10 悩んで物語に干渉します。
フルブレイドで飛行できる事でストーリーに干渉できる可能性が生まれました。
プレイヤーなり主人公なりがいるのでしょうか?
いるとしてどんな存在なのでしょう?
いまだに誰がわたしを召喚した…召喚したモノが存在するかすら分かりません。
来た時の声が誰なのか分かりません。
…ゲームではスタートの地、ガースギースの北西の端、クリージ王国。
行ってみるべきでしょう。
甲殻戦機部隊に副隊長職を新設任命しました。
現場運用を部分的に隊長に権限移譲する為です。
予備のフルブレイド級二番機も建造中ですし、甲殻戦機も開発が続いています。
そしてクリージ王国内の森の深い所に着陸させたフルブレイドの留守と訓練を隊長に任せて、フェブリーにゼーナさんとわたしが装甲車でクリージ王国に入ったフリをします。
主人公はクリージ王国の高位研究職の女性魔法使いの養子として育ち、義妹と旅立ったはずです。
ゲームの辺りは不思議な長い夢で見た物語、と皆には説明しています。
ゲームがガースギースに似せたならともかく、万一ここがゲームに似せたと想像するとわたしも不快ですので。
クリージ王国の首都クリージスは大きくはありませんが魔導文明寄りの、エトファムに似た都市です。
ノースアップで俯瞰視点な2Dゲームの簡略化された都市マップとはかけ離れていますが、雀に北向きに高く飛んで見てもらって簡略化されたと思えば一致しているかもしれません。
「カイチョは変な所でヘタレですね」
フェブリーはゼーナさんが会長呼びなので、バランスをとって役職風に呼ぶ事にしたようです。
「人見知りには不特定多数の聞き込みは不向きです。
Lv2のせいでレイを連れているのも不向きです。
おとなしくサビ達に調査してもらいます。
魔導具店とかの調査もします」
人見知りにしか人見知りの気持は分かりません。
Lv2にしかLv2の気持は分かりません。
ちなみにエイプリルの使い魔、青いセキセイインコのコインも空間接続範囲拡張の為に付いて来ています。
「確かに、種としては普通の私達の背丈と変わりませんのに、これだけ精悍なグレイウルフの従魔は珍しいですし貫禄もありますから、連れていてもLv2でも不向きですね」
「…戦闘は補欠で聞き込みは不向きって、カイチョは脳筋を自称してるのに仕事してないですね」
「言わないで下さい。言われなくても気にしているのに…」
「手掛り情報を確認するね?
娘がいる高位研究職の女性魔法使い。名前は聞けば思い出すかも。
多分、養子か養女もいる。
娘はイーファ首都外の魔法学校で寮生活をしてたはず。
本命は養子か養女で、娘と旅立っているかも。
まあ、なんとかなるでしょう。
交代で上陸許可した部隊も手伝ってくれるでしょうし」
「後は物語の進行次第で、パーティメンバーを増やしている可能性があるという事でしたね」
「はい。こんな夢みたい…というか夢の話に付き合せて申し訳ありません」
「今更でしょう?夢みたいな存在のカイチョに付き合ってここにいるんだよ?」
「今更ですね。むしろ会長の方が物語の主人公の様な能力です」
「物語の主人公みたいな高潔な志ではなくて、ヒロインでもないのが悲しいです」
「「ヒロインは似合いませんね」」
ええ知っていますよ。言ってみただけですよ。
ショップ巡りも珍しい物があって有意義でした。
地域性ですね、と思ってから、ある事を思い出しました。
二人と個室レストランで合流します。
「イーファの母で該当したイシスフィアですが魔法生物・ホムンクルスの研究者でした」
「従魔が多いなと思って街門近くに行ってみたら、大型従魔の厩舎が大きかったです。
こっちはホムンクルスを使うんですね」
「わたしも途中で思い出しました、イシスフィアはホムンクルスの研究者でした。
東部…レイブギン周辺では見かけないので忘れていました。
何故でしょうか?」
「東部では使いづらいのです。ホムンクルスはそこまで強くなりませんから」
…なるほどです。
「こっちのホムンクルスは強いのですか?」
「いえ、多分こちらにそこまで強い魔物や魔獣が出ないのです」
なにせスタートの地のですから。山1つ越えたらそんな事はないと思います。
「それこそイシスフィアの功績で強くはなっているそうですが、基本的にそういうことでしょう。
昔、ホムンクルスは究極的には人型・人を魔法や魔導具で作る研究だったのです。
理論が完成して使いづらいのが判明したので研究が止まったと聞きましたね」
「人のホムンクルスを作れるのですか?」
「作れるそうですが、作ってどうします?」
フェブリーの反応と判断が気になって聞いてみます。
「下級兵士とか奴隷かな?」
「人と同じ知性を持っているのに?
