第二章 未知の迷宮(アンダーエリア) —2—
こうして、マキーナたちについて行かざるを得なくなったオルカは、四人の最後尾をトボトボと歩いていた。
先ほどの分かれ道を左へ進み、現在は一本道を歩行中だ。横幅が広く、高々と伸びた天井が淡く光っている。
「ところでお姉様、どうしてこの道を選んだんですか?」
先頭にいるマキーナの隣を歩くシスカがそう尋ねる。
マキーナは顎に手を当てながら、
「うーん、なんとなく、かしら?」
「ええ? そんな適当でいいんですか?」
「未踏査迷宮である以上前もった情報はないんだから、逆に言えばどの道も危ないといえるわ。でも大丈夫。その時はその時よ。もしシスカが危なくなったら守ってあげるわ」
マキーナはそううっすら雅に微笑むと、シスカの蜜柑色の頭を優しく撫でる。
「お姉様♡」
「そのかわり、私が危なくなったらシスカも手を貸してちょうだいね?」
「あたいなんかでいいんですか? まだブロンズですよ?」
「もちろんよ。こう見えて私、あなたの事かなり買ってるんだから。門下生の中でも一際腕も良かったしね」
「は、はいっ! あたいでよければ、命懸けでお助けさせていただきますわ!」
幸福そうに笑顔を見せるシスカ。その頬はうっすらと朱に染まっている。他の人、特に自分に見せている表情とは一八〇度違っていた。
彼女には二面性があるようだ。
「あの二人って……同門なんですよね?」
シスカ本人に直接聞くのはためらわれたので、オルカは一番話しかけやすいパルカロに尋ねた。
「ああそうさ。幼馴染なら、マキーナの家のことはご存知だろぉ?」
「クラムデリア兵器術の宗家、ですよね」
「そ。シスカはそのクラムデリア家にある道場の門下生なんだよ。それでもって、小さい頃から憧れのマキーナお姉様の背中をずっと追いかけてきたって訳さ」
「そうだったんですか……」
オルカがそう納得したように頷くと、前方のシスカが突然勢いよく振り返り、突き刺すように告げてきた。
「そうよ。あたいは子供の頃から、マキーナお姉様と同じ道場の屋根の下で剣を高め合ってきたの。コバンザメみたいにお姉様の後ろをくっついてるだけだったあんたとは歩んだ時間の質が違うのよオルカ・ホロンコーン」
「……そう……ですね…………」
否定出来なかった。彼女の言うとおりだ。
ただ何もせずに終始マキーナの後ろに付いているだけで、最終的に「あんな幕引き」をした自分と、ひたすら自身を高めるために共に努力を積み重ねてきた彼女。どちらが素晴らしいかは明白だった。
「こら、シスカ、それは流石に言い過ぎよ?」
マキーナにそうたしなめられると、シスカは先ほどまでの刺々しい態度を一転、
「……ごめんなさい、お姉様」
シュンと消沈し、か細い声でそう呟いた。その顔は叱られた子供のようで、少し泣きそうだ。ある意味表情豊かな女の子である。
「ごめんねオル君。シスカも悪気があって言ったわけじゃないと思うから……許してあげて?」
「……ボク、気にしてないですから」
そう素っ気なく返答すると、シスカの表情がまた変わり、今度はこちらを睨みつけてきた。「お姉様に向かってなんだその態度は」とでも言わんばかりに。
――やっぱりボクは、この娘が苦手だ。
「ほ、ほらほら! ケンカはもう止めにしようぜ、な? そんな風に油断してると後ろからゴーレムに首ちょんぱにされるぜ? 気を引き締めよう!」
だがそこへパルカロが慌ててフォローに入ってくれたため、シスカは渋々といった様子で引き下がった。
オルカはそんな彼の計らいで救われると同時に、「ゴーレム」という単語に反応して緊張感を取り戻した。
他の三人も同じように、表情に真剣味が宿った。
そういえば、迷宮に入ってからゴーレムの姿をまだ見ていない。通路に響くのは幾重にも重なり合った人の足音とおしゃべりのみで、ゴーレム独特の金属音は一つもなかった。
