を探しつつ歩いていると間もなくモルモル達がこちらに気づき飛んできた。
「るーさま おまちしてましたぞ」
ううん、渋い声だ… ルーちゃんのスキルで声が聞こえるようになってるのはわかるが、何を基準にこの声が充てられているのだろう……。低音の渋いいい声で話すファンシーな魔獣とかギャップがすごい。
「まずは俺の仕事だな」
湿原に点在する水たまりや小川に魚(の魔獣)を水ごとぶちこんでいく。ルーちゃんの召喚でやればよかったのでは?と思ったが、
「小川にうぞうぞいる魚たちを1匹1匹別の個体として認識できる?無理よね。召喚は個として認識しないと使えないからこの場合あんたのスキルのが便利なわけよ」
と、パンちゃんに言われて納得する。俺のスキルじゃなくてスマホのスキルだけどな。
「確かにこうやってボックスからダバアするのが面倒がないわな」
池に放たれる大小様々の魚をはじめとした水生魔獣の姿にモルモル達が喜んでいる。
「ありがとう たいせつにする たいせつにふやしてからくう」
このモルモル養殖をしようとしてる……侮れないな。
次にここの中央にあるという沼地エリアに移動した。昨日見た沼地よりは小さいが、それでも結構広い沼地だ。ここに妖怪たちを召喚するというわけだ。
「あー、妖怪たちって結構な数いたよね?召喚大変じゃねえの?ルーちゃん大丈夫?」
「だから妖怪言うなってーの。それは平気よ、はいルーちゃんこれ」
パンがルーちゃんにスマホのようなものを手渡した。つかスマホじゃねえか
「言われそうだから先に言うけどスマホじゃないわよ?神具だから」
「は?ま、ますたー?」
「そう、といってもこの端末で出来る事はあくまでもルーちゃんのスキル補助程度のことだけ。流石に私と同じ権限は付与されてないからあんしんしなさい」
「そりゃそうだけどさあ…」
「ああ、あんたのスマホも私の加護というなのカスタマイズがされてるから神具といえるわね」
「そ、そうなんだ…ふーん…」
少しうれしいけど黙ってる。うるさいから。
「いい?ルーちゃん。ほらみて、ここに昨日仲良くなったお友達の名前が書いてるでしょ?呼びたい子の名前を押してごらんなさい?
ね、色が変わったでしょ。で、横に「全部」というボタンと、数字を入れるところがあるでしょ?全部を押して御覧なさい。
うん、タルットの横に8と表示されたでしょう。これは個々のダンジョンの契約をしたタルットが全部で8人ってことね。今回は全員呼ぶから同じように他の魔物たちにもやってみてね」
おっさん…8匹もくるの…とんでもないこと聞いちゃったよ。
ぽちぽちとスマホ…神具を操作するルーちゃん。やがて操作が終わったのか、
パンの「じゃあ決定ボタンをおしてね」と共にあたりにたくさんの光が飛んできた。
「うわっ びっくりしたなあ!」
「なんなん?はえー、わたし今ごはんたべよっておもっとったんに」
「たまげたなあ、これが召喚っちゅーやつかいな」
賑やかな声が聞こえてくる。ああ、メスのおっさんもおるんか。おっさんっていうのはアレか。河童ね。
タルットだけではなく、様々な魔物たちが周囲にあふれている。
「みんなー!並んでね、今から説明をしますので!」
どこから出したのか、台の上に立つルーちゃんが魔物たちに声をかける。
きちんと整列してルーちゃんの言葉を待つ魔物たち。うーん使役されている……。
どうやら今からダンジョンのことについてとか、今後のことについて説明するらしい。
書き切りたかったのですが、まだちょっと続く感じになってしまいました……。
おひっこしのお話にもう少しお付き合いください。