第百六十四話 月日ってやつは都合によって唐突に流れるものさ
あの日、海の村、マリーノが無事誕生した翌日から三日三晩宴会が続いた。
その間、各村の住人達も多数訪れ、マリンレンジャーを満喫し、また、マリーナ村の住人達もダンジョンの話や温泉や雪遊び場の話を聞いてその日から意欲的に働く村人が増えたらしい。
転送門というチートがあるおかげで地域間の移動は楽というレベルではないからな。
市内のちょっと離れたところに行く感覚で長距離を移動できてしまう。なので旅費と言っても宿賃や食費にちょっとだけのお小遣いがあれば済んでしまうので、少々頑張って仕事をすればふらっと遊びに行くことなんて余裕で出来る。
そのため街道整備などははじまりの村周辺くらいでしかまともに行われていないが、それは今後村の規模がそれぞれ大きくなってからじっくりと取り組んで貰えば良かろうと思う。
この世界はこれまでが酷すぎて基盤もくそもなかったからね。今は多少ズルをして無茶をしてでも住民達の意識改革をしていかないとだめだ。
「ただその日飯が食えれば良い」に「楽しい事をしたい」が加わって欲を持つようになれば、何かを開発したり、環境を良くしようと開拓をしたり、暮らしやすくなるよう決まり事を作ったりと、社会的な行動を取るようになる。
それをやり過ぎると治安が悪くなって争いが起きるようになっちゃうから、さじ加減が難しいところだけど、この世界において唯一とも言える良いところ、「悪人がいない」という部分だけは活かしていきたいからな。
魔物の一部に悪人とも言える連中が居ないこともないが、あれは悪戯心から来る物で純粋な悪ではない。
あの平和そうな顔で眠る女神が創った世界だ、根っこの部分は皆親に似てしまっているのだろうな。
はじまりの村の連中を見ていると大分変わったと思う。
ザックはモルモル達を従えて立派に魔導具店を営んでいる。俺が与えた仕事以外にも自ら魔導具を開発するなど、以前では考えられない事だ。
シゲミチやシズクもそうだ。村の運営を通じて暮らしを良くする案を日々考え、村長達と相談して実行に移している。ヒゲミミ村の住人達は物作りを好むようで、ウサ族達と交流が多いそうだ。ウサ族は生意気にもきちんと図面を引いて物作りをしているわけだが、ドワーフや猫耳の鍛冶師は勘と伝統だけでそれを作っているため図面など見たことがなかった。
そこで困るのが図面の文字だ。はじまりの村よりも識字率が低いヒゲミミ村ではせっかく腕があってもウサ族達の技術を取り入れることが難しかった。それを見ていたシズクは読み書きを教える場を作った。そう、学校の創設だ。
マリーノから自宅に戻ってから暫くしてシズクからその相談を受けた時は驚いた。
「効率よく多くの人に文字を教える環境を用意したい」
それを聞いて真っ先に学校の事を思い出し、簡易ながらも仕組みと理念を教えてあげた。
はじめは集会場を使って週に2度ほど実施する。教えるのは簡単な読み書きから始まって、応用問題、最後に卒業試験として薄い本(変な意味ではなく)を読んで貰って問題が無ければ卒業という具合だ。
すっかり忘れていたが、この世界にはろくな紙が存在しない。木札や魔獣の皮を加工した羊皮紙的な物がほとんどで、好き好んで字を書こうとする者なんてあまりいなかったわけだ。
なので当面の分は俺が紙を大量生産して提供することにしている。スマホのツールを使えばそこらの植物から適当に作れてしまうからな。無論、そのうち「まともな方法の」製紙業をもたらさないと後で困ることになるから、その辺はウサ族にぶん投げることにしよう。
そんな具合で、様々な村が混じり合うことによってより良い刺激になって予想以上に文化レベルが急上昇している、というわけだ。
そんなこんなであれからもう3ヶ月ですよ。
旅?出てないよ!忙しいんだよ!ノンビリ出来るって言った奴出てこい!
