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第一章 冒険者 —3—

 それから数分後。


 三人の男はオルカが床にこぼしてしまった料理を綺麗に拭き取ってから、そそくさとその場を後にした。


 相手の中にはゴールドが一人、シルバーが二人。格上三人を前に「敵わない」と思ったのだろう。


「――はい、これ、君のだろ?」 


 焦げ茶マントの優男パルカロが、三人から取り返してくれたアルネタイトレーダーをオルカに手渡す。


「あ……ありがとうございます」


 渡されたレーダーを大事に胸に抱え、感謝を告げた。


「今度は気をつけなよ。冒険者ってのは戦闘技能が求められる分、暴力しか取り柄のないゴロツキが集まり易いんだから。君みたいな優しそうな子は気を引き締めないと食べられちゃうぜぇ?」

「あはは……気をつけます」


 オルカはパルカロのジョークに小さく笑いを見せる。


「さっきも名乗ったけど、改めて自己紹介と行こうじゃないか。俺はパルカロ・ロディルエトゥン。んでもって、こっちのでっかいのがセザン・ガーレン。二人揃ってパーティの後方支援担当さ」


 先ほど長髪の男を制圧してくれた壁のような大男――セザンが、無言でコクリと頷く。オルカはさっきのお礼も込みで深く頭を下げた。


「それで、このオレンジ髪で肌見せまくりな娘がシスカ・クロップフェール」

「人を露出狂みたいに言わないでくれる!? この格好は動きやすいからよ!」


 うがーっとパルカロに食ってかかる蜜柑色の髪の少女――シスカ。


 …………決して口には出さないが、こういうタイプの女の子は苦手だ。これから過ごす中ではなるべく逆鱗に触れないように努力しよう。


「んで、最後の一人はぁ…………我らがパーティのリーダー、マキーナ・クラムデリアちゃんだぁーー!」


 ジャジャーン! と盛り上げるように言いながら、最後の一人をアピールするパルカロ。


「ふふふ。大袈裟よ、パルカロ」


 その女性――マキーナは少しばかりくすぐったそうに笑う。


 そして、


「……うん?」


 マキーナはとうとう、こちらへ目を向けてきた。


 ――来た。


 マキーナと目が合う前に、オルカは慌てて別の方向を振り向いた。


 頼む。どうかボクだと、オルカ・ホロンコーンだと気づかないで欲しい。


 初めて会った相手だと思い、軽く微笑んで「よろしくね」と言う程度で済ませて欲しい。そして自分も「初めまして、よろしくお願いします」と礼儀正しく返せばこともなしだ。


「あれ? 何かしら……君って……どこかで……」


 だがオルカの願いも虚しく、マキーナは訝しむような、懐かしむような複雑な表情をしながらオルカに近寄って来てしまった。


 彼女に顔を覗き込まれそうになり、さっと顔を背ける。


 だがすぐに回り込み、再び顔を覗こうとしてくる。自分はまた別の方向へ顔を向ける。そしてまた回り込まれる…………それらをずっと繰り返す二人。


 マズイマズイマズイマズイ―――彼女が感づき始めている。どうしよう。オルカは内心冷や汗が吹き出る思いだった。


 そして、彼女はとうとう謎を解いてしまった。 




「もしかして君―――オル君?」




 ビクッ――――!!


 全身が総毛立った。


 気づかれた。気づかれてしまった。


 自分の事なんか忘却の彼方へ置き去りにしておけばよかったのに。


 そう心中で考えても遅かった。


 沈黙は是なり。黙りこくるオルカを見てマキーナは正解と捉えたようだ。


「オル君? オル君なの? 本当に? ウッソーーー嬉しーーーー!! こんなところで会えるなんてーーーー!! 見て! 私! 私だよ! マキーナだよ! オル君が八歳の頃までパライト村にいた!!」


