第百八十一話 旅の前に色々と
『ここから南にずっと行ったところにある風のダンジョンねえ。良い所よー、草原が広がっていてね-、何にもなさ過ぎて大分行ってないけどあはははは!久々に見に行きましょうか、キャンプ道具もってさあ』
いやあ、スマホの録音機能って便利ですよね。なんならムービーで残しちゃったりして。
昨夜の件について詳しい話を聞こうと女神を捕まえてみれば、
「はあ?何言ってんの?行かないわよー-知らないわよーあんた勝手に行ってよー」
これです。
覚えてないか、一夜明けてテンションが戻り面倒になったか、そのどちらかでしょうが俺は許しませんよ。
しっかりムービーで撮っておいた証拠を子供達を交えて見せてやりましたとも。
「困るんですよねえ、一度言ったことをひっこめられちゃ」
「う……ず、ずるいわよ……そんな……」
『あー、そうねえ。ティーラちゃんの事もあるし、知性が芽生えてるようなコアにはなるべく会いに行かないとねえ』
「お母さん……私みたいな思いをしてる子が居るの?だったら行こう?行ってあげよう?」
『ずるいわよ!ユウ!子供を使うなんて卑怯!あんたは卑怯者よ!』
念話でこっそり非難してくるとは、ほんとクソな女神ですね。
でも俺はそれには乗りません。
「風のダンジョンコアだっけ。スーちゃんみたいな感じでのんびりしてるのかも知れないけど、ティーラみたいに待ってたら可愛そうだよねえ」
念話で答えず、周りに聞こえるようにしっかりと自分の意見を言います。
周りの子供達もうんうんと頷き、完全に俺の味方です。
「ぐ……ぐぐ……」
グウの音もでねえってやつか。あと一息だな。
『良いハハオヤは家族サービスをするものよ!』
「ちょ、それはなんか編集してない?ハハオヤの部分違和感凄くない?ねえ?ねえ?」
「母上……それ以上は……。一度言ったことを否定するのは己を否定することに繋がります……」
「そうだよ、ママ。それじゃユウの事言えないよ?ユウは言ったことは守ってくれるもん」
「おかあはちょっとダメだよなあー」
「お母さん……私は知ってるよ?お母さんがちゃんと頑張ってるって。ね?だから……」
「ぐ、ぐぐぐ……ぐぁー!わかったわよ!わかった!わかったから!もうーーー!!!!」
色んな物が折れた音が聞こえた。
こうして旅に出る事が決まり、早速俺は各所に根回しに向った。
「ユウサンだよー」
キンタの家に行くと2階からガタタっと音が聞こえた。最早俺が来ると条件反射で怯えるようになってしまったようだ。
扉を開けると何時ものようにシゲミチをガードするキンタの姿。まったく、毎度毎度シゲミチ攫うマンみたいな態度とりやがって。
「あー、まあ、俺も悪いけどお前もそれは無いだろ……この間もただの相談だったろうが」
「む……ああいや……これはもうクセになってんだ……シゲミチ隠して歩くの……」
「何言ってるんですかねえ……。ったく、まあ今日に限って言えばその行動は正しい!」
「んな!?だ、だめだぞ!?お前が言い出したゼイキンとかのせいであれからずっと忙しいんだ!そう簡単にホイホイシゲミチ出すほどうちには余裕がないんだからな!」
そんなやり取りを面倒くさそうな顔をして聞いているシゲミチくんは手を止めること無く書類を処理している。うんうん、良い子だな……。出来ることならPCと表計算ソフトを与えてあげたい……。
「まあ、良く聞け。今回は攫いに来たんじゃねえ。予告だ、予告」
「結局攫うんじゃねえか!?」
悲鳴に近い声でキンタが叫ぶ。
「まあ、良く聞いて欲しい。俺が彼を呼ぶのは恐らく一月は後の話だ。だから今々って事じゃ無いよ」
「それでも一ヶ月後酷い事態になるって言う予告にしかなってねえぞ!?」
……それまでに何か対処するって考えが無いのかねえこいつは。まあ、相変わらずシズクはあっちから帰ってこないようだし、結局居着いてしまってる感凄いし、その辺は申し訳ないわけで。
「まあ、シゲミチくんとリットちゃんで回ってるようなもんだからなここ。ぶっちゃけ人手不足なんだよな」
「そうなんだよ……。かといってシズクみたいな逸材は中々居ねえしよ、シズクはまた帰ってこなくなっちまったしよ……」
「そこでだ。何でも覚えて器用に働くウサ族を2匹貸してやるよ」
「お?マジでか?確かにあのウサギの連中はアチコチで器用に仕事をしてるもんな」
「あいつらは凄いぞ?一つ教えればそこからどんどん応用して新たな技法を生み出してしまう。1を聞いて1000を成すってくらい有能だ。
明日には来るように言っておくから、俺がシゲミチくんを攫うまでの間、しっかりと育て上げてやってくれ」
「……だったらその時が来たら育ったウサ族をお前が連れてけば良いのでは?」
はっ!その手があったか。確かにそれは盲点だ。どうせ最終的には現地の人に引き継いで帰ってくるわけで、であればレンタル期間を気にせず長期滞在が可能であるウサ族のが都合が良い……。
「だめです」
意外なところから却下の声が上がった。シゲミチくんだ。
「だ、だってよお?お前だって面倒なのは嫌だろう?だったら……」
「何言ってんすか村長は。ほぼ休み無くここで働き続けたら馬鹿になっちまいますよ。気づいてないかも知れませんが、ユウさんに攫われ戻ってきた後の俺、仕事の処理速度が倍増してますよね?未知の場所に行き、仕事の合間に思う存分調査が出来る、俺には天国のような出張なんですよ!」
おお……そうだった。シゲミチ君はそもそも研究職向け。こうやってクソみたいな役場で腐っていて言い存在では無かった。……人手が足りんからしばらくは頑張って貰うが……。
「そうか、シゲミチくんもそう言ってくれるか!見ろキンタ!シゲミチくんだって密かに旅を楽しみにしてくれてんだぞ!自分の都合だけで物事を考えてはいけません!」
「どの口が言ってんだ!?……まあいいや、わかったよ……。じゃ、ウサ族の姉ちゃん二人……頼むぞ……」
ちゃっかり「姉ちゃん」と女を指定しやがったな……。
その後、ザックにも同じ様な話を通したが、彼の場合はヒゲミミ村からやってきた弟子が沢山居たため、いつでも呼んでくれて構わないとはじめから乗り気で了承してくれた。
こういう所キンタと違って立派なんだよな、少年達はさ。
帰る前に忘れずにウサ族区画に行き、キンタの所に2匹派遣するようお願いしておいた。今後の事を考え、6匹のウサ族に交代で向うように伝えておく。これだけ居れば休みも取れるし、今後何処かの村に派遣するとなっても教育の手間が省けるからな。
あ、平等に男3匹女3匹の割合で雇いましたので、日によってはイケウサ2匹にキンタが囲まれる面白い状況になるかもしれませんね。
ざまあ