第百五十二話 生け贄を捕まえに
「こんにちはー!ユウがきたよー」
フレンドリーオーラ全開で村長室の扉を開けると、苦笑いをしたシゲミチが後ずさりをする。
「おやおや、どうしたんだい?シゲミチ君。久しぶりだというのにその顔は。僕の顔に何かついてるかなあ」
そんな俺の言葉もシゲミチには届かない。一体彼はどうしてしまったというのだろうか。
「……あのですね、ユウさん。今この村は人口増加が続いてとってもとっても忙しいんです」
「ああそうなんだ、すげーじゃん」
「新しく家を建てる場所を造成する予算を組んだり、家を建てる予算を組んだり……とにかく予算がいくらあっても足りなくてとってもとっても大変な時期なんです」
「そうなんだ、それでさあ」
「……っ!だから!どうせ僕を新たな土地に攫おうと思って来たのでしょうが、予算問題が解決しない限りは無理ですからね!
住人登録等は村長でも出来ますが、予算関係は流石に無理です。さあ、わかったら諦めてどっかいって下さい!」
ぐいぐいと部屋から押し出され、バタンとドアを閉められてしまった。
そんなー
……予算問題が解決したら無理じゃ無いって事だよな。
◆◇◆
翌日、俺は再びシゲミチの部屋……もとい、村長室にやってきました。
「シゲミチー!ユウがきたよー!」
にこやかに部屋に入るとヒクついた顔で後ずさりするシゲミチ、そしてそれを護るように立つキンタの姿が目に入った。
「ユ、ユウ!今この村は……」
「あ、それ昨日シゲミチから聞いたからいいや。キンタも居るなら一緒に来いよ」
「だから一緒に行けないっていってるだろ!」
「馬鹿かキンタは。誰も新たな土地に行こうつってねーだろ。行くのは村はずれだよ。そもそも今のところお前を村から連れ出すつもりは無いぞ」
「っぐ……それはそれで傷つくのだが、一体なんだって言うんだ?本当に俺達は今忙しいのだが」
「いいからいいから」
半ば無理矢理に二人を連れ出して攫った先は村はずれ。
前回ウサ族の家を建てたのとは逆側、女神の泉がある森側にやってきました。
「ったく、こんな所に連れてきて……ってあれ……」
「キンタさんにも見えますか……これは一体……」
「お前ら造成と建築の予算が無いって言ってただろ?ユウさんが一肌脱いでやったぞ!」
新たに増えたのが何人かはわからんが、八十世帯は収納出来る住宅街を作ってやったのだ。
無論、ウサ族を始めとした大工達から聞き取り調査をして、仕事が多すぎてキツいというのも聞いているため大工達の迷惑になることも無い。
寧ろやってくれと言われてしまったくらいだ。
「これでシゲミチの悩みも無くなっただろ……あれ?どうした?おーい」
シゲミチとキンタが驚いたまま動かなくなってしまった。
おかしいな……俺がデタラメなのはある程度理解していると思ったんだが……。
あ、しまった。村を囲む壁を作ってなかったな。
建造キットを開き、ぽこぽこと壁を築いていく。こちらは例の森側なので少々頑丈にと石造りの壁にしてやったぞ。感謝してくれ。
「な……そ、そんな良く分からない技法で……この家も建てたんですか?」
「まあな。ちょっと鍛えりゃ誰でも出来るようになるって」
「「ならないよ!!!!」」
綺麗に揃った突っ込みどうも。
その後納得がいかない顔をした二人を連れ、村役場に戻る。
村長室で再びシゲミチの説得に入る。
「で、どうだ?これで悩みも無くなったわけだし行こうぜ、新たな土地に!」
「軽く言いますけどねー……。確かに大きな問題は無くなりましたが、日々の細々とした計算仕事は俺が居ないと完全に止まるんですよ?ああ、わかりましたよ俺の変わりになる奴を見つけてきたら行ってやりますよ。
あ、シズクはダメですよ。彼女はすっかりあちらに馴染んでしまって、まだちょいちょいあっちに通ってるというか、結局いついちゃってますし……」
「今行ってやるっていいましたよね」
「だから変わりが見つかったら……」
「よっしゃ!」
鉄は熱いうちに打てだ。素早く1階に降りると"変わり”を連れて部屋に戻った。
「速かったですね……ってリットちゃんじゃないですか……なにやってるんすかユウさん……」
「だから変わりをだな」
「馬鹿言うなよユウ!俺が出来ないんだぞ?リットに何やらせようってんだ!」
キンタは頭が悪いからなあ。筋肉で出来てるからリットちゃんの聡明さに気づけないんだろうな。
「今俺のこと馬鹿にしてただろ」
「気のせいだよ……あ、リットちゃんちょっとこの書類まとめてみてくれる?」
「え?うん」
突然連れてこられたリットちゃん。何が何だか分らないという顔をして居たが、俺に言われるまま下水工事の会計をまとめ始めました。
「おいおい、そりゃシゲミチの真似か?手つきは立派だがよ……」
「う……リットちゃん……凄いですよキンタさん……」
リットちゃんは手早く書類をまとめると、「はいどうぞ」と俺に手渡す。
面倒なのでざっくりとしか見てないが、まあきっとあっているのだろう。リットちゃんが計算したのだし。
別に少女が好きだから手放しに信頼しているとかじゃないぞ。
この子の計算能力がやたら優れていると言うのは前に店を出した時見ていて知ってるんだ。
それにこいつらは忘れている。
以前シゲミチとシズクを攫った時、キンタを支えていたのはマーサとリットちゃん。
リットちゃんが受け持ったのは会計周り、つまり研修はバッチリ済んでいるというわけだ。
「以前もこうやってリットちゃんがキンタを手伝ったことがあっただろう?だから大丈夫だって。
それに流石に俺だってこの子にずっと仕事をさせようとは思ってないからな。今回の村候補地はそれなりに賢そうなのが居そうだったから、せいぜい1週間も貸してくれたらいいよ」
「そういう事なら……リットは大丈夫か?」
「うん?あ、シゲミチくんここ間違ってるよ」
「あれ、ほんとだ。凄いねリットちゃん。うわ、見やすいなこれ!」
「……大丈夫そうだな」
「だから言っただろ。あ、リットちゃんこれお土産ね。お礼は後で別に渡すけど、これ食べてがんばっててくれな」
頑張る子にはそれなりの報酬を。まあこれはお土産なんだが、クッキーを3箱渡してあげた。
なんだろうと蓋を開けたリットちゃんは甘い香りに気づくと、そのまま口に入れてサクサクと食べる。
「わあ、これ美味しい!こんなに沢山いいの?」
「うん、迷惑をかけちゃうからね。お母さんと二人で食べな」
「わーい!おかーさーん!ユウさんがねー!」
しっかりしているが、まだまだ子供だな。クッキーを頭上に掲げバタバタと階段を降りて言ってしまった。
「ユウさーん……俺達にはー……」
っく、物欲しそうな顔のおっさんと少年はあまり見たくは無いな……。
「お前らは……しょうがねえ、これをやるよ。焼いて食うと旨いぞ」
二人にはアジの一夜干しを5枚ずつくれてやった。
「なんでえ、魚じゃねえか」
「魚と侮るなかれ。ここらじゃ絶対に食えない特別な魚だからな」
不思議そうな顔で見ていた二人だったが、翌日もっと寄こせとうるさくなったのは言うまでも無い。