第二百十一話 寒いところに降りますよ
良いくらいお腹もいっぱいになったので、ぼちぼちウサギンバレー(仮)に行こうと思っているユウ、そう!ユウです。
お腹いっぱいの連中の前に立ちまして、これから行く場所の説明をしています。
「というわけで、次はこの『深淵の森』の次の階層、第3階層……ええとなんだっけ……ああ、そうそう『凍獄の雪原』に行こうと思いますが、そこは『雪』という冷たくフカフカのもので覆われてましてね、普通の服装だと大変な思いをしますので、ここの売店で専用の上着を買っていきます。
無論、お金は私が持ちますので、試着して好きなものを選んでくださいね」
皆さん素直に「はーい」と従いまして、キャッキャウフフと色とりどりの防寒具を選んでいます。
ん……一人ドヤ顔でその様子を見ている子がいますねー?
「あれ、キンタどうしたんだ?選ばないの?死んじゃうよ?」
面倒くさそうな予感がしましたが、一応声をかけてやりますと、ドドドドドヤァと言った具合にいい笑顔を向けてきましてね、ああ、こいつウゼエと思うや否や非常に得意げに、皆に聞こえるくらいの声で言ったのです。
「ほら、俺はさ、前にヒゲミミ村行っただろ?いやあ、彼処の雪は素晴らしかった!吹雪の中出ちゃった時は少々辛かったが、防寒具があってなんとかなったんだよな」
ああ、前に視察に来たときのお話ね。何が言いたいんだこいつ。
「俺はさ、こんな事もあろうかと!防寒具を!前に!雪原に行った時!雪原に行ったときに買った防寒着を持ってきているのさ!」
ああ、そういうこと。つうかそん時も俺が支給したんだろうがよ。無料じゃねえかよ。
なるほどわかったぞ。こいつ『皆は初めてだろうけど僕はもう雪というものを知っているんです。寒さ対策も知ってるんだ!どうだ!偉いだろう!』とアピールしているんだな、めっんどくっせえ!
そもそもリットちゃんやマーサも経験者だし、もっと言えばマルリさんやバーグ、あとシズクも地元民なんだぞ。よくもまあ、ドヤヤヤヤアと出来るもんだ。
ま、村長第1号として、ダンジョンの先輩としてドヤりたくなる気持ちはわからんでもないけどね。
面倒だしそのままドヤらせておくことにしました。
ちょっとしたいたずら心もあったんだけど、それはまだ内緒。
皆がモッコモコのモッフモフの服を選び終わり満足げな顔をしています。防寒着とは言え、服ですからね。拘りたい人も居るだろうと多数のバリエーションを作った甲斐がありました。
ヒゲミミ村で作られているのはウーフンの毛を素材とした防寒着で、それはそれはホカホカなのですが、ここで売られている防寒具はメリル村のメリルさんが定期的に下さるメリル100%の防寒着です。
見た目はウーフンのほどマルマルしてませんが、見えているフードの周りや袖口以外にも内側がそれはそれはフッワフワのモッフモフのモッコモコで、こんな所で試着してたら汗かきまくっちゃうレベルです。
メリル毛はなかなかに優秀な素材で、風を通さず湿気は通し、それでいて保温性に優れまくっているという、完璧な素材。
ミルクに毛に依存しまくりで、もうこれはメリルに足を向けて寝られませんね。
てなわけで、転送門内で防寒具に着替えまして、下に参りまーす。我々は商業カードを持っていますので、入り口、1階層、2階層、3階層からそれぞれの入口に飛べるわけですねー。1階層は現状行く意味がないので、今後正式に配布する商業カードではオミットされますが。
「じゃ、いきますよー?準備はいいですね?」
なんかキンタがブレイク捕まえてドヤ顔雪原トークしてるな……あ、こっちきた。
「わりいわりい。ちと先輩として教訓をな、ははは」
はははじゃねえよ。ブレイクがつかれた顔してるじゃないか。まあドラゴニュートって低温に弱そうっていうか冬眠しそうだけどさあ……。
そして容赦なく転移が始まりまして、3階層に到着です。一応転送門がある建物内は若干の結界がありますが、それでも底冷え感ありますな。
さて、転送門からラボまでは若干の距離がありますが、これもまた魔導バスで移動します。じゃないと死んじゃうからね。
キンタが。
外に出るとビュウビュウと吹雪いてまして、ああ、とても良い日に来たもんだと嬉しく思いました。
建物から出て直ぐにターミナルがあるわけではありません。正味3分ほど歩いた場所にあるのですよ。たかが3分、されど3分。
見て下さい、皆が平気な顔をしている中、キンタ一人ガチガチと震えていますよ。
俺はちゃんと言いましたよ『凍獄の雪原』だと。そんな恐ろしい名前をつけてるんですよ?お外の環境より厳しいに決まってるじゃないですか。ヒゲミミ村のお外より厳しいに決まってるじゃないですか!
それでもヒゲミミ村製防寒具をきているわけですので、3分やそこらじゃ死にません。ここは我慢してもらうしか無いですね。
ターミナルに入りますと、暖房がきいていて一気に春心地です。温かいミルクティーを皆に配ると、美味しそうにすすっていました。
キンタはそんな余裕もなく、カップを両手で持ってまだガチガチとしていましたが、だいぶ落ち着いてきた頃に文句を言ってきます。
「おいこら!ユウ!こうなるのわかってて黙ってただろう!」
「ばかだな、キンタは本当に馬鹿だな。キンタが得意げに語ってる時に『はははキンタ、その防寒着はヒゲミミ用だお前が知ってる常識は通用しねえぞ』なんて言ってみろ?お前がとてもかっこ悪い感じになってただろうが」
「ぐぬぬ……たしかにそうだ……」
「俺はお前のメンツを守ってやったんだよ。ほら、似たような防寒具を用意してあるから向こうでこっそり着替えてこい」
「ユウ……やっぱお前は最高だぜ……ありがとう!」
ははは、単純なキンタだ。
いやあ、ドヤリドヤリが非常にウザくて、特にブレイクの被害が半端無かったんでちょっとしたお仕置きのつもりでしたが、めちゃめちゃ効果がありましたな。
これを教訓にして、もう少し人の話を真剣に聞くようになってくれたらいいですね。




