第百五十六話 おひろめ
あれから10日が経った。
いや、経ってしまったのだ。
その間、ダラダラと何もしてなかったわけではないぞ。
シゲミチはブレイクとハンナをきちんと育て上げ、立派な村長に仕立て上げた。
また、住人たちの教育も忘れずにこなしてくれた。
彼単体でやるのは既に2回目だ。ベテランの域と言ってもよいだろう。
通貨の詳しい説明や時間や日付の概念、また、皆で同じ仕事をするのではなくて、それぞれ得意なことを分担してやることの大切さも説いていたようだ。
シゲミチはこの学習会を円滑に行うため、アメとムチを大いに活用したらしい。
シゲミチの講義は1日2時間のスケジュールで実行された。住人たちにも仕事があるし、シゲミチもまた他にやることがあるため、それくらいが精一杯だったのだ。
30分おきに10分間の休憩時間をとってその際にクッキーを1枚ずつ配ったらしい。
そのおかげか出席率は恐ろしく高く、最終日には立派な村人として卒業出来たようだ。
多少時間がオーバーしてしまったおかげで今後の付き合いが円滑になるのだ。キンタには多少我慢してもらっても問題ないだろうと思う。
一方ザックはと言うと、全家庭に上下水道を普及させ、その過程で村を支える筏の耐久度に疑問を持ったためその強化工事も実行した。
というか工事は俺がちょちょっとやってやったわけだが、ザックがかいた図面があったのでスマホをぬぬっと触ったくらいの労力で済んでしまった。
その過程で村が乗っている筏を倍に広げ、冷凍室や砂糖工場を作る場所の確保や、どうせそのうち増えるであろう住人達が住む集合住宅を建造したりと俺は俺できちんと頑張ったのだ。
ザックに依頼した冷凍室は意外なことに設計が難航した。あれは村に来てから3日目だったか。
家にザックが来たので、てっきり図面ができたのかと思ったら表情が暗い。どうしたと聞いてみれば……
「すまない!ユウさん!どうしても後少しのところが及ばないんだ!」
どうやらザックは煮詰まってしまったようだ。椅子に座らせお茶を進めながら話を聞く事に。
「建物から冷気を逃さないようにする仕組みはなんとかなりそうなんだ。はじまりの村周辺にある土ってさ、魔力を通しやすいんだよ。その土を材料に熱を維持する魔導具を一面に張れば温度の上昇はある程度なんとかできそうなんだ」
ちょっと待ってくれ。魔力を通しやすい土?それはちょっとおじさん初耳ですな……。
それにそれを元にして魔導具を作った?おいおいザックくん、いつの間にそんなテクニックを……。
「ああ、魔導具はさモルモルとウサ族と協力して開発したんだよ。あいつら凄いぜ、魔力の流れが見えるとかでさ、ユウさんが作った道具を元に研究して基礎を作っちゃったんだよな」
ええ……?親がなくとも子は育つってこういう事?ていうか、俺は兎も角女神よりよっぽど優秀なんじゃないのこの子達。
これだけ立派なことを成し遂げているというのに、ザックの表情は暗い。
「でもさ、肝心の冷気が足りないんだ。俺も前に大型の冷蔵庫を作ろうと実験したことがあってさ。アイスモルモルを何体か置いてみたんだけど、数を増やした所で下がる温度にあまり差は出なかったんだ」
「あー、なるほど。そういうことか」
「え!ユウさん理由がわかるの?どういう事?」
「アイスモルモルはさ、温かい空気を食べて冷気を出すのはわかるな?」
「うん」
「例えば……」
と、言って俺は皿にクッキーを数枚取り出す。
「このクッキーを暖気、俺とザックをアイスモルモルと言うことにしよう。俺達はこれを1枚食べる毎に気温を2度下げられる。クッキーは4枚あるわけだが、俺が4枚食べるのと、俺とお前で2枚ずつ食べるのに違いはあるか?」
「あーーーーー、そうか。ある程度冷やしてしまったらそれ以上冷えることは無いのかあ」
「そういうことだね」
