第十六話 集落滞在その1
「肉だ…」 「なんだよあの肉…でけえ…」 「肉…肉う……」
集落の中央に案内された俺は多くの人々に取り囲まれていた。
みんな口々に肉、肉と言っていてなんだかとっても帰りたい……。だってさ、皆目が血走ってるんだよ?なに?肉ウイルスか何かに感染してるの?バイオハザードじゃん!
……とはいえ、野菜と交換をする交渉をしなければいけない。苦労してやってきて手ぶらで帰るってのはゴメンだ。ここは耐えねばいけないな。
野菜のためにそのイチだ。まずはこの肉に飢えし者共を総括する偉い人に繋いでもらおうか。
「あの、誰かここの代表者の方とかいらっしゃいませんか?」
訪ねると辺りがザワザワする。言い方が悪かったのだろうか。そういやちょっと残念な世界だとか言う話だったな。代表者という概念がないのかも知れん。いや、それはなめ過ぎか?でもな……ちょっと噛み砕いてもっかい話してみよう。
「ええと……一番偉い方というか、人々のとりまとめ役というか……」
「偉い…じゃあマモ爺かな…」
「マモ爺だな!」「マモ爺!」「そうだマモ爺を呼べ!」
どうやらマモ爺というのが偉いらしい。長老的なアレかな……。つうか失礼だけどやっぱこの世界の人達は少々アレだな!
相も変わらず、血走った目で俺を取り囲む男達……いや、よく見るとお姉さんたちも居るな……くっ!そんな凶悪な顔でなければ美人だろうに……とか怯えてると、呼びに行った男に手を引かれ老人がやってきた。
「私がマモ爺ですが……何かご用ですかな…」
自分で爺ってつけちゃうんだ。自分でマモ爺っていうんだ……。
「ええと、肉がですね、やたらと沢山あるんですが、うちの周りにはまだ畑がないもので……もし良かったら、肉と野菜を交換してもらいたいなって」
「ほほう!肉ですか!肉ね!あーー肉か!うん!いいね!肉!肉なー!」
ヨボヨボなのに肉と聞いたらこれだもんな。創造神の影響受け過ぎだろうよ。
「はい。肉です。見たところ様々な野菜を作ってらっしゃるようなので、色々交換できたらなって」
「うむ、良いでしょう。野菜で良ければたくさんありますのでな……ところで何の肉をどれくらいいただけるのでしょうか?我々は肉には厳しいですぞ?」
肉に厳しいと来たか。あれだけ肉肉言ってるんだもんな。そりゃ目が肥えてるか。ちょっと不安になってきたが……ヒッグホッグがだめでもラウベーラがある。全く交換出来ないってことにはなるまいよ。
「え、えっと、今日は取りあえず試しにと荷車に積んできた分があるので、そちらで適当に見合った分だけ野菜をいただければ……」
ゆっくりと荷車に歩み寄り、かけていた皮をばっと大げさに外して中を見せる。
瞬間、目に入るのは山のように積まれた肉と毛皮。
わっ と大きな歓声が上がる。
「おおお…… これは……? ロップでも狩ってきたと思いきや……随分と食いでがある……いえ、大きな獲物を狩ったようですな!しかも丁寧に解体までしてあるのに、これだけの量とは…… こちらから渡す野菜が足りるでしょうか……」
「そんなに沢山あっても困るので、荷車に乗る程度でいいですよ」
「そ、それではこちらが貰いすぎになるのでは」
「今回だけではなく、長い付き合いにしたいので、気にしないで下さい」
「そうですか……そうおっしゃってくれるなら非常にありがたい。では肉の分配は明日の朝にでもしましょう。どうですかな、よろしければ私の家で少しお話を聞かせてくれませんか」
情報収集はこちらから申し出たかったくらいだ。ありがたく誘いに乗り、マモ爺についていく。
◇
というわけでマモ爺の家に案内されお茶をいただいている。
質素な家だが、きちんとした木造で、思ったより酷い生活では無い。なんだよ、縄文時代レベルだーっていうから構えてたけど、よくあるRPGの街並みって感じだったじゃん。まあ、少々しょぼいとは思ったけれどもさ。
少し寂しい感じがする街並みだったけど、人口が少ない村とかこんな感じかな?って思うし、パンちゃんが言うほど停滞してる感じではなかったな。
「で、分配ですが、どうしましょうか?」
肉をどのように分けるのかと聞くと……
「そうですな。畑の持ち主が中心となるでしょうな。野菜と交換で受け取り、それが終わったら余った分を狩人に分け、その残りをそのほかの物で平等に分けようと思います」
こっそり覗いて話を聞いていた連中のうち、何人か悲しげな顔をしていたが、きっと農家以外の仕事をしている者なのだろう。いやいや!多分全員に配っても余るほど有るから!最悪こっそり追加するしさ!余った分ってそんな!