オルカは懐からアルネタイトレーダーを取り出し、スイッチを入れた。
円く、暗い画面に映っているのは五つの青い点――自分たちのアルネタイトの反応のみで、ゴーレムの存在を示す赤い点はどこにも見当たらない。
それを伝えようとした時、
「――今のところ、周囲に、ゴーレム、いない」
隣にいたセザンがいち早くそう告げ、マキーナ達三人は黙ってそれに頷いた。
見ると、セザンの片手にはアルネタイトレーダーが握られていた。しかも、自分よりも新しいバージョンのものが。
オルカの視線に気づいたセザンは無表情でレーダーを見せながら、
「自分、後方支援、だけでなく、レーダーに、よる、索敵も、やっている」
「そうなんですか?」
「うん。気づかれる、前に、敵の位置を、事前に、知っておいた方が、見つかった時、素早く防御、しやすい。レーザービーム、みたいな、速い攻撃にも、シールド形成が、間に合う」
「工夫して役割分担してるんですね」
「そう。パーティは、一人一人の能力を、活かす、工夫が、大事」
ソロでやってきた自分にとっては、目から鱗が落ちる言葉だった。
「それにしてもお姉様、ゴーレムって一体何なんでしょうね? あたいらの文明は一応そいつらによって支えられてはいますけど、時々なんであんなものが存在してるのかと思って気味が悪くなりますよ」
「そうねぇ、「古代人の居住区である迷宮を守護する兵隊」っていう説が一番有力らしいわ。「主」がいなくなった今でも、律儀に課せられた役目を果たし続けているんじゃないかって。確かにそうだとすれば、ゴーレムの持つ戦闘力の高さにも説明がつくもの」
「その「主」である先史文明は『天よりの悪魔』とかいう訳の分からない存在にあっという間に滅ぼされたって言い伝えられてますけど、あんな金属のバケモノを無限に生み出すデタラメなテクノロジーを持った文明が、そんなあっさり滅ぼされたりするんでしょうか?」
「うーん、私、学者じゃないから分からないわ」
「でもお姉様って、確か――」
シスカがそう言いかけた時だった。
ガシャン、ガシャン、ガシャンという重なり合った複数の金属音が、曲がり角の向こうから聞こえてきた。
それは徐々に、徐々に大きくなり、近づいて来る。
各員が臨戦態勢に入る中、オルカはレーダーに視線を移した。映っていたのは――多くの「赤い点」。
これが何を意味しているのかは言うまでもなかった。
だが同じくレーダーを持つセザンの対応はもっと迅速で、『コンバットシールド』を起動し、すでに行く手を阻むように半透明のシールドで壁を作っていた。
再度レーダーを見る――赤い点群が、どんどん青い点群に近づいている。
やがて、二色の点群が正面に向かい合うと同時に――ゴーレムの群れが曲がり角から姿を現した。
通路の幅を所狭しと取っているゴーレムは、見たことのない形のものばかりだった。アリ型にしか会ったことのなかったオルカは新鮮な気持ちになる一方、大きな危機感も抱いた。
最初に動いたのは、人間大の大きさを誇るカエル型ゴーレムだった。
その大きな鉄の口を開くと、そこへ光の粒子が無数に集中していく。
やがてそれは三十センチ近くの光球へと固まると、突発的に大きな推進力を得てこちら側へ撃ち出された。
だが、前もって張ってあったセザンのシールドが――その進行を阻んだ。
稲光のような激しい光の明滅。「ジュアァァッ!」という大きな焼け音。それが一度にやって来て、そして止む。
攻撃を受けたセザンのシールドは煙こそ出ているものの、傷一つ付いていない。
しかし、感嘆する暇はなかった。
空中を浮遊している五匹の魚型ゴーレムが、シールドが塞ぎきれていない上空をくぐり抜け、弧を描くようにこちらへ急降下してきた。
大きさこそ普通の魚と変わらないが、生き物じみていない、何かに動かされているかのような不自然な動き方が不気味さを誘った。
「食えない魚に用はないぜ――アディオス!」
