第百四十五話 這い寄りしモノ
集落に戻ると死にかけたウサギが5羽干からびていた。
「……大変だったようだな」
多少気の毒に思ったので、取りあえず声はかけるのは後回しにして休ませておく。
簡易ハウスに手を加え、規模を拡大させはじまりの村出張所に作り替えた。
無論、ブレイク達から許可を得ていない。
ルーちゃんにお願いして活きが良いモルモルを2匹召喚してもらい、トイレと風呂等を任せる。
この集落は海上に建てられた足場の上にあるため、排水のことは浄化した水を海に流せば良いだけなので問題は無い。
問題は飲料水や風呂などに使う上水だ。
ここの連中は律儀に水のダンジョンから汲んできて使っているようだが、あれは地味に大変だ。
スーちゃんの話によればあの湖は涸れることがないとのことだから、あれを水源とした水道設備を考えれば良さそうだな。
取りあえず今のところはボックス内のタンクと接続されている「便利すぎる蛇口」を使って凌ぐとしよう。
子供達が風呂に入っている間、夕食の支度をする。
今日は子供達4人に加えウサ族が5人。それに俺の分で10人前とかなりの量だ。
こう言うとき米があればオニギリにおかずと味噌汁で済ませられるんだが……。
でもここは暑いからな、味噌汁は微妙……ん?暑い……?
製作キットを立ち上げ検索をかける。
服の件でかなりイライラさせられので女神に実装させたのだ。
[カテゴリ][食材] [キーワード] [ミーン 麺類]
カテゴリを選択し、キーワードを入れて検索をすると狙い通りのものが出てきた。
ソーメンだ。これならアホほど人数が居てもさほど面倒じゃ無いな。
ネギ的な野菜をわっと刻む。ボックスを見るとウサ族が交換で貰ったのか良く分からん細々とした魚が色々入っていた。
キスのような魚やエビがあったのでちゃちゃっと捌いて天ぷらにしてしまう。
マサモや葉野菜も適当に揚げていく。こう見えて魚を捌くのは得意なんだよ。
広く浅くの俺は釣りも嗜むからな。
天ぷらの匂いに誘われて風呂から飛び出したマルリさんがルーちゃんに捕獲され身体を拭かれている。
ふふっ ルーちゃんもすっかりお姉ちゃんが板に付いてきたな。
マルリさんの年齢はまあ気にしない。
天ぷらの用意が出来たのでソーメンをちゃちゃっとゆでてしまう。
拾ってきた昆布とムックル、それに醤油と酒を製作キットで錬成しめんつゆを作る。
魔導冷蔵庫から氷を取りだし麺とめんつゆを冷やしたら完成だ、がここで一度ボックスにしまう。
「おい、ウサ族達、起きろ」
「う……うう……鳥が…………」
「もう居ないから……おきな……」
一人ずつ水を飲ませ蘇生していく。最後の一人が蘇ったところで風呂に連行する。
今回やってきたウサ族は男1女4だったので、先に女を入れちゃっちゃと身体を清めてもらい、男には後に回って貰った。
何だか申し訳ないが、俺だってまだ風呂に入ってないんだ、そこはこらえて欲しい。
女達が上がってきたので冷たい飲み物を渡し、男のウサ族を引きずって風呂に行く。
面倒くさいから俺達も二人ではいるのだ。
ウサ族の背中をながしてやると、ぽつりぽつりと報告をしてくれた。
「あいつら……すごいですな……次から……次へと……やってきて……。
特に……空から来るあれ……あれは怖い……音も無く現れて……」
「ああ、ああ!わかった、わかったから!今日はもう休もう!な!」
「うう……ユウ殿……ありがとうございます……背中まで流して貰って……」
「いいんだ、俺もあの苦労は知っている。お前は同士だ!遠慮するな」
「ユウ殿……うう……う……うわ、うわあああああああ!!」
突如興奮するウサ族!
