百六十九話 一番身近なダンジョン
悲しみの事実を告げられた翌朝、俺はまだ微妙に立ち直れないでいたが、まだ見ぬ我が子が待っているのだと己の体を奮い立たせ、なんとかベッドから起き上がった。
顔を洗ってリビングに行くと涎を垂らした女神が落ちていた。
(こんな所で寝てしまうなんて……。お前も色々疲れてるんだな、ゆっくりお休み……)
顔にぬれタオルを乗せてやり、永久の眠りに誘ってやった。
大事そうに酒瓶抱きしめやがって。どっかの駄女神様じゃねえんだからさ……。
朝食の支度をしていると子供達や猫達も起きてきたので、顔を洗うようにいいつけ食器を並べる。
女神はまだピンピンしていた。
子供達が戻り、支度も出来たので配膳を手伝って貰う。今朝のメニューはベーコンエッグ(謎の卵)とチキンスープにサラダだ。
猫達には大きめの魚をいくつか焼いてやった。
俺も正直なところ朝は焼き魚と味噌汁が欲しい所だが、米が無いからな……。
米や乳を捜しに旅立つつもりが何故こんな事に。
しかし、食事をしている子供達というのは可愛らしいな。
ハグハグと一生懸命にご飯を食べる姿は本当に愛らしい。
女神は微妙に蠢いていた。
……しょうが無い、そろそろ起こすか。
顔からタオルを取り去り、足で肩の辺りを揺さぶるとうめき声を上げて目を覚ました
「うう……。モルモルに飲み込まれて出られない夢を見たわ……あの苦しさ……リアルすぎる……」
「そうか。ほら、飯を食え。今日はダンジョンを見に行くんだろ?さっさと食ってさっさと出かけよう」
「起きたら朝食が出来ている生活、素敵ねー」
馬鹿は脳天気な事を言いながらガツガツと朝から景気よく召し上がっている。
気持ちよく飯を食うというのはこいつの数少ない長所だな。
◆◇◆
「こっちだよー」
ルーちゃんの案内でついた場所は街の中……と言っても、俺が後から拡張して造ったウサ族の区画だ。
どうやらダンジョンは俺が潰してしまった森の中にひっそりとあったらしいが、いい加減に整地してしまったため、その入口を見られることもなく埋められてしまっていたようだ。
……正直すまなかった。
幸いな事に、ダンジョンの入口の上には建物は無く、公園のようになっているだけだった。
余計な仕事が増えなくて本当に良かった。
「しかしあんたも馬鹿よねー。近くまで来て気づかないで埋めちゃうなんてさ」
「それを言われると耳が痛いが、そう言う女神様も何度かここらに来てるんだよね。俺には出来ない魔素の感知は勿論のこと、自分が造った世界でダンジョンの存在を知らないのは不思議だよね」
「ぐ、ぐぐ、ぐ……あ!ほら!ウサ族が様子を見に来たわよ!ほらほら!工事の前に近隣住民に断りを入れないと!」
くそ、適当な事言って逃げやがったな。この件はしっかりと覚えておいて後日追求してやる。
「あ、ウサ族さあ、ここにさあ、ダンジョンがあるからさあ、よろしくね?」
「ええ?ユウ様説明が雑過ぎ……っていうか、ダンジョンですか?」
「そうそう、いやあ俺も気づかないで埋めちゃったんだけど、ここにダンジョンがあるんだって。勿体ないから掘り起こして使うから」
「はあ、それは構いませんが……」
「それに伴って広場をちょっと弄っちゃうけどごめんね?」
「構いませんよ、というかユウ様より与えられた土地ですし、我らには何も文句など」
「そ、まあなんかあったら手伝ってくれよな」
どうせこいつら魔族みたいなもんだし、近所にダンジョンがあったら逆に暮らしやすくなるんじゃないかな。知らんけど。
ダンジョンと言っても、危ないから直接中には入れないようにする予定だし、中の魔物もある程度話をつけるから出てきてなんかするって事は無いだろうし。まあ、こんな所にあっても問題なかろう。
