Prologue 3rd
グラム邸は街の中心部から少し離れた小高い場所に建っている。
街を一望できるよく考えられた立地だった。
リエラは景色のいい庭の椅子に腰を下ろして街を眺めながら考え事をしていた。
子供たちはというとローシェンが常に子供達と遊んでいるしマールはセルスをあやしている。
ゼスリスは人数が増えたので張り切って食事を作っていた。
そんなリエラにグラムがティーセットを乗せたお盆を持ってやってきていた。
「如何ですか街並は?」
「綺麗です。こんなに落ち着いたのは何年ぶりか、ちょっと思い出せないです」
「ギリューヌで子供らを守りながらご自身の研究も続けていれば、当然と思えてしまいますね。あ、よろしければどうぞ」
「あ、ありがとうございます。・・・・・・・・・それと昨日はとんだ醜態を見せてしまいました」
「? あぁ。構いませんよ。若い女性が護衛もなしに子供たちを連れて逃げてきたのです。当然・・・・・・・・・とは思いませんが考えられる反応でしょう」
「重ね重ね、ありがとうございます。・・・・・・・・・卿、未熟を棚に上げて教えてください。私はこれから先どうすればいいのでしょうか?」
「ご謙遜を。国立研究所の教授に分からないことが一介の領主には分かりかねますな」
小馬鹿にはしていないだろう。冗談めいた言葉だ。
そんな言葉にリエラは少しだけ目頭に涙が浮かぶ。
流石にグラムも少しバツの悪そうにこめかみをポリポリと掻いた。
「冗談を受ける心持ちではなかったですか。とんだ失礼を。私にはリエラ女史の行動目的を知らされていないのでどうにも返答のしようがありません。逆にお聞きします。女史はどうされたいのですか?」
「私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「もしも、子供らと平穏な日常を過ごしたいとおっしゃるならずっと此処にいればよろしいでしょう。それこそ子供たちが成人するまで。おすすめはしませんがアリステラ王妃の奪還や祖国への復讐を考えていらっしゃるなら戦い方くらいは教えることが出来るでしょう」
スズカは少し違和感を感じながらもリエラが考えていそうな質問への回答を口にした。
リエラはスズカの言葉に少しだけ考えを巡らせてから口を開いた。
「いえ、私は復讐とかは考えていません。悔しいですがアリステラ皇后様も助けるなど夢のまた夢でしょう」
「でしたら・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私は世界を変えたいのです」
「?? ・・・・・・・・・大きく出ましたね。世界ですか?」
「卿ならばお分かりになるのではないですか? なぜあの子らがこんな目に遭わないといけないのか」
ゆったりとした口調の中にも多分の意志が感じられる。
「考えたこともないですな。人が人で有り続ける以上、そして弱肉強食などという言葉がある以上、虐げられる人はいる。勇者でも守れないものもあります。私にできるのは目の前の子等を守ることだけです。勇者とはいえこんなものですよ。幻滅しましたか?」
「いえ。素晴らしい答えだと思います。目の前の人を守るということだって出来る人間は少ないでしょう。私などはとても・・・・・・・・・。どうすれば子供たちが泣かずに済むのか考え込むばかりです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・優しいですね。リエラ女史は。・・・・・・・・・まぁ、考え続けることでしょう。それがいつかは意味を成します。私にできることがあればなんなりと仰ってください」
「いえ。卿にはもう十分すぎるほど手厚く面倒を見てもらっています。ギリューヌ城下町に住んでいる時よりもよほど心落ち着けるのですから」
「そう言っていただけると。・・・・・・・・・ん? どうかしたかい、シリル?」
音も立てず、グラムの後ろにシリルが立っていた。
リエラはびっくりした様子だったが。
「失礼を。グラム様、リーバナン商会のリゼッタ様がいらっしゃいました」
「おっと、もうそんな時間だったか。シリル、子供たちを大広間に集めてくれ。マール嬢も」
「かしこまりました」
勝手に話を進めていくグラムにリエラが疑問を口にする。
「どうかしたのですか?」
「いえ。懇意にしている商人に子供たちの肌着や服を注文していたのですよ。着の身着のままでは着替えにも困るでしょう」
「そんな・・・・・・・・・! 服は確かに山道の中落としてきてしまいましたが、卿にそこまでしていただくわけには」
「そう言わずに。外に出るにも、洗濯するにも替えは必要なのですから。もちろん、マール嬢とリエラ女史の物も持ってこさせています。気に入らなければ注文になってしまいますが」
