Prologue 2nd
リエラを抱きかかえた男は森の中をゆっくりと闊歩していた。
あれだけの戦闘をしてまったく汗を掻いていない。
息を乱していない。
リエラもかなりの数の戦士を見てきたがここまでの使い手を見たことがなかった。
暗黙が支配する森の中で小さくリエラは口を開いた。
「あの、・・・・・・・・・ありがとうございます」
「いえ。お迎えが遅れて申し訳ありませんでした。もう少し早く到着していれば乱暴されることもなかったでしょうに」
あくまでこの男の言葉は紳士的だった。
「この御恩は一生忘れません。・・・・・・・・・お名前を教えていただいても?」
「はい。私はリフィルリア皇国セツゲツカ領主シュトローエン・グラム伯爵、本名はスズカ・クロタキと申します」
「! 領主様恩自ら。・・・・・・・・・感謝に・・・・・・・・・スズカ? 失礼ですが3年前に魔王を倒した勇者と同じ名前なのですね?」
「昔取った杵柄です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!! 勇者様!!?」
「魔王のいなくなった世界では勇者など無用の長物なもので、今はリフィルリア皇国のスティーリア・イリリス・リフィルリア皇女殿下に領地を賜りひっそりと隠遁しているのです。それと私のことはグラムと呼んでくださいね」
「それでしたら私もリエラとお呼び下さい」
「わかりました。リエラ女史・・・・・・・・・さぁ、到着しました。そこで部下が野営の準備をしています」
スズカが歩いた先には簡素だがしっかりとしたテントが張られていた。
大人7人くらいならば楽に寝る事ができるだろう。
スズカの姿を確認した栗色の髪の男が走ってくる。
歳はスズカよりも幾分若そうに見える。
二十歳前後だろう。
「ご無事でしたか?」
「問題ない」
「どうされましたか?」
「気絶させて吊るして来た。明けたら、両国の情報屋を呼んで噂を流させる。枢機卿の馬鹿息子を社会的に殺そうと思う」
「また、斜め上を行く残虐さですね。確かに、規律と忠義を重んじる騎士にとっては死んだも同然ですが」
「自殺するかもな。だが、そんなことまで面倒見切れん。部下も殺していたからな。甘んじて受けてもらおう」
「わかりました。・・・・・・・・・お初に拝顔いたします。ギリューヌ王国リエリシア・クリストフ教授。お噂はかねがね。私はスズカ様の執事をしておりますローシェンと申します。お見知りおきを。お連れ様がお待ちでございます。テントの中で」
「あぁ・・・・・・・・・良かった」
ローシェンの言葉にリエラは涙を流して崩れ落ちた。
「女子供が森の中を走ったんだ。怪我は?」
「問題ありません。女性の世話もありましたのでシリルも連れております。ゼスリスは結界魔法を展開しに。申し訳ありません。お屋敷のほうは使い魔に任せてきてしまいましたが」
「構わない。アリステラには借りがあるから」
「ほう、興味深いですね」
「面白い話ではないよ。それよりもリエラ女史、泣いていないでお顔を子供達に見せてお挙げなさい。セツゲツカ領にいるうちはあなた達の身柄は私が引き受けましょう」
「それではグラム様もリエラ様とご一緒に中へ。少々勘案すべき事情もございます」
「ん? わかった」
リエラと一緒にテントの中に入る。
子供達と一人の女性が一箇所に身を寄せ合っていた。
まだ、完全に信頼しているわけではないのだろう。
しかし、彼女らがリエラを見るとそれが一変した。
「「「先生!!」」」
乳児以外の子供達が一斉にリエラに飛びついてくる。
涙を流しながらだ。
自分らのために身を挺してくれた人が生きていれば当然の反応か。
最年長のマールと呼ばれた女性がぽろぽろと涙を流す
「良かった。もう会えないと・・・・・・・・・本当に良かった」
「マール、お礼はこの方に言いなさい。この人は信用しても大丈夫ですよ」
