第百四十話 水のダンジョンへ
広場に建てた簡易ハウス。
俺達は今そこで外の様子を伺っている。
カーテンの隙間からちらりと見ると……居る。
奴らがこちらを伺うような目を向けていた。
舌なめずりをし、値踏みをするような目でこちらを影から見ている。
ドラゴニュートはまだ良い。動きがある程度読めるからだ。
問題は鳥人。
奴らはやばい。気配を消していきなり背後に舞い降りる。
特に双丘の感触で魅惑スキルを使ってくるのがまずい。
少々役得だと思わなくはないが、その後訪れるであろう地獄のような時間を想像するとそうは言っていられない。
「だから早く起きろやこら!!!!」
「なによ……まだ眠い……ふぁあ~~プス…あっ」
「……」
「……」
「じゃ、先行くから……着替えたら来なよ……」
「うん……今のは口からあくびが漏れた音だからね」
「……」
女神を簡易ハウスに残し、俺と子供達は外に出る。
……周囲は既に連中に囲まれていて、俺達を見るとギラギラとした視線を向ける。
「あー、はいはい、今日はねー違う人がやるからー。
明るい色した髪のおねーちゃんがやるからねー、俺はなんももってないよー」
俺の言葉を信じた連中は、あっさりと引き下がり道を開ける。
「そうそうー、じゃあ俺達は行くからねー。おねーちゃんからもらってねー」
後ろを振り返らず、ゆっくりゆっくり歩く。
悟られるなよ、其れは終わりの瞬間だ。
子供達はそういうゲームだと思っているのか、俺に合わせて慎重に歩く。
浜辺に降りる階段に差し掛かった時、後ろからざわめきが聞こえた。
「来たぞ!おねーちゃんだ!」
「うおおお!サクサク!サクサクを!」
「待ってたんだぞ!早くだしてくれえ!」
「ちょ、何よあんた達!ちょ、わたしは!こら、こらーー!!!ユウー!」
「今だ!走るぞ!」
「「「おー!」」」
尊い犠牲だった……。
「……ごめんね……私ここまでみたい……」
と、噛み跡を俺に見せ悲しげな顔をしてみせた女神。
「こうなったらもう私は平気だから!ここは任せて!連中は止める!」
口調だけは元気よく、しかし今にも泣きそうな顔をしていた女神。
俺達は……君のことを忘れない。
というわけで、なんとか連中を巻いてダンジョン前に到着しました。
「というわけでじゃないわよ!なに私がゾンビ映画のかっこいいモブみたいになってんの!?」
「あれえ?」
「もー!手に負えないから部屋に戻って転移してきたじゃないの!まったく!」
くそ……ずるいぞ……。
まあいい。ここは連中も水場として使っている。
さっさと用事を済まさないとここに居るのがバレるのは時間の問題だ。サクサク行こう。
「こっちだよー!」
ダンジョン関係は自分の仕事だとばかりに張り切るルーちゃんが先導し、俺は内部へ続く通路を降りていく。
やや青みがかった色の岩肌で、馬車が通れるほど広い。これなら猫車ごと転送門をくぐれそうだな。
特に照明など無いのに外と変わらぬ明るさだが、その光は青みがかっているように感じる。
地面は砂だが、湿って固くなっているため有るきにくくはない。
そして明るいためか、洞窟内だと言うのに浜辺で見かけるような植物が生えていた。
5分ほど坂を降りると急に視界がひらけた。
どう考えても空間的に無理がある広大な地底湖が広がっている。
ダンジョンだと言う時点でもう色々考えないことにしているが、相変わらずデタラメだなこりゃ。
水辺には桟橋が有り、木で出来た桶やバケツが有ることから住民が水場に使っている場所であることが伺える。
地底湖はすり鉢状になっていて、周囲をぐるりと砂浜が囲んでいる。
ここもやはり天井から青い光が差し込んでいて視界は良好なのだが、気になることが有る。
「なあ、俺が想像してた水のダンジョンってさ、湿地のダンジョンみたいな感じでちょいちょい陸がある感じなんだが……ここには……」
「ないわよ、陸」
「だよな……てことは見えてる範囲はダンジョンの入口部分で……本体は……」
「水の中なんだよなあ……」
「ですよねー」
うっすらとだけそんな気はしていた。
でも、考えたくないから口に出してなかったが、やっぱりそうかー。
「ま~見ればわかるよ、ユウ!いこ?中は凄いよー」
「ですです!父上!ここの魅力は外からじゃあわかりません!」
「え?ちょ、ちょっと?おい、君達、きーみーたーちー!」
有無を言わさずグイグイ俺の手を引き湖にずんずん進む幼女達。
ちょ、幼女強い…なにこの握力……。
マルリさんはと後ろを見れば……女神と手をつないで歩いているな。
何だか平気そうな顔をしてる……
あ、なるほど。
ここはダンジョン特有のアレで水中でもそれなりに外と変わらず行動できるアレだなー?
そうと分かればもう怖くないぞ。
怪しげな水で満たされたコクピットに乗り込むが如し!
あれでしょ?水と思って吸うからダメなんでしょ?
空気と思って吸って肺を水で満たせばもうお魚になったわ・た・し♥ってやつでしょ?
二人に手を引かれながらどんどん歩く。
背が低い二人は既に水の中だが平気そうな顔だ。やはりな。
初体験だが、漫画やアニメで散々見ている光景だ。
余裕で行けることだろうよ。
水が胸まで届く。不思議と恐怖感は感じられなかった。
子供達が手を繋いでくれているし、水中からぼんやりと笑顔が見える。
やがて水は口に届く。おお、本当に淡水じゃないか。
そして俺は完全に水没し……。
がーぼがぼがぼ
……
…………
「しらないてんじょうだ……」
目が覚めると俺は洞窟の水辺に横たわっていた。