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ラストストーリー⑥ 拳の勇者

「はああああああっ!!」


 裂帛の気合いとともに、街路に光の筋が走る。


 シスカ・クロップフェールの放った『アンチマテリアル』の光刃が、三体のダチョウ型ゴーレムの首元を通過。


 確かな手応えとともに、三つの頭部が同時に宙を舞った。


 さらに、右側から線が伸びて来るような『前兆』を感知。横目で見て、体長二メートルを超えるトカゲ型ゴーレムが大きな口を開けているのが分かった。


 シスカは未だに宙を舞っていた頭部の一つを蹴鞠よろしく蹴飛ばす。砲撃準備姿勢だったトカゲゴーレムに狙いあやまたずヒットし、発射を妨害。


(フン)っ!!」


 その隙に鋭く、そして疾く肉薄。必殺の威力の光刃を走らせ断頭する。


 噛み付こうと飛びかかってきた犬型ゴーレムを最小限の体さばきで躱す。すれ違いざまに光刃を走らせ、真っ二つに分断。


 疾風迅雷と呼ぶに相応しいシスカの斬撃は、向かって来るゴーレムの大群をことごとくガラクタに変えていく。


 戦っているのは、自分だけではない。


 燃え盛り、荒れ果てたアンディーラの街中では、大勢の冒険者たちが果敢に戦闘を繰り広げていた。


「撃ちまくれ! 俺らの庭を荒らしたカス共に人生教えてやれ! あと、人は狙うなよ!」


 あらゆる重火器が一斉に火を吹く。そして、ゴーレムが爆炎とともに次々と塵芥と化す。


「冒険者じゃない奴は見つけ次第、南端へ運び出せ! そこにはもうゴーレムはいない! 守りも万全だ!」


 ある者は銃撃しながら、残った非戦闘員を探している。


 街の冒険者たちが一致団結して、ゴーレムの討伐、住人の保護を積極的に行っていた。


 皆、自分に負けず劣らずの奮闘ぶりだ。


 そして、その様子が、シスカの内にある高揚感をさらに高めた。


 自分も、負けていられない!


 シスカは砲口を構えたゴーレムの群れめがけて、一直線に走り出した。


 途端、群れから自分へ向かって、無数の光のラインが伸びてきた――攻撃の『前兆』。それもかなりの数で、密集率も高い。


 しかし、それでもシスカは止まらない。止まる理由にならない。


 やがて、蜂の巣のように並んだ砲口が、一斉に発火した。


 やって来る弾雨。


 しかし、それらを最小限の動きのみで回避しながら、一気に大群との距離を狭めていく。


 『前兆』を感知する能力は、攻撃の起動だけでなく、放たれるタイミングも知ることができる。たとえ弾幕を張られても、やって来るタイミングが速い方から遅い方へ移動するということを繰り返せば、一発も当たらずに接近できる。


 必要なのは、針穴に糸を通すような精密な体捌き。そして、それを可能にする技量を、シスカ・クロップフェールという少女は若くして持ち合わせている。


 群れまで近づくのに、十秒と要らなかった。


「はっ!!」


 振り抜き、一閃。眼前のゴーレムは二つに分離し、絶命する。


 その一体の破壊を皮切りに、その他のゴーレム達も次々と斬り刻んでいく。


 一刀両断を約束された光刃を、何度も間合いの中でかけめぐらせる。鋼鉄の百鬼夜行が冗談じみた速度で減っていく。

 

 至近距離では、重火器は役に立たない。近接戦闘武器こそが輝く舞台なのだ。


 やがて、最後の一体を刺突で機能停止させた。


 シスカは光剣を残骸から引き抜くと、周囲へ視線を巡らせた。


 他の冒険者が頑張ったおかげか、現在いる場所ではゴーレムがだいぶ減っていた。


 なので、シスカは他の場所へ向かって走り出した。


 ゴーレムを探すと同時に、逃げ遅れている住人がいないかも入念に探す。

 