パルカロはマントから『ハウラー・ジュニア』を抜くと、その銃口を上空へ向け、迷いなき手速さで五回引き金を引いた。
一気呵成に放たれた五本の光針は、どれも狙い違わずすべての魚型ゴーレムを貫いた。
頭上で巻き起こる、五度の爆炎。パラパラと降ってくる鉄屑。
セザンはそれを合図にしたかのようにシールドを急圧縮させると、それを極薄の刃状に仕立て、カエル型ゴーレムへ放ってその体を真っ二つにした。
シールドという隔たりが消えたことで、犬型ゴーレムが待ちわびたとばかりにこちらへ駆け出して来た。形こそ犬だが、その大きさは象とタメを張りそうだった。
「上等だわよ、犬っころ!」
対して、弾丸のように飛び出して行ったのはシスカだった。
シスカは走りながら『アンチマテリアル』のスイッチを入れ、「ヴィィン!」と光剣を伸ばす。
双方の距離が急迫。
犬型ゴーレムが前足を上げ、鋭い鋼鉄の爪をシスカに向けて振り出してきた。
「はぁぁぁ!!」
だが彼女はそれを「前もって知っていた」かのように難なく躱すと、すれ違いざまに犬型ゴーレムの胴体へ逆袈裟斬りを浴びせた。超高温を帯びた光剣は頑強な鋼鉄の装甲を紙のように裂いていき、やがて真っ二つとなった。
そのままスピードを維持したまま、シスカはゴーレムの大群へと突っ込んでいった。
無茶だ――そう思った。
だがシスカは、そんなオルカの懸念に反した戦いぶりを見せた。
クマ型ゴーレムの圧力のこもった殴打を腰を落として避けつつ、光剣を敵の胸に突き刺すと、そのまま真上へ持ち上げるようにして頭頂部までを斬り裂き、絶命させる。
その真横からバッタ型ゴーレムが目からレーザー光線を撃ってくるが、シスカはそれが照射される直前に体を捻ることで回避。そのままダンスをするかのように回転しながら急接近し、光剣を薙ぎ払って頭を斬り落とす。
さらに離れた場所から、先ほどと同じタイプのカエル型ゴーレムが光球を撃とうと力を溜めていたが、その前にシスカが光剣を伸ばしたままの『アンチマテリアル』をその頭部へ投げて串刺しにし、戦闘不能にする。
強靭な瞬発力で走り寄りすぐさま『アンチマテリアル』を引き抜くと、そのまま周囲へ円を描くように光剣を走らせる。その軌道上にいたゴーレム達は皆頭部や胴体を斬り分けられて即死。
恐ろしい攻撃を仕掛けてくるゴーレム達に怯まず、勇猛果敢に戦場を荒らすシスカの姿に、オルカは見とれてすらいた。
彼女とマキーナの使うクラムデリア兵器術では、剣技と並行して「ある能力」を開発し、育てる。
それは『未来予知に匹敵する攻撃軌道予測能力』。
ゴーレムの使う攻撃の中には、ヒトの反射速度や動体視力では回避できない攻撃も存在する。先ほどバッタ型ゴーレムが撃ってきたレーザーがその最たるものだ。あれは光速。一度放たれたら人間では対処のしようもない。心臓を貫かれるだけだ。
だからこそ、シールド装置のなかった大昔の冒険者には――そのようなものが放たれる前に、攻撃を予測する能力が求められた。
そしてトランシー・クラムデリアは、それを意図的に得る方法を作り出すことに成功したのだ。
動作や現象の起こる「前兆」を読み、そこからその「軌道」「通過、直撃タイミング」を瞬時に計算し導き出すことのできる『第六感』を、特殊な修行法を用いて作り上げる。
強力な能力だが、言うは易し、行うは難し。そこまでに至るには、長い年月を費やした修練を必要とする。
それをやってのけているシスカは、相当な修行を積んだのだろう。「剣を高めてきた」という言葉には、何ら誇張は含まれていない。
だが、敵が多すぎたせいか、捌ききれていない攻撃が一つあった。
周囲のゴーレムを多く斬り倒している中で――隣に立っていたカンガルー型ゴーレムの放った蹴りを取りこぼしていた。
「げっ!?」
シスカはそれに気づくが、動作の勢いで体が僅かに硬直して動けないようだ。
