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第一章 冒険者 —2—

入口のカウンターの従業員に事情を話し、自室の鍵を受け取ったオルカは、宿屋の廊下をおっかなびっくりな足取りで歩いていた。


 床は磨きぬかれたような光沢を持つ大理石で出来ていて、自分の顔が映りそうだった。安っぽくて床下に音のこもる、自宅の木製のソレとは全く違う。一歩一歩を踏みしめるたびに、まるで恐れ多いことをしているような感じがした。


 鍵も受け取ったし、早速ベッドでゴロンと横になるのも魅力的な考えだったが、それ以上にお腹が減っていた。


 なのでオルカの足は、食堂に向かってゆっくりと進んでいた。


 従業員に聞くと、すでに食事の準備はできており、他の冒険者も大勢食堂へ行ったらしい。

 

 迷宮探索は早速明日から始まる。

 本当は昨日に来たかったが、宿が開かれるのは探索日前である今日からだったので、今朝早くに起きて出発したのだが、なんとか無事に着いてよかった。


 明日に備えて、たっぷりと英気を養おう。


 しばらく歩くと、大きな両開き戸が見えてきた。


 戸の上には「大食堂」と書かれた札。


 オルカはその扉を開き、中へ入り、


「すっごーい…………」 


 目の前の光景を見て、思わずそうこぼした。今日一日で何度目の感嘆だろうか。


 豪勢な装飾が施された大きな照明器具の下には、見渡す限りの大広間が広がっていた。


 白いクロスがかけられた円卓がいくつも点在しており、それらの周囲を大勢の冒険者たちが食べ物の乗った皿を片手に、立食しながら談笑している。


 部屋の奥には、端から端へ一直線に伸びる長いテーブルがあり、その上には多種多様な料理と、未使用の食器具がいくつも用意されていた。どうやら食べ放題方式のようだ。

 

 オルカはしばしの間立ち止まっていたが、そのままでいても始まらないので歩き出した。 

 途中で同じ側の足が一緒に出そうになるが、慌てて気をしっかり持つ。どう見ても今の自分は田舎者だろう。


 お、落ち着こう。まずは、まずはお皿を取りに行かないと…………。


 ぎこちない動作で奥のテーブルまで近づく。

 その途中で、そんな自分を見て笑いを噛み殺している冒険者が数人見えたが、今は気にしない。


 なんとかテーブルにたどり着いたオルカは、積み上げられた未使用の皿を一枚、フォークを一本取ってから、ズラッと並べられた料理を少しづつ取り、盛り付けていく。


 オブデシアン王国の料理は地方によって味わいや見た目に差がある。王都のある西方の料理は宮廷料理の流れを汲むものが多いため、見た目が上品で、かつ香りが良くクセのない味が特徴だ。そして、このアンディーラとパライト村のある南方では、比較的塩気の濃い味わいの料理が多い。


 テーブルにはあらゆる種類の料理が並んでいたが、オルカは塩気のある料理に慣れ親しんできたので、そういった味に近い料理を盛り付けていった。


 ある程度料理を取り終えると、オルカはテーブルを離れ、自分の食べる場所を探すために円卓の集まりへ入った。


 だが、ほとんどの場所は人で埋まっており、自分の入れる場所は無いように思えた。

 

 ――冒険者には『パーティ』というシステムがある。

 複数の冒険者同士が組んで、共に迷宮探索をするシステムだ。

 複数人の連携プレーによる安定したゴーレム退治が行える。普通のゴーレム相手でも効果的だが、強力な力を持ったラージゴーレムを相手にするならば必要不可欠だと言われている。


 おそらく、一つの円卓に集まる冒険者たちは、同じパーティ同士なのかもしれない。


 実は以前、自分もパーティを組もうと思ってあちこち頼み込んだことがあったが、冒険者になって数ヶ月程度の初心者である自分を受け入れたがるパーティは皆無だったため、一度諦めた。おそらく、足でまといだと思ったのだろう。


 しばらくおろおろしながら見て回ったが、無人の円卓はもう一つもなかった。


 仕方がないので他所のパーティが使う円卓の中に入れてもらおうかと思い、歩き出した瞬間――何かに足元を取られた。


「うわっ!」


 オルカはバランスを崩し、前のめりに倒れた。

 

 そして、両手に持っていた皿の上の料理を、盛大に床にぶちまけてしまった。


「ああ…………やっちゃった」


 うつ伏せの状態で台無しになった料理を見て、オルカは情けない声でそうこぼした。早く宿の人に布巾を貰って拭かないと。


 でも――一体何に足を引っ掛けたんだろう?