安くないコストをかけて作った人のホムンクルスを魔法で縛るのですか?
知性を持った生物である以上、痛みを嫌がるし恐怖も欲求もあるのです。
知性が要らないなら人である意味がないでしょう。
パペットとかゴーレム研究の方が有意義そうです」
複製しても歳の違う双子ができるだけのクローンと似た感じでしょうか。
「…こういう所はさすがですね、会長。
そういった技術の収束の一つが甲魔獣騎や甲殻戦機なのでしょう。
今の時代、奴隷にするくらいなら鉱山奴隷か下級兵士にしますが、それなら人である必要がないのです」
「わたしが居た世界ではホムンクルスとは違う技術ですが、自分を複製して脳を移植して若返るとか、怪我病気の対処に予備の身体として、なんかの発想もあったそうです。
双子の身体を奪うのと大差ないですね。一応禁止されていますが。
…養子、推定勇者クアッドの話に戻しましょう」
「…胸糞悪い話になりそうね。
従魔育てる方が気楽で強くなりそうだわ。
クアッドとイーファは見つからなかったし、家の出入りもないのよね?」
わたしは横に振ります。今も家を監視している雀従魔から反応はありません。
クアッドはデフォルトの名前です。
わたしもデフォルト名を使っていましたので、プレイヤーの有無は判断できません。
「まだ半日も経っていないですが、居る事の証明より居ない証明は難しいです。
家とイシスフィアの監視を残して別のタスクに振りましょう
ホムンクルスの技術が欲しいですが、コネがないので取引は無理でしょうか?
盗むにも何を盗めばいいのかも分かりません」
「コネはイリーシャ、技術的なアドバイスはユーシアとラーグスリーグの2研辺りに相談したら誰か紹介してもらえるかもしれませんよ。
レイブギンは今や大帝国を含めて領地的には3本指に入る大勢力です」
「そうですね。実態は政体すら確定していない、暫定国王も2代目が体調崩して3代目の選定に苦労している事実上の脳筋軍事国家ですがコネは探せばあるはずですよね」
「酷い事実を突き付けるね。でも政的コネの方は期待薄でしょうね、遠過ぎます」
「一応、後で連絡します。
次は魔法学校の方に特別な魔法図書館があるのはずなのですが…ゼーナさんをこんな優先順位の低い役割に割くのは惜しいですね。これも相談しましょう」
「今、ナチュラルにエルフの私を頭脳労働から戦力外扱いしましたね?」
ガースギースのエルフは頭脳労働向きのはずですがエイプリルは魔法使い職なのに地味な書類仕事等はやりたがりません。やればできるみたいですが。
「やりたいですか?」
「やりたいかと聞かれたらやりたくないけど、やれるかと聞かれたらやれますよ?」
「意欲が低いと効率が下がって反って時間がかかる類の仕事です。
フェブリーも貴重な人材ですから他にアテがあるなら効率が悪い仕事は振りませんよ」
「おお、うまくノせるねカイチョは。いい会長ですね」
「別にのせたつもりはありませんが次です。
少し迷いましたが、放っておくと特殊な魔物に襲われるかもしれない村があります」
「…迷った理由を聞いてもいいかな?」
フェブリーは表情を硬くします。襲われると分かっていて迷ったわけですから。
「わざわざ迷ったと前置きしたのです。理由はあるのでしょう」
「夢の話です。根拠を説明できないのでフルブレイドで対応するしかありません。
実際、来ない可能性もあります。
来た場合、この先同様の襲撃が多発する可能性が高いです。
その全てを知っているわけでもありませんし、対応して良いものかと迷い相談しました。
この国の国防問題なのです。
国民の意識変革の切っ掛けでもありました。
勇者の挫折経験、成長でもあります。
フルブレイドは介入して良いのでしょうか?」
二人は少し思案してまずゼーナさんが口を開きます。
「理屈で言うなら最初の村以降は反対しておきましょう。
勇者云々はともかく、この国の国防問題・国防意識はこの国で管理すべきです。
この国は珍しい立憲王制です。王の権力に枷があります。
どの程度規制されているか分かりませんが、王の権力に枷があるから狙われた可能性もあります。
そうなると政治の問題にもなります。
余計な事を言えば事実上の軍事国家のレイブギンとは対立気味の思想です。
フルブレイドはレイブギンに属しているわけではありませんし、レイブギンも現状の軍事国家を善しとしないから纏っていない面もあります。
ですが外から見たらかなり印象は違います。
クリージ王国の国難に軍事国家が介入して来たと言い出す輩は必ずいます。
対処中に後ろから攻撃されても驚きませんよ」
ゼーナさんが最悪の想定を淡々と理路整然に語ります。
フェブリーに対する悪役でしょうか。
「…そうですか。最低限、依頼されないと動けないんですね…」
「フルブレイドは依頼を受けて動く類の組織ではありません。
会長の目的の為の組織です」
「…それは依頼されても動けないということですか?
