第百三十八話 りびんぐでっど
「はーい、押さないで押さないでー……押すなつってんだろ!このトカゲ頭!」
「誰がトカゲ頭だこの野郎!」
「ちょっとあんた煩いわよ!ねー!外の人こっちにも早く頂戴!」
村の広場……、広く組まれた桟橋に停められた猫車には怒涛の如く人々が押し寄せていた。
「待てっていってんだろ!今焼上がるから!あーくそ!覚えてろよ駄女神!」
現在わたくし、ユウは孤独な戦いを強いられています。
子供達は?ばかは一体どこに言ってしまったのか?
知らねえよ!ばーか!
ここに着くなり「なんで曇って増えたりくっついたりすんのよ!もう嫌だわ!」と雲を数えるのにようやく飽きたアレは子供達と猫を連れ「じゃ、海いくんで」と駆けていってしまった。
残された俺は集落の人々に取り囲まれ、挨拶代わりにお土産を渡そうとしたのだが……。
「この外から来たものはな、恐ろしく美味いサクサクとしたものを出すんだ!」
「あれはもう……ヤバい……❤」
と、ブレイクとハンナにより焼き菓子以外出せぬ状況を作り出されてしまったのだ。
クッキーのストックはそこそこあるし、アホほど巨大な蜂の巣から獲ったハチミツも豊富にある。
まあ、なんとか回せるだろ……なんて思ったのが間違いだった。
肉と違ってサクサクといくらでも食えるクッキーはヤバいな。
行列が無限ループするんだ……。
在庫なんて早々に終わったからさ、もうずっと魔導オーブン3台ぶん回してクッキーモンスターだよ……。
「あの!肉もあるんで良かったらそっちにしません?」
と、提案してみたのだが……。
「肉?肉なあ……旨いけど魚とあんまかわんねーだろ?もっと変わったの食いたい!サクサクだ!サクサクを出してくれ!」
と、こんな具合だ。
うーむ、ここの連中はNIKUではなくTOUBUNに飢えているというわけか。
いや、前にうっかりリットとマーサに甘味を食わしたことがあったけど目つきがヤバかったな。
そういや砂糖ってのにまだお目にかかったことは無い。
せいぜい蜂蜜か果物くらいしか甘みを摂れる物が無いのだろうから、この飢餓状態は頷けるな。
「うおおおおおおお!!!サクサクをよこせええええええ!!」
飢餓を通り越してゾンビ状態だこれ!
流石に危機感を感じてきたのでそろそろクッキーを出したいがまだ焼けない。
ええい!肉がだめなら野菜だ!
「じゃあ、これでも食ってて下さいよ。モロキュウ!冷たくて旨いぞ!」
キウンバに味噌を添えて出すと、非常に嫌そうな顔をして居たが、好奇心に負けた鳥のお姉ちゃんがパクりと行ったら状況が変わった。
「あ……これ美味しいわ……。サクサクの後にこれはなかなかサッパリして良いわ……」
これを幸いと、冷やしトマト的なものを出してみたり、蒸かしたジャモに特製ソースをかけた物などで野菜プレゼンをするとこれがまた好評。
見た感じ畑なんかやってなさそうだもんな。
野菜なんて見たこと無いのだろう。
ついでにと出したカレーも非常に好評で、クッキーより食うのに時間がかかる物に夢中になってくれたおかげで漸く俺は一息つくことが出来た。
かと思ったが。
焼き上がったクッキーをザラザラと箱に移していると再びゾンビの群れが押し寄せる。
「こら!もう腹一杯だろ?それ以上食ったら破裂するぞお前ら!」
「サクサクは別腹だと心が告げている!」
「サクサクをくれえ!!」
ここまで来ると恐ろしいな……。
結局、日が傾くまで俺は猫車で屋台のおじさんを続ける羽目になり、モルモルのようにぐったりと漸く訪れた平穏を満喫していた。
許可を貰って広場の片隅にいつもの家を取り出す。
さり気なく出され、元からあったかのように存在する家にギョッとする者はそれなりに居たが、特に何も言われることは無かったので遠慮無く寛いでいた。
が……。
「なにモルモルみたいなつらしてんのよ……海まで来てなに?日曜日のお父さん?ばっかじゃないの!若いんだからもっとシャンとしなさい!」
……。
「はー、私達がこうして海を満喫している間あんたはなにしてたの?
愚かねえ、大体、人生の楽しみ方ってのを知らないでしょう?」
カチン
「さ、ルーちゃん、ナーちゃん、マーちゃん、クロベエにヒカリに小春や。夕ご飯を食べようなー」
「「「わーい」」」
「今日は何と魚だぞお、さっきなあ、鳥のお姉ちゃんと竜のおっさんが旨そうな魚を持ってきてくれたんだあ。
今日はこれでフライを作ってあげるからなあ、美味しいぞお」
「「「わあい」」」
「ちょっと!あたし!あたしの名前が聞こえなかったんですけど!」
「ルーちゃん、ナーちゃん、マーちゃん、ヒカリに小春は海のお魚はじめてだねー。
美味しいからねえ、楽しみにしててねー」
「ねえ、なに?なんでそんな……ちょっと!目を合わせなさいよ!」
「いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく……」
「こら!雲の数を数えるな!辞めなさい!それ戻ってこれなくなるから!」
雲を数えながらテキパキと調理を進め、適温になった油にタネを落とすと辺りに雨音のような軽快な音と芳しい香りが広がる。
まず始めにマルリさんのお腹がグウとなり、それに呼応するように周りの音も鳴り始める。
アジの様な魚がカラリと揚がり、皿に出すとマルリさんが「味見したいのじゃ!」と強請る。
「しょうがないなあ」とそれに俺がソース的な物をかけた瞬間女神が土下座した。
「申し訳!有りませんでした!」
「おや?今日は一人で働き過ぎて耳が壊れたかなあ」
「何があったかは存じませんが、きっと想像通りなのでしょう!申し訳ありませんでしたあ!」
「うーん、今日は一人でずっと途切れることが無い集落中の人相手にずっと料理してたからなあ……あー、女神様の声かな……」
「そ、そう!女神様!女神様よ!」
「あー、ブーケニュールさまー!僕ですよー!そっちの世界に呼んで下さーい!」
「うわあああああん!謝るから!ほんっとうに謝るから!ごめんなさあああああい!それだけはあああ」
……酒屋でしか買えない緑の瓶に入ったハートなんとかという美味しいビール10ケースで許すことにした。
「はあああ、やっぱりビールと!あじフライはあうわねえええええええ!!」
「さっき泣いた子がもう笑うとはこのことだな!」
「なによ!もう謝ったし!日本の酒屋までパシってきたじゃないの!」
「はいはい、明日は今日遊んだ分働くんだぞ」
「ええ……」
「当然だ馬鹿者!明日はまず今日出来なかった自己紹介を済ませて、その後周辺の調査だ。
ほっといてもお前は子供達連れてどっか行くつもりだろ?ついでにダンジョンみっけてこい!」
「え?ダンジョン?もう見つけてあるけど……」
「それを先に言え!!!!」
妙に疲れた身体にビールがとても染み渡る夜であった。