 そう考えながら立ち上がろうとする途中、ぶちまけられた料理を――ブーツを履いた足がグチャッと踏みつけた。


 突然のことに、オルカは四つん這いの状態でぽかんとする。


 そして、ゆっくりと顔を上げると――


「――ハロー、アイアンのボクちゃん」


 そこには、人相の悪い二人の男が仁王立ちしていた。


 禿頭の男と長髪の男。


 二人は、まるで面白い玩具でも見つけたような表情で自分を見下ろしていた。


「あ、あの…………なんでしょうか?」


 オルカは居心地の悪さを感じながらも、愛想笑いを浮かべてそう尋ねた。


 昔からこういった「いかにも」な種類の人間は苦手だった。睨まれていようがいまいが、なかなか強く出ることができない。

 

「なんでしょうか、か…………なぁボウズ、俺ら今お前に何したと思う?」


 禿頭の男がニヤついた表情でそう返す。


「え、えっと、ごめんなさい、分からないです……あは、あはは」


 誤魔化すように乾いた笑いを浮かべながら、オルカは立ち上がり、少しづつその場から下がる。


「そ、それじゃボク、布巾を取りに行かないと…………」


 この連中から離れたいというのが本音だったが、布巾を貰いに行くという建前を掲げ、背を向けて早歩きした。


 だが再び、足元が何かに引っ掛かり、前へ勢いよく転倒する。


 地に伏したまま後ろを振り返ると、さっきまで自分の足があった場所に片足を投げ出している、痩せた男が立っていた。


 ――どうやら転んだ原因は、足を掛けられたことのようだ。 


 自分の足を掛けた痩せた男は、二人の男の元へ歩み寄り――仲間のようだ――冷笑を浮かべて言った。


「――正解は「格下に対する挨拶」だよ」


 見ると、三人の胸には――赤銅(しゃくどう)色に輝く冒険者バッチが付いていた。


「ブロンズ……クラス」オルカは我知らず呟く。


 禿頭の男がしたり顔を浮かべ、


「そうよ。オメェの先輩様だよ、アイアン。オメェ、さっきから動きがどうにも田舎モン臭ぇからよぉ、俺らが都会の礼儀を叩き込んでやろうと思ってな。親切だろぉ?」

「そ、そうですね…………ありがとうございます……それじゃあボクはこれで…………」

 

 そう煙に巻いて立ち去ろうとしたオルカの首に、禿頭の男はガッと乱暴に手を回し、


「まぁそう言うなや。ブロンズの俺らが冒険者の何たるかを教えてやっからよぉ」

「で、でも、床拭かないと……」

「ああ!? テメェ、先輩様と話すことより、汚ぇ床拭く用事の方が大事だってのかぁ!!」

「ひっ……」


 小さな悲鳴を漏らして縮こまるオルカに、長髪の男が追い打ちとばかりにこちらの胸ぐらを掴み、暴言を吐いてきた。


「つぅか、生意気なんだよ小便臭ぇガキがぁ。未踏査迷宮探索はガキの遊び場じゃねぇんだよ。あそこにあるお宝は俺ら格上のモンだ。格下のアイアンはそこらのヘボ迷宮でシコシコ小金でも稼いでろやタコ」

「ご、ごめんなさい……」

 

 思わず謝ってしまったオルカ。


 だが一方で、密かに拳を強く握り締める。


 明らかに悪いのは向こうのはずなのに。どうして強く反発できないんだろう。

 

「……ん? なんだこれ?」


 痩せた男がそう言って、床から何かを拾う。


 それは、オルカのアルネタイトレーダーだった――さっき転んだ時に、鞄から落としたんだ。


「すみません……それボクのです。返してください……」

「あぁん? どれどれ」


 そう言って禿頭の男がレーダーを受け取り、品定めしてから、


「ケッ、生意気にも俺らより新しいやつ使ってやがるぜ。アイアンのカスのくせに…………おい喜べガキ。このレーダーはたった今から俺らブロンズ様が有効活用してやるぜ」

「なっ…………かっ……返してください!」


 オルカは意を決して長髪の男を振りほどき、禿頭の男が持つレーダーに手を伸ばそうとした。


 だが、オルカの手が届くよりも――禿頭の男が銃を構える方が若干早かった。


「動くんじゃねえよ」


 男が両手に構えたその武器を見てゾッとした。初めてエフェクターを買いに行った時、カタログに載っている「アレ」を見たことがある。

 エネルギーランチャー『ハウラー』――直径二十センチほどの熱エネルギー弾を撃ち出す、遠距離攻撃用エフェクター。


 その銃口が、自分に真っ直ぐ向いていた。


 エネルギーを無駄にしないために、冒険者は迷宮の外ではシールド装置の電源を切る。今の自分もそうだ。男が引き金を引けば、自分の体に大穴が空くだろう。そう考えるだけで身が竦む思いだった。


