第十八話 集落滞在その3
リットのお父さん、キンタは狩人だったそうだ。なんというか、ややゴツめだが、爽やかな感じのスポーツマンキャラが少々腹立たしい。奥さんが可愛いから嫉妬しているとかそう言うのではない。決してだ。
そんな彼が語っているのは狩人を辞めてしまった経緯。
「いつ頃からか、大きな魔獣が狩り場に出るようになりましてな。討伐に向かったものの俺たちの手には負えるものでもなく、それが居る以上狩りが出来ないので今は畑を手伝っているんですよ」
マモ爺が話していた例の事件だな。
「なるほどですね。ま、明日分かると思いますが、近いうち狩りの再開が出来ると思いますよ」
「ほほう!本当ならばありがたいな!しかし明日分かるとは?」
「まあ、明日のお楽しみと言うことで」
キンタに色々話を聞く中でどうやら同じ年齢くらいだと言うことが分かった。曖昧なのはこの世界に年齢の概念がないからなんだけれど、どうやら日付の概念も怪しげな感じだったので、なんとなくメールでパンに聞いたら『あんたとタメよタメ』と返事が来たのであった。
「生まれが近いと言うことですし、もっとくだけた感じで喋りませんか?」
そう、提案すると凄く嬉しそうな顔をして
「それは助かる! いやあ堅苦しい言葉遣いはどうも苦手でな!」
と、俺の手をつかみブンブンと握手をする。様々な常識が無い世界なのに敬語の概念はあると言うのがいびつで面白いよな。しっかりしてるんだかそうじゃないんだかわからねえ。
「俺も気楽な方が良いので嬉しいよ」
しかし、キンタめ俺と同じ年くらいで美人の奥さんと可愛い娘がいるわけか。
なんかこう、なんかこうだな!行き場の無いモヤモヤが俺を襲うぜ!
『かわいそうw』
……シンプルに煽るメールが来たが通知スルーだ。
異世界の人間とは言え、年が近いせいかキンタとは非常に盛り上がってしまった。なんだかんだと雑談をしているうち、夜も更けてきたのでリットの家を後にして荷車に戻ることにした。
キンタや奥さんのマーサは泊まって行けと言ってくれたが、俺には相棒のクロベエが待っているんだ。丁重に断って家を後にした。
広場に置いて置いた荷車まで戻ると、それの番をしていたらしいクロベエがトコトコと歩いてきて俺の腹に顔をすり寄せる。
「ユウー おかえりー」
尻尾をブンブンと振って非常に嬉しそうにしている。うむ、戻ってきて良かった。流石にこいつを一人ここに寝かせるのは可愛そうだからな。
マモ爺の許可も得ているので荷車の隣にテントを張り、毛皮にくるまった。
明日はいよいよ交換会だ。 疲れたし早々と寝てしまおう。
◇
……ザワザワとした声で目が覚めた。なんだ……うるせえな。なんだってんだよ。あまりにもうるさくて二度寝が出来るレベルじゃあ無いので、渋々テントから顔を出して外を見てみれば……既に多くの人が集まっていた。
「お!肉の人だ!」
「肉の人が起きたぞ!」
「謎の布から肉の人がはいだしてきた!」
この肉の人は是非ともやめさせていきたい。てか、まだ7時だぞ!?みんな早いな!俺がおせえのか?
このままにもできないので挨拶でもしておこう。
「みなさんおはようございます!”ユウ”です!」
「「「おはようございます!」」」
気合いが入った挨拶が帰ってくる。朝礼かな?