俺か。
何で忙しいって、シズクをはじめとしてあちこちから相談されるのが先ず一つだな。
シゲミチ君やシズク、そして各村長に村の運営をぶん投げているとは言え、やはり分らない物は分らないわけだ。そこで心を鬼にして任せるというのも在りと言えば在りだが、今は少しでも世の中を良くしていきたい。
なので律儀に一つ一つ相談に乗っているというのが忙しい理由その1だ。
次に、今まで適当にやっていたダンジョン運営、これをいよいよ真面目にやらねばいけなくなった。
現在3つの村、5種族による攻略がされるようになり、ダンジョンは以前と比べて更に賑やかになっている。
そして以前よりレベルが上がった冒険者達により、第1階層は突破され何人かのパーティーが既に第二階層、森のダンジョンに入って居る。
森のダンジョンは湿地のダンジョンよりも手強い敵が多く、次の階層「雪のダンジョン」にはまだまだ到達出来ないとは思うが、適当に配置していた森のダンジョンの魔物を効率的に配置しなおしたり、新たな魔物を補充したりとかなり忙しいのだ。
「くそ!なんでここにもおっさんがいるんだよ!」
なんて森タルットと遭遇してやられたであろう冒険者のぼやきを聞いた時はちょっと元気が出たが、ダンジョン運営は後々もう少しきちんとやらねばいけない重要案件だ。コツコツやっているとは言え気が遠くなるなあこれ。
ちなみに森のダンジョンにはウサ族が纏める魔物の集落がある。蜘蛛のお姉ちゃんの製糸工場もあるため、勘違いした冒険者に襲われるのは避けたいわけだ。
そこで、ルーちゃんにお願いをしてその集落周辺のシステムを変更して貰った。
集落内に入ると録音されたルーちゃんのアナウンスが流れる。
「ようこそ冒険者の皆様。ここはウサ族の隠れ里。何者も武器を持つことは許されません。里を出るまで敵対行動を禁止します」
その後、武器は亜空間に取り上げられ、以後里から出るまで戻ることはない。
森のダンジョンには現在そこそこ冒険者が立ち入るようになっている。
集落内では外の通貨で買い物が出来るため、食料の補充場所として重宝されているらしい。
ダンジョン内の魔物の集落、これもまた一つの村として在りなのかも知れないなあ。
ちなみに現在ダンジョンの階層はこうなっている。
第一階層 湿地のダンジョン
第二階層 森のダンジョン
第三階層 雪のダンジョン
第四階層 海のダンジョン
現在森のフロアマスターはヒカリが担当しているが、ヒカリ曰く「まだ誰も来ないし、来てもあいつら見てると負ける気がしないよ」とのことなので、まだ突破されることは無いと思う。
それに甘えて雪のダンジョン、海のダンジョンのフロアマスターを設置して居ないわけで。
それも早々になんとかしておきたいところではある。
現在の仕様では4つのダンジョンをクリアすると広間に出るようになっている。
その広間からは「火のダンジョン」「水のダンジョン」に行けるようになっていて、それらをクリアするとダンジョンマスターであるルーちゃんがいる特別なダンジョンに行けるようになっている。
なってはいるが、まだ作っていないので行こうとしたところで行くことは出来ない。
そもそも、俺の推測だと後2カ所「風のダンジョン」と「土のダンジョン」があるはずなのだ。
いい加減な女神でもその辺は空気を読めるはず。
4つのエレメントダンジョンをクリアし、そのマスターから渡された宝珠をはめるとルーちゃんの元へ行けるようにしたいのだよ。
RPGみたいでよくない?いいよね……。
こうやって色々欲を出すから俺が休む暇が無くなっているわけだが、まあこの世界でこんな事をやってるのも趣味みたいなもんだし、あまり悪い気はしないんだよな。
どれ、もうひと頑張りするか。