 禿頭の男は、はっきりとした嘲りの笑みを浮かべて吐き捨てた。


「いいかクソガキ。冒険者の世界ってのは実力至上主義だ。格下は格上にヘーコラしてりゃいいんだ。それが常識ってもんだろーが」


 ――ちくしょう。


 人間の持つ怖さは、ゴーレムのソレとは質が違う。


 ゴーレムは喋らない。ただ攻撃を仕掛けてくるだけだ。


 だが人間は違う。危害も加えるし、罵倒や侮辱もしてくる。体も心も一緒に傷つけにかかる。そこに知恵が入るとさらにタチの悪いものとなる。

 

 アリ型ゴーレムのミサイルやエネルギー弾には慣れても、人間の悪意には未だに慣れることができない。


 そう、だからこそあの日――「あの娘」にあんな仕打ちをしてしまったのだ。


 結局、自分はあの日からほとんど変わっていない――勇気が足りない。


 今だって反撃するどころか、あの銃口を前に彫像のように固まっていることしかできないのだ―――


 





「――そんな常識、聞いたこともないなぁ」







 その時、声が聞こえた。


 それは男のものだったが、この三人のうち、誰のものでもなかった。


 声のした方を見ると、少し離れた場所に――一人の青年が立っていた。

 

 背が高く、全身に焦げ茶色のマントをまとっている。その色より明度の高い茶色に染まった髪の下には、甘いマスクと形容できる整った顔立ちがあった。


「んだぁ、テメェは?」


 禿頭の男が眉間に皺を寄せて誰何する。


「俺かい? 俺はパルカロ・ロディルエトゥン。しがない冒険者さ」


 パルカロと名乗ったその青年は、ヘラヘラと笑いながら軽快な口調で続ける。


「とりあえず、そのアイアンの子をイジメるのはやめたまえよ。これから同じ迷宮を探索する冒険者同士、もっと仲良くしなきゃ」

「うっせぇよ、イジメてんじゃねぇ。人の道教えてんだよ。すっこめモヤシ野郎」


 禿頭の男は睨む目をさらに鋭くし、それをパルカロに向ける。


「可愛い後輩冒険者の足を引っ掛けた上、意味不明な理論を掲げて因縁つけてストレス発散。挙句の果てには人様の物を堂々と懐に収めようとする――俺だったらそんな野党みたいな人からは何も教わりたくないなぁ~~」


 パルカロは煽るような口調で声高に言った。

 

 次の瞬間――禿頭の男の顔が激しい険を帯びた。


 自分に向けていた銃口の照準を、パルカロに合わせようと「バッ!」と迅速に体を捻ろうとする。


 だが――パルカロが懐から銃を抜くスピードの方がもっと速かった。


 パルカロは相変わらずヘラヘラした顔で、だがそれでいて眼光を鋭くして告げた。

 

「おっと動くなよアミーゴ。少しでもその『ハウラー』を動かしたら――君のその悪そうなオツムに綺麗な通気孔ができるぜ?」


 パルカロの片手にある銃を向けられ、禿頭の男は驚愕と恐怖が入り混じった表情を浮かべる。


 彼が持っているのは、禿頭の男の『ハウラー』を片手に持てるほど小型化、軽量化したエフェクター『ハウラー・ジュニア』だ。単純な破壊力では『ハウラー』に数歩劣るが、速射性と貫通力に勝る。

 