うーん、でも、間違いがあったら困るな。貰えなかった連中からあまり恨みを買いたくないし、なるべく肉が行き渡るよう少し口を出す必要があるだろう。
「ええと、野菜はそれでいいのですが、狩人など、他の人たちから周辺のお話を聞き、その対価としてもお肉を渡そうと思っているんですが、よろしいでしょうか? 肉はかなりありますし、余ったらとは言わず、恐らく住人全員に満足するだけ渡せると思いますよ」
「肉は貴方の物です、私からとやかく言う事はありませんよ。何より、それだけ豊富に肉を持っているんです、文句など言えるものでしょうか」
マモ爺は穏やかな顔で快諾してくれる。
「それで、狩人と農家が居るのはわかりましたが、他の方は何の仕事をしてるのでしょうか。」
「ここでの仕事と言えば農業をする者、狩りをする者がまず重宝されておりますな。そしてそれらを支える鍛冶をする者。女達は洗濯をしたり、服を作ったりですな。ただ、ここの者でも何人か仕事もせずにガラクタを作ったり、食べられもせん花や虫を集めてる連中も居ますな」
「彼らはどうやって食料を得ているのでしょうか?」
「そうですの、私たちとしましても彼らが弱るのは見ていてつらいのですよ。なので誰かしら食料を分け与えているのですが……。
……せめて農業でも手伝って自立してくれたらありがたいのですがの……」
うーん、ガラクタが何か分からないけれど、手先が器用なら仕事に繋がると思うし、花や虫を集めてる連中は素材の研究をさせたり薬を作らせたりすれば役に立つと思うんだけどな。今ここの集落で役に立っているように見えないからそう言われちゃうんだろう。今後活躍しそうだから覚えておかないと。
「ところで、皆さんやたらと肉だ肉だと盛り上がってましたが……」
「そう!肉です!ありがとう肉の人!肉です!」
「いえ、私ユウです、ユウと申します」
「近くに森があるのですが、狩人達はそこで狩りをし肉を持ち帰ってたんですよ」
「あー、女神の泉だかなんだかあるところですかね」
「さよう、いやはや知っていましたか。週に何度かロップやクッカを狩って来ていたんですがの、その森にいつしか強大な魔獣が住み着いたみたいで……。狩りをしようにも逆に狩られる始末。何人かで討伐に向かいましたが、その者達は帰りませんでした……」
「お気の毒なことです……」
「ええ……まさか怖くて木の上に隠れたまま一晩帰れなくなっていたとは……情けない…」
「帰らなかったってそういう……」
「今では元気にクワを振るっていますじゃ。狩り場も無くなりましたしの」
良かった……クマにやられた狩人はいなかったんだね……。
聞けばロップは角が生えたうさぎ、クッカは目が光る鳥でそれぞれあまり大きくないらしい。そして狩人達はロップより大きなものは狩れた試しが無いらしく、暫くラウベーラにビクビクして森に近寄らないようにしていたが、肉が無い生活に耐えかね討伐隊を結成、木の上で一晩を過ごし撤退!いうわけだった。
狩人……
「所で、貴方はどちらからいらしたんですか?見たことも無い服装ですし、近くの者では無いでしょう?」
「ええと、最近ここから1日ちょっとの所に越してきたんですよ。その、森の向こう側から来ましてね、女神の泉で休んでいるときリットと出会いまして……」
「なんと!森を越えて?魔獣と出会わなかったのですか、それはそれは運が良い……」
「いえ、ラウベーラ…魔獣なら仕留めましたよ?」
「ええ……」
「いやいやいや……そんな、何言ってだこいつ!みたいな顔をしないで下さいよ。荷車にそいつの肉や毛皮がありましたよね?見ませんでした?」
「いやはや肉に夢中でしてな……しかし冗談が上手い。ぬかしおるわ」
「ぬかしおるって!あー!もう!じゃ、ちょっと来て下さいよ」
どうにもこうにも笑って信じてくれないため、荷車に連れて行き毛皮を見せてやった。
ラウベーラの物とわかる大きな毛皮を見た瞬間、固まって動かなくなったのでそのまま放っておき、俺はリットの様子を見に行くことにした。
お母さんの病気が気になるからね。