第百六十一話 みずぎかい
本日は海水浴場のプレオープン1日目。相も変わらず嫌になるほどの晴天で海水浴日よりである。
ここの連中は普段から普通に海水浴をしているわけだから、今更海水浴場を作った所でここの連中には有り難みもなにもないわけだが、海の家やシャワー室、そして水着は今までになかったものなので声をかけてみたらそれなりに人が集まった、というか全員来てんじゃねえのかこれ。
取り敢えず、なぜこんなものを作ったのかと言う説明も兼ねて挨拶でもしようかね。
「はい!注目!ユウさんが喋りますよ!……はい。静かになるまで30秒かかりました。
えー、本日はクソ暑い中お集まり頂き有難うございます。皆様は普段からここで泳いでると思いますが、この海という存在、これは他の村には無い珍しい物です」
珍しいものだと言うと、あちらこちらから驚きの声が上がる。この大陸を全部回ったわけではないので、海の近くにある集落というのもまだあるかも知れないが、現時点ではここくらいしか知らないからな。嘘はいっていない。
「という訳で、今後他の村からも人が来るようになりますが、ただ海で泳ぐだけじゃここのためになりません。そう、貴方達は他所の村の人を相手にお金を稼ぐ必要があります。野菜を買うにも、肉を買うにも、道具を買うにも、そしてサクサクの元となるミーン粉を買うにもお金は必要です」
サクサクの名前を出した瞬間ざわつき出す。通貨についてはかなり浸透しているが、サクサクの元になる物も買うことが出来ると聞いて目つきがギラギラとしたものに変わってきた。
正直少し怖い。
「で、この建物は海の家といいます。家と言っても住むわけではなく、食事をしたり買い物をしたり、着替えたり身体を洗ったりする場所です。事前に募集をかけた住人がここで調理人として働くことになっていますが、人手が足りないようであれば、募集をかけると思いますので興味がある方は覚えておいて下さい」
何人かが興味深そうに聞いているな。最初は暇だろうけど、口コミで海の楽しさが広まれば忙しくなることだろう。
「で、中の店では色々なものを売る予定ですが、細工が得意な人は貝殻で首飾り等を作って持ち込めば買い取る手はずになっていますので、お金を稼ぐチャンスですよ!後目玉商品はこれ、水着です!」
この世界には水着が存在しない。であれば泳ぐ時は全裸なのか?残念ながら否だ。
全裸で泳ぐ子供達は居るが、流石にある程度の年齢になると恥じらいを持つようだ。当たり前か。
なので海や川で泳ぐ際には肌着で泳ぐらしい。
……最も、肌着は肌着なので水に濡れると意味を成さないと言うか色々透けて見えると言うか。詰まりはそういうことだ。
一応服を着ているということで、全裸じゃないから平気だもん!と割り切っているようだが、それでも恥ずかしいのは恥ずかしいので、海の集落であるここでも透けるのを嫌がって泳ぐ時は男が居ないときと決めている女子は多いようだ。
そんな所にズバーンと出した水着。
「この水着は泳ぐ時に着る服なんですが……、なんと水に濡れても透けません!しかも水を吸って泳ぎにくくなることも無いので最高ですよ!説明が終わったら是非買ってくださいね」
ざわめきが大きくなってきた。何だか乾杯の挨拶を長々として苛立たせてくれる挨拶ベタの上司になった気分だぜ。
「最後に!あっちに見える桟橋は釣り場です。お金を払えば釣具を借りて釣りが出来ますが、普段俺から道具を借りて釣りをしてる貴方達にはどうでもいいものでしょう。よし!ってことで挨拶終わり!楽しんでくれ!」
「「「うおおおおおおお!!!!」」」
住民の群れが売店に殺到する。りびんぐでっどの悪夢が蘇るぜ。
今回俺は売り子じゃないので他人事だけどな。
水着を買った住民たちが更衣室にぞろぞろと入っていく。結構収容出来るように作ったおかげで行列はスムーズに解消されていくが、簡易ロッカーの数は増やしたほうが良いかも知れないな。
ちなみに更衣室の中には番台のような受付に係員が居て、ロッカーの鍵をわたしてくれる。その際使い方がわからないものには説明をすることになっている。そのせいで収容人数が多くても行列ができてしまうわけだが、説明は必須なのでどうしようもないなこれは。
間もなく水着を着た住人達がぞろぞろと出てくる。鳥人のお姉ちゃんは二の腕と腿にフサフサとした羽毛が生えている。見たわけじゃないし聞いていないので知らんが、恐らくは下腹部を覆うように羽毛が生えているのだろう。上半身も腕から鎖骨周辺に羽毛が生えているのがわかる。
なんでわかるかってビキニを着てるお姉ちゃんがちょいちょいいるからな。