それなら私個人で動きます。しばらく離れさせて下さい」
「フェブリー、それは違いますよ。
最後は会長の胸先三寸というだけです」
「カイチョ」
「ズルいです。最後は丸投げじゃないですか」
「そういう性格の組織です。
皆を集めて…いえ、アジるのも良くないですね。個別に話してみたらどうですか?
クリージ王国が何をどうした所で、どうにかなる私達ではないのです。
民を守った国から嫌われる、あるいは滅ぼす覚悟を皆が持てるか否かだけです。
依頼を受けられるに越した事はないのです、何らかのアプローチもするべきでしょう。
私も感情では動きたいのですよ?」
先刻の遣り取りと思い付く限りの悪条件を文面にして一言加えます。
「フルブレイドは平民の私兵集団なので、不参加を許さない組織ではありません。
罰金はないですが、その間の給料はなしです」
変に縛って辞められる方が困るのです。
最初の契約に含まれていますが、フルブレイドとして念押しです。
村が特殊な魔物に襲われたらイベントです。
何人か犠牲が出てから到着してイベント戦。
上手くやればそれ以上の犠牲は出ません。
更に後でパーティメンバーになるハイヒューマンがNPCとして合流。
初対面イベント。
つまり村の種撃が起これば、わたし達は主人公PT達に会う事になります。
会いたくないのです。
流れが変わるかもしれません。
それは良い事なのでしょうか?マズい事態なのでしょうか?
どうにかならないものでしょうか?
100人ほどの村には部隊から2日交代で上陸休暇と警戒でスリーマンセルをワンセルずつ常駐します。
目に見える戦力を常駐させて襲撃場所を変えられても困るのです。
2週間が過ぎてフルブレイド級二番機がロールアウトしてきたのでゼーナさんはわたしの通常行業務・素材収拾に合流して予備隊の慣熟訓練です。
フルブレイド級一番機をFB‐01、同級二番機をFB‐02と略称に改めて、フルブレイド名称は組織名として固定です。
ユーシアが追加の予備隊を率いて来ました。
エトファム地方は現在、軍事的脅威もなく、最大戦力の防人たるユーシアは暇なのでラーグスリーグでフルブレイドの開発拠点の職員みたいになってしまっていたのです。
それなら割り切って前線に立ちたいと志願してきたのです。魔法使いでもハイヒューマンは脳筋ですね。
4期ロットの甲殻戦機十機は3m化を実現しました。
初期スペックはレベル120と低いものの稼働時間は3時間を維持してくれています。
機種転換には先任から6名が応じてくれました。
4週目に入りました。
襲撃イベントはなくなったのでしょうか?
いえ、主人公PT達の動向が掴めない以上、安心できません。
翌日、付近の村町に放っていた従魔達が手前の町で主人公PT達を捕捉しました。
「明日辺り、来るかもしれません」
この村に主人公PTが近付くのがトリガーのイベントのはずなので、通常移動に1日かかる明日が怪しいのです。
ですが、空間接続と思われる魔力を複数感知との報告です。
何故でしょう?
当番で詰めていましたフェブリーが[空間接続]を起動します。
特殊な魔物であることが確定して即座にまず当番機6機を送り込み、スクランブル応じた機体も順次送り込みます。
エクシード機長も指揮所に使っているFB‐01の操縦室に現れます。
「どうですか?」
70型映像魔導器のメインモニターにFB‐01のスキルでマップと鑑定情報が表示されています。
「数が想定より多いです。30体」
ゲームでは10体くらいなので倍の20体までは想定していましたが30体は、百人ほどの村には過剰です
「あたしも出ます」
ユーシアが[空間接続]で現場に出ますが。
「弱いですね」
エクシード機長が手元のモニターで戦況映像をを確認して呟きます。
特殊な魔物であるLv30の謎の縦長の直進する蟹のような甲魔獣。
甲魔獣はLv90からが相場ですので特殊な魔物ではあります。
わたしは知っていますが、誰も見た事がないはずです。
「はい。でも増援があるはずです」
ゲームではLv7の村人が一撃では死にません。
ユーシアが出る前に9機出撃していた甲殻戦機が各自一撃で2体ずつは倒しています。
交戦から2分で無被害殲滅しますが空間接続で増援10体と主人公PTがついに現れます。
主人公PTは状況を掴めません。
空間接続で現れてみれば甲魔獣3種類が争う…レベルの見えない人型高位2種がLv30を殲滅しています。
…主人公PTは空間接続で移動しようとしたからイベントが前倒しになったのでしょうか?…この考え方は良くないですね。
…わたしが行った方が良いのでしょうね…。
「わたし、行きますね」
変装して[空間接続]を起動します。
「御武運を」
エクシード機長が表情を変えずにそう言って見送ってくれます。
…これからわたしに必要なのは武運なのでしょうか?
