第二話 黒き魔獣
大体この手のネタでは女神なり神様なりからスキルやチートアイテムを貰うのがお約束だ。
パンちゃん……女神の言い振りだと不老的なスキルは確実に無償でついて来るのだろう。それに……確認しておくか。
「ねえねえ、任期終わったら帰してくれるって事だけど、それまでに俺が死んだらどうなるの?」
「貴方はあちらの世界からお借りしているわけですから死なせませんよ? あ、これ死んだわーって言う状況でもなんとかしますからね」
「随分ザックリとした説明だけど……じゃあ、不老スキルとセットで無償提供、つまりもらえる特典とは別に付与されるって事でいいよね」
「はい、勿論!あ!あと何故か言葉が通じるアレもつけておきますよ。言葉の問題で仕事が出来ないのは困りますし」
「助かるわー って事で諸々の不安が解消したし、俺の願いを言うね」
「はい!カリスマ性でもカンストステータスでもなんでもいいですよ!」
ふんふんと張り切る女神だったが、俺の願いを聞いたらどんな顔をするだろうな。クックック……。
「暇だろうしスマホ使えるようにしてよ。ほら!そう言う転生者の話もあるしさ!あんな感じで電流や電波の問題クリアしてるやつ! スマホないと退屈で死んじゃうよお」
◆女神◆
え?なにこいつ? スマホ?何いってんの? 異世界よ?魔物蠢き剣と魔術が存在する……まあちょっと停滞してるけど、そんな世界なのよ? なに?スマホ持ち込んで何するつもりなの?
ううん、この人、個人的な趣味のために選んだ所があったけど、思ったよりあなどれないかもしれない。だって、願いを聞かれてスマホの持ち込みよ? なに?スマホ中毒の高校生なわけ?
うん、スマホはいい、スマホを持ち込みたいっていうならいいんだ。でも何故スマホなの?
まさか本当に暇つぶしのため?
ハッ!
なるほど!スマホに様々な機能を付与して貰って役立てようと言うのかしら!確かにそういうギフトを与えた神様の噂を聞いたことが有るわ。日本人らしい発想だわーて笑った覚えがある。
……念のために一応聞いてみよう。
「スマホにはアプリを入れられますが、どうしますか?」
「アプリ?あーアプリ無いとつまんないよな 俺が入れたのもあるけどおすすめあるなら入れてもいいよ」
やはりそうか……。何か思うところがあるのか知らないけれど、遠まわしに言ってるわよね?アプリがないとつまらない……か。これは暗に『アプリを使って色々出来るようにしたい』と言っているのでしょう。
ならばアプリを通じて様々な手助けを、神の力を貸せるようにしましょう…… これとこれと……こんなのもあれば……あの女神はこんなのあげてたわね……うんうん、これだけやってあげれば満足でしょう。あ!そうそう異世界生活必須のアレも……。
◆ユウ◆
いきなりスマホを取られ焦ったが、何やら怪しげな光を送り込んでいる辺り、異世界でも便利に使えるようにしてくれているんだろうな。わからんが、あっちでもネット使えたりしたらありがたい。
なんて思っていると、凄くいい笑顔でスマホを返された。どうやら作業が終わったようだし、これで俺も異世界に――と思ったら……なんか屈んでクロベエと向き合っている。
「にゃあにゃあ」
「にあー」
「んなんな」
「ぐぬー」
「なんでパンちゃんさんまでうなうな言ってるんすか……」
めんどくさいのとなんだか微笑ましかったので生暖かく見守っている。女神だからネコと話ができるというのだろうか?もしそうなら羨ましいな!あいつが普段俺のことどんな目で見てるのかぜひ聞いてみたい。生意気なことを言ったらタダじゃすまんがな!
やがて話がついたのかこちらに向き合った。
「こほん!では、貴方がたを私の世界に降ろします。……お願いしますユウさん……幼き私の世界に調律を……」
何か祈るようにお願いをされた後、来た時と同じ様な光に包まれグニャリと視界が歪み意識が途絶えた。
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さわさわと頬をなでる風が心地よい。
やわらかな日差し 揺れる木の葉の音 ふわふわの毛布
毛布!?