 マキーナはオルカの両手を掴み、ひどく興奮した様子でそれをブンブンと上下に振る。先ほどまでの凛とした雰囲気が嘘のようだ。


「まさかオル君も冒険者だったなんて! えへへ、世の中何が起こるか分からないね。こんなふうに再開できるなんて思わなかったもの」

「…………」

「ところオル君、まだパライト村に住んでるの?」 


 コクン、と無言で小さく首肯。


「そっかぁ。機会があったら一度足を運んでみたいなぁ。私とお父さんが昔住んでたお家どうなってるんだろう?」


 本当に懐かしげな表情を浮かべているマキーナ。


 逃げ出したい――一瞬オルカはそう思ったが、助けてもらったのは事実だし、そんな対応は失礼だろう。


 そんなマキーナとオルカを、他の恩人は三者三様の態度を見せていた。


 パルカロは意味深な微笑み。

 セザンは無表情に見えて若干驚いた表情。

 そしてシスカは――


「ちょっと! あんた一体マキーナお姉様とどういう関係よっ!? 説明しなさい!!」


 オルカに詰め寄り、瞳を吊り上げてまくし立てて来た。


「え? いや、あの……」 


 オルカはタジタジになり、対応に困った。なるべく逆鱗に触れぬようにと決めたばかりなのに、理由はよく分からないが早速怒らせてしまったようだ。


「こらシスカ、オル君が困ってるわよ? 私が説明するから、許してあげて?」

 

 マキーナがやんわりとたしなめると、シスカはしゅんとして「はい……」と言い、引き下がった。


 だが今度は離れたところから、射殺さんばかりの鋭い目つきで睨めつけてくる――怖い。


「この男の子は、オルカ・ホロンコーン君――私の幼馴染なの」


 そんなシスカに苦笑しながらも、マキーナは説明を開始した。


 オルカとマキーナは幼い頃、同じパライト村に住んでいた。

 家が近かったこともあって、二人はとても仲がよかった。遊ぶ時はいつも一緒だった。

 マキーナはオルカよりも二歳年上だった。そのため、二人で遊ぶ時はいつもお姉さんぶって主導権を握っていた。オルカも反発することなくそれにならい、いつもマキーナお姉さんの後ろに付いていた。オルカの気弱は子供の頃から続いていたため、案外いい組み合わせだったかもしれなかった。


 だがそんな二人に、別れの時は唐突に訪れた。

 冒険者であったマキーナの父親が病死したのだ。

 父子家庭であったため、父の死とともにマキーナは必然的に孤独の身となった。

 しかし、そんな彼女を引き取りたいという心優しい家は早くに現れた――クラムデリア家。オブデシアン王国に数多存在する貴族の一つにして、オルカの学ぶ「クランクルス無手術」と双璧をなす武技「クラムデリア兵器術」の宗家である。

 マキーナも最初は悩んだが、わずか十歳の子供が一人で生きることなど不可能。子供だった彼女にもそれくらいは理解に難くなかった。


 そして、マキーナはクラムデリア家に引き取られ、パライト村を去っていった。


 ――彼女の説明は以上だ。


「それで? 離れ離れになった二人は八年後、この迷宮都市アンディーラで運命の再会を果たしました、ってかい? ひゅー、ロマンティックだねぃ。今までどんないい男に言い寄られても靡かなかったのは、そういう理由だったからですかい?」


 口笛を吹きながらキザっぽくそう言うパルカロに、マキーナは照れくさそうに「もお、からかわないで」と返した。


 セザンは腕を組んだまま沈黙しており、シスカに関しては先ほど以上に鋭い目つきでこちらにガンを飛ばしてきていた。


 人によって、色々な捉え方をしているようだった。


 だが、彼女の説明には、たった一つ不備がある。


 それは、マキーナの父が亡くなる前に――自分が彼女にしてしまった仕打ち。


 それを言ってしまえば、今笑ってるパルカロでさえ好意的には捉えないだろう。


「でも、そうね。やっぱり夢みたい……こんな形でまたオル君に会えて…………明日から一緒に頑張ろうね」 


 そう言って、マキーナは笑って見せた。


 ――その笑顔は、ある意味どんな罵詈雑言よりもダメージが大きかった。


 自分が過去にしたことを考えれば、そんな笑顔を向けられていいはずがない。


 そんな彼女が、今、自分に心から喜ぶ笑みを見せている。


 それが酷い皮肉のように思えた。


 いっそ、口汚く罵ってくれた方が楽だったのに。


 自分には、そんな風に笑いかけられる資格なんてない。


 彼女は昔と同じように自分を「オル君」と呼んでいるが、自分には昔のように「マキちゃん」と、さも当然のごとく呼び返す資格はない。面の皮が厚いにも程がある。


 だからこそ――


「――はい。クラムデリアさん(・・・・・・・・)