「えー、肉の交換をしようと思いますが、もう少ししたら並べるので少しお待ち下さい」
「「「はい!」」」
えぇ…… どんだけ肉が嬉しいの……? 何このテンション……ちょっと怖いんだけど。
さて、肉を並べるとは言ってみたものの、どうすれば良いだろう。少し考えたが、やっぱり地面に肉を並べるのは嫌だ。衛生的じゃ無いし、画的にとても酷い事になる。クラフトツールで台でも作れば良いのだろうが、そんなの一体どこに合ったのだ?と言われてしまうと面倒なので、妥協案として板を作ることにした。綺麗な板の上に並べれば……地面より大分マシだからね。
テントの中でクラフトし出来たそばから出していけばまあ、バレないだろう。
スマホをテントに起き、板のクラフトを設定。少し広めのやつを……そうだな30枚もあればいいかな?数量をセットし、決定ボタンを押すと間もなく板のクラフトが始まった。ようし、出来た側から外に運び出すとしよう。
せっせせっせと板を取り出し、広場に並べていく。ああ、いいねえ。青空市場って感じじゃん。
「あのテント……どんだけ板が入ってたんだ?」
「寝るところあったのか?どうやって寝てたんだ?」
などなど聞こえてくるが知らないふりをする。
腰が悲鳴を上げそうになる頃、ようやく板を並べ終わったので今度は荷車から肉を出す番だ。
勿論、荷車に積んである分だけでは全然足らないので、時折アイテムボックスからこっそり追加しているものだからすげー時間がかかる。
「おいおいおい……肉のでかさもすげえが、あの荷車も凄いぞ」
「だよな、どう積んだらこんだけ肉が出てくるんだよ……」
「まあいいじゃねえか!今は肉だ!」
「そうだな!肉!肉!」
流石に色々聞かれるかと思ったがここの人たちが肉馬鹿で良かった……長く付き合うとなると、隠し事を続けるのもめんどくさいからいつかはばらそうと思うけどね。
腰が3度悲鳴を上げる頃、ようやく並べ終えたので肉について説明をしていく。今更だが手伝って貰えば良かった……。
「えー、これがヒッグホッグの肉です。目の前に沢山あるやつね。うちの近所の森で取れるんですよ」
「ヒッグホッグだって!」
「流石肉の人!取れるだなんて、野菜か何かと同じ扱いで狩りをしてやがる」
「ヒッグホッグ……昔聞いたことあるぞ……魔獣の森に住んでいる大きな魔獣だって…」
「じいさんが言ってた奴だな。あっちの大きな森には行くなってよく言われてたな」
どうやら近所の森は魔獣の森と呼ばれているようだ。異世界物のお約束展開……来たな。
「しかしずいぶんな量だな……本当に全部狩ったん……ですか?」
「はい、俺とクロベエで狩りました。越してきたばかりで肉くらいしか食うのが無かったので……」
「肉くらいしかって……流石肉の人だぜ……」
「そうだな……肉の人だ……」
しまった、より肉の人感をアピールしてしまった。
「あと、昨日そこの森で狩ったんですが、ラウベーラの肉もありますよ」
そういった瞬間、シンっと静まった。
あれあれこれはやってしまいましたかな。俺、やってしまいましたかなあー!?
『ドヤ顔すんな』
何かメールを受信した気がしたけれど、優越感に浸るのに忙しいのでスマホには触らんぞ。ふふん、ラウベーラですよ、ラウベーラ。君達が頭を悩ませていたラウベーラだぞう!さあ、驚け!褒めろ!崇めてくれー!
「ラ……ラウベーラっていったか?」
「流石に冗談だろ……?肉ジョークって奴だよな?」
「おい!みろよこれ!あいつの毛皮だ!」
「うおおおお!!!すっげえ!おいあんた!ほんとにラウベーラをやったのか!?」
「はは。そこの森には狩りのために行ったわけじゃなかったんですけどね、たまたま通りがかった所でリットが襲われていたんで思わず槍でチクッと……退治をね……」
「やり?やりが何かは知らんがあんたすげえな!」
狩人だけでは無く、集落の人たち全体から褒められまくって気持ちが良い。はっはっは。これだよこれこれ!フラっと現れた謎の人物が災害級の魔獣を討伐してチヤホヤされる展開!君ぃ!これぞ異世界テンプレ主人公の姿だよ!はっはっは!
