第十七話 集落滞在その2
さて、リットの家はどこだろう。
適当に集落の人に聞くと、そこの角を曲がったところが家だと教えてくれたのでさっそく向かう……狭い集落なので直ぐについた、というか総当たりをしても直ぐ見つかった感あるな。
コンコン
ノックをすると、聞き慣れた声、リットの声がする。疑うこと無くここがリットの家なのだろう。
「はーい」
「リット、さっきぶりだね。お母さんの様子はどうだい?薬は飲ませたかい?」
「うん……よく考えたらね……私薬草があっても使い方がわからなかったの……そのまま食べてって言ったらお母さん嫌だって……こんな時お父さんが居てくれたらな……ううん、だめだね。私がお父さんの代わりにしっかりしなきゃって何時も思ってるのに」
うつむいてそんなことを言うリット。この家には頼れる父が居ないのか……それは辛かったな……。
「それはいけない……。よし俺は薬草に詳しいんだ。お母さんを見せてくれないか」
「え?いいの?こっちだよ」
拍子抜けするほど、あっさりと案内され、奥の部屋に入ると粗末なベッドに薄手の布団をかけた女性が横たわっていた。
やや顔色が悪いが、結構若く美人でちょっとグッときてしまった。……が、今はそんな場合では無い。
「失礼」
額に手を当てると高い熱があり、寒気がするのか震えている。取りあえず身体をもう少しちゃんと暖める必要があるな。ボックスから毛皮を出しかけてあげた。
後は、熱をなんとかしなければな。つっても、俺は回復魔法が使えるわけでもなければ、お医者様でもない。日本の民間療法をなぞるしかない……が、やらないよりはずっとマシだろう。
ボックスから木桶を取り出し、同じく取り出した水を注ぎ込む。
「リット、なにか布か何か無いか。顔を拭くような物だ」
こう言う事もあるし今度手ぬぐいでも作らないとな。そろそろ風呂に入らんと俺も臭い。
「これでいいの?」
リットが差し出した布を水に浸し絞る。
「いいかい、俺が帰った後、お母さんの熱が下がるまでこうしてあげな」
布をお母さんの額に乗せるとリットはなるほどという顔をしていた。いくらなんでもこれくらいは当たり前にある世界だと思いたいが、あの女神の世界なのでそれすらも疑わしい。
後は薬か……。アプリで薬を検索する。病状スキャンというのがあったので、もしやと押すとカメラが立ち上がった。やったぜこれで俺も聖女様だ! 女ってこたねえか。聖男? ……やっぱ賢者で。夜によくそうなるし。
どんなもんか試しにお母さんをスキャンすると「いわゆる風邪だね、薬出しとくよ」と表示された。なんだよ……風邪かよ!謎の風土病とか、呪いとか、すげー秘境に生えている薬草を使わないと直せない毒に侵されているとかそういうのじゃねえのかよ!
便利だなあ!とか凄いなあ!などの感想よりも先にいい加減な町医者みたいな態度とその結果が気になったが、風邪とて馬鹿には出来んからな。それで死んじゃう人もいる。てことで、ピカピカと点滅をして『さっさと押せよ』アピールが半端ない処方箋ボタンを押した。
症状スキャンは製造キットの機能なので、当然のごとく薬を作る材料は求められた。けれど、幸いなことにそこに表示された材料は揃っていたので、即座に処方することができそうだ。女神め見てるか? お前が軽視していたあのオオカミの角、役にたったぞ。
様々な選択肢が表示されたが、その中でも飲みやすいであろうシロップを選択し、確定すると小瓶に入った薬が生成された。
なんだか不思議そうな顔で見ていたリットを呼び寄せ、薬の説明をする。
「いいかい、薬はこの蓋になっている小さな器に1杯、こうやってご飯の後飲ませるんだよ……うん、ちゃんと飲めたね。今日は食前に飲ませたけれど、本当は御飯の後が良いからね」
「うん……わかった……。でもごはん……おかあさんが寝てるから……」
と、困った顔を浮かべる。そりゃそうか。こんな小さな子供だもんな。薬草の扱いもわからないようなリットには料理など難しい話だろう。
「俺は何日かここに居るから、その間リットとお母さんの分のごはんを作ってあげよう」
こう言うとき父親が居ればどれだけリットが救われたことか。この小さな身体で大人達も近寄らない森に薬を取りに来たのだ。これだけ苦労している母子を見捨てることなど俺には出来ない
嬉しそうな顔をするリット。良かったな、本当に良かったな。
お母さんが穏やかな寝息を立てているのを確認し、集落の炊事場に向かう。どうやらまだ各家庭に炊事場は無いようで、食事は共同の炊事場でやるらしいのだ。
既に何人かの奥様方が夕食の支度をしていて、俺の姿を見るとヒソヒソとこちらを見ながら何かを言っている。なになに? もしかしてイケメンが来たとかそういう話?
「肉の人……」「肉……」「肉ね……」
……すっかり肉の人呼ばわりだ。
「どうも、”ユウ”です。リット達のご飯を作ることになったので、ちょっと借りますね」
名前を強調して挨拶をしておく。
お姉さん方の中、男が一人である。肉のことも有るし、変に目立たないよう、端の炊事場で調理をする。リットはともかく、お母さんにはまだ肉は無理だろう。なのでキノコと山菜のスープを作ることにした。
とはいえ、リットちゃんはスープだけでは物足りなかろうと、他に肉とジャンニの炒め物も作った。
ちょっと多めに作ってしまったが、明日の朝も食べれば良いだろう。俺も一緒に食うしね。
奥様方から『あら、良い香りね? 何を使っているの?』と聞かれ『ムックルとシラウですよ』と答えたが、聞いたことが無いという。
もしかするとこっちの森には生えないのかもしれないな、ちょっと森の様子が違かったしね。
熱い眼差しに負け、味見をしてもらったら評判が良かったのでムックルを少し分けてあげた。
けして人妻の色気にやられたわけではないぞ。今後の付き合いのためいい人アピールをしただけだ。
荷車の所で待機しているクロベエにご飯をあげてリットの所に向かう。
『わたしのご飯は』
と、メールが来たが、既読無視を決め込んだ。
リットの家に着いたのでノックをしてドアを開けて貰う。
コンコン
「はーい、あ!肉の人!」
驚いたことに、出迎えてくれたのはリットではなく、お母さんだ。おいあんた!寝込んでて肉のこと知らねえだろ!
「どうも、ユウです。もう起きて大丈夫なのですか?」
「おかげさまで……私もびっくりしてるんですが、前より身体が軽いくらいで……!」
薬は思いのほかよく効いたようで、というか効き過ぎたようでやたらツヤツヤしている。ちょっとびっくりしているが、まあ直ったのであればよかろうて。俺も熱出た後3時間で治った事あるしな!
お母さんが後ろを向いた好きにこっそりとアイテムボックスから作ったご飯をだし、夕食にすることにした。
病気のお母さんがいるし、リットと二人静かな夕食になるだろうと思ったが、すっかりピンピンしているわけで。いやあ、当初思った以上にとても賑やかな夕食になったなあ!いやほんと!
「はっはっは、肉の人!妻とリットが世話になっちゃって!」
言ってくれよな、お父さん生きてるって……ただ、今仕事で出かけてて居ないだけだって……。
どうもこの集落の連中は言葉足らずで勘違いさせる節があるようだ。