 オルカは、努めて他人行儀に振る舞った。


 幼馴染には戻らず、これからは赤の他人として接しよう。


 本当はこんな事はしたくない。


 しかしこうすることで、自分に対して十字架を背負わせるのだ――「もう昔のように仲良くする資格はない」という十字架を。


「…………オル君」


 そんな自分を見て、マキーナは絶句する。


 だが、すぐにまた笑い直して、


「む、昔みたいに「マキちゃん」って呼んでもいいんだよ?」

「……ごめんなさい」

「オル君……」

「さっきは……ありがとうございます」


 その言葉を最後に、オルカは逃げるように奥のテーブルへ駆け込んだ。



 ―――その後に食べたご飯は、美味しくなかった。















 


「俺、高圧電流ライフルを使った足止めと援護射撃が得意でーす!」

「俺は圧縮空気ランチャーを使って、ゴーレムをぶっ潰すぜ」

「ドリルこそ漢のロマン也……」 


 それから約一時間半後。


 食堂に集まった多くのパーティが、壇上で自己紹介と各々の特技を発表していた。


 発表されるたびに、食堂はワイワイと大いに賑わった。

 

 特に、そこそこ名の知られたパーティの発表になると、その賑やかさは一層濃いものとなる。


 なぜならば、強いパーティがどのような装備や陣形で迷宮に挑んでいるのかが分かり、後学の参考になるからだ。このパーティ紹介もそのために行われているようなものだった。

 

 次々とパーティが自分たちの紹介を終えていき、やがて――その時は訪れた。


 壇上に立つメンツを見て、まだ発表していないのに食堂全体がざわつく。


 当然だろう。何せそのパーティは、この食堂の中でたった一人のゴールドクラスが所属している―――マキーナのパーティなのだから。


 シスカが一歩前へ出る。最初は彼女からのようだ。


「――あたいはシスカ・クロップフェール。特技はマキーナお姉様と同じクラムデリア兵器術、エフェクターはこれ――『アンチマテリアル』よ」


 そう言って、彼女はベルトのホルスターに収めていた二十センチ弱ほどの短い金属の棒を取り出し、上へ掲げる。


 そして、その端に付いたスイッチを入れた瞬間――棒の先端からまばゆい一本の光の刃が、「ヴォウンッ」という羽音のような音とともに伸びだした。 


 冒険者たちが「おおっ」とざわめく。


 オルカも驚いていた。


 あれは高出力の指向性エネルギーを刃状に仕立て、それによって物体を切り裂くタイプのエフェクターだ。

 剣の形はとっているが、あれは刃物のように超極細な面積を加重して斬るのではなく、エネルギー刃の持つ数万度という高熱で物体を「溶かし斬る」武器だ。そのため、ほとんどの物質を紙のように斬れる。

 だが、かなり値が張るため、普通の冒険者には手の届きにくいエフェクターである。


 シスカが光の刃を収めて下がり、次はパルカロが前に出た。


 彼は一度静かに直立すると、まるで閃きのような速さでマントから片手銃『ハウラー・ジュニア』を抜いて見せた。


 その早業にわっ、と賞賛を浴びせる周囲。オルカも密かに拍手を送った。


「パルカロ・ロディルエトゥンだ。特技は射撃。見せてやりたいのはヤマヤマだが、そうしたらこの部屋が穴だらけになっちゃうから勘弁なぁ」


 パルカロは軽快にそう言って銃を懐へ納め、セザンと交代する形で引き下がる。


「自分、セザン・ガーレン。特技は、『コンバットシールド』による、後方支援」


 初めて聞いたセザンの声はとても低めだった。彼は言葉少なにそう言うと、鞄に入っていた鋼鉄のグローブを取り出し、左手にはめた。自分の『ライジングストライカー』と同じ、グローブ型のエフェクター。あれが『コンバットシールド』のようだ。


 彼はその左手を前に掲げ、眼光をキッと強くした。


 すると、その前面に巨大な半透明の壁が生成され、壇上と冒険者たちとの間に隔たりができた。


 突然の現象にざわめき立つ冒険者たち。その中の一人がその壁に恐る恐る近づき、指先の爪でつついてみると、「コツッ」という、硬さを示す音が鳴った。


 それを見て、その壁と、セザンの持つ『コンバットシールド』の正体が分かった。


 あれは、質量と硬度を併せ持つエネルギーシールドを発生させるエフェクター。冒険者たちが持つシールド装置の技術を応用して作られたものだ。

 シールドを発生させるエフェクターは他にもいくつか存在するが、あれはその中でも特に高スペックな機種だ。


 なぜなら――

 

