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隠遁勇者の隠し事  作者: 涼松 魚名
第1章 実は勇者が〇〇です
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   幕間「セツゲツカ領」 1st




リフィルリア国 セツゲツカ領 領街アローカシア



 リエラはマールとシリルが子供達を連れて町を見ている間、領の行政を司る領役所というところにきていた。

 グラムにアローカシアについてのことを知りたいといったらここに来ればいいと教えてくれたのだ。

 そして、この領役所の所長へ連絡を入れてくれた。


 リエラが同役所を訪れたとき、玄関の待合室のソファーに座っていた人が立ち上がり声をかけてきた。

 40代くらいの女性でメガネが印象的な優しそうな女性だった。


「はじめまして。リエリシア・クリストフ教授でございますね。お待ちしておりました。私がこの行政領役所の所長でエマスティン・リドーと申します。お見知りおきを」


 いきなり役所で一番偉い人間がリエラを待っていたのだ。


「所長さん? え、あの、突然無理を言いまして。ご迷惑だとは思いますがよろしくお願いします」


「とんでもない。グラム様のお客様なら国賓みたいなものですから。・・・・・・・・・喜んでご案内させていただきます」


 恐縮するリエラにエマは優雅に笑いながら案内を始める。

 この所長は確かにスズカに近い佇まいがあった。


「えっと、女性なのに所長なんですか?」


「以外でしょう? 皆さんはじめはそう言われるんですよ。ましてや私みたいなおばあちゃんが出てくればねぇ」


「いえ、そんなおばあちゃんだなんて。綺麗なご婦人だと」


「あら嬉しい。私はこれでも今年で60になるのよ」


「え゛!」


 魔法だと思ってしまった。

 肌の艶や物腰を見ると40代としか思えないご婦人だ。


「正直な方ね、クリストフ教授」


「私はもう教授ではありません。リエラと呼んでください」


「そう? ならリエラさんと呼ばせてもらおうかしら。私もエマと呼んで頂戴。あなたとはとても気が合いそうなの。えっと、この街、アローカシアの経済状況と地理状況、財政関係だったわね」


「はい」


「来て早々にそこに眼を向ける人は少ないわ。学のある人だってなかなかに気付かない。そういう意味では確かにリエラさんは傑物ね」


「そんなことはありません。領主様に比べれば」


「あの方は規格外だから。でも、私もそうだけども数多の人が救われているわ。感謝しても仕切れない」


「・・・・・・・・・はい」


「問題があるとすれば、本人がその偉業をなんとも思っていないことね。歴史に名前が残るくらいの人物なのに本人は完全に何処吹く風だわ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱりそうですか」


「ええ。あの人にとっては偉業も呼吸と同じこと。・・・・・・・・・まぁ、そこが人を惹きつけるのだけれど。話がそれたわね。こちらが秘書のホーフさん、一応文献は全てここにあるけれども足りなかったらホーフさんに頼んで。ここには機密文書なんてないから何でも見て頂戴。もっとも、グラム様の施政が始まるの前のものは殆どないけれども」


「あ、ありがとうございます」


 兎族の若い女性が頭を下げる。

 獣人が公共機関に勤めることができる国など、ここだけだろう。


 しかし、リエラは簡単に納得しホーフに頭を下げる。

 リエラの目の前にテーブルが並べられ、その上に資料の綴りがぎっしり並んでいた。

 ギリューヌ国ならば王都の役所にもこれほどの資料はない。

 リエラは椅子に座り、その資料に眼を通し始めた。




 リフィルリア国には領地が代償あわせて26存在する。

 そのなかでも、セツゲツカ領は面積で2番目に大きな領地になる。

 山間部と森林部がその多くを持ち、同地のモンスターはかなり強力とされている。

 未開墾の土地が多くあるため面積の割には税収が多くなく、更には隣国のギリューヌと接していることもあり、ここ百年程度はリフィルリアの領土になっているが過去には何度かギリューヌの領地になったことがあるのだ。

 特産物といったものもなく、総評して安定した土地ではないというのが施政者としての感想だろう。

 しかし、それもここ3年でガラリと様変わりした。

 要するにシュトローエン・グラム伯爵がセツゲツカ領の領主になってからだ。

 

 とんでもない人が領主になった。


 これはセツゲツカ領役所のとある文官の言らしい。

 先代の領主は税金の見極めが上手く、かなりの税収を国に治めていた豪腕の持ち主だったそうだがグラムは完全に別物だったそうだ。


 〇 腐敗政治の撤廃


 〇 他民族、難民の受け入れの優遇制度


 〇 革新的な農地改革と開墾


 〇 医療保険制度の設立


 〇 領運用の議員制と3院政の導入


 〇 教育改革の推進


 〇 観光街の設立


 〇 特産物の開発


 〇 予備兵役部隊の発足


 代表的なものを上げてもこれだけある。

 どの政策一つをとっても革命的なものばかりだ。

 これにより領の財政は非常に潤ったのだそうだ。


 さらにはグラムのあの性格である。

 

 〇 不作の領民が震えながら嘆願に来れば、簡単な調査をした上で納税を年単位で待つ。

 

 〇 森林火災が起これば最前線で指揮をして家を焼け出された人間達に対しては仮家の無料貸し出しと無利子での援助。


 〇 親と死別した子供が居れば領役所で経営している孤児院に入れてかなり高度な教育を無償で行う。


 〇 希望があれば大人であっても夜間学校の入学を無償で行う。


 今では王都や他の領の文官が視察に来るほどの都になっていた。

 人口も3年でほぼ2倍に増えている。


 現在は、シュトローエン・グラム伯爵の人気は絶大なものになっていた。

 義に厚く、公平で頭も切れる。

 領内の町長、各種族の族長、各ギルド長にも信頼がある。


 一通り読み終えたリエラはスズカの施政者としての実力に畏怖さえ覚えていた。


「すごいです。革新的な制度の数々、領民のための制度が結果税収の増益につながっています。それに異常なまでの教育。識字、読書きができるようになれば何処へ行っても仕事ができます。・・・・・・・・・」


