第1話 「初戦から敗戦」 3rd
グラムのこれほどまでに驚愕したことなど少なくともこの屋敷の人間は知らないだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺を狙うとはなんのつもりだフィス」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わからないとでも? 聡明なあなたらしくもない。自分の胸に聞いてください」
このフィスという女性に対するグラムの言葉はほかの誰と話すときよりも感情的に聞こえる。
「知るか!! お前に恨まれる心当たりはない!! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、俺が気付かなかっただけか? だとしても、今お前と問答している暇はない」
「救うの? あの子供たちを。私と同じように」
「ああ、そうだ」
「また私と同じように育て、そして捨てるのですか?」
「捨てる!? 俺がお前を!?」
「・・・・・・・・・はい」
「捨ててない!!!!」
「・・・・・・・・・捨てました。シオやリセとともに私の前から姿を消したのです」
「?? それはお前が・・・・・・・・・」
「私がなんだというのです!! ガルツィーネフの居城から立ち去る際、何も言わずに立ち去ったではないですか!! 私はあなたと一緒に故郷を」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・甘ったれるな」
「!!」
「合点がいった。自身のすべきことを見ていない輩の言葉だそれは」
「何も分かっていないのはスズでしょう!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なら、後でゆっくり説教してやる。今はお前に構っている暇はないんでな」
冷たく突き放し、グラムはフィスの横を通り過ぎようと闊歩する。
だが、涙に濡れたフィスが顔を上げ、グラムに手に持った鞭状の武器を打ち下ろした。
鞭とは思えないような強大な風と雷が放たれ、グラムの足元の土を大きく抉っていく。
「・・・・・・・・・行かせない。貴方にあの子供たちを幸せにはできない」
「お前には出来るってのか? ダークエルフ族長、天魔のフィスリア」
「五月蝿い!!!」
再びグラムに鞭の攻撃が打ち下ろされる。先程と同等の威力だが、数が違う。
砂埃が止む間がないほどの攻撃、風と雷が吹き荒れる。
「流石に速い」
グラムが弱事を漏らす。
「武器もない。魔法も使えない勇者では勝機はありません。無手で抵抗できる術があるとすれば・・・・・・・・・」
「ああ、そうだろうよ。波動術しかないな。あまり得意ではないんだがなぁ」
グラムが体に力を溜める。
かなりの筋肉質なグラムの体が一瞬、隆起してからそれが体の外に放出されるかのように蒸気のようなものを発する。
「波動術・体纏系の法・流鎧」
「最難関にして究極の体術である波動術ををそんな簡単に体現しておいて不得意もないでしょうに」
「ぬかせ!」
フィスの攻撃は更に激烈を増す。
鞭の攻撃に魔法の連携。
高速移動からの多角的攻撃。
しかし、グラムの行っている波動術は飛躍的にグラムの身体能力を上げていた。
蹴った地面が大きく刳れる。
そして、フィスの魔法を素手で弾く。
フィスの背中に背負っていた大木がグラムの手刀で一刀両断されてしまう。
通常からすればもはや化物の所業だ。
それでも、フィスは冷静に行動を取っていた。
長い詠唱の呪文は割け、極力隙を作らないようにする。
そう、いくらグラムの身体能力が向上しても、まだフィスの武器のスピードの方が早いのだ。
それにグラムも無傷ではない。
ダメージは大きく減ってはいるがそれでもダメージはある。
何よりも問題だったのはフィスがこの波動術の弱点を知っているという点だった。
中レベルの爆発呪文がグラムの足元で展開される。
吹き飛んだ大小の石の礫がグラムに飛来するが全部は避けれない。
爆風で周囲が探知できなくなったグラムに追い討ちとばかりにフィスが鞭の攻撃を連打する。
間違いなく伝説級の武器を持ったフィスの攻撃に強固な防御術のはずである波動術をまとったグラムもどんどん流血が増えていく。
グラムの瞼の上に大きめの石がぶつかり、グラムの瞳が赤く染まると一度フィスが攻撃をやめた。
「もう止めましょう。降参してください。私はあなたを捕らえる指示を受けてはいません。何より今のあなたでは私には勝てません」
「・・・・・・・・・そうだな。・・・・・・・・・そうだろうな。・・・・・・・・・今の状況でお前に勝つのは多分無理だ。けどな、舐めるなよ。本当に忘れちまったようだなフィス。お前、俺の何を見てきた。俺がこの程度の逆境で引いたことがあるか? 助けるべき者がいるのに諦めたことがあるか? 勝てないから諦めてちゃな勇者の一分が立たないんだよ!!!」
「!!」
「もうひとつ教えてやる。フィス、お前周りが見えているのか? 何をしているのかわかってんのか!? 屋敷にいる子供らは昔のお前と同じだぞ!! どんな理由にしろ、一人になる怖さを誰よりもわかっているお前がギリューヌの片棒を担ぐなんざどういう了見だ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・だって・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あんなにいい子だったのにな。・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前の失敗ならどんなことでも許せると思っていたがそうでもなかったようだ。これだけは許せん!! 勘当だ。今ここで俺の知っているフィスとは今生の別れだ!!」