 だが、オルカはそれ以上に驚いていることがあった。


 エフェクターを構えたことによってパルカロのマントがめくれ上がり、その中の痩躯が露わになっていた。


 そして、その胸の片側にあるのは、白銀の輝きを放つ冒険者バッチ――シルバークラスの証だった。


 ブロンズよりも、遥かに見る頻度が少ないと言われているバッチ。


 初めて見るその銀の輝きに、オルカは目が眩む思いだった。


「この野郎!」


 だが、横合いからパルカロへ掴みかかろうとしていた長髪の男の怒鳴り声で、オルカはハッと我に返る。パルカロは銃を構えたまま、向かって来るそいつへ一瞥もしない。


 「危ない」という言葉がオルカの喉を通ろうとした刹那――長髪の男の後ろから大きな影が差した。


「ぐあっ! いてて、何しやがる!? 離しやがれ!」


 そして気がつくと、長髪の男はいつの間にか背後を取っていた坊主頭の大男によって腕の関節を極められ、その顔を苦痛で歪めていた。


 壁のようなその巨体は、二メートルに達するか否かと思えるほどだった。岩石のように厳つく、そして迫力のある顔はその巨体と実にマッチしており、まるで歴戦の軍人を彷彿とさせる。


 その大男の胸にも――パルカロと同じ銀のバッチが付いていた。


 ――この人もシルバー?


「恩に着るぜぇ、セザンちゃん」


 パルカロはその大男を横目に見ながら、これまでと変わらず軽い話し方で感謝を告げる。大男は表情一つ変えず黙ってコクリと頷いた。


 ――この人たちは一体?


「な、なんなんだよ、お前ら…………?」


 一人残された痩せた男が、オロオロした様子で自分の気持ちを代弁して訊いてくれた。


 なかなか会えないシルバークラスの冒険者が、それも二人が、自分を助けてくれているという事実に、オルカは現実感を未だうまく持てずにいた。




「――そこまでよ」




 さらにもう一人分、声が耳に届いた。

 

 だが今度は、凛とした響きを持つ女性の声だった。


 声の聞こえた方向からカツッ、カツッと規則正しい靴音が近づいて来る。


 振り向くと、そこには二人の女性がいた。


 二人のうち背の低い方は、女性というより少女と言える外見だった。


 年齢的には自分と同じくらいで、蜜柑色のポニーテールが目立つ、気の強そうな顔立ちの美少女。そのスレンダーな肢体は、腕や足の露出の高い軽い服装に包まれていて、薄い胸には銅色の冒険者バッチが付いていた――ブロンズクラス。


「――武器を納めなさい。あなたがたのエフェクターはゴーレムを倒すためのもの。弱い者を恫喝するための暴力では断じてありませんよ」


 その少女の隣に立つもう一人の女性が、聞こえてきたのと同じ声で厳しくそう言った。


「―――!!」 


 その女性を見たオルカは、あまりの驚愕で心臓が止まりそうになった。


 女にしてはかなりの長身で、自分よりも高い。背中に棒が入っているんじゃないかと思えるほど姿勢が良く、細身だが出るところはしっかり出た抜群のプロポーション。艶やかで長い黒髪をサイドテールに束ねており、しっかりとした意志の強さを感じさせる美貌がその下にあった。

 

「なあっ!? ゴ、ゴールドだとっ!? アンタ一体……?」


 痩せた男は、今にも飛び上がらんばかりの驚きを見せた。周囲に目を巡らせると、その仲間である二人の男も驚天動地といった表情。


 彼らの視線は、やって来た黒髪の女性の胸元に集中していた。


 彼女の冒険者バッチは――黄金色に輝いていたのだ。


 金色。すなわち―――ゴールドクラス。


 シルバー以上に見られる機会が少ない輝き。


 最高位のクリスタルクラスは狭き門、まさしく神の領域だが、その一つ下のゴールドクラスも取得できる人間はごく一握り。まさしくプロ中のプロ。


 もちろんそれに対しては驚きだ。


 だがオルカは、それとは別の方向に驚いていた。


 その黒髪の女性は―――「あの娘」によく似ていた。


 いや、似てるなんてもんじゃない。「面影」という名の、過去との繋がりを確かに感じたのだ。


 それくらい似ていた。自分が昔――残酷な仕打ちをしてしまった「あの娘」に。


 とはいえ、まだ本人であるかどうかが分かっていない以上、オルカの感じたことは疑念の域を出ていなかった。





 だが、次の瞬間―――その疑念は「確信」へと変わった。




 蜜柑色の髪の少女が黒髪の女性を手で示し、得意げな笑みを浮かべて声高に告げた。




「――神妙にしてよく聞きなさいアホ共! ここに立つお方はゴールドクラスの冒険者にして「クラムデリア兵器術」免許皆伝、マキーナ・クラムデリアお姉様よっ!!」


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