第百六十二話 ぞくぞくとやってくる
プレオープンの間はそれ程客が来ないだろうと思っていたが、以外と訪れる住民達は多かった。
純粋に泳ぎに来る客の殆どは子供達だったが、それ以外の用途でここまでやってくる住人達がそこそこ居たためだ。
理由は簡単、温水シャワーだ。風呂という物が元々無かったこの世界では桶に張った水や湯で身体を拭くのが基本である。
そして、海という巨大な水たまりが近いこの土地では、わざわざ身体を洗ったり拭いたりすると言うことをしない。
年中温暖な気候もあって、汚れたら海に飛び込んで暫く泳いでしまえと言う考え方があったからだ。
しかし、それも温水シャワーを知るまでの話。堕落するかのような暖かなお湯で海水を流すとどうだ、今まで普通に思っていたベトベトとした身体がサッパリするわけだ。さらにサービスで置いている石鹸やシャンプーによりフワフワになる羽毛。これが鳥人達のハートをぶち抜いた。
仕事が終わった後の住人達がシャワーを浴びにやってきて、その帰りに食堂で軽食を取ったり、かき氷を食べて帰るというのがここ最近の流行になっている。
衛生面を考えてもシャワーの普及は良いことなので、嬉しい誤算ではあるがこのままここを使われ続けると正式オープンした時にちょっと問題になりそうだ。
なので集落内に男女それぞれ10人ずつ収容出来るシャワールームを別途作ってやった。
勿論、これを作ったからと言って海の家のシャワールームを使うなとは言わない。選択肢が増えることによって人数が分散すればそれでいいからな。
そうそう、宿も作ったんだ。考えてみれば泊るところが無いとどうしようも無いからね。
俺達が簡易ハウスを建てていた辺りを拡張して2階建ての宿を建てた。
シンプルな造りで収容人数をひたすら重視した造りなのであまり立派なもんじゃないが、こっから先はそのうち流入するであろうウサ族なんかと相談して勝手にやって欲しい。
そんな感じで、ゆっくりバカンスどころか地味に忙しかったわけですが、そんな日々も今日で終わりだ。
今日は各村から村長共がこちらにやってくる日、そう開村式だ。
俺の手下と化しているウサ族達がそれぞれ村長を迎えに行ってくれているおかげで俺は村で新村長達のフォローに回ることが出来ている。
「どうだ、今の気持ちは」
「いや……どうだって言われても……良く分からないぞ」
「村?という場所に変わるって言われても、既に色々変わってるからわかんないよ」
まあそりゃそうか。
別に村になったからと言ってどうというもんでも無いからな。他村との繋がりが出来て、提携しやすくなると言うのはメリットだが、目に見えてわかるメリットは村になる下準備の時点で与えてしまっているから村になったからと言ってどうのこうのってのは実感しにくいわけだ。
「これからは他の村から沢山の人がここに訪れるようになるし、ここの人達も余所の村に遊びに行くことだって出来るようになるんだ。場合によっちゃ余所の村から新たに住人が来て住みたいと言う事もあるだろうし、逆に出て行くこともあるだろう。ゆっくり色々と変わっていくぞ」
「そんなものなのか。うーん、まあ、なんとかなるだろう」
「そうだね、なんとかしていこうじゃ無いか」
頼もしい夫婦だ。ここの村の連中には大いに協力していきたい。
と、村長夫婦を弄っているとキンタ達が到着したようだ。
「よう、キンタ。良く来てくれたな」
「おう!ユウ!すげえな、なんだよあれは!果てが見えないぞ!」
「ああ、アレが海って奴だ。後でじっくり見せてやるから楽しみにしといてくれな」
「ユウさん!私も来たよー!」
リットちゃんだ。よく見ればマーサも来ている。シゲミチ君はお留守番か。
「良く来たね、リットちゃん、マーサも。式典が終わったらうちの子達と一緒に遊んであげてね」
「しょうが無いなあ、るーちゃん良い子だから遊んであげるよ」
と、椅子に座って足をブラブラさせている子供達を見つけたのか、リットちゃんは走り去っていった。しっかりしているけど、こういう所はきちんと子供でほっとする。
と、バーグ達も来たな。マルリさんも気づいたようでこちらに駆けよってきた。
「久しいのバーグ!ヒルダも相変わらずちっこくてなによりじゃわい」
「マルリの婆さんもちっこいじゃないか!……何だか少し若返ってないかい?ちょっと、何をやったのか教えておくれよ!どうせユウさんがまたなにかやったんだろう?」
バーグの妻、ヒルダがマルリさんをわしわしと触りながら良く分からないことを言っている……。
マルリさんが若返った?俺には違いがわからんが、肌が潤ったとかそういう事なのだろうか。風呂で女神の加護を間近で受けているわけだから、なんらかの効果は出ていそうだな……。
「ユウさん、お久しぶりですわねー。はー、ここもヒゲミミに負けず暖かい所ですわね」
「お、シズクか。久しぶりだな!聞いたぞ、すっかりヒゲミミ村の秘書になってるんだってな」
「別にずっとこのまま居るわけではありませんわよ?まだもう少し見守って居たいなって思ってるだけですから……」
「いやいや、責めてるわけじゃ無いぞ。俺もあちこち行かなきゃ無くてさ、目が届きにくいからシズクが見ててくれるのは助かるよ。ありがとう、今日はたっぷり楽しんでいってくれ」
っと、バーグが一人オロオロしている。ヒルダはマルリさんに、俺はシズクについてしまったので一人取り残されて困っているようだ。しょうがねえ、そっちに……と思ったら、キンタが声をかけてやってるな。
うむ、ポンコツ親父同士仲良くやっててくれ。俺はそろそろ開村式を始めないといけないからな。
広場に作った舞台の袖にブレイクとハンナを呼び、打ち合わせをする。
特に緊張した様子も無く、すんなり終わったので助かるわ。
壇上から子供達の様子を見る。女神は珍しくちゃんと起きて子供達の面倒を見ているようだ。ああ、この後開村パーティがあるからな。そのため寝ないようにしているのか。くそが。
キンタやバーグ達もそれぞれ自分の席に座ったようだ。よし、そろそろ時間だな。
始めよう開村式を。