ラストストーリー(end) 帰還
《――緊急事態発生!! マスターキーの破損を確認!! ハイジャック行為への懸念のため、超大型戦略浮遊母艦「プロメテウス」は緊急着陸モードに以降!! 現地点より半径二〇〇〇メートル圏内で最も安全な地点を算出し、オートで着陸を開始します!! 着陸を完了次第、超大型戦略浮遊母艦「プロメテウス」はその全システムを凍結、並びにパスワードの全変更処理を行います!! 着陸後、乗員の方々は各階層に設置された非常用避難経路より脱出してください!! ――緊急事態発生!! マスターキーの破損を確認!! ハイジャック行為への懸念のため――――》
スターマン・レッグルヴェルゼはこの大広間――『コントロールルーム』の床で仰向けになりながら、執拗に流れるアナウンスを呆然と聞いていた。
左肩に、鈍い激痛を感じる。
スターマンの左肩周辺の骨は見事に折れていた。クランクルス無手術の威力を生身で受けたのだ。高硬度のマスターキーが盾代わりになったが、それでも余剰した衝撃はかなりのものだった。
――いや。もはやそんなことはどうでもいい。
マスターキーが壊されてしまった。
それはつまり、もうこの船を動かすことはできないということ。
マスターキーは再発行すれば済む話だが、それはまだ先史文明が健在だった頃の話。古代機械の作成方法を全く知らない自分に、マスターキーを一から作り上げるなど不可能なことだった。
自分の抱いていた世界制覇の野望は、ものの見事に打ち砕かれたのだ。
あの少年――オルカ・ホロンコーンの手によって。
そのオルカは困惑した表情で立ち尽くしている。アナウンスの意味が理解できないのだろう。
野望が潰えた事で自棄になっていたからだろうか。スターマンはつい余計な親切心を働かせた。
「……安心したまえ。緊急着陸モードに以降しただけだ。マスターキーが壊れた以上、誰もこの船の舵をとることはできない。ゆえにこの船は、せめて安全に着陸しようと自動で動いているんだよ。三十分も経てば着陸は完了する。それからそこの『脱出口』を使えば、君たちはこの船から晴れて脱出できるというわけだ」
自分でも驚くほど、枯れ果てた声だった。
もはや状況は、自分にとって詰みだった。
オルカは半死半生だが、マキーナは未だに無傷。そして、そんな彼女の力をもってすれば、自分を捕まえることなど造作もないことである。
この船を操作できない以上、先ほどのパワードスーツももう呼び出せない。スラックスのポケットには小口径の拳銃があるが、マキーナの持つシールド装置に弾かれるだろう。ただ捕まるのみである。
そしてそのまま『ピープル』達の国に連れて行かれ、逮捕。その後、裁判にかけられる。
自分はすでに『火』を使って、消し飛ばした山脈の近くにある町一つを壊滅させている。掛け値なしの大量殺人犯だ。十三階段を登らされる展開は、もはや避けられない。
だというのなら――
スターマンは右手でスラックスのポケットを探り、一丁の拳銃を取り出した。
そして、その銃口を――自身の側頭部へ押し付けた。
オルカとマキーナはそんな自分を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「バ、バカな真似はやめなさい!! そんなことをして何になるっていうのっ!?」
「『ピープル』に染まった君には分からないだろうねマキーナ。僕は『ピープル』の作った法で裁かれるなどまっぴらだ。創造主が創造物によって断罪されるなど、お笑い種以外の何物でもないだろう? だから――自分の結末は自分で決める」
「古代人とか『ピープル』とか、そんなことどうでもいいじゃない!! その銃を捨てなさい!!」
どうでもいいわけがない。
自分には――"それ"しかなかったのだから。
