第百五十八話 女神の秘密
「はあ、気が重い……。この時期はほんと嫌になるわね……」
年に1度訪れる「発表会」、それの用意のため私、美女神リパンニェルは神国に帰省しています。
こちらに来る際に身体は別に要らないので、中身だけ飛び出して来てるけどアイツは間抜けだからばれないと思う。
……毎度とんでもない所で目が覚めるのはなんとかしたいと思うのだけど、何でああなっているのかはちょっと私にも理解が及ばない……。
一応こちらに来ている時も下界の様子は見られなくはないのだけれども、歩きながら見てると人にぶつかっちゃうし、偉い神に怒られるから控えることにしている。
ユウには面倒だから言っていないけど、私達神国に住む神々は成人と共に与えられる世界を管理しながら育てる決まりになっている。
昔は好き勝手やっても良かったらしいんだけど、自分が悪い癖に上手く行かないと面倒になって気軽に滅ぼして新たな世界を創造してしまう堪え性がない神々がそれなりに居たため、現在は年に一度発表会と言う名で其々の世界を報告し、偉い神から反省点を述べられるというめんどくさい仕様になった。
私の世界に付けられている評価は言うまでもなく……。
昨年の発表会の際、師匠とも言える神から「来年も変わらずダメだったらお仕置きね」と言われてしまった。
他の神々の世界と比べればまだ残念な世界だと思うけど、奴のおかげで大分変化が起きている。今年はただ怒られるだけでは終わらないぞ。
「あら、リパンニェルじゃないの。最近見なかったけどどうしたの?」
げえ、ブーケニュールだ。コイツは私の同期……同じ師匠の元で共に学んだ幼馴染だ。
優等生タイプのコイツは何事もそつなくこなし、周囲に気が利く正統派の美人。正直苦手だ。
「別にー?ちょっと忙しかっただけだしい」
「聞いたわよ。最近はちゃんと"世界"に行ってるんだってね。前みたいにお昼寝しにいってるわけじゃないようだってお師匠様が褒めてたわよ」
ぐっ……、昼寝に通ってたことバレてたんだ……。
「ま、まあね?ほら、私もそろそろ本気を出そうかなって思っててさ……」
「リパンニェルの神力は凄いもの!本気を出せば素敵な世界に生まれ変わらせられるわ!」
でました!ブーケニュールちゃんの根拠のない励まし!何度これに騙されて酷い目に遭ったことか。
『りーちゃんならできるよ!この歳でもうお水を出せるんだもの!』
幼き頃、キラキラとした顔でそんな事を言うブーケニュールに騙され、まだ使ってはいけないと言われていた『物質創造』を本気で使った所、自宅上空に巨大な星型の岩を産み出してしまい、周囲を大破させてしまったことが有る。
神々はこの程度では何ということはないのだけれども、家が数件吹き飛んだため、私のお小遣いも1年吹き飛ぶ羽目になった。
学生時代もそんな調子で色々やらかすトリガーとなっていたブーケニュール。
成人してから彼女の危険性に漸く気付いたため、私は距離を置くようにしているのだ。
「そ、そう?っと、危ない危ない。まあ発表を楽しみにしててね」
「何が危ないの?……まあいっかー。うん、私も頑張ってるからそっちも楽しみにしててね」
いやいや危ねえわ。この子にゃ別に悪意があるわけじゃあないからね。なんだろう、「知らず知らずのうちに周囲を調子に乗らせてしまう程度の能力」とでもいうのかしら?
久々で油断してたとは言え、また調子に乗らされるところだったわ……。
さて、いらん事を言われる前に退散しますか……と思ったら、ブーケニュールが気になることを言う。
「そう言えば、最近の流行り知ってる?」
「流行り?なによそれ」
「ちょっと前にも試した神は居たらしいんだけど、ついこの間くらいから……、人間の感覚で言う所の10年くらい前からかしらね、異世界人を喚んで世界を引っ掻き回すのが流行りだしたの」
「へ、へえ」
「ずるいなーって思ったんだけど、お師匠様もロボット?になりたいとかいう人間を召喚してね、あの美しい完成されてた世界を引っ掻き回して貰ってるんだって」
「へえ、面白いことするわね、お師匠様も」
「一時結構ぐちゃぐちゃになったらしいんだけど、総てが収束していい方向に向かってるって喜んでたよ」
「ふうん、年寄りが考えることはよくわからないわね」
「ふふ、そんなりーちゃんも喚んだんでしょ?異世界人」
いつの間にか「りーちゃん」呼びに戻ったブーケニュールがとんでもないことを言う。何よコイツ!何で知ってるのよ!