当たると思った。
だが突如――その蹴り足が「無くなった」。
いや、正確には無くなったのではない。切り落とされたのだ。宙を舞っているカンガルー型ゴーレムの片足を見てそう確信した。
そして唐突にゴーレムの全身に「カシシシシシシシシシシンッ!!」と切れ目が入ったかと思うと、そこからカンガルーとしての原型をとどめないほどにまで崩れ去った。
さらに、シスカの周囲にいたゴーレムの首も一斉に吹っ飛んだ。
「え……」
オルカは思わず呻いた。
残りのゴーレムはシスカが斬ったのではない――「勝手に切れた」のだ。
先ほどのカンガルー型ゴーレムも、シスカが光剣を走らせたわけでもないのに、ひとりでにバラバラになった。
その不可解な現象に判断が追いついていないオルカを余所に、
「ありがとうございますお姉様!」
向こう側のシスカはぱあっと笑みの花を咲かせ、マキーナに謝意を表する。
見ると、前にいるマキーナはいつの間にか――左腰に差してあった片刃の剣を抜いていた。
機械仕かけの柄の頭からは幾何学模様の入った鋭い刀身が抜き身で伸びていて、天井の光を鈍く反射している。
あれが――彼女のエフェクター?
そこから先はパルカロが答えてくれた。
「あの剣が彼女の自慢のエフェクター『ファントムシザー』だよ。刀身を振る事で刃にかかった圧力の数値情報を読み取り、その斬撃と同じ圧力を、自分を中心点とした半径十メートル以内の任意の場所に、最大で十個同時まで発生させることができる。例えばマキーナが一回剣を振るとする。するとその振った剣の軌道上の物だけでなく、その剣の届かない他の場所も同時に斬ることができるというわけ。十メートル圏内ならどこにでもその『斬撃のコピー』を発生させられるから、本来は接近戦用の武器である剣にあるまじき「遠距離攻撃」も可能になるのさ。遠距離戦は俺の専門なんだけど、彼女のテリトリーに入っちゃったらトリガー引く前にサイコロステーキにされる自信あるね。何せそのトンデモエフェクターに、クラムデリア兵器術の神速の剣捌きが合わさっちゃうんだから。まさに鬼に金棒だよ」
マキーナがその『ファントムシザー』の刀身を真横へ薙ぐ――それと同時に離れた場所にいる数体のゴーレムの首に「カシンッ」と切れ目が生じ、胴体から離れて床へ転がり落ちる。
今度は縦に一閃――数体のゴーレムが綺麗に真っ二つとなる。
――凄い。
彼女の太刀筋が視認できない。まるで動作の始まりから終わりまでの過程を省略したかのごとき疾さ。
そして冗談のようなスピードでゴーレムが減っていく。
「速い」という概念をとことんまで突き詰めたような彼女の戦闘スタイルを、オルカは無防備に惚けて見ていた。
マキーナだけではない。その他のパーティメンバー三人も群を抜いている。あそこまでやれる冒険者を、自分は今まで見たことがない。
ゴーレムとの遭遇から今に至るまで、およそ一分半。その短時間の中で、パーティというものの何たるかを見た気がした。
パーティの利点は、メンバー同士で長所を生かし、そして短所を補い合うことができることに尽きる。
異なる個性や能力を持った者同士が連携を組んで戦う事で相乗効果を生み出し、ソロでは不可能な鮮やかなゴーレム討伐が可能となる。
言っていることは至極簡単。「力を合わせろ」ということ。だがそのシンプルさゆえにとても有効な作戦だ。
「――曲がり角を、曲がった先に、まだ大勢、ゴーレム、いる」
セザンがレーダーを見ながらそう告げた。
マキーナ達は顔を見合わせて四人同時に頷くと、曲がり角の向こう側へと走り出した。
一人残されたオルカ。
「……よしっ」
そのオルカも、マキーナ達に続いて駆け出した。
この迷宮の中で、一体自分に何ができるだろう? あの四人の戦いを見て焚きつけられたオルカは、それを無性に試してみたくなった。
曲がり角を曲がると、前方にはさっき以上のゴーレムの軍勢が通せんぼしていた。