最愛の義母が病死した後、待っていたのは地獄の日々だった。
義父や義兄たちから罵倒や暴力、冷遇を受ける毎日。
「お前はレッグルヴェルゼ家の不純物だ」「野良犬が由緒正しき我が一族に名を連ねているなど、身の程知らずも甚だしい」「汚い手で私に触るな!」「我々と同じものが食べたい? 笑止。貴様には残飯入れの中身で十分だ」「貴様は床で飯を食え」「何かが欲しければ、街中で物乞いでもしていろ」「お前に靴など要るのか? 犬は裸足が基本だろう?」「犬と同じ所で用を足していろ」
一体いくつ存在否定の言葉をぶつけられたか覚えていない。
その過程で、自分が本当に卑しい存在のように錯覚していってしまった。
自分の無価値感が凄まじく、自殺を考えた回数も一度や二度ではなかった。
いつも一人ぼっちだった。すがれる相手がいなかったことが、余計に無価値感を助長させた。
疫病のような自己否定から脱するためには、自信の源が必要だった。
だからこそ、自分が古代人――全ての者の創造主であるという事実にすがるしかなかった。
そうすることでしか、自分を保てなかったのだ。心が、壊れそうだったのだ。
周囲の人間に恵まれていた温室育ちに、自分を支えてきたたった一つの「誇り」を唾棄する資格なんてない。
だからこそスターマンは、マキーナの月並みな説得では一切揺るがない。
引き金に、指をかけた。
「――っ!!」
マキーナは必死の形相で、こちらへ向かって走り出した。
――その頑張りは買うが、いかんせん、距離が遠すぎる。君がこちらにたどり着くより、僕が引き金を引く方が速い。
引き金がどんどん引かれていく。
スターマンは目をそっと閉じる。
頭に浮かんだのは、自分の今までの人生の中で最も幸せだった日々。
義母と過ごした思い出の数々。
自分にとって心を許せる存在は、彼女だけだった。
自分はたくさんの『ピープル』を殺した。もし天国があったとしても、そこへ行くことはできないだろう。
でも、もしも叶うのならば。
母上――――あなたと同じ場所へ逝きたいです。
そして、スターマンは、
引き金を――引ききった。
スターマンの言うとおり、およそ三十分ほどでこの迷宮の着陸は終わった。
オルカはマキーナを連れて『脱出口』から外へ出た。
そこは、巨大な瓦礫や土砂の堆積の上だった。
遥か前方には、あちこちから煙を上げた大きな街が見える。間違いない、アンディーラだ。
そして、この角度と距離からアンディーラが見える場所には、一つしか心当たりがない。
ここは――未踏査迷宮の埋まっていた山岳地帯の成れの果て。
つまり、ここから真っ直ぐ進めば、アンディーラに帰れる。
「オル君……」
キュッと、マキーナが右手の裾を掴んできた。
彼女は、ひどく沈痛そうな顔をしていた。
自決しようとするスターマンを止められなかった自分を、責めているのかもしれない。
スターマンとマキーナは古代人という事実だけでなく、家の中で辛い目にあったという点でも似通っていた。彼女にとって、そんなスターマンは他人とは思えなかったのだろう。
そんな者を救えなかった事実が、許せないのかもしれない。
気持ちは分かる。
だが、立ち止まってはいられない。
スターマンとは違い、自分たちには帰るべき場所がある。
オルカはマキーナの手を裾から振りほどき、
「――行こう、マキちゃん」
そして、その手を自身の右手で握った。
マキーナはしばし押し黙ったが、やがてこちらの意思を察したのか、
「……うん」
ようやく笑顔を見せて頷いてくれた。
それからすぐに瓦礫の上を進み始めたわけだが、思いのほか大変だった。
様々な大きさの岩石が無秩序に積み重なっているせいで、自分の身長より高い段差が多々ある悪路と化していた。
急斜面や断崖絶壁のような所もある。
グラグラと不安定な岩もあり、いつ崩れ落ちてくるか気が気でない。