『あんたの力じゃ無くて私の加護がかかったスマホのおかげだけどね』
はーいむーしむし
「いやあ、ホントにアイツを退治してくれたんだな!これでまた狩りが出来るよ!ありがとう!」
「後で俺達に狩りのコツを教えてくれ!」
「これでまたお肉が手に入るようになるわあ!」
「お野菜ばかりじゃお肌にわるいものね」
などなど、村人達から歓喜の声が湧き上がった。中でも狩人達からは特にチヤホヤされて非常に気持ちが良い。狩りのコツって言われても困るけれど、普段の様子を見せてもらうのは良いな。どのくらいのレベルなのか確認できるし、それを参考に(ネットで調べて)アドバイスをしたりする事くらいなら出来るだろう。
よし、会場も暖まったことだし本題に入るか!
「はいはーい!皆さん聞いて下さーい!今から交換の説明をします!」
パンパンと手を叩き、暗に肉を配ると言えばピタリと静まるから面白い。
「えー、まず野菜との交換をします。野菜を渡してくれたら肉を渡しますね。肉はとりあえずこの器一杯分渡すので、自分で見合うだけ野菜を渡してください」
器として3kgくらいの肉が入る木製のボウルを用意した。そのまま見せると「野菜足りるかしら?」と不安そうな声があがるが、今日は試しなのでどのくらいの量でも等しく同じ量を渡すと伝えると安堵の表情が会場に広がった。
「はい!まだ説明は終わってませんよー!次に交換する物が無い方々についてです!
今回はなるべく皆さんに肉を分けたいと思っています。なので、後から私に自分がやっている仕事についてお話しして下さったらそれで結構です。今回はそのお話しを聞いて、次回から肉と交換に何をして貰うかを考えますのでー」
野菜を持って来ていない農家以外であろう方々が嬉しそうな顔をするのが見えた。俺が原因でギスギスされても嫌だからな!肉はほんとアホほどあるので、何かしら理由つけてみんなに押し付けて帰りたい。今の俺は肉より野菜がくいてーんだ!
「さらにそれ以外の方々、何か作ったり集めたりしている人たちは特にお話を聞きたいので、ちゃんと肉を貰っていって下さいね。等しくみんなに肉を配りますので、遠慮せずきちんと俺のところに来てください」
遠巻きに見ていた若者達がびっくりした顔をしてみている。そうかあいつらがニート扱いされてる連中か。まさか貰えると思って居ないんだろうが、そう言う君達こそ金の卵になりかねんからな。大事にしてやるぞークックック……。
「はい!では交換を始めますが、文字を書ける人はいますか?」
再びザワザワとする会場。あ!やべえ!アホほど未熟な世界だったんだ! 言語は普通にあるし、敬語なんてもんもあるから失念していたが……文字自体存在しないとかそういうパターンもあり得るわけだ。文字からか?文字からやるのかー?それはめんどくさすぎるぞ!
「……俺が書ける!」
手を上げたのは作ったり集めたりしている、ニート扱いされている若者の一人だった。うおおー 文字存在した!助かった!てかやっぱりその手の連中が役に立つんじゃん。フラグ回収したじゃん!
「はい!そこの君!名前は?」
「シゲミチといいます」
しげっ……随分なじみやすい名前だな……キンタもそうだったけどさ……日本のそこらに居そうな名前なのはなんなんだよ。
なんで文字をかけるの?とか、筆記用具存在するんです?とか、識字率低いらしいのに本あるの??とか……そういう疑問がすげーーあるけれど、真面目に考えるのはめんどくさいから辞めるぞ! どうせそのうちなんかの拍子にポロッと判明すんだろ。
「よし、シゲミチくん。この紙にこれを使って交換した人の名前と交換した物を書いていくんだ。後で俺と話をするって人はどんな仕事をしているのか書いてくれ」
ポケットから手帳とペンを渡すとさらさらと試し書きをしてびっくりしていた。まあそうだろうな。
「これはなんですか?文字を書く道具なんてはじめてみました!普段俺は板に……」
「そう言う面倒くさそうな話しは後にしてくれ!その手の説明が始まると話しが進まなくなる!いいのか?肉やらんぞ!」
「はい!肉!」
肉だけで掌握できる集落とかやべえな。