「・・・・・・・・・!!」
「俺の知っているフィスリア・ヌイ・カイセルは死んだ!! もはや父でもなければ子でもない!! この戦いがお前にどんな意味をもたらすのかは知らないが、屋敷の子供らに危害を及ぼすなら俺を斬ってから行け!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・勘当?? 子供じゃ・・・・・・・・・ない?? ・・・・・・・・・どうして? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・私はただ・・・・・・・・・。やっぱりスズは変わったんだ。魔王と戦ってから。・・・・・・・・・返せ!! あの優しかったスズを返せ!!!」
「何とち狂ったこと言ってやがる」
「そうか・・・・・・・・・もうスズを救うにはスズを倒すしかないんだ!!!」
「バカ娘が」
グラムは波動術を使う前まで使っていた木刀を拾い、もう一度波動術を展開させる。
「・・・・・・・・・波動術・集出系の法・覇剣」
生命エネルギーが収束して木刀が光り輝いていく。
「最難関集出法。確かに魔法が使えない状況ではこれしかないですね」
「余裕だな」
切れ目の鋭い目が更に一層吊り上がる。そして変化が起こった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『涅槃技・白雷閃』」
雷がフィスの体に纏われていく。
白い電撃が徐々に鎧のように形を成す。
白くキレイであってもその様子は禍々しさを孕んでいた。
グラムもそれを冷や汗を孕みながらに一見する。
「涅槃技か。あいつと同じ白い闘衣とは・・・・・・・・・3年前よりも随分と安定もしている。・・・・・・・・・教師冥利に尽きる。それだけ使えるなら勇者とほぼ同格の力を持っているだろうよ。・・・・・・・・・一つ、言っておくぞフィス」
「なんです? 子でも仲間でもない私に命乞いですか?」
「あの子等を頼む。あれは昔のお前と同じだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それと、俺が負けたら、できるならリセに協力してやってくれ。あいつは今オルスリア渓谷にいる。昔行った遺跡にあった壁画の場所だ。全部終わったら行ってリセに会え」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・それが遺言ですか?」
「ああ。・・・・・・・・・俺の命なんざくれてやる。だがな、勇者として親としての矜持は捨てられない。男としてだ。・・・・・・・・・いいな、頼んだぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「行くぞ!」
気功術と波動術の相互作用で限界まで強化させた足で跳躍した。
普通の兵士ならばその残像すら捉えられない。
しかし、フィスは確実に捉えていた。
グラムと同じタイミングで後ろに下がり跳躍しながら的を絞る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・さよなら、マスター。行け、マスターの心臓を射抜き私に勝利をもたらせ! 『白雷閃・心穿蛇』」
雷がフィスの右腕に収縮していく。
まさにそれは蛇に見えた。
その蛇はフィスの思い通りの軌道でグラムに向かい放たれた。
軌道はフィスの視線と性格である程度読める。
いくつかフェイントが入っても対応は可能だ。
その読みきったはずの軌道から逃れた瞬間だった。
光の蛇が軌道修正をした。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・やはりか)
魔法が軌道修正をするということなど通常ありえないが、蛇を放ったタイミングである程度の状況は考えていたのだろう。
(心穿蛇という名前なら俺の心臓がターゲットということか。しかも、あの威力の魔法が追尾するとは凶悪だな)
率直な感想を心中で言及しながら、口元に一瞬手を当ててから生命エネルギーを収束させた木刀を縦に持ち心穿蛇を受け止めた。
「ぅうっ!」
魔法とも波動とも取れぬ攻撃は尋常ではない威力を誇っていた。
グラムの自重を軽く超え、体躯を押し上げながら心臓を狙い劣らぬ威力で突き進む。
「ぅぅうううううっっ!」
3年前とはいえ、魔王を倒した勇者の額には冷や汗が背中と額を滴るほどの攻撃だった。
既に吹き飛ばされているグラムの体はフィスの視界から消えるほどの距離をとっていた。
そして、小康状態だった戦況に変化ができる。
グラムの木刀に、波動術で強化された木刀にヒビが入った。
「!!?」
数秒後、決着がつく。
グラムの木刀が折れて心穿蛇がスズに到達した。
その瞬間、巨大な爆発が起こる。
残ったのは個人の魔法では最大クラスの穴とグラムの木刀の破片と燃え続けているグラムの服の燃えカスだけだった。
その場所にしばらくしてやってきたフィスはグラムの木刀の破片を拾って両手で握り締める。
「・・・・・・・・・言ったのに。降参してって。私はただ謝ってくれれば、また一緒に居てくれればそれだけで良かったんだよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・マスターぁぁああ!!」
破片を握り締めてフィスはその場で泣き崩れた。