目を開けて手をつくと フサッとした手触りを感じた
ゆっくりとその場を離れ「フサフサ」の正体を探る。
体長3m前後 ライオンのような鬣をなびかせ 悠々と眠る黒い獣。
所謂「魔獣」というものだろうか。
「死なないようにする」とパンちゃんも言っていたし、何かあっても平気だろ…?
怖いのを我慢して近くによって観察をする……と、一陣の風が魔獣の毛をなでた。
瞬間、漂うかぎなれた香り。
「うわ……まいったな……まじかよこいつクロベエか……」
前に回り込みしげしげと顔を見れば確かに寝ている魔獣はクロベエだった。
ただしとてもでかい。
「……デカくなったな……小僧……」
言ってみたかった台詞をここぞとばかり発して頭を撫でているとクロベエが目を開け大あくびをした。
「うおおおくっせええええ やはりお前はクロベエだな」
むにゃむにゃとしながらあたりを見渡したクロベエは成瀬を見つけると目を細め
「ゆうー そろそろ ご飯の じかんじゃないかなー?」とさも当たり前のように言い放った。
俺には夢があった。
クロベエを撫でながら常々独り言のように言っていた夢だ。
「なあなあお前大きくなったら俺を背中に乗せてくれよ」
「どうせ”19時だから飯にしろ”って言ってるんだろ?ニャアニャア以外にも言葉覚えろよなそしたらもっといろいろお話できるだろ?」
それが今目の前で叶おうとしていた。つうか、さっき女神様を羨んだばっかりでこれかよ。
「クロベエ……お前なんで喋れるの?そもそもどうしてそんなに大きいの?」
「うんー?おれ いつもゆうに喋っていたよ ごはんーとか さんぽーとか。 ゆうがおれのことば わからなかっただけじゃない」
なるほど猫からすればそういう言い分か。確かに水が欲しそうな時、外に出たそうな時、ご飯をねだる時、それぞれ違う声で鳴いていた……と思う。
実際、餌の袋を見せたとき発した「にゅああああ」という声を聞いて何処かに入り込んでいたほかの猫まで出て来ることはしょっちゅうだ。猫には猫の言葉があるのだろう。
「おおきくなったのは ゆうが おれに のりたいーって いってたじゃないかあ だから おねがいしたんだよー」
成程、納得した。
どうして二つの願いが?と思ったが、言葉がわかるのはパンちゃんが俺に付与した無償スキルのおかげだろう。
……この万能翻訳スキルはどこまで効果が適応されるんだ?そこらの動物まで喋れたらお肉食えなくなっちゃう……!
俺たちが目覚めた場所は丘の上の草原という感じの場所だった。
パンちゃんが言っていた人間の集落でもないものかとクロベエに乗りあちこち探してみたがどうやら近くの見える範囲にはないようだった。
いつもの癖で「今何時なのだろう」とスマホを取り出した所でパンちゃんの言葉を思い出す。
「アプリ入れておきますね」
スマホをチェックすると新しいアプリが増えていた。
「リパンニェル」
「アプリに自分の名前つける開発者って…… いやまあたまにいるけどさあ……」
アプリを立ち上げるとログインボーナスが表示された。
『今日はこれがもらえるよ!』
<食糧3日分>
『明日はこれがもらえるよ!』
<水3日分>
「え……なにこれサバイバル中にサバイバルアプリやれって?」
と思った瞬間、背後で ドサッと何かが落ちる音がした。
かばんに入ったそれは食糧3日分であった。
「……なるほど……そういうアプリか……なら水もセットで今日くれたほうがよかったんじゃないっすかねーー!」
何処かで聞いていそうなパンちゃんに文句をつけつつも、ありがたく拾っておく。
こういう山奥投げっぱなし系転生において食べ物はとても大切だからね……。