シールド装置ありのマキーナは安全だが、それが無い自分には危険だ。おまけに、片手を失っているので進みづらい。
どこが安全なんだと思ったが、あの迷宮は非常に巨大なため、他の場所で着陸されても近くの町や村を巻き込む可能性がある。しかし、ここには瓦礫以外何も無い。なのでベターな場所だと思うことにした。
そうして、二人は起伏の激しい瓦礫の堆積の上を進み続ける。
そのうちに、一際大きな岩石の積み重なりを登る。
岩肌の凹凸や、出っ張った他の岩石に手足を引っ掛けてよじ登る。
五体満足で体力的に余裕のあるマキーナの方が一段上を登っていた。
オルカも彼女を待たせないよう、懸命についていく。
だがその途中、足場となっていた岩がぐらついた。
かと思うと、ガラガラと音を立てて崩落。
オルカの体が虚空に浮く。
ゾクリ、と粟立った。
十メートル以上の高さ。そして、下には硬い岩石が待ち構えている。落下したら叩きつけられて即死の可能性がある。
オルカの体が浮遊から自由落下に移ろうとした瞬間――右手が一段上にいたマキーナによって掴まれた。
ぶらん、と宙吊りになる。
「待ってて、今、引っ張り上げるから」
彼女の両手に掴まれた腕が、上に引かれ始める。
オルカの体が少しづつだが、着実に上昇していく。
マキーナは苦痛をにじませながらも、茶目っ気のある表情で言った。
「言ったよね? 私、すっごく執念深いって。いつかオル君にお揃いの指輪もらってドレス着せてもらうまで、絶対死なせないんだから」
「……マキちゃん」
「死ぬ時は二人でいちにのさん、で一緒に死ぬの。それはまだまだずっと先の話。だから、どっちか片方が先に欠けるのはダメ」
彼女の一言一句が、胸に染み渡っていく。
彼女の手の暖かさが、じんわりと伝わってくる。
今更ながらに後悔した。――どうして自分は無理をしてでもスターマンの自決を止めなかったのか、と。
彼にも、教えてあげたかった。
確かに、自分とマキーナは違う生物かもしれない。子供も作れないかもしれない。
でも、こうして助け合い、体温を感じ合い、そして愛し合うことができている。
そこに『ピープル』だの、オリジナルの人間だのという線引きに何の意味がある?
自分は彼に罪を償わせてから、愛し合える相手を一生かけてでも探させるべきだったのかもしれない。
やがて、オルカは無事にマキーナのいる場所まで引っ張り出された。
「うわっぷ」
が、その拍子に、マキーナに覆い被さってしまう。
頭部がふにゃり、と柔らかい何かに挟まれる。なんか凄くいい匂い。
「あんっ」
甘ったるい声をもらすマキーナ。
……自分の頭は今、結構な豊かさを誇る彼女のおっぱいにサンドイッチされていた。
「も、もう、オル君のえっち…………その、男らしくなってくれるのは嬉しいけど……でも、飛びかかって来るならこんな所じゃなくて、ベッドの上にしてよ……あ、でもお外でする方が好きっていうなら、喜んで襲われてあげるけど…………実は私もちょっと興味あるし……」
「違うからね!?」
恍惚の表情でとんちんかんな事を口走るマキーナに、オルカは顔を上げて必死で突っ込んだ。
だが今のやり取りで、ようやくいつもの調子に戻った気がする。
二人は体勢を立て直すと、再び岩石の積み上がりを登り始めた。
それを超えて、さらに瓦礫の上を慎重に進む。いつの間にか、何気なく会話を交わせるほど余裕ができていた。
やがて、長い瓦礫の悪路を終え、ようやく地に足をついた。久しぶりに感じる地面の感触。
未踏査迷宮調査に行く時に大型石車で通った道を歩き出す。舗装がされていない凸凹道に刻まれた轍――大型石車のものだ――をたどって。
オルカはマキーナに肩を借りて歩いていた。戦闘による疲労に加えて悪路の進行が重なり、そろそろ体力の限界だったのだ。大量に出血したせいでもあるかもしれないが。