「しかし、私は最低限の路銀しか持ち合わせては」
「勝手に私が頼んだのです。支払いはこちらで」
「ダメです、グラム卿!」
「おやおや、聡明な女史の言葉とは思えない。面倒を見るとは衣食住心配させないということですよ。全部織り込み済みで皆さんを受け入れたのです。見くびってくださるな」
半ば強引にグラムはリエラの手を取って屋敷の中に入っていった。
大広間にはもう全員集まっていたようだった。
若く旅人のような軽装をした女性がグラムに挨拶に来る。
「ご無沙汰しております、領主様。いきなりですが先月、領主様の開発していただいた香辛料の売れ行きは隣国まで鳴り響いております。領主様のご慧眼と聡明さには我々舌を巻くばかりで」
「堅苦しい挨拶と建前はいいよリゼッタ。頼んでいたものは?」
「滞りなく。ただ、一応人気のあるものを順に選びましたが卿のお気に召しますかどうか」
ローが並べたテーブルの上には食器がいくつも並んでいる。
カップから皿、箸、歯ブラシに至るまで。床には敷物の上に大量の服が並べられていた。
「ご注文通り、何種類かご用意してございます。サイズ違いや色違いは本日中に持ってこさせますのでお申し付けください」
「わかった。支払いは来月分の支払いから引いておいてもらってもいいか?」
「賜りました。後日明細をお持ち致します。それと赤ん坊もいると聞き及んでおります。そちらの必需品は当商会からサービスさせていただきますので」
「準備がいいな」
「いえ」
子供たちが興味津々に服や食器を眺めている。
マールは少し挙動不審に見える。
その様子にグラムは少し笑いながら
「マール嬢、リエラ女史と一緒に子供たちに服を選んであげてくれ。食器も。婦人用の服は今シリルが別室を用意しているからそちらに並べさせる。そこで好きに選んでくれ。そうだな、肌着で1人5着くらい。外で着るように3着、部屋着で2着はいるな。それとカップに歯ブラシとタオル。シリル、他にあるか?」
「ありますが、ここでは。隣の部屋に並べさせますので察していただければ」
「察した」
勝手に話して、話を進めていくグラムに驚くのはやはりマールだ。
「ちょっっ! 待ってくださいグラム卿!!」
「お金の心配なら大丈夫ですよ。私が持ちますから」
「だって、お世話になっているのは私たちなんですよ!?」
「・・・・・・・・・この問答は面倒ですね」
グラムが濁す言葉を思案しているのがわかったのだろう。マールが少し怒ったような顔になる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかりました。じゃ、はっきり言います。私はまだあなたを信用していません。こんな厚遇は異常です! スキを見てどこかに売り払おうとか、変なことを企んでいるとか考えるのが普通です!!」
そう、マールはグラムが異世界ゼフィラでもっとも信用される職業である勇者だとはまだ知らないのだ。
「なるほど。確かに異常ですね。しかし、困りました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マール嬢、どうすれば私を信じていもらえますか?」
「そんなの・・・・・・・・・・・・・・・・・・私に分かるわけが・・・・・・・・・」
「そうですか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・シリル、ゼスリスを呼んできてもらえるか」
「畏まりました」
「グラム卿、マールの無礼は発言は申し訳ありませんでした。卿のご厚意に泥を塗るような」
とリエラは言うがスズカにはマールの言葉のほうが正しく思えた。
彼女らからすれば確かに厚遇過ぎるだろう。
疑うなというほうが無理だ。
厚遇で向かいいれたのはグラム。
ならばしっかりと責任も取るべきだった。
すぐにゼスリスが広間に来た。
「ゼス、魔法契約書を1枚作ってくれるか。私が作っても良いんだが、自身の契約を自分で作ると若干手間だからな」
「? わかりました。内容は?」
「私の遺産相続について。故意、他意に関わらず私が死んだと見なされた場合、リーバナン商会に預けている金銭の全てを子供らとリエラ女史、マール嬢、それとローシェン、シリル、ゼスリスで等分するものとする。仮に今後私に妻、子供ができた場合はその子にも均等に相続人としての権利を得る。以上だ」
「!! え・・・・・・・・・」
「リゼッタ、証人になってもらえるか?」
「お安いご用です」
ゼスリスはただグラムの言葉通りの契約書を魔法陣の中で作り上げてリゼッタの名を刻み込んで契約書作成は終了した。