「お、おいなんだ?どうした?昼間のトラウマが蘇ったのか?」
「い、いえ!今窓に何か!」
「はあ?窓?」
凄まじい形相で窓を指さすウサ族。
何をそんな本怖みたいな……と見てみるが、何も無い。
可愛そうに……余程ここの連中が恐ろしかったのだろう……。
ウサ族についた泡を落としてやり、湯船に浸からせる。
落ち着きを取り戻したウサ族は気持ちよさそうに浸かっている。
後でこいつにも名前を与えなければな……なんて考えつつ髪を洗っていると背後に視線を感じる。
お風呂あるあるですよね。
髪を洗っている時、どうも背後に謎の気配を感じちゃってさ、何も居ないってわかってるのに気になって見ちゃうんだ。
当然なにもいないんだけど、シャンプーが目に入って痛いの何のって…… ……
……。
いる……。
窓の外に……ドロドロとした何かが……居る。
だらりと垂れた髪の様な物の隙間から恨めしそうな顔でこちらを見る瞳……。
全身から水を滴らせるそれは俺と目が合った瞬間、その目を怒りに染めた。
(何も居ない何も居ない今のは幻まぼろし!まぼちゃん!うおおおお)
気合いで心を落ち着け、湯船に浸かる。
ふう……風呂は命の洗濯。今日有った嫌なことが全て蕩けていく……。
身体がほぐれたところでウサ族を連れ風呂から上がる。
「ユウーおなかぺこぺこー」
「良い匂いがしてたのう!待ち遠しいのじゃ!」
既に席についてご飯をせがむ子供達。
外を見れば昼間何処かに行っていたクロベエ達も帰ってきていた。
「よし、じゃあご飯にするか。先にクロベエ達にご飯を上げてくるから待っててくれな」
クロベエ達も俺らと同じ物を食えるが、基本シンプルに焼いた肉や魚を喜ぶからな。
今日は前に焼いておいたヒッグ・ホッグを出してやることにした。
「お前ら昼間何処行ってたんだ?一緒に海でも行こうと思ったのに」
「えーやだよ海ー。濡れるでしょ」
「それがな、新しく生まれたスーちゃんって子の力で……っと、後で紹介するわ」
「ユウ殿はまた子を増やしたのですか!クロベエ!私達も頑張ろうな!」
「かあ様、わたし弟が欲しい!」
小春の言葉が割と達者になっているな……。
この世界の生き物については難しく考えないようにしているが、恐ろしい。
「まあ、それは後だ。ほら、今日のご飯だよ仲良く食え……ぐおっ」
突然、凄まじい力で何かがしがみついてくる。
柔らかな双丘を感じる……!これは鳥の……?いや、違う。
嬉しみが感じられないし、なによりじっとり湿っている。
仄かに香る潮の香り、これは……!
「グ・ウ・ウ・オ・ヲ・ヲ・ヲヲヲヲ……」
「ユウ!」
「だめだ!クロベエ!来るな!巻き込まれる!」
ギリギリと俺を締め上げる力が強くなる。
っく!引き剥がそうにも……離せない!
……こうなったら……禁呪を使うしか無い。
なるべくなら……使いたくはなかった。
一度使えば暫く使うことは出来ないだろう。
しかし、ここで使わず何処で使うというのか?
ケチケチしてはいられない!いくぞ!
「おいおい、そんなに強く抱きしめんなよ、あたってるぞ!
可愛い女神様にくっつかれちゃ……恥ずかしいよ……」
「グ・グ・ウ・ウ?カワヰヰ……?」
拘束が弱まり、くそ、これでも心を取り戻すのには足りないか!
「今日のご飯は冷やしそーめんとキスとエビの天ぷらだよ」
「ウウ……先にお風呂入ってくる……」
「うん……」
頭に乗った海草をぺシーンと広場に叩きつけ、ただいまーと家に入っていく女神。
っはああああああ失敗した失敗した失敗した!
クソ恥ずかしいセリフで動揺させて正気を取り戻させる作戦だったが、飯で十分だったじゃねえか!
花より団子、カブトムシレベルで飯に弱い駄女神!わかってたじゃねえか!くそお!
……過ぎたことは仕方ない。
次なんか有った時は飯で誤魔化すことにしよう……。
風呂から上がり、何事も無く食卓に着く女神に軽く苛ついたが、ソーメンや天ぷらを嬉しそうに頬張る皆の笑顔を見たおかげでほっこりとした時間を過すことが出来た。
馬鹿が「死んじゃうかと思ったわよ!」と怒っていたが、何のことかはわからない。
きっと上潮なのに気づきながら砂に埋まる女神様を置き去りにした不届き者でも居たのだろうな。
食事の片付けをしているとプンと生臭い海の匂いに気づく。
はあ、さっき化物にしがみつかれたせいだな……またお風呂はいろ。
「はあ……一人の風呂も良いもんだ……」
湯を堪能していると外から妙な気配を感じる。
……。
「パンだろ?分ってるんだぞ。さっきの気配と一緒だからな」
「……」
「おい、なんか言えよ……怒ってるのか?」
『可愛い女神様にくっつかれちゃ……恥ずかしいよ……』
「ああ!?」
『可愛い女神様にくっつかれちゃ……恥ずかしいよ……』
「おいくそ!こら!くそ!」
『可愛い女神様にくっつかれちゃ……恥ずかしいよ……』
「……ふふ、録っちゃった❤ 次やったら……子供達に……聞かせるから……ふふ……」
「くそがあああああ!!!!」
こうして俺はしょうも無い弱みを握られる羽目になったが、三日くらい優しくして過せば忘れるだろうから、特に気に病まないようにしようと決めた。
それはどうでもいいが、ウサ族の負担は思った以上だったな。
明日は負担を減らすため、ここの住人に漁の話でも聞いてみるとするか。
少しでも屋台に行く数が減れば楽になるだろうからな。