第一話 これよくあるやつだ
俺の名は成瀬 結27歳! 休みの日はダラダラしたい系おじさんさ。
久々の休みだ!と、ありがたく家でダラダラしていると愛猫のクロベエが散歩をせがんできた。こいつは基本的に家から出さないで飼っている(稀に脱走される)が、生意気にもナワバリ意識が多少あるようで、たまに散歩に連れ出さないとにゃあにゃあ鳴いてうるさいのだ。
「はいはい、まってろよー今リードだすからさあ」
リードを見せると散歩だとわかるのか俺に身体を預けて早くつけろとせがむ。
「ひゃー、さっむいなあ……」
気づけばもう11月だ。本気の冬の気配を予感させる寒さがとても辛い。
こんなにも俺が辛いと言うのにクロベエは嬉しそうにリードを引きのしのしと歩く。
こいつはタヌキのようなふさふさとした見た目で、それだけで妙な生き物だなあと思うのに、犬のように散歩をせがんできちんと散歩ルートを歩くため、尚更猫であることが疑わしく思える。
「お前ほんとはタヌキなんだろ?そうなんだろ?もしくはそれに準ずる何かとか」
「にあ」
不機嫌そうに短く鳴き歩みを強めるクロベエを見ていると(こいつ、やっぱりある程度言葉を理解してるよな)と感じてしまう。
家の周りを歩き、裏山に続く道を進むのがいつものルートなのだが、あれだけ元気に歩いていたクロベエが突然歩みを止め地蔵のように動かなくなった。苦手としている身体が大きな野良猫と遭遇した時や、そいつのつけた匂いを見つけたときなんかに、こういう具合に動かなくなるんだよな。
「どうした?また野良猫の匂いでもしたか?」
耳はすっかりぺたんと頭にくっつき、尻尾は狸のように膨らんでいる。
でました何かに怯えている様子。こうなるともうテコでも動かない。これは完璧に野良猫の匂いに当てられたやつですわ。
抱き上げたり、リードを引いたりして下手に動かそうとしようものならこちらに八つ当たりを始めるから手におえない。それで何度か足をガブりとやられたことがある。
なので隣にしゃがみ優しい声をかけ、じっくりとなだめるほかないのだ。
「クロベエ…… クロベエ……聞こえますか…… あなたの耳に直接話しかけています……」
「ウゥー……」
「怯えるのをやめるのです……さあ……家に帰りましょう……おいしいおやつと……炬燵がありますよ……」
「ウミャア……」
『人間よ……にんげ……ええ?ちょっと!今似たようなこと言おうとしてたのに何してくれてんのよ!』
「クロベエ…… クロ…… おい今の誰だ」
近所の人の悪乗りかな?とキョロキョロするが誰もいない。
首を傾げているとベタな感じの光が降り注ぐ。
なんだこれはと考える間もなく視界がぐにゃりと歪んだ。
「……これは……異世界界隈で噂のあれか……?」
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目を開くと如何にもアレな感じの場所にいた。
いわゆる神殿的なアレである。
目の前にはとても分かりやすいアレがいて、どうせ俺を召喚した女神かなんかなのだろうと思ってみていると聞いてもいないのに語りだす。
「私の名前はリパンニェル……世界を総べる女神です……」
「はいきたー!女神ー!ニパンニュ……ニパ……?あのー、言いにくいからパンちゃんでいいですか?」
「パンちゃ……?ちょ!ちょっとなんですか気安い!しかもそんな猫かなんかみたいな!」
「前飼ってた猫の名前で……このクロベエのおばあちゃ……うお!クロベエお前もいたのか!」
「んなあ」
「やっぱり猫の名前じゃないの!あのねえ!女神よ?私めーがーみ!それを……猫の名前って……おっと、話が進まなくなるので今はそれでいいことにします」
「感謝します。呼びにくいので以後、それで通しますね」
「んんっ!ごほん!今日はあなたにお願いがあってここに呼び出しました…」
「俺の客みたいな気軽さですね……パソコンが起動しないー今からきてーって感じで気軽に殺されても困るのですが…」
「殺す?ああ、はいはいはい違いますよー、死んで異世界の住人に転生とか、死ぬ生前の姿で転送とかそんなんじゃないですよ!物騒な!
私は元の場所からそのまま連れてきただけですし、用が済めばきちんと元の世界に帰しますよ?
