第十四話 森での出会い
森をただひたすらに歩く。いやあ、森、いいですよね。くそったれみてえな草原とは大違いだ!
近所の森では見かけたことがないリンゴのような木の実「ポアロ」や桃のような「リップ」が生えていて気分が盛り上がっている。
棲息している魔獣も穏やかなものが多いのか、突如囲まれるようなこともなく平和なもんだ。
昨日までとは打って変わって、興味を引くもので溢れる森を満喫しつつ、しばらく歩いていると小さな泉がある広場に到着した。
泉には桟橋がかかっていて、水を汲むのに使うのか木のバケツが置いてある。
「うおー!初めて人間の気配を!文明の痕跡を感じたぞ!」
『近くの集落の人が使っている水場の一つね。少し遠いし、集落には一応井戸があるから、ここは特別な時に使う場所らしいんだけど……変ね?しばらくの間使われてないみたい。』
食べ物がない時は降りてこない女神がメールで解説してくれた。
言われて調べてみると、バケツには木の葉が溜まり中に虫がわいているし、ぬかるんでいる場所もあるというのに、辺りに人の足跡はみあたらなかった。この分だと数か月は誰も足を踏み入れていなそうだ。
『ここの水は薬効があるとされていてね、なにかと汲みに来るはずなんだけどな』
薬効と聞いてペットボトルを取り出し泉の水をいれる。
どんなものか興味がわいたのでアプリで鑑定してみるのだ。
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【女神の水】
女神リパンニェルの加護を受けたとされる泉にこんこんと湧く清らかな水。
森の安らぎが溶け込み癒しの効果が多少ある。
◆回復(小)
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「多少ってなんだよ… でも凄いね、森の安らぎかあ。回復(小)とか初めてそれっぽい効果をみたかも。ファンタジー的に加護の力で聖なるうんたらがどうのってやつ?」
『集落の人達が『女神様の加護じゃー』とか言ってくれてたから私の名前を入れておいたけれど、実の所なにもやってないのよ。ただ単に滋養成分が含まれて居る葉っぱが泉の底にに溜まって染み出してさ、栄養ドリンクみたいな感じになってるだけよ。
たまたま飲んだ人が元気になって、それが噂を呼んで女神の加護とか言われるようになった感じね』
めちゃくちゃありがたみが薄れた……折角なので汲んでいくけどさあ。
天然ポーションって思えばこれはこれで悪くはないよな。こっちの世界に来てから疲れにくくなった気はするけど、やっぱ栄養ドリンクは欲しくなりそうだし。寝不足の朝とか確実に欲しくなると思うし。
泉の周辺を軽く調査しているうちに腹が鳴り、時計を見るとお昼にちょうどいい時間になっていた。ううむ、俺の腹時計も中々やるものだな。
「よし、ここでお昼にしようか」
昨夜の残り物ばかりだが、焼いた肉はボックスの効果できちんと暖かいし、鍋のままつっこんどいたスープもきちんと熱いままなのでとてもありがたい。異世界物はこうでなくっちゃな。
クロベエの皿を出し、盛り付けてやると嬉しそうに食べている。頑張ってくれてるから少し量をサービスしておいた。
「うまいうまい 肉うまい! ありがとう ゆう! うまいうまい」
はぐはぐと食べるクロベエ。デカくなったから食う量はめちゃくちゃかと思ったが、俺と同じ程度の量で満足なようで助かっている。
「ゆうー!あたしもおかわりー」
いつのまにか降りてきて俺の分を食ってる女神はどうしてくれようかな……。
まあ、泉の解説とかしてくれたし、後からブチブチ言われるのも嫌だからサービスしとくか。
「おらっ!うまいぞ!」
「わあい!肉!肉!」
クロベエより野性味を感じるのはどうなんだ……。
と、ご飯に夢中になっていたはずのクロベエが突然立ち上がった。
顔を見ると、険しい表情を浮かべ遠くを睨んで耳をピクピクとさせている。
「ゆう なにかいる」
警戒した顔をしている。これは何か良くない物を見つけたな。
女神なら何か感じているか聞いてみようと振り向けば、顔中を肉汁まみれにした女神のような何かはニコニコと平和で間抜けな表情で肉と格闘していた。
うん、こいつは放置して様子を見に行くことにしよう。
慎重に周囲を探りながら移動して……、泉から50mも過ぎた頃だろうか。
「こっちくるなー! だめー!」
と、幼い声が聞こえてきた。第一異世界人発見!なんて言ってる場合じゃないな!
「クロベエ!!」
クロベエに飛び乗り声の方に急ぐ。
藪を飛び越え枝を切り倒しまだ声の主の姿は見えない。
時折ミシミシという何かが倒れる音や、獣の咆哮が聞こえ嫌でも緊張感が高まる。これは良くない何かが起きている!