「え、ええ……。ちょっと私もやってみようかなって」
「りーちゃんなら異世界人と相性良さそうだもんね……。私は喚ぶつもりはなかったんだけど、うちの子……問題児が異世界人を召喚しちゃってね……」
「ええ……なにそれ、人がそんな事やらかしたの?」
「うん……。それで召喚だけなら良かったんだけど、『勇者にスキルをやらんとな』とか妙なこと言ってね、神のシステムに介入しちゃったみたいで、セキュリティ術式が作動して彼を別の神の所に飛ばしちゃったんだよ……しかも、その後彼のお弟子さんまで……。お弟子さんはいい子だったから悲しいよ……」
「そ、それは大変だったわね……」
「うん……。行った先の神にめっちゃ謝ったんだよ?はー、もう信じられないよ……」
ブーケニュールですら困らせる問題児か……。
なんだかスッキリしたって言ったら私が酷い女神みたいでアレだけど、上手く行ってないのが自分だけじゃないってわかったらちょっと元気出たな。
「ま、人の心はわからないところが多いからね。お互いに頑張りましょ。じゃ、今度は発表会で会うのを楽しみにしてるわ。またね、ブーちゃん」
「うん、またね……あ!今ブーちゃんって呼んでくれたね!何百年ぶりかな……!あ!まって!リーちゃん……」
うわ、思わず緩んでブーちゃんって呼んじゃった!恥ずかしい!恥ずかしい!
なんだか色んな感情が入り乱れて暖かいんだか恥ずかしいんだかわかんない!
と、取り敢えず下界の身体に転移して逃げなきゃ! えい!
◆◇◆
目を覚ますと青空が見えていた。確かあっちに行く時横になったのは何処かの小屋だったはず。
であれば、誰かが私をここまで運んで……!
腕にずしりとした重みを感じる……。これは腕枕をしているって奴?
……まさか……ユウ?
いやいや、まさか。あいつにそんな度胸は……。
でも……そんな事をするのはユウくらいしか居ないし、あいつ外で昼寝するの好きだもんな。
……はあ、ま、今年の発表会でさほど気が重くならないで済んでいるのは奴のおかげだし、たまにはいいかな?
ふふ、しかし可愛いところがあるもんだわ。熟睡してるようだし撫でてやろうかしら?
顔を見るのは流石に恥ずかしいから、手を動かして頭に……あれ?何か触り心地が……。
「おう、起きたかマグロ姫。マグロ王子のピロートークはどうだ?」
上から振ってくる声に視線を上げるとユウが見下ろしていた。
奴の台詞から嫌な予感がして横を見ればそこにはマグロ……。
「な、ななな、なんでマグロが……」
全身から漂う生臭い香りに悲しくなってくる。
「知らねえよ、マグロ抱きしめたまま冷凍室で寝てたんだぞ?普通の人なら死んでるっつーの!気をつけろよな!」
なんという失態……。くそう、また恥ずかしい黒歴史が増えてしまった……。
でも、なんだかんだ言って気遣ってくれてるのがわかってちょっぴり嬉しい。
「はあ!生臭いったらありゃしない!ユウ!お風呂入るからね!」
何だかちょっと恥ずかしくなってしまったのでお風呂ににげることにする。
「ちょ、まて!お前こら!まだ凍ってるんだからもうちょい解凍されてから行けよ!周り引いてるぞ!」
そんな私に妙なツッコミを入れるユウ、それを見た鳥人やドラゴニュート達が私達を見て朗らかに笑っている。
私の発表まであとちょっと……、と言っても下界で言えば半年はあるか。
この集落が終わったら、心当たりのもう一箇所を教えてあげなくっちゃね。
今年はお師匠様と……ブーちゃんを安心させてあげなきゃ……。