というわけで早速開拓キットで掘り起こしていきます。どうやら石で囲まれた立派な入口があったらしいのですが、範囲選択からのオート開拓で適当にやったのでんなもん見たこともありませんでした。
こうして現れた入口を見て始めて石造りだと言うことが理解出来ましたわ。
「なんというか、ダンジョンらしいダンジョンだな?」
「意図して造ったわけじゃないけど、この辺りは基本に沿って丁寧にやったからね。ダンジョンも空気読んで教科書通りのデザインになったんじゃないの?」
全くいい加減な女神である。
如何にも「ダンジョンです」と言った感じの入口は石で囲まれて居る。地面にぽっかり空いたようなその入口の奥には石で出来た階段が見え、どう言う仕掛けか分らんが消えず燃え尽きない松明が壁にくっついていた。
昔、少しだけリッチな性能になったゲーム機で遊んだダンジョンRPGのマップがこんなグラだったなあ。
薄暗い坑道の様な壁に石造りの床……。レトロゲーをVRで遊んでいるような気分になるよ。
「ユウー!魔物が出るよ!」
ルーちゃんの声を聞いてスマホランスを取り出しておく。まだ話をつけては居ないので何が起きるか分らない。
通路の先からひょっこりと顔を出したのは子鬼だった。所謂ゴブリンだ。
「こんなとこまでテンプレかよ……モルモルが出そうだなあとは思ったけどさ」
ゴブリンはギャッギャと鳴きながら手招きをして仲間を呼び寄せているようだ。
てことは、それなりに知能がある感じだな。もしかしたら言葉が通じるのかもしれん。
武器を構え、ジリジリと近づいてくる子鬼共に挨拶をしてみよう。
「おい!後ろにドラゴンが居るぞ!」
俺のセリフに反応し、ビクッと体を震わせて一斉に後ろを振り返っている。
はっはっは、馬鹿め!隙だらけだ!……じゃなくて、やっぱ言葉通じるんだな。
「てのは冗談だ。おい、お前ら名前は知らんが言葉が分るんだろ?ちょっと話し合いをしようじゃ無いか」
いきなりゾロゾロと現れ、話しかける俺達に子鬼共は警戒を緩めずジリジリと近づいてくる。
この程度の知能ではやはりこうなってしまうのか……?
と、地響きが聞こえてくる。
ドドドドド……、地の底から響くそれを地震かと思ったが、どうやら違うようだ。
徐々に徐々に近づき、その振動は強くなっていく。俺達はまだなんとか立っていられたが、体が小さいゴブリン達は地に手足を着けてフラフラとしていた。
「ユウ!大きな反応!」
「父上これはもしかして……」
「うちやナーちゃんとこに居る奴と同じっぽいー」
地響きが奥から手前に近づいてくる。薄暗くやたら広いためまだはっきりとは見えないが、何かが土埃を立てて近づいてくるのがわかる。
身構え、それに備えているとやがてその正体が判明する。
「おい……子鬼共……後ろから……ドラゴンが来て居るぞ!」
「ぎゃぎゃ……もうだまされないぎゃ……」
喋った!!じゃなくて!
「マジだよ!まじまじ!おら!潰されんぞ!おめーら!」
二度目の警告で後ろを振り向いた子鬼達。しかしそれは間に合わずドラゴンに蹴り散らかされてしまう。
「ゴブ助-!ゴブ夫ー!ゴブ太ー!」
いや名前知らんけど。
俺達もああなってしまうのか!?いや、俺達にはスマホランスがあるし、ダンジョンコア3人、デカ猫2匹も居る。いざとなったら女神を投げつけるまである!ドラゴンなんかに負けない!
覚悟を決め、ギリリとドラゴンを睨み付けて備えているとそれは直前でピタリと止まり、傅くように身を低くした。
「ようやく来て頂けたのですね、女神様……主がお待ちです……もう、かなりかなりお待ちです……」
「え?あ?そ、そう?なんかごめんね?」
どうやらこのドラゴンはフロアマスター的な者のようだな。このダンジョンの規模がどんなもんかわからんが、入口までご苦労さんなこって。
ともあれ、俺達はドラゴンの案内でコアの元まで向うこととなった。