第百七十話 地のダンジョン
「当ダンジョンは全10階層あります。1階層から3階層までが土壁の内装で、4階層から6階層までが石壁、7階層から9階層がそれに装飾がなされた豪華な内装で、最終階層は神殿のような大広間になっています」
道中、ドラゴンが丁寧に丁寧にダンジョンについて説明してくれた。
彼はアースドラゴンで、やはり土の属性を持つこのダンジョンを守護するフロアマスターらしい。
ドラゴンが言うとおり、3階層毎に綺麗にデザインを分けたこの作りは古き良きRPGを思い起こさせる。
生息している魔物も、ゴブリンのようなオガット、オーガのようなオッグスに始まって、しっかりとアースモルモルなるモルモルの亜種がスライム的に居たり、お化けや骸骨なんかのアンデッドも揃っていてしっかりと正しきダンジョンを形成していて好感が持てた。
「主は女神様の言いつけ通りしっかりとしたダンジョンを作っていたのですよ」
『おい!このドラゴンお前の言いつけで作ってたって言ってるぞ!自然発生したんじゃないのかよここ!』
『え、ええ~?お、おっかしいわねえ~?う~ん?』
「懐かしいですなあ、かれこれどれ程の時が流れたのか……」
ドラゴンは穏やかな、そして懐かしそうな顔で思い出を語ってくれた。
◆◇◆
「うん、成功ね。ここは地のダンジョン!貴方はダンジョンコアで、このダンジョンの守護者よ。そしてお前はアースドラゴン!動けないコアに変わってこのダンジョンを守る守護獣よ」
「おれは……しゅごじゅ?」
「そうよ!これからコアが生み出したり、迷い込んだりして眷属が増えていくことでしょう。貴方はその頂点に立ち、共にこのダンジョンを守るの」
「おれ、あるじをまもる!」
「うん、そうこなくっちゃ。いい?この辺りにはまだ人間はいないけど、私の加護をた~っぷり受けたこの地は肥沃な土なの。人間達が生きていくために必要な物がここではすくすくと育つわ。
やがてここには人が集まり、やがては国を成してそれでも満足できない人間達は富と名声を求めて冒険者としてここにやってくるの。貴方達の役割は戦いを通じて人間達を鍛え、育て上げる事よ」
「でも、あるじやられたらおれかなしい」
「大丈夫よ。コアには私の加護をつけておいたわ。けして砕かれることは無いわ。っと、もう時間みたい。そんな顔しないで、また会いに来るわ。次に来た時はきっとここは冒険者でいっぱいなのでしょうね」
「あるじ、おれにまかせてくれ。めがみさまのねがい、あるじのねがい、ぜったいにかなえてやるからな」
「あるじ!見てください!けんぞくがふえましたよ!外からやってきたモルモルだそうです!」
「おお!あるじ!すごいです!かいそうがふえていますよ!」
「主!オガットが進化してオッグスになりました!トルクスやトーファンも住み着いてくれ、ますますダンジョンが賑やかになりましたな!」
「凄い……とうとうやり遂げましたな……主!階層ごとに装飾を施し……かつて女神様が見せて下さった聖典の様な立派なダンジョンになりましたな!これで何時冒険者達が訪れても退屈をさせることはないでしょうな!」
「主……元気を出して下さい主!きっと人間達はまだ育ちきっていないのでしょう……でもきっと、きっともうすぐ女神様は来て下さる……その日までダンジョンをより良い物にしていきましょう!」
「主!聞いて下さい!ダンジョンの入口が塞がれました!っと、主もご存じでしたか。理由は分りませぬが、恐らくは人間達の仕業でしょう。そしてこれは先触れ、この後冒険者達がこぞって訪れる事でしょう!」
「主ーーー!!泣かないで下され!む?他のコアの気配と女神様の気配を感じた?コアと疎通は出来たが、上手く濁されてしまったですと?ううむ、しかし主、ある意味これは朗報ですぞ。女神様が降りてらっしゃるということは、時が来て冒険者達に神託を下されるのでしょう。ええ、ええ!間もなくです、間もなくここに冒険者が!そして女神様が-!!」