「きゃっ」
「Grrrrrrrrrrr!!!」
「まずい!急げ!」
女の子と獣らしき声はちょっとした崖の下から聞こえてくる。クロベエは一瞬だけ躊躇したが、勇気を振り絞って一気に崖を駆け下りる。
崖を駆け下りながら前方をみれば、窪地にへたり込んでいる女の子の姿が見えた。そこまで追い詰められたのだろうか、大木を背に弱々しく棒を振り回して居る。
じっくり遊びながら襲うつもりなのだろう、やや離れたところで大きなクマのような何かがウロウロ行ったり来たりしながら唸り声を上げている。
「クロベエ、いいからこのまま突っ込め」
「うん!」
ぴょん、ぴょんと斜面を飛び、着地した地を蹴ってその勢いのままクマに飛びかかる。
そこでようやく気づいたらしいクマはこちらを振り向いた……が、
「遅い……ッ!」
クマは何者に何をされたのか理解が出来ないまま頭を貫かれ絶命した。
スマホ槍で。
ゆっくりと倒れるクマはとりあえず捨て置いて女の子に駆け寄る。
「大丈夫か!怪我はないか!?」
うん!騎士っぽくできたと思う!かっこいい!これはこの少女に『窮地を救ったかっこいい勇者のおにーちゃん♥』と刷り込み成功パターンだと思う!
……きゅう……
女の子は気を失ってしまった……。
「……」
軽くショックを受けたので、女の子をクロベエにまかせてクマの解体をすることにした。
とは言ってもアプリ頼みなのでそれはさっさと終わる。まだ手持ち無沙汰だったので、同時に登録された図鑑を開いて情報を見てみると……。
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【ラウベーラ】可食 体長3m〜5m
魔素を帯びた体毛は矢が通らない!正に狩人泣かせの魔獣だ。
火をも恐れぬその巨体から繰り出されるパンチは大木をも貫くぞ!
万が一出逢ったら神に祈れ!助かるためにではないぞ、無事天国に行けるようにだ!
肉は臭いが、これはこれで味わい深い。筆者はマトンみたいで美味いと思っています!
熊の胆ってあるじゃん? これもその例に漏れず肝がお薬になるので回収推奨!
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なんだこの説明文……。
素材はやや臭みがあるがそれがクセになるという肉と毛皮、大きめの魔石に薬の材料になるという肝が手に入った。
「とりあえず安全なところまで運ぶか」
女の子をお姫様抱っこして泉に連れ帰り毛皮の上に横たわらせてあげた。気は失っているものの、大きな怪我は内容で、すぅすぅと穏やかな寝息をたてている。
見た目的に7歳くらいだろうか、栗色のウェーブがかかった髪の女の子だ。この手の世界によくいる村の子供といった具合のいわゆるRPGにありがちな村人の服を着ていて、顔色や爪を見る限り栄養状態は普通。
縄文時代レベルに毛が生えた程度の集落というからどんなものかと思ったが、そこまで酷いものでらなさそうだ。
と、俺が真面目に分析をしているというのに……
「……もしもし?ポリスマン?はい、そうです、不審者です!ええ、子供に!ええ、いまから!?はい!」
とか小芝居をするダ女神が腹立たしい。
「人聞きの悪いこと言わないでもらえますかね……。女の子の見た目からこの世界の分析をしてるだけなんですけどね……」
「いま警察が来ますからね!逃げても無駄なんだから!」
よしわかった!今夜のご飯はクロベエと俺の分だけ用意する!こんな女神知らん!
「そんなあ〜… ジョーク!ジョーク!」
途端に涙目で縋ってくるが、ええいうるさいと切り捨てる。
「肉だけは〜 肉だけは〜 せめて、肉だけはお許しを……」
「ええい!うるさい!つうか料理を構成する7割が肉だろがい!」
などと賑やかにやっていると、それが煩かったのか女の子が目を覚ました。
「うん……?」
「目が覚めたようだね、痛むところはないかい?」
今度こそヒロインを助けた旅する騎士みたいにできたぞ。やり直し大事。何事もなかったかのようにしれっとやるのがコツね。
「ヒッ…」
小さく悲鳴を上げ、後ずさりをする女の子。
あれ……?
「大丈夫だよ、もう安心だ。あの怖い魔獣は俺が倒したからな」
「う……うそよ!ほら……そこに……いるわ!あらてのまじゅう!あなた、わたしにまじゅうをけしかけるつもりでしょう!」
俺の後ろを指さしている。
あーーー
後ろを向くと、ひどく悲しそうな顔をしたクロベエがいた。