だがマキーナ達は止まる気配を少しも見せずに向かっていき、そして、蹂躙する。
マキーナはひと振りで十体の頭部を欠損させ、
シスカは頑強な装甲をスラスラと斬り進め、
セザンはシールドで押し潰してぺちゃんこにし、
パルカロはゴーレムの弱所を一発一中で撃ち貫いていき、
気がつくと、あれだけたくさんいたゴーレムが綺麗さっぱりいなくなっていた。
「自分の力を試したい」とは思ったが、彼女たちがとんでもない勢いで狩っていくため、手を出すタイミングを失ってしまっていた。
オルカは全て倒したと思って肩をすくめようとしたが、あと一体残っていた――腹部が頭胸部の倍近い大きさに肥大化した、クモ型のゴーレム。
オルカは弾かれたようにソイツへ向かって行った。せめてこいつはボクの手で倒してみせたい。
「あっ、バカ! 待ちなさい! ソイツは――」
シスカが何か叫んでいたが、それすら聞き取れぬほどオルカの神経は昂ぶっていた。
クモ型ゴーレムはこちらを見とがめると、鍵爪のような鋏角を左右に開き、口からミサイルの弾頭を露にした。
それが撃ち出される前に、オルカはクランクルス無手術の歩法『箭歩』で一気に距離を詰めつつ、右拳を構えた。
右拳を包む『ライジングストライカー』の五つの点滅灯のうち、二つが光を発する。
クランクルス無手術第二招――
「『衝拳・四倍』っ!!」
推進力と全身の力をミックスした威力をさらに倍化した豪然たる一拳が、クモ型ゴーレムに炸裂。顔貌を叩き潰してもなお足りぬとばかりに頭胸部を破裂させ、その重鈍な金属の体を大きく前方へ吹っ飛ばした。
倒せた――そう喜ぶことができたのも束の間だった。
動かなくなったクモ型ゴーレムの腹部が突如小さく破裂。
その裂け目から――無数の子グモゴーレムがうじゃうじゃと湧き出てきた。
「な……!!」
危機感と生理的嫌悪感を刺激されたオルカは思わず後ずさる。
集まりすぎて黒い流体のようになった子グモゴーレムの大群が迫ってくる。
だがその行く手を――セザンのシールドが壁となって阻んだ。
子グモは波打つようにシールドに押し寄せると―――一斉に大爆発。
轟音と凄まじい光をシールド越しに発し、それが収まった後に残っていたのはもうもうとした白煙と、子グモを形成していた細かい鉄屑のみだった。
役目を終えたセザンのシールドが消失するのを見ながら、オルカはバクバクと鳴る心音を感じながら小さくため息をついた。危なかった。このシールドがなかったらどうなっていたか……。
シスカはツカツカと靴を鳴らしながら近づいて来ると、オルカの胸ぐらをガッと掴み上げて怒号を発した。
「あんたバカじゃないの!!! あのクモの腹見て分かんなかったワケ!? 腹が大きく膨れたクモ型は、頭胸部が壊れたら腹が条件反射で破裂して、蓄えられた子グモ型の自走爆弾を開放して来るの!! そうならないために、まずは腹と頭胸部を切り離してその「条件反射」が起きないようにしてから倒すのがセオリーなのよバカ!! 冒険者のくせにそんなことも分からないの!? セザンのシールドがなかったら、あたいら全員シールド装置のエネルギー無駄にしてたわよ!! あんたがしゃしゃり出た結果よ分かってんの!? 遊び半分ならとっとと消えてくんない!? 邪魔っ!!」
「…………ごめん……なさい」
オルカは項垂れ、かすれた声で謝罪した。
これは明らかに自分の落ち度だった。衝動に流されて迂闊な行動を取らなければ、こんな事にはならなかったのだ。
「まあまあ、そうまくし立ててやるなよシスカ。彼だって反省してるって」
「はぁ!? 何呑気な事言ってんのよパルカロ! 下手したらあたいらが大きな迷惑被ってたのよ!?」
「その「大きな迷惑」は今、存在してないだろぉ? ならめっけもんじゃないか。嫉妬する気持ちは分かるけど、迷宮探索でソレ先行はいかんぜ?」
――嫉妬?