主人公PT4人、平均レベル40くらいでしょうか。
主人公の剣使い青年クアッドとその義妹魔法使いイーファ、四十前の槍使い、二十前の魔法使い女性。
「人型はわたし達の配下です。人を襲ったりはしません。
増援が来ると思うので協力して下さい」
自分で言っていてこんな怪しい話もないですよね、と思ってしまいます
「分かりました!」
「御手伝いします!」
女性二人が能天気に応えてくれます。有難いですが。
クアッドは無口設定通り黙って戦意を高めます。
『被害が出ない程度に彼らに獲物を回して下さい』
皆にそう指示してイベントを待ちます。
次の増援のタイミングでLv110女性ハイヒューマン剣使いが現われて増援を蹂躙してイベント戦終了。女性ハイヒューマン剣使いが去ります。
その間に甲殻戦機を帰します。
わたしも…帰りたいですが説明責任がありますよね…?
「ある予言で予期して待ち受けました。
予言ではあの魔物はこの国の各地で大規模な活動を始めるそうです。
場合によってはあなた方の傘下という形でも構いません。
その時に戦える様、橋渡しを御願いできませんか?」
四十前の槍使いは軍にコネを持っていたはずです。
「そいつは簡単な話じゃねえが…」
ですよねー。
「ダンギルスさん!そんなこと言わないで…」
「そうです。イシスフィア様にもお願いすれば…」
「そうです、マイアさんの言う通りです。
お母さんとダンギルスさんが頼めば王様だって、ダメとは…
ねえ、お兄ちゃんもそう思うでしょ?」
おお?能天気女性二人が味方に。
男性二人が困っているようですから、餌を提示しておきましょうか。
「ダンギルス様、でしょうか?
高名なイシスフィア様にお取次ぎを御願いできるのであれば、先刻のを1機提供を前提に、技術交換を御願いした上で量って頂ければと思います」
「1機?…だと?」
食い付きました。機。生産物であることに気付いてもらえたようです。
「存外、簡単に食い付きましたね」
FB‐01に戻ってゼーナさんに報告です。
「はい。そこそこ大きな餌を提示しましたし、これでホムンクルス技術と介入許可の件が上手くいけば収支は悪くないです」
「2型であれば我々フルブレイドにとって通過点ですし望む方向性も違うでしょう。
何よりクリージ王国には素材面で低スペックな再現しかできませんからね」
「一応敵性組織ではないアピールができただけでも幸運です」
翌日からの交渉で技術交換と2型1機提供、魔物テロへの介入許可を得ました。
討伐依頼ではなく介入許可なのが大きいです。
ホムンクルス技術を盗む方のアプローチもしていたのは秘密です。
おかげで下地ができていました。
5型も遠くないでしょう。
魔物テロが始まりました
隣国、ブライスゲール帝国の大規模侵攻の直後です。
当然わたしは知っていましたが、交流中の技術者から噂レベルの忠告に留めました。
クリージ王国に肩入れしているわけではありませんし、国と国の事は関わりたくありません。
わたしが介入して、これでもイベントが起こるか、という検証でもあります。
フルブレイドは魔物テロに抗いました。
誇れるだけの結果を残しました。
でも、国難に軍事国家が介入して来たと言い出す輩は出ました。
クズ貴族はどこにでもいます。
ホムンクルス技術は十分吸い上げました。
後は諜報従魔でも置いて発展があれば盗めば良いのです
「では、勘違いクズ貴族達の発言が大変気分が悪いので、以後一切の介入を遠慮させて頂きます」
わたしは一切の返事を聞かず引き上げを指示しました。
勘違いクズ貴族は粛清されたようです。
でも介入を恐れていたのはクズだけではないのです。
好意的だった国王だって今頃胸を撫で下ろしているでしょう。
取引だけでも続けられないか打診はありましたが丁寧に御断りしました。
主人公の背後にプレイヤーはいないと判断しました。
なので放って置いても勇者によってハッピーエンドの国ですし。
「勇者はよろしいのですか?」
「…バッドエンドに向かいそうでしたら手助けしましょう」