「これ、こんな事も、できる」


 セザンがそう呟いた瞬間、シールドはまるで紙をくしゃくしゃに丸めるかのように一箇所へ凝縮されていき、やがて向日葵の花を形どった形状となって展開した。

 

 それからコスモス、菊、桜、薔薇、梅の花と、シールドは様々な花の形へ絶え間なく変化していく。


 その芸術を見て、冒険者たちは惜しみない拍手を与えた。


 あのエフェクターは――質量と硬度を持ったシールドを、自分の任意の形、薄さに変形させる事ができる。


 そしてその機能を応用すれば、防御だけではなく攻撃にも役に立つ。先ほどのような分厚い壁状にしてゴーレムを押し潰したり、もしくは刃のように極薄にして叩き斬ったりなど。使い手の工夫次第で、盾以外のあらゆる使い道が生み出される。

 

 持っているエフェクター、技巧ともに、マキーナのパーティは他のパーティのそれとは一線を画していた。


 やがてセザンがゆっくりと下がり、とうとう大注目の人物が前に踏み出した――マキーナだ。


 食堂の冒険者たちが、最高潮にかまびすしく騒ぐ。ゴールドクラスを見る機会などなかなかないため、当然かもしれない。


「このパーティのリーダー、マキーナ・クラムデリアです。特技……と言っていいのかはよく分かりませんが、クラムデリア兵器術ができます。一応、『ファントムエッジ』というエフェクターを愛用してはいますが、パルカロ同様ここで使うと少し危ないので、割愛させていただきます」


 マキーナはそう告げて雅に微笑むと、うやうやしく一礼。そして軍人のようなきびきびした足取りで後ろへ下がった。


 喝采が耳が痛くなるほどにまで爆発する。


 ゴールドクラスであるというだけで十分インパクトになったのかもしれないが、それに加えてあの美しさ。しかしそれらを鼻にかけることなく謙虚でいられるその姿勢も好印象だったのかもしれない。


 自分と別れてから八年間――彼女はすっかり自分から遠い存在になっていた。


 でも、それでいい。


 そうすれば、こんな自分なんかとはいつか自然に離れることができ、もっといい道を歩く事ができるだろう。それが彼女にとっても有益なことだと思う。


 紹介を終えたマキーナたちは壇上から下り、次のパーティと交代する。


 それから、いくつものパーティが壇上に立ったが、マキーナたちを超える歓声をかっさらった者たちはいなかった。


 そして、さらに時間が経過した。


 「おーい、もう誰もいないのかよーー?」冒険者たちが口々に呼びかける。だが、壇上には誰も上がってこない。


 すでに、すべてのパーティが紹介を終えているのだろう。


 「いないのかーー?」再び呼ぶ声。


 実はまだ一人いる―――そう、自分だ。


 しかし、オルカはだんまりを決め込むことにした。


 ここにいる全員パーティを作って来ているのに、自分一人だけソロという事実に肩身の狭い思いだったのだ。


 みんな「パーティ」を紹介してるわけだから、パーティを組んでない自分は別に関係ないよね――そんな屁理屈に等しい言い分で自己弁護。


 情けないけど、目立つのはあまり好きじゃない。おまけに自分だけソロという疎外感。大恥をかくに決まってる。


「――そういえば私、オル君の紹介聞いてないなぁ」


 だが――そんなオルカの思いを踏みにじるかのように、離れた位置にいたマキーナがふと呟いてしまった。


 オルカの背筋に冷たいものが走る。


 ただでさえ周囲から注目されているマキーナがそんなことを口走れば、タチの悪い伝染病のように拡散するのは必然だった。


 気がつくと、周囲の冒険者は「オル君って誰だ?」と口々に言いながらキョロキョロ見回し始めていた。


 ヤバい、逃げないと――オルカはバレる前に急いで出入り口へ避難しようと思った。


 だが不幸とは重なるもののようで、駆け出そうとした瞬間、マキーナと目が合ってしまった。


 マキーナはこちらを見てニコニコと微笑む。

 

 そして周囲はそれにつられる形で、彼女の視線の先にいる自分へ目を向けた。


 ――終わった。


「オル君、発表しないの?」 


 善意全開の笑顔で、マキーナが訊いてくる。


 そして周囲の冒険者も、「とっととやれ」と言わんばかりの圧力を感じさせる眼差しをこちらへ向けてきていた。ゴールドクラスと知り合いである自分の手の内に興味があるのかもしれない。ボクのなんか聞いたって意味ないのに。