リエラに促されたマールと子供達が何度も何度も礼を言う。
「本当に、ありがとうございました」
「おじさん、ありがとう」
「ありがとー」
スズカは笑いながら子供達の頭をなでた。
その際、スズカの笑みがちょっと強張る。
スズカはフードの上から子供の頭を撫でたのだが違和感があったからだ。
「お気づきになられましたか?」
メイド姿で銀髪の髪をポニーテールにした女性がスズカの真正面に立っていた。
真正面なのにほとんど気配がないのだがスズカは意に反していない。
「角? この子は・・・・・・・・・鬼人か?」
「!!? 待って下さい!! 違います!! 鬼人種ではありません!! アージェはそんな恐ろしいものでは!!」
先ほどまで泣いていたマールが取り乱したかのように男の子を抱きかかえ、テントの端にまで遠ざかってしまう。
「いえ、失礼した。不躾でしたね。ご安心を、私も私の部下も種族に偏見は持っていません。ただ、珍しいと思っただけです」
「アージェはいい子なんです!! 珍しいとか珍しくないとかそういう目でこの子を見ないでください!!」
「マール!!」
リエラが窘めるがスズカに関してはとても愉快そうだった。
それがマールの気に障ったようで
「何がそんなに面白いんですか」
「いや失礼。私が珍しいと言ったのはあなた方がです。確かに鬼人種は嫌煙されています。西のジュスオード連邦では露骨に差別の対象だ。それは最たる例だとしても決して万民に良く思われているわけではない。鬼人種は隠れ里でなくては暮らせないと思っていたんですが・・・・・・・・・。いやはや、まさか鬼人をこんなに愛している人に出会えようとは・・・・・・・・・。失礼を承知で言いますが、皆さんは非常に愉快です。これほど小気味いいことが他にありましょうか」
「そうやって馬鹿にしているんですね?」
まだ、マールに関してはスズカへの疑心は解けぬようだった。
「私はあなた方を守りますよ。今決めました。王妃からの頼みでもあります。亡国の王子もその忠臣の方々も我が命に換えて」
そういってスズカはマール、リエラ、子供達の前に膝を折り、誓いを立てる。
スズカだけではない、彼の部下であるローシェンとシリルも同様に膝を折って主と同様の誓いを立てた。
日が昇り、子供達がこの領主とその部下に懐くのに時間は掛からなかった。
メイドのシリルは乳児であるセルスを抱いて子守唄を歌っている。
朗らかなローシェンは子供達と鬼ごっこをしていた。
ローシェンは非常に身軽で木の上も簡単に登っていく。
そして、小さい子へのケアも忘れない。
もう一人のスズカの部下である大柄だが瞳が円らなゼスという男がいる。
彼は無表情だが丁寧にリエラとマールにお茶を煎れていた。
そして、領主のスズカはというと3歳のユーリを肩車しながら手際よく全員の食事を作っていた。
・・・・・・・・・領主自らだ。
時たまユーリに味見をさせている。
手馴れたものだった。
アージェは鬼人族、ユーリは兎人族なのに全くスズカもローシェンも気にはしていない。
その様子をリエラは目の前にいるゼスリスに質問する。
「・・・・・・・・・あの、グラム様は領主ですよね?」
「はい」
結構答えが簡潔としている。
だが、不思議とこのゼスリスという男に警戒感を抱けない。
「料理人なのですか?」
「いつもは自分が料理を作るんですけど、グラム様のほうが上手いです」
「変わってますね」
「グラム様ですから」
などと言う会話をしているうちにスズカが料理を運んでくる。
執事顔負けの膂力だ。
両の手に合計4枚の大皿、更に頭の上にはエレノアもいるのに軸が全くぶれていない。
「お待たせしました。猪肉の生姜焼きと川魚のホイル焼き、乾燥コーンのスープ、無発酵パンに氷魔法でつくったオレンジの冷凍シャーベットです」
この料理はキャンプとは思えない豪華さと繊細さがあった。
