第百三十四話 クロベエ
あらかた旅の支度が終わり、後は猫どもを呼ぶだけだと思った所でようやくクロベエと再会することができた。
……しかし、それは俺が知っている姿のクロベエとは言えるものではなかった。
物言わぬクロベエを見て俺は言葉をつまらせる。
……最近かまってやって無かったし、姿を消していたのは拗ねてただけだと思ったが違うよな。
今のアイツにはヒカリという遊び相手がいたんだ。
親離れ……という具合に俺よりヒカリと過ごす時間が増えるのは当たり前の事。
いいんだぜ、ちゃんと家に帰ってきてくれればそれでいいんだ。
日本では散歩以外は家から出さなかったからな。
自分が好きな時間に好きなように出歩けるこの世界は楽しくて仕方がないんだろう。
無事に帰ってきてくれさえすれば、其れでよかったんだ……。
なのに……クロベエ……くそっ……
どう言葉を発したらいいのか、わからないという顔でヒカリが俺を見つめている。
俺はヒカリをみて軽く頷くと、クロベエだったものの頭に手を置く。
「クロベエ……ちくしょう……お前……ううっ……このやろう……」
優しく頭を撫で、お疲れ様と言ってやる。そして……
……。
「いつの間にそんな事になったんだよ!今日からお前はお父さんだ!もうクロベエじゃねえ!」
「そ、そんなあ!ユウ!ユウまで俺のことお父さんって呼ばないよね!」
「さあてなあ、その子供の前ではお前のことをそう呼ぶかもなあ!」
「うえええ、嫌だよ!なんか嫌だよお!」
そう、いねえと思ったらこいつヒカリと一緒に子猫を連れてきやがった。
俺みたいに加護やなんかで産み出したものではなく、正真正銘ヒカリとの子供である。
当たり前だが、ヒカリは猫とは若干生態が違うようで、一度に産む子猫の数は1匹らしい。
フサフサのキジトラみたいな模様の偽メインクーン(大)がヒカリの影からこちらを見ている。
「いつ産まれたんだ?とても妊娠しているようには見えなかったんだが……」
「森猫族の子は一月もあればそだつんだぞ、ユウ様。クロベエと私の子凄い。
生んだ後もうこんなに大きくなったぞ」
考えてみればこいつら魔獣だったな。
妊娠期間一月もデタラメだが、さらに通常より速い速度で成長したってわけか。
クロベエは俺が乗れるほどデカイわけで、ヒカリもまたそれくらいある。
その2匹の子は成長が速いというだけあって、既に大型犬と見紛う体長だ。
「それで、名前は決めたのか?」
俺が尋ねると、2匹は顔を見合わせて頷き、俺につけてくれと言った。
いいのか?俺のネーミングセンスは酷いぞ?
まともな名前を考えることはあっても敢えて変な名前をつけるんだぞ……。
ううむ、しかしな孫みたいなもんだしなあ……。
せっかくだからちゃんとした名前をつけてあげたい。
サスケ……ブンゾウ……いやいやまてまて。
「あの、その子オス?メス?それを聞かないと酷いことになるぞ」
「あ、ごめんごめん。この子は女の子だよ。可愛い名前にしてね。
昆虫とか忍者とかつけちゃだめだよ」
くそ、普通の猫だった頃の記憶もしっかりしてんだな……。
昆虫や忍者というのは俺がつけた猫の名前である。
柱に張り付いてテコでも動かない様子から「昆虫」
忍者のように気配を消して脱走するから「忍者」
家族からメチャクチャ文句言われたっけなあ……。
にしてもメスだったか。
よかった……聞いといて。サスケやブンゾウは流石に女の子には可哀想だ。
……。
よし、決めたぞ!
「この子の名前は小春だ。春というのは、この辺りのようにポカポカと暖かくてお昼寝したくなるような気候の時期をそう呼ぶんだ。
人にやさしく、それでいて柔らかで可愛らしい子に育って欲しい、そんな思いを込めて決めました」
「へえ、あんたにしてはいい名前をつけたじゃないの。ミツコとか、マサエなんてつけやしないかとヒヤヒヤしたわよ」
「……失礼な奴だな……。クロベエとヒカリの子だぞ?ちゃんと猫らしい名前をつけるにきまっとろうが!」
クロベエとヒカリに促され、小春がおずおずと俺の前にやってきた。
産まれてどのくらいかわからんが、もうしっかり目も見えているし自分で歩いているのな。
流石魔獣の子、クロベエとヒカリの子だ。
「俺はユウだよ。これからよろしくな、小春」
「ユ…ウ…?あたし……こはる?」
「うおおお、喋れるのかよ!」
「凄い……何で喋れるのよ……」
「あんたが言うなよ!」
「……まあきっとクロベエのおかげでしょうね」
「まーた加護か……」
「本来はそんなホイホイかかって良いもんじゃないんだけどね……」
「わ!誰この子!小さい!かわいい!クロベエの子!」
「おお、クロベエ殿とヒカリ殿のお子様ですか、か、かわいい……」
「でかしたのじゃ!クロベエ!ヒカリ!」
騒ぎを聞きつけた子供たちがやってきて小春を撫でている。
最初はびっくりしてヒカリの影に隠れていたが、マルリさんに呼ばれるとおずおずと姿を現して撫でられるままになっている。
猫耳同士なにかシンパシーを感じたのだろう。知らんけど……。
旅に間に合ったのは良かったのか悪かったのかわからんが、同行者が1匹増えさらに賑やかな旅になりそうだな。
さて、冒険の時は来た!
キンタ達に報告してさっさと村から逃げるぞ!!!