 この自己紹介には強制力などないはずなのだが、これほどのプレッシャーを向けられている中でかぶりを振れるほど、オルカの度胸は育っていなかった。


 オルカは諦めて、消沈しきった顔でトボトボと歩き出す。心の中でマキーナを恨めしく思った。


 ほんの数段だけの短い階段を上がり、壇上へ登った。


 目の前には、自分一人に向けられる大勢の視線。


 オルカは緊張してしまう。指先が震え、足が地面から浮いているような錯覚に襲われる。


 早く終わらせたい。そう思い、


「オ……オルカ・ホロンコーン、です……パーティ未所属、ランクはアイアン……」


 オルカはそれらの最低限の情報だけ言って、さっさと退散しようとしたが――


 「つまんねーぞタコー!」「なんかやって見せろー!」「テメーん特技はなんだぁ!?」「言えねーなら死ねー!」…………冒険者たちが一斉に野次を飛ばしてきたため、震えて動くに動けなかった。


 もう逃れようがない。


 オルカは素直に口を開いた。


「と、特技は……クランクルス無手術。エフェクターは……『ライジングストライカー』です……」


 周囲がシンと静まり返る。先ほどまでブーブー叫んでいたのが嘘のようだ。


 だが次の瞬間――一気に爆ぜた。 


 


「ブハハハハハ!!」「おい、聞いたかよ!? クランクルス無手術だとさ! 今時!! ハハハハ!」「超ダセェェェェ!!」「ガイゼル・クランクルス様にでも憧れたかぁ!?」「ドリーマーな坊ちゃんだなオイ!」「あんなもん、もう時代遅れだべ!」「フハハハ、ゴーレム殺すのにわざわざ体鍛えてどーするよ!? 素直にエフェクター使えや!」「でもそのエフェクターも『ライジングストライカー』だぜ?」「マジかよ、エフェクターの中でもカス中のカスの一つじゃん!」「マジパワー出したらイっちまうってヤツだべ!?」「ゴミにカス合わせてんじゃねーよハハハ!!」





 その嘲りの言葉の数々を聞き、オルカは拳をギュッと握り締めた。


 自分たちで言わせておいて理不尽なリアクションだと思った。

 

 だが、この大勢に言い返す気力も度胸も、今のオルカにはなかった。














 その後、陰鬱な気持ちでオルカは自室に戻った。


 高級宿だけあって、その部屋は自分の家よりよほど豪華だった。普通なら、まず立ち寄れる所ではないだろう。

 

 だが、そんな部屋にいても、やはり心は晴れない。


 オルカは鞄を無造作に放り、ベッドへ横になる。 


 そして、天井をを眺めながら、


「……はぁ」


 ため息をつく。つくと幸せが逃げるとは聞くが、つかずにはいられない。


 悔しくないと言ったら嘘になる。


 だが彼らの言っていたことは、世間的には概ね事実だ。




 ――クランクルス無手術。




 今でこそ、このように嘲笑の対象となっているが、遥か昔の冒険者の間では、マキーナの使う「クラムデリア兵器術」とともに『二大武技』と並び称されていた。

 

 そう、遥か昔――まだ人類が、機械やエフェクターと出会っていなかった時代。

 

 その時代、迷宮探索は困難を極めていた。


 人体を一瞬で挽肉にできるほどの力と、チャチな刃物や鈍器ではビクともしない外殻を併せ持った鋼鉄の怪物、ゴーレム。


 今のように機械を持っていなかった彼らに、そんな怪物の相手は荷が重すぎた。


 迷宮に入った冒険者の多くは、ゴーレムによって次々と殺害された。その時代の迷宮は、そんな彼らの死体が放つ腐臭にまみれていたという。


 そうして死体は日に日に天井知らずに積み重なっていき、人々はこれ以上の犠牲を増やさぬよう、迷宮に手を伸ばすことを諦めようと考えかけていた。

 