ただ純粋に羽が生えたお姉ちゃんというわけじゃなくて、部分的にけも成分があるのはちょっとグッと来るな。
ちなみにうちの幼女はケモ度が薄めで手足にフサフサとした毛が有るくらいで後は耳と尻尾以外は普通の人に近い。これは見たので知っているのだ。
……一人でお風呂に入ってるとたまに飛び込んでくるからね。
そんなマルリさんはダンジョンコア達とクロベエやヒカリの背に乗り、きゃっきゃと魔魚を追い回している。リバイアタンの話しによれば人を襲うような危険な魔魚は泳ぐ範囲には出ないということだったが、結構でかい魚が追い回されてるのを見るとちょっと不安になってくるな。
「ユウー!みてみて!これ小春がとった!」
海からザバリと上がってきた小春が俺のもとにタコを置く。
「よしよし、よくやったな!次はカニを頼むぞ」
頭を撫でてやると、張り切って海に戻っていった。
「さてと」
早々にパラソルの下でいびきをかき始めた女神様にプレゼントだ。
「一人ぼっちは寂しいもんな……」
同衾する相手が居ないのは寂しかろうて。
俺が添い寝するというのもやぶさかではなかったが、そこらのフナムシのような人間である自分が女神様の隣で寝るのは身分が違いすぎる。
なので神に似た姿の者をそっと添い寝させてやった。
「神は神でも邪神だけどな」
女神の腹の上に置いたタコはしばらく腹の上でグネグネとしていたが、やがて日光が嫌になったのか、もぞもぞとよりによって入ってはいけない方の布に潜り込んでいった。
それでも動じず寝息を乱れさせない女神。
(こいつ息をしたまま死んでいるのでは?)
モコモコと動く下側の布を見ていると妙な気分になってきたので食堂に逃げる。
まだ昼前なので客はまばら。これは都合がいい。
「おい、そこのウサ族!ええと呼びにくいから名前をつけてやろう。サザナミ、ちょっと来なさい」
サザナミと付けたウサ族がこちらにやってきた……が、他に居た3匹もぞろぞろと付いてきた。ああ、名前をつけてほしいのか。
「しょうがないな、どうせ後から付けることになるしな。じゃあ、そっちのがウシオ、お前はアケボノで、そこのお前がオボロだ」
名前をつけてやると満足そうに戻っていった。名前の由来は海なので駆逐艦の名前だ。俺は提督もやっていたからね!ゲームで。
こうやって土地と紐づけしたわかりやすい名前をつけてやらんとアッサリ忘れることに気付いたからな。今回からなるべくそうしていくつもりだ。
と、目的を忘れるところだった。
製作キットでかき氷機を作り、サザナミに使い方を説明し、山盛りのかき氷を作ってもらった。
シロップは砂糖やはちみつがあるのでそれを使って作っても良かったのだが、前にウサ族から貰った甘酸っぱい木のみが沢山残っているのでそれでジュースを作ってかけてみた。
うむ、サッパリとした甘酸っぱさがこのクソ熱い砂浜に絶妙な幸せを届けてくれるな。
客が落ち着いたので、駆逐艦共にもかき氷を作ってやり、感想を聞いてみた。
「おお……、氷はこうして調理するとなかなか美味しいですね」
「他の味をいろいろと用意すると立派な商品になりそうですよ」
「砂糖水に色を付けて、色だけ変えてもバレ無さそうだね」
「いや、せめて香りをつけないと味が同じだってわかっちゃうよ」
中々に鋭い連中だ。かき氷のシロップは基本色と香料で誤魔化しているからな。少しお高い奴はちゃんと味毎に違う素材で作っているのだが、屋台で売ってるようなのはたいていお安いやつだ。
さすがのウサ族、これならほっとけば勝手にメニューが増えてそうだな。
「氷は冷凍庫に居れといたけど、足らなくなったら冷凍室にいけば山ほどあるからそっから持ってこいよ」
「はい、ただ冷凍室までそこそこ距離があるので、できれば冷凍庫をもう少し大きくしてもらえると嬉しいです。オープンしたらかき氷は結構売れそうなので」
それもそうだなと思ったので、この場で直ぐに冷凍庫を3倍サイズにしてやった。建物を奥に広くして部屋ごと大きな冷凍室にしてやったのだ。ウォークイン冷凍室って奴だな!
「おお!これだけあれば氷でも食料でもたんまり入りますね!氷運ぶのが大変そうですが……」
「それは心配するな。冷凍室の係に言えば翌朝運んでくれるよう手配しておくさ。店を閉めた帰りにでも寄って注文するといい」
「ありがとうございます!それなら遠慮なく稼げそうです!」
やる気に満ちた瞳でワキワキと手を動かすサザナミ。そこまで忙しくなるのはまだ先だろうが、頼もし限りだ。
さ、やることは全てやったぞ。後は開村式までのんびり過ごして束の間の休暇としようじゃないか。