第百三十六話 女神飽きる
旅に出て早々にオッサンの顔を見ることになるとは……。
野生のタルットがぐだぐだと煩かったので、ダンジョンについて話してルーちゃんとお友達契約をさせておいた。
こいつは湿地のとは微妙に違う亜種みたいだからな。
湿地を抜け、森ダンジョンに到達した冒険者達は「漸くオッサンから解放された」と喜びに満ちあふれることだろう。
美しい森にため息をつき、見慣れぬモンスターに肝を潰し、そして訪れるのは森のオアシスである池だ。
澄んだ池は冒険者達に休憩したいと思わせるはずだ。
鳥魔獣の囀りを聞きながら美しい景色にうっとりしているところで池からオッサンだ!
げえ、まだ出るのかよ!と冒険者の心は良い具合に折れるに違いない。
「何悪い顔してんのよ……」
「さっきまで尻かくのに忙しそうだったが起きたようだな」
「はあ?誰がお尻を……あ、いいわ!だからやめて、証拠の動画とか出さなくて良いから!」
撮ってねえつうんだ!くそ、今度涎ムービーとってやるからな!
休憩後はまたガタゴトガタゴト猫車を走らせる。
前人未踏の道なりである、ここからどれほどかかるのかなんてわからない。
ただノンビリと猫車を進めるのみだ。
パンの話ではこれから行く海の集落は「夏」で季節が固定されているらしい。
海なのに冬固定だったらどうしようとか思ったけど、そこはパンだからなあ。
恐らくは常夏の海水浴場代わりに集落を作ったのでは無いかと推測される。
女神業に疲れた際にこっそり降りたってリゾート気分!とかそんな感じで。
であれば夏以外に設定する理由は無いからな。
まあ、正しい選択だったと言えよう。
この世界はいい加減に作られている。
ざっくりと分けられた地域、地域毎に固定された季節。
その分けられた地域内にはそれぞれいくつかの集落が存在し、その集落間は僅かながら交流が在り繋がっている。
しかし、地域間での交流、つまりはじまりの村とヒゲミミ村の交流のような事は今まで実現したことは無かった。
故にマーサはマルリさんを大人だと認めることは無かったし、逆に俺達の姿を見たヒゲミミ村の連中も変わった姿だと驚いていたわけだ。
「そんな感じなのにさ、なんで言語の統一化や数字の概念なんかはしっかりしてんのさ」
「……急に言われてもいみわかんないわよ、なによ?」
「肝心な所で心を読んでねえんだなお前はよ。なんでこの世界の言語が上手いこと統一化されてんのって話」
「ああ、そら面倒だからに決まってるじゃ無いの。管理する側になって見なさいよ、勝手に作られたいろんな言葉でやり取りされたらもう、たまらないじゃ無いの」
「で、どうしたのさ」
「ん?そうなる前に私が世界の言葉を広めたのよ。識字率は微妙だけどね。
おかげで何処の地域に行っても言葉が通じてらくちーんってわけ」
「まあ、俺は楽だから良いけど……」
そう言う大切な部分を人に任せず甘やかすからダメなんだろうなこの世界は……。
◇◆◇
ガタゴト揺られること5日、とうとうパンが飽きた。
「ああああああ!!!がた!ごと!がた!ごと!森!草原!森!山!草原!あああああ!」
「どうした、何時もに増して元気だな?何か良いことでもあったのかい」
「やめなさいよ、あんたにゃアロハは似合わないわよ!そうじゃなくて!
延々と続く!大!自!然!見るのに飽きた!大!自!然!」
「そんな卒業式みたいにごねられても、お前のせいじゃんとしか言えないぞ」
馬車から見える景色はバラエティに乏しく、ひたすらに大自然である。
刺激と言えば、休憩の際にクロベエ達が獲ってくる獲物や、ルーちゃん達が連れてくる魔物くらい。
移動中はただただひたすらに退屈なのだ。
「ユウ……?もう、いいわよね……?旅の楽しさ……味わったよね……?」
「む、貴様!何をする気だ!」
「うふ、うふふふふふ……なーいしょ☆ えい★」
パンが珍しくかわいげな態度を取り、妙にかわいげがある動きをした瞬間、馬車は浮遊感を得る。
周囲の景色がモヤモヤとしたかと思うと、光に包まれ何も見えなくなる。
これは知って居るぞ、転送門の挙動だ……こいつ、まさか……。
光が和らぎモヤモヤとした景色が見え始める。
ガタリと馬車が接地した間隔と共にモヤモヤが収まり周囲の景色がはっきりと見える。
明らかに植生が変わり、色とりどりの花が視界に映る。
その花にはカラフルな蝶が群がり、当りには甘い香りと潮の香りが漂っている。
俺達は丘の上にいるようで、景色は遠くまで見通せた。
その視界の先に見えるのは…………
「やったわ!みなさい!海よーーーー!!!」
「こいつ……ファストトラベルしやがった……ありえねえ……。
俺にはずるはダメよって地図をくれることすらしなかったくせに……。
自分のこととなるとあっさりと……ファストトラベルを……」
「だ、だってしょうがないじゃないの!飽きたんだからー!」
まあ、ぶっちゃけ俺もいい加減春の森や草原を移動するのは飽き飽きしてたので文句は無い。
ただ、甘やかすと調子に乗って面倒くさいので多少厳しくしておくのだ。
「つうか……暑いな……」
「そうね……、長袖だもんね、私達……」
「マルリさんは平気そうだね」
「ん?これくらいウチの洞窟となんらかわらんわい」
「ルーちゃんナーちゃんは暑くない?」
「平気ー」
「大丈夫です」
幼女達は流石に強いか。
クロベエ達は……ああ……あかん……。
犬みたいに舌を出してハアハアしている……暑い奴だ……。
「ナーちゃん……、クロベエ達に加護をかけてあげて……」
「すまない……ユウ……やっぱ俺暑いのだめだ……」
ナーちゃんにバリアを貼ってもらいクロベエ達に水を飲ませる。
暫く休憩したら集落を探しにいこうじゃないか。
いい加減な世界だし、海辺に行けばポロッと見つかると思うがね……。