それをみて徐にシリルとローシェンが口を開く。
「グラム様、私を入れる必要は・・・・・・・・・」
「俺もです。あなたから遺産など受け取る資格など・・・・・・・・・」
「もしも私が死んだときの話さ。それにあくまでも覚悟を示すためのものだからな。・・・・・・・・・さてマール嬢、特殊な術法でして魔法契約といいます。細かな説明は端折りますが、順守しなければ死と同等の痛みが体を襲うという結構物騒なものです。・・・・・・・・・これ以上の策は私には思いつかないが、これで納得してもらえないでしょうか?」
「ご自分の遺産の相続人を私たちに!?」
マールが開いた口を両の手で押さえて若干震えていた。
「これが私の覚悟です。言っておきますが、見栄や道楽ではここまでしません。・・・・・・・・・如何ですかマール嬢?」
「こんな・・・・・・・・・」
「私はあなた達を気に入っているんです。そして私は言いましたよね? 守るって。二言はありませんよ。男として」
「何故ですか!! 私達にこんなことしたって・・・・・・・・・見返りは何も・・・・・・・・・」
「見返り? 必要ありませんよそんなもの。・・・・・・・・・こんなこと、大したことではありません。・・・・・・・・・これでマール嬢から信用を得られるのならば安いものです」
魔法契約とは通常、奴隷や結婚時に行われる主従契約や永遠の誓いを行うときに使用する強力な呪術ではある。
稀に今回のような遺産相続に使われることはあるがまともな方法ではなかった。
魔法に詳しいリエラでも驚きを隠せていないようではある。
子供らは分かっていないようだが、マールはいまだに信じられないと言った様子だ。
「私・・・・・・・・・私、バカみたいじゃないですか・・・・・・・・・。せめて下心の一つでも言ってくれれば納得できるし、何だって・・・・・・・・・差し出したっていいって思っていたのに」
マールがスカートの裾を握り締めて目頭に涙を溜めて下にうつむいていた。
いくら年長者といってもまだ18の少女。
少女と表現していい年齢だ。
しかも、リエラの庇護下に居たとはいえ世知辛い社会で生きてきたのだろう。
素直に信用をしていたらばどんな目にあっていたか分からない世界でだ。
グラムはその少女の頭を他の子と同じように撫でる。
俯いて涙を溜めている、少しだけ大人びた少女をだ。
「バカを言いなさるな。・・・・・・・・・それはあなたのこれから先の幸せのためにとっておいてください。私は楽しみにしているんですよ? 子供達と、リエラ女史と、共にウェディングドレスを着て居るあなたを祝福するその瞬間を。それに、レディが何でも差し出すなどと言うものではない。更に言えば、私をどこぞの下種騎士と一緒にしてくださるな。もう、ここに居る全員は私の家族なのですから」
最後は屈託のない笑みだった。そして指でやさしくマールの涙をふき取る。
「あぁ、泣かせてしまった。こんなつもりではなかったのに」
「・・・・・・・・・私、バカで人を見る目が・・・・・・・・・ありませんでした」
「そんなことありませんよ。あなたは子供達を守るために当然のことを言ったと思います。・・・・・・・・・もうこの話はこのくらいにしましょう? 家族の服を買うのは家長として当然です。受け取ってもらえますね? マール嬢?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとうございます。・・・・・・・・・その・・・・・・・・・グ、グラム様」
「はい!」
グラム邸に家族が増えた瞬間だったりする。
異世界ゼフィラ。
10年ほど前にこの世界は未曾有の危機を迎える。
魔王『白炎のガルツィーネフ』が世界統一を掲げて魔王軍が諸国に侵略を開始したことに端を発する。
聖星宗教国イヴァレイの聖主アラキス・ファレイアスは託宣により世界から5人の勇者を選定、承認した。
『北の勇者 カナリヤ・ジェスト』
『西の勇者 オーギュスト・ザファー』
『南の勇者 ヨシュア・パースイス』
『中央の勇者 アマリリス・リアンディリス』
そして、最も勇者から遠いと思われていた『東の勇者 スズカ・クロタキ』
イヴァレイはこの5人の勇者に世界の国々の防衛を命じた。
しかしながら、その命令を東の勇者は完全に無視をして魔王を討伐してしまう。
イヴァレイを面子を潰した勇者は黒の勇者と呼ばれるが、討伐後どこかへ忽然と姿を消してしまう。
魔王を討伐した勇者ということで世間ははやし立てるが当の本人は仲間と別れ、懇意にしていたリフィルリア皇国のスティーリア・イリリス・リフィルリア皇女を頼り、隠遁を決め込んでしまう。
この話は、異世界から召喚され魔王を討伐した元勇者の引篭り男のその後を描くストーリーである。