 だがその矢先、二人の豪傑が現れた。


 ――ガイゼル・クランクルス。

 ――トランシー・クラムデリア。


 その男たちは迷宮に入るや、待ち受けていた多くのゴーレムを無傷で、そして驚くべき早さで全滅させたのだ。


 「出会ったら逃げろ」が常識だったその怪物を、屠り、鉄屑に変えて見せたのだ。


 ガイゼルは拳一つで。 


 トランシーは剣一本で。


 人類が今までどんな武器を持っていても成し得なかったことを、二人はちっぽけな武器一つで成し得たのだ。


 やがて、二人はこう呼ばれるようになった。


 ガイゼルは「(こぶし)の勇者」と。

 トランシーは「(つるぎ)の勇者」と。


 そんな二人を、多くの冒険者たちは尊敬、そして師事し、二人の持つ技術を身に付けて迷宮探索に役立てた。


 その拳一つでゴーレムの外殻を打ち破る、ガイゼルの創始した「クランクルス無手術」。

 剣一本でゴーレムの外殻を断切る、トランシーの創始した「クラムデリア兵器術」。


 この二つの武技の登場は、長年滞っていた迷宮探索に大きな革命をもたらした。大昔に活躍した有名な冒険者は、必ずその二つのいずれかの達人であったそうだ。

 死者が以前よりも減少した。

 ゴーレムに遭遇しても倒せるようになった。

 今まで行けなかった迷宮の奥深くまで行けるようになった。


 アルネタイトの存在や、ゴーレムの体内器官を使って機械を作る技術なども、その過程で発見されたものだった。


 そうして、人類は今のような機械文明を作り上げていった。


 さらにその延長上で、エフェクターやシールド装置が開発された。


 それらの利器によって、迷宮探索はさらに安全で楽なものとなった。


 しかし、このエフェクターの登場によって、二大武技の立ち位置は大きく変わる事となった。


 長年の苦練の末にようやくゴーレムに太刀打ちできる力が身に付く武技と、そんな事をせずともゴーレムを破壊する力が約束されているエフェクター――元来、怠け者である人間の心がどちらへ傾くかは言わずもがなだった。


 迷宮探索のために武技を学びたがる者はあっという間に減っていき、やがてよほどの物好き以外は皆無となった。


 当時、クラムデリア家は貴族の一つに名を連ねていたが、クランクルス一族は平民に甘んじていた。

 その時代はまだ平民と貴族の関係が厳しく明確化されていたため、貴族を堂々と批判することは暗黙のタブーとされていた。

 なので、クランクルス無手術だけが人々にこう陰口を叩かれるようになったのである。


 ――時代遅れの技術。

 ――文明の利器を振るう事を知らない野人の遺物。

 ――時代はエフェクターだ。

 ――エフェクターが現れた以上、クランクルス無手術はもうお払い箱だ。


 手のひら返しとはまさにこのことだろう。

 

 そうした片方に対する批判が長年続いたことで、いつしか「クランクルス無手術のみを叩く機構」が、人々の中に無意識に出来上がってしまっていた。


 結果、クランクルス無手術はガイゼルの時代の繁栄など見る影もなく衰退してしまい、現在では十数人の門弟を取って細々と伝承している状況だった。


 自分もその門弟の一人だ。


『ガイゼル・クランクルス様にでも憧れたかぁ!?』


 オルカは唇を噛み締める。


 図星だった。


 何も持たず、拳一つで恐ろしいゴーレムに立ち向かい、そして打ち倒す。


 ガイゼルこそが、オルカの中で一番のヒーローだった。


 自分にはない「勇気」を持った、真の勇者だった。


 そして、自分もそんなガイゼルのような男になりたかった。だからこそクランクルス無手術に入門したのだ。


 だが――現実はそう甘くなかった。


 ガイゼルは多くのゴーレムを一拳で破壊していたが、自分の練度はまだその境地に達していない。「蟻塚」のアリ型ゴーレムですら、数発浴びせないと倒すことはできない。


 ゴーレムもバカじゃない。奴らは戦いの中で敵のクセや攻撃パターンなどを分析し、対処法を練って応戦して来る。そのため冒険者の間では、出会ったゴーレムはなるべく迅速に倒すのがセオリーだ。そのセオリー通りに倒すには、『ライジングストライカー』のアシストがどうしても必要になる。


 そして、肝心な「勇気」も――


「……いけないいけない」


 オルカは無理矢理思考停止して、ゴロンと寝転がる。


 そして、目を閉じた。


 嫌なことは寝て忘れろ。亡くなった母の言葉だった。




そうして——探索日前日の夜は過ぎていった。


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


ひとまず、第一章はここで終わりです。

第二章は、ある程度ストックが貯まったら連投する予定ですので、気長に待っていてくださいな(°_°)

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