 リエラの言葉に答えるように秘書のホーフが答える。


「その通りです。グラム様の制度の根幹は教育と産業にあると私は思っています。特権階級の人間だけに施す教育、制度など意味がないというのがグラム様の口癖でした」


「・・・・・・・・・それではホーフさんも?」


「はい。3年前に私も祖国を追われて年老いた母と一緒にアローカシアにやってきました。母が疲労と持病で倒れ、物乞いをしていた私をグラム様に拾っていただいて、助けて頂いただけならまだしも、食べ物や薬、家や教育、それに多額の援助をいただきました。今では母も全快して仕立ての仕事をしています。・・・・・・・・・私はあの方のためならば命すら惜しくありません」


「・・・・・・・・・でも、それを言ったらきっとグラム様は怒るでしょうね」


「はい。・・・・・・・・・すごく怒られました。結婚して子供を生んで大家族に囲まれて笑って死ねって言われました」


「あの人らしい」


「・・・・・・・・・それだけに歯痒いんです。グラム様には本当に感謝しています。娼婦に身を落とすしか生きるすべのなかった私に教育を施していただいて、役所で雇ってもらえるなんて想像すらできませんでした。それでも、兎族は本来戦闘民族です。私も予備兵役に登録はしていますが、もっとセツゲツカ領のためにグラム様のためにできることがないかと常々考えています」


 自身の思いを口にするホーフの綺麗なウサ耳がむんずと鷲掴みにされた。


「ひゃいっ!」


 可愛い声を出すホーフの後ろには笑っているエマと共にグラムことスズカが薄ら笑いを浮かべていた。


「この・・・・・・・・・駄ウサギが。あんだけ言ってもまだ戦いたがるか。この戦闘狂ウサギ」


「へ!? グラム様!!」


「・・・・・・・・・女史が遅いから見に着てみれば。何リエラ女史にこっぱずかしい人生相談してやがる」


「ですけどぉー、いたいいたいいたい!!」


「あらあら、本当にホーフさんとグラム卿は仲がよろしいですねぇ」


 エマがくすくすと笑っている。

 ただ、スズカの説教を止める気はないようだが。


 10分程度だろうか。

 スズカの説教が終わり、凹んでいるホーフの頭をスズカが撫でている。

 やはり落ち込まないようにしっかりフォローも忘れないのだろう。


 直ぐに元気を取り戻したホーフを確認してからスズカはリエラに声をかける。


「どうでしたか? ウチの領の内情は?」


「素晴らしいの一言です。グラム卿。・・・・・・・・・本当私の杞憂でした」


「杞憂? まぁ、私みたいな男が領主なんてしていれば領民が苦しんでいるかと心配するのは当然とは思いますが」


「いえっ! そういう意味では。・・・・・・・・・ただ、何か協力できないかと思っていたのです。元とはいえ私は識者としての自負があります。少しでも御恩を返すために、この領を領の民を更に幸せにするために何かしらできないかと思ったのですが、本当杞憂でした」


 スズカ、エマ、ホーフがにっこりと笑う。


「あなたという人は。セツゲツカ領に来てまだ3日ですよ? もっと考えることがあるでしょうに?」


「グラム様の言うとおりです。ですが、いい人がこの領にいらっしゃいましたね。私もここの所長を賜ってから色々な人を見ましたが僅か数日でこの領の内政を調べようとしたのはあなたが初めてですよリエラさん」


「私はグラム様に救われてから1月はふさぎこんでいたと思います。グラム様に言われて勉強を始めたのは更にその2月後です。だから、大丈夫ですよ」


「本当ですよ。ホーフを外に引っ張り出すのに随分苦労しましたからねぇ」


「あうあうあうあう・・・・・・・・・、領主様それは言わないでくださいよぉー」


「そうだったな。・・・・・・・・・まぁリエラ女史、そんな焦りなさるな。少なくとも子供らが落ち着くまではね。・・・・・・・・・ん? そうだった。リエラ女史、まだ調べ物に時間は掛かりますか?」


「え? いえ、もう終わるところでしたが」


「なら一緒に行きましょう。子供達を連れてきているんですよ。一緒に買い物に行きましょう」


「買い物? そんな、先日グラム卿に日用品をそろえていただいたのに」


「今日は食料の買出しです。それに屋敷にずっといるよりも街の商店街だって見てみたいでしょうしね」


「そんな、ご迷惑では・・・・・・・・・」


 こんなやり取りをホーフは羨ましそうに見ながら


「・・・・・・・・・いいなぁ」


と漏らす。


 まだ仕事が終わらないのだろう。

 しかし、エマがそんなホーフの心境を一瞥し


「今日はもう上がっていいですよホーフさん。グラム卿、子供達が居るのでしたらば大人が多いほうがよろしいでしょう? ホーフさんを連れて行ってください。ホーフさんは子供に好かれますから」


「! そっちがいいのなら」


「!!」


「外で待っているから着替えて来い、ホーフ」


「あ、ありがとうございます! エマ所長」


 領役所の前では子供達、マール、ローとシリルが待っていた。


 マールとシリル、走ってきたホーフが子供達と手をつなぎ、グラムの案内の元、午後の街中に消えていった。










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