勿論、その間年を取らないよう上手いことやりますし、どっかの世界の考えなしに勇者召喚する王族なんかとはわけが違うんですからね」
「へー、色々パターンがあるんですねえって、それはそれとしても攫われるのはいい気分じゃないですよ……。
ていうかなんで俺なんですか?俺なんて良くいるそこらのおっさんですよ?ほら、攫われがちな人が持ってるような異世界活躍系職種でもないし、なぜか無双スキルが芽生えるニートでもないんですが……」
「ほらあれですよ、あれあれ!第一村人発見!みたいな?ダーツが当たったところに来たら最初にあなたがいたというか、通りかかったというか、まあたまたま?そこに居たからっていう」
「……ええ……」
「ほらほら!悪い話だけではないからさ!話だけでも聞いて行ってくださいよ!」
「詐欺みたいになってきた……」
どうせこんな所から一人じゃ帰れるわけもないし、話を聞かないことにはどうしようもないだろう。
しょうがない、話を聞くか。
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「この世界には大きく分けて人類と魔族が住んでいます。人類は小さな集落をあちこちに作り暮らし、知性ある魔族はある程度の縄張りを作り暮らしています。
しかし、どちらにも今より生活を楽にするという行動が見られず、未だ「国」という概念が誕生していません。
この手の世界にありがちな王と、魔王、両方不在の世界がどういうものかわかりますか?日々暮らしていければいい、新たな技術?なにそれ美味しいの状態がかれこれもう3000年が経とうとしています」
「いいじゃないスローライフ!戦争が無い緩やかな世界!いいじゃない!つか、急に真面目な話し方になってもさっきの見せられるとどうもな……」
と、茶々を入れるもパンちゃんは首を振って続ける。
「今はちゃんと聞いてください……この状態で世界に何か大きな災厄が発生したとしましょう。統べるものも居ない、立ち向かう知識も無い。今の状況は種の滅亡に繋がり、やがては世界の崩壊につながるのです。既に緩やかな崩壊に向かっていると言えます。
そしてバランスも必要です。人類と魔族それぞれが等しく繁栄し、時には争い生き抜くために互いに知恵を絞り文明を発展させていくことが大切です」
「要するに人や魔族にきちんとした文化を与えろっていうこと?」
「その通りです。現状として人は狩場で食料として魔獣を狩り 魔族は人がナワバリに入った時排除するため戦うことがあるようです。しかし、それだけでは足りないのです」
「平和でいいと思うけどなあ」
「双方が国家を形成し、ある程度力や文化の基盤を築いた後であれば勿論平和であることに越したことはありません。しかし、現状は流れが止まった泉のようなもの。それはやがて淀み、そして腐り果て生命を育むことができなくなるのです。そこに投じたあらたな水流があなたなのです。」
「でもさ、俺には難しいことはわからないし知恵もないよ?会社経営のノウハウなんか皆無だっていうか、個人事業やったこともあったけど二度とごめんだ!ってくらい合わなかったしさー」
「難しく考えなくて良いのですよ。あなたにはとりあえず私の世界で暮らしてもらいます。ある程度経った時点で何も変わらなければそれはそれで仕方がありません。希望ならば2年ほど経った時点で任期満了ということであなたの世界に帰します」
仕事が終われば年を取らず元の時間に戻れるわけか。
しばらく仕事から離れてだらだら暮らせると思えば悪くないのかもしれない。
「もちろん、報酬も出しますよ。しかも二つ」
「二つ!?」
「一つは私の世界で困らないよう、特別に好きな加護を与えます。もう一つは貴方の世界に帰る際、望みをかなえたいと思います。」
「じゃあじゃあ!今すぐ家に帰してほしい!」
「はい……それがあなたの望み……え!ちょ!だめよ!無しなーし!それはむーりー!」
せっかくここまで女神らしく喋っていると思ったのに台無しだ。
ひどくあわてた様子でバタバタとする女神はそこらのねーちゃんと変わらない。
「冗談だって!気楽に過ごせるなら旅行と思って楽しめるだろうしさ、いいよ!やるよ!っていうかやるっていうまでここから出してくれないんでしょ?」
「ほんと!?やったあ!ありがとう!あーたすかったあ!これでブーケニュールの奴からあれこれ……あ!んんっ!こほん……強制はしませんが、話し合いがうまくいかなかった場合は、念入りに交渉をするつもりでしたので、人の時間で言えばかなりの時が流れたかもしれませんね。その場合時間巻き戻し特典も使う予定はありませんでしたし」
時折出る素が気になる。ブーケニュールの奴とかなんとか……
いや、それ以上に気になることを言っているぞ…人間の時間でやたら時が流れるとか、巻き戻しはつかってやらねーとか……
ごねたり断ったりしなくてよかったのかもしれないな……
「では……あなたに加護を与えようと思います……」
「まってました!」
何をしてもらうのか、それはもう決まっているのだ。