そんなパルカロの言葉を聞くと、シスカは不愉快そうに鼻を鳴らして離れていった。彼女の頬はうっすら紅潮していた。
パルカロは自分の右肩にポンと手を置くと、
「次から頑張ればいいんだ。君は今の失敗から一つ学んだ。だからもう繰り返さない。それでいいのさ」
「……すみませんでした」
今度は左肩に手が置かれる。大きな手。その主はセザンだった。
「気にする、な。失敗、誰にでも、ある。自分も、時々、失敗する」
「……はい」
二人の励ましのおかげで、オルカは多少心が楽になった。
お腹の膨れたクモ型ゴーレムは、お腹を切り離してから倒す――覚えた。
セザンのレーダーでゴーレムが周囲にいないことを確認すると、四人は破壊したゴーレムの残骸へ近づき、内部のアルネタイトの回収作業に入った。
オルカも気を取り直し、奥へと吹っ飛んだクモ型ゴーレムの亡骸に駆け寄る。自分が倒した唯一の相手だ。
裂けた頭胸部から中を覗き込み、「炉」を見つけてそこから赤い結晶――アルネタイトを引き抜く。
オルカは目を丸くした。蟻塚のゴーレムのものよりずっと大きい。
ちょっと嬉しく思いながら、腰に備え付けられた袋にアルネタイトを入れる。
アルネタイトは非常に軽い鉱石であるため、袋いっぱいに詰め込んでもそれほど重くはならない。
回収が終わり、四人の元へ戻る途中、オルカは壁に「あるもの」を見つけて立ち止まった。
短く出っ張った、円柱状の何か。
――なんだこれは。
オルカが一人考えていると、
「おーい、オールーくーん!」
遠くに立つマキーナがお日様のような無邪気な笑顔を浮かべながら、こちらへ手を振ってくる。
その笑顔を見て、オルカの鼓動が急速に跳ね上がった。
なぜか顔が熱を帯び始め、奇妙な気恥ずかしさが襲ってきた。
そして、思わず無言で顔を背けてしまった。
――なんだ、今の感じは?
再び考えを巡らせるオルカに、今度は苛立ったようにテンポの速い靴音が近づいてくる。
見ると、吊り上がった瞳をさらに吊り上げたシスカが近づいてきていた。
「ちょっと……お姉様に友好的に声かけられておいてその態度、あんた一体何様のつもりよ!」
「え……いや、その、別に……」
自分の懐近くで言ってくるシスカに、オルカは何と答えたらいいのか返事に窮する。どうして自分だけここまで絡まれるんだ。
ガンを飛ばしながら詰め寄ってくるシスカから逃れるように後退し、やがて壁へ追い込まれる。
そして、背中に感じる――「カチッ」と何かを押すような感触。
「――えっ?」
オルカは思わず背中を振り返る。
先ほど見つけた円柱状の出っ張りが――壁の中に引っ込んでいた。
そして次の瞬間―――足元がなくなった。
「「……え?」」
顔を見合わせる二人。
自分とシスカが立っている辺りの床が、まるで切り取ったように綺麗に消滅していた。
やがて、体がふわりと宙に浮く気持ち悪い感覚が遅れてやってきた。
「うわぁぁぁぁーーーーーーーー!!」
「きゃぁぁぁぁーーーーーーーー!!」
見えない重力の手が、二人を闇の底へと引きずり込んだ。
読んで下さった皆様、ありがとうございます!
これで貯めていた分は終了です。
またそこそこ貯まったら連投していく予定なので、気を長くしてお待ちください(-_-)