スローペースで、二人三脚よろしく歩を進める。
疲れているはずなのに、不思議と心地が良かった。
空はすでに夜明けが始まっていた。太陽が東の彼方から顔を出し始めている。
歩くたび、太陽は徐々にその輝く威容を現していく。
そして、完全に朝となった時には――アンディーラの北口に到着していた。
街は映像で見るよりずっと酷い有り様だった。地面を舗装する石畳はめくれ上がってそこらじゅうに散らかっており、軒を連ねる建物の数々は見るも無惨に倒壊もしくは半壊していた。
しかし、荒れた街の整理のために行き交う人々の顔には苦々しさはあっても、悲観の色は見られない。
「オルカーーーー!!」
唐突に自分を呼ぶ声がかかった。
見ると、奥から蜜柑色の髪の少女、シスカが駆け寄って来た。その体は泥と煤にまみれていて、激しい戦闘を繰り広げた後であると容易に分かる。
彼女の声が響いた途端、街の住人が一斉にこちらに注目した。
「よくやっ……」
シスカはオルカ達の前で立ち止まると、晴れやかな笑顔で何かを言おうとした。
だがオルカの途切れた左腕を見た途端、表情がこわばった。
「ちょ……ちょっとオルカあんた!? その腕どうしたの!?」
切羽詰った声色で訊いてきたシスカに対し、オルカは苦笑を浮かべながら、
「あはは……ちょっとね」
「ちょっとねって……あんた大丈夫なわけ!?」
「ううん、正直泣きそう。でもほら――取り戻せたよ」
オルカは隣にいるマキーナの存在を視線で示した。
それを見た途端、シスカは目元にじんわり涙を蓄え、
「お姉様っ!!」
勢いよくマキーナに抱きついた。
「ごめんね。心配かけて」
胸の中で嗚咽をもらすシスカの頭を撫でながら、マキーナは優しく囁く。まるで姉と妹のようだ。
しばらく抱擁を交わした後、シスカは涙の残った瞳をこちらに向けて問うてきた。
「それで、スターマン・レッグルヴェルゼはどうしたのよ?」
オルカは表情を曇らせた。
「スターマンさんは……死んだよ」
彼の最期についても合わせて聞かせると、シスカは静かに「……そう」とだけ返事をした。その声からは、がっかりしているようなニュアンスを感じた。
しかし、気を取り直したように微笑み、言った。
「……でも、あんたは本当によくやったわ。あんたがいたから、みんな頑張れた。ゴーレムを全滅させられた。街の人たちもみんな助かって、街も全部壊されずに済んだ。あんたはお姉様だけじゃなくて、この街やこの世界も救ったの。まずは、その事を喜びましょ?」
ほら、とシスカは手で示した。
見ると、街の人たちが大勢集まり、こぞってこちらを注視していた。冒険者、一般人問わず、いろんな人たちが。
「あれがオルカ・ホロンコーン?」「へーあれが」「まだ子供なのか」「若いのに大したもんだ」……ざわめきの中から様々な台詞が聞こえる。すべて、自分について言及したものだった。
彼らに向けて、シスカは高らかに告げた。
「――英雄のお帰りよ! みんな、盛大にお出迎えしなさい!」
途端、地を揺るがさんばかりに溢れる大歓声。
ある者は喜び、ある者は抱き合いながら飛び上がり、ある者は尊敬の眼差しでこちらを見つめていた。
突然の賞賛の嵐にオルカはどうしていいか分からず、キョロキョロと周囲へ視線を巡らせる。
そして、マキーナと目が合う。
彼女は桜花のような可憐な笑みで、自分の視線に応えてくれた。
それを目にした瞬間、顔が熱くなった。恥ずかしいような、それでいて幸せな気分が胸を満たす。
そして、今更ながら気がついた。
自分が片腕を犠牲にしてまで闘ったのは、こんな風に笑う彼女を隣で見たかったからなんだ――と。
読んで下さった皆様、ありがとうございます!
次回! とうとう完結します!




