第百四十四話 海中散歩
スーちゃんとウサ族達を連れ集落に戻る。
途中、鳥や龍のアレとすれ違ったが、「あっ」という顔をされはしたものの、特に襲われるようなことは無かった。
パニックの元凶が不在の広場はすっかり日常を取り戻していて平和そのものである。
簡易ハウス横に露店セットを取り出し、ウサ族に簡単な指示を与えた。
これで漸くクッキーおじさんから卒業できるってもんよ。
「いいか、良く聞け。商品の用意は俺達の姿が消えてからにしろよ?そしてここの住人はぐいぐい来る。百匹のタルットとやり合う気持ちで挑め、いいな?」
「そんな数のタルットとやり合う事なんて想像したくないのですが……」
「まあまあ、そんな気負わなくて良い。お前らは淡々とクッキーうさぎとなり、野菜調理マンとなり、黙々と作業に励めば良い。ちゃんと報酬は出すからがんばってくれ」
無責任に仕事を言いつけ、さっさと集落から退避する。
午後は海の探検をするんだもんね!
◇◆◇
集落から浜辺に移動すると波打ち際で遊ぶ子供達とだらしなく眠るアレの姿が目に入った。
どうすればあんなだらしない顔で寝られるのか?
着替えれば良いのに長袖のままで、それが暑いのか腹をべろりと出して居る。
現在奴が来ている服はワンピースなので、腹が出ていると言うことは下着もガッツリ見えているわけだが、むらむらっとした気持ちは微塵も発生しない。
なんだろう?
前に親戚の姉のようであると比喩したが、それはまだムラムラっとする余地があったと思う。
今はもうアレなんだよ、オカンだな、オカン。
オカンがトドのようにだらだらと寝ている。
スカートはめくれ上がり、視界に入れるのが辛いものが見えてしまっている。
限りなくそれに近い状況なのだから察して欲しい。
臭い物には蓋をしないといけないな。
「おーい子供達ー楽しいことするからおいでー」
楽しいこと、その言葉に釣られた子供達がパタパタと駆けてきた。
スーちゃんは気だるげに途中から歩き始めたが、キャラが立っていて良いと思うぞ!
「ユウ、なにをはじめるの?」
「砂浜で遊ぶ伝統的な遊びをするぞ」
「伝統ですか、難しそうですね」
「そうでも無いさ、マルリさんちょっとこっち来て」
「む、なんじゃわしの出番かの?」
「砂をさ、こいつの上にどんどんかけていくんだ。あ、一応顔はだめだぞ?起きちゃうからな」
「オトウー、こんなことして怒られないー?」
「ああ、大丈夫だ。砂風呂というものがあってな、これと似たような具合なのだが、ホカホカとして気持ちが良いんだ」
「おお、確かにここの砂は暖かいですな、父上」
「だろ?ほら、どんどんかけていこう。みんなでこいつを幸せにしてやろうな」
「「「「おー!」」」」
子供達の協力により見る間に女神は砂に埋まっていく。
顔は避け、身体に沿って盛り上げられた砂は何時しか立派な小山となる。
あまりにも見事だったため、腹の辺りに旗を立ててやった。
そこには「駄女神ここに眠る」と日本語で書いてやった。
「ユウ、これなんて書いてあるの?」
「お昼寝中起こさないでねって書いたんだよ」
「父上はやさしいですな」
「さ、起こしちゃ可愛そうだし俺達は海を見てこようか。スーちゃんお願いね」
「まかせてー。浮かぶようにする?沈むようにする?」
「今日はお散歩って事で、沈む奴で行こうか」
スーちゃんの加護は呼吸や水圧の問題をクリアするものの他に水中歩行というものがある。
水中歩行をかけて貰うと浮かずに水底を歩けるわけだが、泳ぎたい時には向かない。
なのでどちらにするか聞いてくれたというわけだ。
ザバザバと海に入っていくが、加護のおかげで全くなんの抵抗も感じない。
そのため、空を魚が飛んでいるかのような錯覚を受け、なかなか不思議な気分になる。
そう言えばこの世界で海草を見るのは初めてだな。
日本人として海草は食べ物という認識があるが、食える海草だけでは無いことも知っている。
毒があるかないかではなく、純粋に不味かったり硬かったりするからな。
周囲で揺れる色とりどりの海草を片っ端から鑑定していく。
すると、わかめのように食えるものや、昆布のように出汁向けのもの等が見つかった。
海草がうけるかはわからんが、昆布だしは重宝するだろう。
遠慮無くもっそり回収する。
「ユウー!大きな魚がいるのじゃ!」
「おお!マグロじゃねえか!いや、名前知らんけどあんな魚も居るんだな!」
「集落の魚はちいさいのばっかりだったね」
「取り方が分らないのかもしれないな」
そう言えば確かに集落で見かける魚はアジみたいのやタナゴみたいなものなど、小ぶりのものばかりだった。
というか、あいつらどんな方法で魚をとっているんだろうな?
それも調査してみないといけないか。
「ユウー!これ旨いのじゃ!かじってみるといいのじゃ!」
「あ!マルリさんまた拾い食いして……って何食ってるの?海草?」
「うむ!あまりにも良い匂いがしたので囓ってみたのじゃが、これはやみつきじゃ!」
マルリさんが囓っている竹のような海草を鑑定してみる。
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名前:ウミサトウキビ
囓るととても甘い海草。加工するとなんと砂糖になります!
なんで海底に生えているのかって?私に聞かないでよ!
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……力が抜ける。
名前も説明文もクソだが、ほんとなんで海底に生やしたんだよあの馬鹿!
暖かい地域だから有りそうだと期待していたけどまさか海底にあるとは思わねえよ!
ここの連中が砂糖にただならぬ反応を見せていたのはこのせいか?
近くにあるけれど存在を知られず静かに海底でゆれる糖分。
その糖分は水に溶け魚に入り知らず知らずのうちに住民の身体を冒していく……。
ないない。
恐らく馬鹿がいい加減に作った事による妙な作用のたまものだろう。
何時までも貴重な蜂蜜を消費するわけにもいかんからこれは助かったな。
取りあえず目に見える範囲をごっそり頂いて帰ることにした。
◇◆◇
海から上がると潮が大分満ちており、山を作って遊んでいたあたりまで波が押し寄せていた。
足を波に洗われてもなお幸せそうな笑顔で涎を垂らすソレを見ていると、なんだか優しい気持ちが芽生えてくる。
「幸せそうに寝ているよな」
「うん、ママ幸せそうだね」
「良い夢でも見ているのでしょうか」
「神殿で何時もこんな顔してたよ」
「ユウ、お腹空いたのじゃ」
「よし、起こすのも可愛そうだし、帰ろっか」
ほっこりとした気分になった俺は子供達を連れ集落に帰るのだった。