第1話 「初戦から敗戦」 2nd
グラムの声は朗らかから一気に鋭いものに変わる。
「・・・・・・・・・ロー、シリル、子供たちの所に行って守れ。ゼス、周囲に感知結界を」
「「「はい」」」
ローとシリルが疲れを吹き飛ばしたかのように飛び跳ね、ゼスは自身の足元に杖を突き刺して結界魔法を展開する。
その様子を一見してからグラムはその棒手裏剣を無造作に飛んできた方向に飛ばした。
その手裏剣を躱すタイミングで草むらから飛び跳ねてきたのは黒い装束に身を包んだ男だった。
「はは、すごいすごい! 殺気を消してたんだぜ俺!!」
屈託ない言葉を紡ぐ暗殺者にグラムはリエラとその暗殺者の間に体を入れてつまらなそうに答える。
「完璧すぎなんです。周囲から浮いていましたよ」
「いやぁー、久々の当たり任務だなぁ! こんな凄腕が裏切り者を守っているって言ってたらもっと面白い道具いっぱい持ってきたのに」
「ゼス」
「半径1キロ以内で居るのはこの男だけですが、少し手前から猛スピードでこちらに向かってくる者が多数。馬に乗った騎士が8名」
悪い情報でもグラムの顔色は一切変わらない。
「斥候か。お名前を頂戴して宜しいか?」
「イイぜ!! 俺はアッセ!! ギリューヌの影士だ!」
その言葉に驚いたのはグラムではなくリエラだった。
「アッセ!? ギリューヌ四叡の一人にしてギリューヌの暗殺部隊『ムウ・トーン』の!? 実在したんですか!?」
「その通りだリエラ教授! そのムウ・トーンのアッセ様があんたを殺しに来た!!」
「一つ、聞いていいか? アッセさんとやら」
「いいぜ。どうせ殺すんだからな。なんでも答えてやるよ」
「じゃ、お言葉に甘えて。どうしてリエラ女史にそこまで拘る? 確かに彼女はギリューヌの権威だが、手練が越境してまで確保したいと思う理由には遠いように思える」
「あん? お前知らなかったのか? 俺の任務は教授の命だけじゃないぜ」
(まぁそうだろうな)
グラムは目を見開き、驚いたふりをしながらも相手の様子を伺う。
「どういう意味です?」
「やれやれだな。あんた、ボケてんのか教授がとてつもない女狐なのか・・・・・・・・・。どっちでもいいけどな。とりあえず、俺と戦えよ、兄ちゃん。もし勝てれば逃げられるぜ。勝てなくても時間稼ぎになる。俺も上機嫌になる。もしかしたら教授一人くらい逃がしてやるかもよ」
「あなた、アッセでしたか。あなたと同等かそれ以上の手練も来てるのか」
グラムの達観さにアッセの語気が荒くなる。
「あ!?」
「あまりうかうかできないと・・・・・・・・・・・・・・・・・・んっ!!」
ルールなどない。
こちらが戦闘態勢をとっていようといまいとお構いなしの攻撃だった。
ナイフの斬撃をグラムは顔のまん前で木刀で受けきる。
「行儀がなってないな」
「そんな棒ッ切れで受け止めておいてよく言うぜ」
共通点は双方ともに笑っていることだけだった。
身長、体重、体格、風体に出で立ち全て違う二人だが終着点は割りと近いのかもしれない。
「褒め言葉と受け取っておきます」
「貴様、何者だ? シュトローエン・グラム伯爵といったか? こんな田舎で油売っているような男の膂力じゃねーな。イシウスのバカ息子じゃ相手になるわけねーや」
「褒め言葉と受け取りましょうか。光栄ですよ」
「舐めきってんな。領主様! だが、俺の上司もその気概は見習って欲しいがなぁあっ!!」
話しながらも二人は体を入れ替え、数合打ち合い、飛来した手裏剣を弾いている。非常に高レベルな戦いだった。
「・・・・・・・・・しかし、あまり時間をかけられないか。ゼス、女史を連れてロー達の所へ行け。ここは俺が足止めする。いざとなったら屋敷も放棄して構わない。王都へ行ってスーの庇護を仰げ」
「ですが・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「古今東西、殿なんて一番強い奴がやるって相場が決まっているんだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・すぐ追いつく。早くいけ」
「・・・・・・・・・わかりました。ご武運を。・・・・・・・・・・・・・・・・・・行きましょうリエラ様」
