第百三十話 シズクを迎えに
シズクを呼びに行くに当たって、少々懸念していたことがあった。
シズクに与えた仕事はヒゲミミ村の特性を活かした村づくりを考え、それを村長と共に実現し、引き継ぐこと。
シズクの本職はシゲミチのサポート。
彼女ははじまりの村の住人であって、ヒゲミミ村の副村長ではない。
さて、ここで問題になるのが彼女が引き継ぐ相手だ。
シズクを迎えに行く日も「ではいってくるのじゃ」と元気に村に駆けていった可愛い娘……ではなく、マルリさん。
すっかりうちの家族と化したマルリさんがあちらには不在なのだ。
(そのうち連れて行けば良いだろ……)と思っていたが、俺の悪いクセでそのままずるずるとかなりの日数が経ってしまっている。
森のウサ族に与えた仕事もとっくに終わり、村人達の移住も完了している。
ウサ族達は俺が与えた畑を耕したり、何か革細工を売る店を開いたりとすっかり新区画に馴染んでいる。
そこまで放置してしまったのだ。
シズクがどんな状態か、想像するだけで背筋が凍る思いであった。
「ちわ~……ユウでーっす」
恐る恐る、出張所として貸し与えてきたヒゲミミ村に作った家の扉を開けると、さっそくシズクと遭遇した。
「ああ!やっときましたわね!待ってたんですのよ!」
「ひい!ごめんなさい!」
怯える俺を不思議そうな顔で見ていたシズクだったが、合点が言ったという顔をして口を開く。
「ああ、マルリさんですか……。やはりそちらにいらっしゃるようですね」
表情からどう思っているのか判断できない。
よし、無難なことしか言わないようにしよう!
「ああ、そうなんだよ。気づいたら一緒に居たというか……」
「そんな事言って連れてったんじゃ無いんですの?お気に入りのようでしたし」
「滅相もございませんっ!」
怖い怖い!怖いよ!この誤解だけは解いておかないと色々と危ない!
「……ほんとに気づいたら居たんだよ。まあ気づかなかった俺も悪いけどさ……」
「あ、誤解が無いように言っておきますと、別にマルリさんが居ないことは責めてませんのよ?」
「え?そうなの?」
なんだ、先に言ってくれよー。無駄に寿命縮めちゃったじゃ無いか。
「ええ、考えてみて下さいな。マルリさんに村の運営が出来ますの?」
「無理だな……。きっと教えたことの半分も覚えてくれないんじゃないかな」
「でしょう?なので私、副村長候補を選出し、教育を施しましたの」
「なるほどね。マルリさんは村の顔として村長をするが、実務は別の物がやる。
ああいや俺も勿論そのつもりだったんだけど、シゲミチより村長に近い形にするんだね?」
「キンタさんも殆ど何もしてませんけどね。まあ、そんな感じで良いです」
さり気にキンタをディスってくるな……。
まあ、あいつはデスクワークより村の警備させてた方が似合っているしな。
キンタもマルリさんも代表として発言力を持っているってのが選んだ理由だし、実務はまあ程々でもいっか。
そしてシズクが紹介してくれた副村長は夫婦、二人で一人の副村長というわけか。
「お、ユウじゃねえか。おい、ヒルダ、ユウが来てるぞ」
「あらやだ!ほんと!その節はありがとうねえ、ユウさん。こんな立派な仕事まで頂いて」
ええと、バーグとヒルダ……誰だっけ……
……ああ!
「な、なんだ副村長ってバーグとヒルダだったのか。久しぶりだなあ」
「今、思い出しながら喋ってなかったか?まあいいや、おう久しぶりだ」
……正直今思い出した。
行き倒れかけていた初めて出会ったドワーフ、それがバーグでその奥さんがヒルダ。
シズクによれば、ヒルダは物覚えがすこぶる良いらしく、既に半分くらいはシズクの仕事を手伝っているらしい。
また、バーグはあれでも狩人として尊敬する物はそれなりに居るらしく、キンタのような立場でそれなりに支持されているようだ。
これならまあ、村を纏めるのは大丈夫そうだな。
それでもあくまで村長はマルリさんで、大事な決め毎がある時はマルリさんの許可を取るということにしたらしい。
マルリさんなら大体のことを許可しそうだけどな。
シズクを連れて行く前にヒゲミミ村を一通り視察したが、かなり様変わりしていた。
目立つのはやはり村民達の姿だ。
温泉が正式オープンしたのが効いているのか、ヒゲや毛並みがツヤツヤとしていて、清潔感に溢れている。
また、村のあちこちからカレーの香りが漂ってくる。
今まで食えない物とされていた例の赤い奴を含めた香辛料、それを使ったカレー粉の販売が温泉内の売店でされているらしい。
また、温泉のコックであるウサ男指導の下スパイスのブレンドを学んだドワーフが何人か居たらしく、カレー屋さんもオープンしたそうだ。
と言っても、今のところはそれにつけて食べるのはイモしかないとのことなので、速いとこ村間の取引を始めてミーンでパンを作ることを学ばせた方が良いな。
そして意外なことに外に作った雪遊び場は賑わっているらしい。
ドワーフ達は出不精なのかとばかり思っていたが、外に出てもろくな事が無いから出なかっただけだとのことで、遊ぶ場所が出来た今、喜んで出かけていくらしい。
元々物作りが好きなドワーフ達は毎日雪遊び場を整備しているようで、俺が作った時よりなんだか立派になっていた。
ログハウスも活用しているようで、雪遊びの休憩に使うほか、そこを基地にして狩りに出かけることもあるらしい。
肉自体は村間の取引が始まれば入ってくるだろうが、もふもふの獣毛は大切な産業に繋がるからな。
狩りはどんどんして欲しいものだ。
視察が終わる頃にはシズクも用意が出来ていたので、さっさと転送門に連行した。
「この転送門は自由に使って良いからな」
「転送門からはじまりの村まで少々距離はありますが、その気になれば通えますわね」
「通う……うん。そうだな、もう少ししたらはじまりの村に帰ってくると良い。
初めのうちは10日に1度くらい様子をみにいくようにして、慣れてきたら月に1度にする。
最終的に三ヶ月に1度、村長会議という形で集まって話し合うくらいで良いと思うぞ」
「なるほど、参考になりますわ」
「はじまりの村に帰ったら第一回村長会議をする予定だが、次回はヒルダも連れてくると良いだろう。
会議では双方の村に足りない物をあげるんだ。
例えばミーンが欲しいとヒルダが言えば、はじまりの村ではヒゲミミ村用にミーンの生産量を増やす事になるだろ?」
「欲しいものがわかれば無駄に作らず済みますものね」
「その通りだ。今回はお前があちらに情報を持ち帰って貰うことになるが、その役割を次回からはヒルダに頼む、と言うわけだ」
「まあ、マルリさんには無理ですわねえ」
「無理だなあ」
さて、いよいよ村間の取引というか、交流が開放されることとなる。
そこで活躍するのが転送門。
はじまりの村から行く村人達は塩のダンジョン入口にある冒険者ギルドで登録をすれば村間転送門の使用も可能となるが、ヒゲミミ村にはそれがない。
後でパンを唆して適当なウサ族に権限与えさせて出張所でも開かせることにしよう。