「じゃあ……、食べ物が凍るほど冷やすのは無理なんじゃないか?」
「そこで考え方を変えてみよう」
ボックスからマフィンを2つ取り出して皿に置く。
「このマフィンは魔法のマフィンだ。これを食べるとザックモルモルは身体が大きくなり気温を10度下げられるようになる」
「ああ……なるほど、モリーや師匠のように強くしてから置けば良いのか……」
「そういうことだ」
斯くして女神汁等の加護を得たアイスモルモルは大型個体、ブリザードモルモルとなり、ユニークスキル「凍てつく冷気」を覚え、見事に冷凍庫マスターの地位を得たのであった。
今日はその冷凍室に視察に来ている。今日がその試運転お披露目日というわけだ。
先日建てた冷凍室は昨夜からアイスモルモルが入りゆっくりと気温を下げていたらしい。
今日の朝からはブリザードモルモルも中に入り、さらに気温を下げて使用可能な気温にまで気温を下げたようだ。
俺は寒いのが嫌なので子供達も視察に連れてきている。ナーちゃんの加護目当てである。
ナーちゃんの加護があれば寒さや熱さを感じなくなる。熱い寒い両方が嫌な俺には有り難いスキルだ。
子供達はノリノリで防寒具に身を包み、扉が開くのを今か今かと待っている。
住人たちと共に視察に訪れているシゲミチが(見ているこちらが暑い)という顔で子供達を見ているが、この子達は暑さ寒さには異様な耐性があるからな。ガマン大会などやったら無双することであろう。
それに交じるマルリさんはダンジョンコアではなく、一応普通のお婆ちゃんなのでナーちゃんの加護を得た上で防寒具を着込むという不思議なことをしていた。
「ユウさん、時間になったので挨拶をお願いします」
こういうのは俺じゃなくて製作者のザックや村長候補共がするべきだと思うんだが、やれと言われちゃ仕方ないな。
ずずいと前に出て、集まった人々を見渡し挨拶をする。
「みなさん、おはようございます!ユウです!」
「「「おはようございます!」」」
無駄にノリが良いのはこの世界共通なのか。
「本日お集まりいただきましたのは、こちらに居るザックが作った「冷凍室」を皆さんに紹介するためです。この冷凍室、見た目は大きな家に見えますが、海からとってきた魚を置く「倉庫」として使ってもらうことになります」
「倉庫はわかるが、直ぐ食わなきゃ腐るだろー」
「ばかたれ!前に話したでしょ!腐らない倉庫を作ってやるって。それがこれなのです」
「おお、なるほど……いやわかんねえ……」
皆一様にわかんねえっていう顔をしてらっしゃる。
「まあ、わかんねえよね。見たこと無いんだもの。実際中を見て実際に使ってみればわかるさ。では、中にはいるぞ!恐らくお前らが今までに感じたことがない気分になるはずだが、直ぐにどうにかなるわけじゃないから案ずるな!」
俺の言葉にざわめきが広がっていく。ふふふ「寒い」とか「冷たい」というものを水でしか味わったことがないだろうから驚くだろうな。
「では扉を開けー!」
俺の合図でザックが冷凍室の大きな扉を開く。開かれた扉から冷気が溢れ、それを肌で感じたのか住人たちの表情は驚愕で固まっている。
「か、カチコチになってるぞ……なるほど、この状態になるから腐らないってわけなのか……」
む、何を言ってるんだ?ああ、ザックが既にサンプルを入れていたのか気が利く奴め。
では入りますよ、と声をかけようとした瞬間、俺の背中に何かがズシりとのしかかる。
鳥族のお姉ちゃんかと思ったが、バサリという音もなければ幸せの膨らみも感じない。
ただただ冷たく硬い、ありがたみもなにもない感触だ。そればかりか、どこか悲壮感すら感じるオーラが漂ってくる。
恐る恐る体を捻り、俺にのしかかるそれを確認すると……
「おうふ……」
マグロを抱いたままよだれを垂らし爆睡する女神の氷漬けだった……。