ゼスがリエラの手を引こうとした時だった。先程から黙っていたリエラが珍しく強引にゼスの手を振り払う。
「嫌です! こんなお別れは嫌ですよ!! 貴方が死んでしまったら・・・・・・・・・もう私はわからなくなってしまいます!! 子供たちも幸せになれなくなってしまいます!! だから、死んではダメですよ!!!」
「・・・・・・・・・それは責任重大だ。わかりました。約束します。だから、早くお行きなさい」
未だに戦闘中にも余裕が見えるグラムにアッセがそろそろ苛立ち始めていた。
「いいかげんにしろよな。・・・・・・・・・それにただで行かせると思ってたのかよっ!!」
「!?」
何かしらの丸薬のようなものをゼスに向かって投げつけた。
ものすごく小さい。5ミリ程度の大きさだが、グラムは反応してしまう。
ほぼ反射でその丸薬を切り落としてしまった。
それを切り落とした瞬間、丸薬から魔法陣が展開される。
その魔法陣が切った当人であるグラムに組み付き、効果が反映された。
「・・・・・・・・・!! これは、魔封じの円!?」
「お!? わかるか! あの魔法使いに使いたがったんだがな」
「なるほど。こちらにも魔法に長けた者がいると踏んでいたか。しかし、参ったな。どの程度の効果があるかは知らないが魔法が使えないとは」
「お前も魔法が使えるか。そりゃラッキーだ。こんだけ強いからってっきり騎士かなにかだと思っていたんだがな。魔法騎士だったとは。切り札封じちまったか?」
アッセの言葉にグラムは瞬時に周囲の気配を探る。
ゼスとリエラはもうこちらの会話が届かないくらいには離れている。
このくらい離れていれば大丈夫だろう。
「いや、問題ない。お前を倒すのに始めっから魔法を使うつもりはなかった。それに、猛者が来るとは踏んでいたからな」
「あっ!! 随分なめてんな。魔法もなしで俺に勝てるってか!!」
瞬間だった。
グラムはその場から姿を消した。
少なくともアッセにはそう見えたのだ。
そして次の瞬間にはグラムは顎を掴む形でアッセの口を塞ぎ、奥の大木に叩きつけていた。
同時にグラムは木刀でアッセの武器を撃ち落としている。
先程までのグラムと一番違うのは殺気の大きさだった。
ゼスやリエラがいた時とは全く違う禍々しい殺気放っている。
「余裕だよ。お前程度」
「んぐっ??」
「どうにかして相手を本当はこっち側に引き入れようと思っていたんだが、お前はいらない。人殺しを楽しむ気質のお前には頼めないからな。魔法を封じられたのは予定外だったがな。アサシンなんてやってんだ。シリルと違って嫌々ってわけでもない。殺されても文句はないだろう」
「んーーー!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・冥土の土産に教えてやるよ。誰に喧嘩を売ったのか。・・・・・・・・・俺の本名はスズカだ。スズカ・クロタキ」
「!?」
「そう。俺が黒の勇者だ。残念だったな」
アッセは瞬時に事切れた。
質の高い殺気を近距離で受け過ぎて落ちてしまったのだ。
アッセもレベルの高いアサシンなのだろうが、魔王を倒した勇者からすれば高々知れていた。
グラムはとりあえずアッセの股関節、膝関節、肩、肘、手首の関節を外した。
これから数日は時間勝負になる。
ギリューヌにシュトローエン・グラム伯爵の正体をまだ知られるわけにはいかないのだ。
アッセの体をどこに隠そうか考えている瞬間だった。
飛来するものがあった。
瞬時にグラムはそれを飛び退いてそれを避ける。
もちろんアッセを守ってやる義理はない。
アッセの体は突如煙を出し、光ってその場に倒れた。
「雷系収縮呪文? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・それよりも、ゼスの探知呪文に引っかからないとは。いくつか方法は浮かぶがどれも高難度だ。エライ使い手と見た。戦闘術も姿の消し方が完璧。放たれるまで気付かなかった。・・・・・・・・・何者だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・久しいです。スズ」
「・・・・・・・・・フィス!?」
出てきたのは黒い肌。
腰まである銀色の髪。
抜群と言っていいプロポーションを軽甲冑で覆っているいわゆるダークエルフの女だった。