王宮で食べる料理と遜色ない。
それに魔法を料理に応用するなんて聞いたことがない。
リエラもマールもその豪華さに言葉が続かなかった。
最悪、食事なしの野宿も覚悟していたのにだ。
「・・・・・・・・・グラム卿、すごいですね」
「有り合わせでもうしわけないですね。もう少し時間があればちゃんと作れたんですけども」
「いえっ! これ以上は充分すぎます!!」
「そう言って貰えると。些末な田舎料理と笑ってください。セルスには下ろしたりんご汁なら大丈夫かな? ・・・・・・・・・シリル頼む」
「はい、お任せください」
そういってスズカはシリルに小鉢を渡した。
「さぁ! 食べるぞ!! みんな、食事だ!!」
子供達がローシェンと共にやってきて、賑やかな食事が始まった。
子供達には大好評だった。
空腹だったのだろう。
涙を流しながら食べている子もいた。
食事を終え、腹休めをしていたスズカにリエラが神妙な面持ちで口を開いた。
「グラム卿、ご質問いいでしょうか?」
「ん? ええ、どうぞ」
「私達はこれからどうなるのですか? 卿のお考えを」
「当面は私の屋敷で過ごしてもらうつもりです。・・・・・・・・・お考えは理解していますよ。アリステラ王妃を助け出すことを考えているのでしょうが、今は時期ではない。何より、一介の田舎貴族ではできることも高々知れていますよ。既に通信魔法で皇国に仔細は知らせていますしね」
「そうでしたか。安堵しました。卿にはお世話をおかけします」
「構いません。それに少し以外でしたね。私に王妃を救いに行けと言われるかと思いました」
マールはそのとおりだと頷いていたがリエラは首を振る。
「卿の微妙なお立場は容易に理解ができます。ここまでしていただいただけで私達には分不相応です」
「そんなことはありませんよ」
陽気に笑うスズカの表情は非常に楽しそうにリエラには見えた。
豪華な食事のあとに全員で野営地から撤収する。
領主であるスズカも率先して手伝っていた。
荷物の殆どを馬車に積み込む。
貴族が使うような豪華絢爛な馬車ではない。
そしてスズカが馬車に全員を載せると何故か馬車の前に移動した。
「全員乗ったな? それじゃ唱えるぞ」
そして馬車が森から一瞬にして消えた。
一番驚いているのはマールだ。
「な、なんなんですかこれは!」
慌てふためくマールにシリルが冷静に説明をする。
「ご安心くださいマール様。これはスズカ様の転移魔法です」
その言葉に感嘆をもらしたのがリエラだった。
「これが転移魔法ですか。ですが最大級のものでもパーティを移動させるので精一杯と聞いたことがあります。パーティでもない私たちまで飛ばすなんて」
「まぁ、グラム様ですから」
そんなことを話していると到着してしまっていた。
何事もなかったかのようにスズカが子供達の前に出てきて紹介する。
「ようこそセツゲツカ領最大の街、風の街アローカシアへ」
エレノアとアージェが馬車から体を乗り出して街を眺める。
金色の畑の作物が揺れる景色。
風車が綺麗にゆらゆらと回っている。
「綺麗ー!」
活発な正確なのだろうえれのあが思わず声を上げた。
スズカはそんなエレノアの頭を優しく撫でる。
エレノアとは違いリエラはあくまでも冷静だった。
「綺麗な街ですね。風の街というよりは金色の街の方があっている気がします」
「ありがとうございます」
スズカは馬車の後ろから顔をだし通り過ぎる領民に声をかける。
声を掛けられた領民はスズカを見ると嬉しそうに言葉を返すのだ。
これがどれほど難しく、素晴らしいことか理解出来るのはリエラだけだった。
直ぐに馬車は街のメイン通りから少し離れた屋敷に到着する。
貴族の屋敷にしては小振りだが、4人しかいないのならば広すぎるかもしれない。
門扉に来るとローシェンが声を掛ける。
「フウリ! ライコ! 帰ったぞ!」