◆◇◆
「どれほどの時間待ち続け……。いえ、責める気持ちはありません。こうして会いに来て下さった、我らが精魂込めて作ったこのダンジョンを見せられる日が来た!今日は素晴らしい日です!」
『おい!どう言う事だ?ドラゴンの妄想が酷いんだが?俺はあんな綺麗な女神様と会ったことがないぞ!』
『し、失礼ね!ドラゴンが言ってるのは多分私よ!そう言われてみればこの世界を創って間もない頃……チュートリアルに沿ってなんかやった覚えはあるのよね……ていうか最後辺りの話、完全にあんたの事よね?どうすんのよ!勘違いに加速がついてるじゃないの!』
「しかし、女神様もうしわけありません。折角女神様が来て下さったというのに未だ冒険者達は姿をみせません。今頃国という物を成してこちらに多数訪れていなければおかしいというのに……」
『おいおいおいー!どうすんだよ!一応上には人が住んでるし、冒険者もいるけどここにこれるような連中じゃねえぞ!期待しすぎて期待値MAXになって一蹴して訝しんでるぞ!』
『知らないわよーー!で、でもほら!一応冒険者は居るしさ、コアだってドラゴンだってなんとか納得してくれるわ』
『知らねえぞ……ああ、可愛そうだな……。こんだけお前を思って頑張ってきたというのに……忘れてるなんて……はあ……』
『うう……やめてよ……胸が痛むから……』
「主は日々私や眷属達に指示を飛ばし、ダンジョンの整備に努めていました。しかし、時折見せる悲しげな表情、それは恐らく女神様を恋しく思う、母を求める子のような気持ちだったのでしょう。しっかりとしたお方ですが、やはりまだまだ子供です。どうかこれからはもっと会いに来て下さるよう……どうか、どうか……」
そんな具合に関係ない俺まで罪悪感に囚われながら後半の階層を乗り越え、俺達はようやく最深部に到達した。なんだこのフロアマスター、精神攻撃が半端ねえ……。
一緒に着いてきた子供達はドラゴンの話を「ふーん」といった顔で聞いていたが、ルーちゃんだけは頭を抱えて聞いていた。この子は恐らくこちら側、きちんと「ママ」がポンコツなのを理解している利発なお子様なのだろう。
ルーちゃんは他のコアから「姉」と呼ばれては居るが他のコアと成り立ちが異なる。どちらかと言えば俺の影響を大いに受けているところがあるのだ。故に妄信的に女神を見ることなく、中立的な立場で物事を考えられるのだろう。
そもそもダンジョンの出来た順番で言えば末っ子なんだよなルーちゃんは。
そんなどうでも良いことを考えているうちに大きな扉が開かれ、幻想的なコアの間が視界に広がった。
巨大な水晶に囲まれた神殿、そう表現するしかない。
水晶に反射した光りが青く建物を照らし不思議な雰囲気を創り出している。
そして、その中央には祭壇が在り、他のダンジョンと同様コアが収まっていた。
女神がそれに近づくとコアからオレンジ色の光が飛び出し、嬉しそうにパンの周りをクルクルと回っていた。
「ごめんね、ごめんね。待たせちゃってほんとごめん。その代わり……今日はご褒美上げるからね?」
愛おしそうに光を抱きしめ、まるで聖母のような顔でそれを慈しむ女神。
おかしいな……、今日のアイツはやたら綺麗で見ていると俺の荒んだハートすら癒やされていく……。
あれ……こいつこんなに可愛かったっけ……。
暫く光を可愛がっていた女神だが、こちらにくるりと顔を向けると、顎をしゃくって何か伝えようとしている。
……ああ。
「ご褒美」とやらは結局アレか。俺が「描く」んだな。
俺の中に産まれた女神の幻想はかき消え、急激に現実に戻されるのであった。