ローシェンの声に応じて風の使い魔フウリ、雷の使い魔ライコが現れる。
物珍しいのか子供達は愚かリエラさえも呆気に取られていた。
フウリは5メートルはある巨大な狸の使い魔だが可愛くはない。
子供など丸呑みしそうに見える。
ライコも同様に体から雷をバチバチと帯電させている狐の使い魔だ。
そんな使い魔だが、ローシェンにぺこりと頭を下げる。
『『おかえりなさいご主人様達』』
何故か声は異様に可愛らしい。
「何か変わったことはなかったか!?」
『『街外れのフォーグスの娘が産まれたそうで報告に来ました。また来るって言ってました』』
「わかった。ご苦労だった! あとで魔力球を持っていってやるからな! それと、この馬車に乗っている人達の顔を覚えてくれ」
ローシェンに言われてフウリとライコは体を小さくして馬車の中に入ってきた。
先程の姿とは随分と違う使い魔に子供らは驚いがスズカはフウリを手にとるとアージェに優しき手渡した。
「頭を撫でてごらん」
アージェは驚いてはいたがスズカがフウリの頭を撫でるのを真似してやってみると
「フワフワする」
続けてエレノアにライコを預ける。
エレノアも同じようにライコの頭をなでた。
その様子をみながらスズカがフウリとライコに促す。
「フウリ、ライコこの馬車に乗っている人達は今日からしばらくの間屋敷の住人になる。俺たちの目が届かないときにはこの子らを守ってやってくれ」
『『それでご褒美が頂けるなら』』
「ああ。あげるさ。だから頼むな」
フウリとライコが顔を合わせから愉快そうに頷いた。
そして馬車の中を探索して子供達、リエラ、マールの顔と匂いを覚えてから屋敷の方に姿を消した。
その様子にリエラが漏らす。
「アレは東の大国ホウジョウの方位守護のフウリとライコですか!? 凄い。神獣クラスの守護獣を使い魔にするなんて」
「物知りですねリエラ女史。ですが、それはあいつらの親のことです。色々あって託されたんです。いい奴らなんで大丈夫ですよ」
何事もなかったかのようにスズカは屋敷の中へと入る。
スズカとシリルが客人を部屋へと案内する。
ローシェンは何かスズカに用を頼まれていたし、ゼスリスは厨房に昼食を作りに行った。
「バラバラよりもみんな一緒の部屋の方がいいだろう? 大部屋ならベッドの数も足りるし寂しくないよな」
スズカの言葉にリエラが頭を下げる。
「グラム卿、仔細にまで気を使っていただき感謝してもしきれません」
「構いません。ずっと怖かったろう? ここにいればもう怖い人達は来ないよ。皆強いから大丈夫」
スズカの言葉は確かに甘く聞こえはしたが、どこか不思議な信頼感があった。
昨晩のリエラを救い出した実力、人種の違いにも気にしない鈍感力、夜泣きも対応する柔軟さ。
それらすべてがようやく子供達を安心させたのだろう。
スズカに1番懐いていたユーリがしゃがんだスズカに撫でられると涙を流してからスズカの服の二の腕部分を掴んで泣き始めた。
それを皮切りにアージェ、エレノア、ルーシェの順番でスズカに抱きついてきた。
そんな子供らにスズカは嫌な顔1つせずにもう大丈夫と呟きながら頭をなでていた。
その様子をマールは眺めながら感嘆を漏らす。
「一晩でこの子たちがなつくなんて」
「グラム様は人たらしですから。女も子供も全部手玉です」
「そんな簡単じゃないと思うのですけど」
そんなことを言っていたらスズカの傍にリエラが歩いてくる。
子供達も泣き終えて立ち上がるスズカに仰天の一言を口にした。
「私だって怖かったんです!! あんな乱暴な兵士に押し倒されて危うく純潔をなんでもありません!! だから、私だって撫でて欲しいんです!!」
「へ?? 構いませんが」
マールがあちゃーとジェスチャーをしながらその横でスズカとシリルは唖然としていた。
そう、冷静に見えてこのリエラという女性、天然だったのだ。