 先ほどの冒険者の一人が言っていたように、この街の南端にいるゴーレムはすべて排除し、守備も万全だ。街の住人は、すでにそちらへ誘導したはずだ。 


 しかし、保護されそこなっている者が存在する可能性も否めない。


 そして次の瞬間、その懸念は現実となった。


 元は建造物だった瓦礫の山の傍らに――


「――子供っ!?」


 そう。十歳前後の女児が、辺りを見回しながらうろついていたのだ。


 そしてその上空には、爆弾をぶら下げたコウモリゴーレムがホバリングしている。


 爆弾が投下された。


「ダ、ダメーーーーッ!!」


 シスカは血相を抱えて走り出す。


 弾丸のように疾駆。


 その瞬発力には目を見張るものがあるが、子供との距離はあまりにも遠かった。


 タイミングを読む事に長けたシスカは確信できてしまった――間に合わない、と。


 しかし爆弾が地上と肉薄した次の瞬間、薄い透明の膜のような半球が少女の周囲を覆った。


 やがて巻き起こる爆発。血のように赤い炎とドス黒い黒煙が同時に膨れ上がる。


 風によって煙が取れ払われると、透明の半球に包まれた少女の姿が現れた。五体満足である。


 あの透明の半球はバリアだ。こんなことができる者を、シスカは一人しか知らない。


「セザンっ!」 


 嬉々として振り向く。そこには予想通り見慣れた巨漢、セザンの姿があった。


 セザンは無言でグローブ型エフェクター『コンバットシールド』を装着した腕を、指揮棒(タクト)のように操作した。


 瞬間、少女を覆っていたバリアの上部から、剣のような突起が伸びる。それによって、少女の上空にいるコウモリゴーレムが串刺しとなった。


「この子は、任せろ。絶対に、守る」


 セザンの心強い言葉に、シスカははっきり頷いた。


 守ることに関しては超一流。そんな人物から「守る」という言葉を聞いたのだ。これほど心強いことがあるだろうか。


 だが突如、一体のダチョウゴーレムが、上空から翼を広げて地上へ降り立った。


 火器のついた嘴を開け――ようとする前に、端から伸びてきた光線によって胸を貫かれた。


 光線が入射してきた方向へ視線を向けると、そこには『ハウラー・ジュニア』の銃口をゴーレムに向けたパルカロが佇んでいた。


「よぉ。俺にも見せ場を残しておくれよ」


 余裕の表情で軽口を叩くパルカロ。


 ダチョウゴーレムの破壊を合図にしたかのように、無数のアジ型ゴーレムが飛行してきた。未踏査迷宮で見たものと同じタイプ。直撃した瞬間に爆発を起こすという厄介な性質を持つ。


 無数のアジ型ゴーレムは、まるでハエのように上空を飛び交う。


 明らかに小さな的。しかも、それがちょろちょろと動き回っている。普通の射手にとっては鬼門と呼べる敵だろう。


 ――しかし、パルカロにとっては、取るに足らない相手だった。


 パルカロは無造作に銃を上へ向けるや、躊躇なく発砲。


 放たれた光線は、飛び交っていたアジ型ゴーレムを二匹同時に貫き通し、爆発させた。


 それから、二発、三発、四発、五発……と撃っていく。


 撃った光線は一発も外れることなく、次々とアジゴーレムを貫き通し、数をどんどん減らしていった。爆発が数珠のように絶えず連鎖する。


 百発百中――そんな言葉を形容詞ではなく、そのまま現実のものとした、精密かつ的確な射撃。


 それはまるで、銃が的を狙って火を吹くのではなく、的の方から弾の軌道上に入っていくようだった。


 パルカロの射撃能力は神業を通り越し、変態の領域に足を突っ込んでいた。


 彼の射撃の凄さを見るのは初めてではない。だが、何度目にしても度肝を抜かれてしまう。


 ――元オブデシアン王国陸軍大尉、パルカロ・ロディルエトゥン。


 陸軍内で並ぶ者のいない、凄腕のガンスリンガー。


 上官とトラブルを起こした事が原因で軍を追われ、それからすぐに冒険者へ転職した。以来、その類稀な射撃の腕をゴーレム相手に遺憾なく発揮し、異例の速度でシルバークラスまで登りつめた。


 現段階で、マキーナのパーティーの中では最もゴールドクラスに近い冒険者。


 彼は決まって「クラムデリア兵器術の奴と戦ったら、俺ぁ絶対勝てんよ」と謙遜する。だがシスカには分かる。彼と対決するなんて事になったら、自分なんて剣を抜く間もなく穴だらけにされると。


 加えて、パルカロの使っている『ハウラー・ジュニア』は、市販のソレとは全く性能が異なる。


 『ハウラー・ジュニア・パルカロカスタム』――通常の『ハウラー・ジュニア』に改良を加え、貫通力、射程距離、速射性を数倍にまで強化した、パルカロ特注の品。


 性能をアップさせた分、エネルギーの消費が速くなってしまったが、新しいアルネタイトの装填を迅速に行える優れた補給機構を備えたことで、その欠点はほぼ解消された。エネルギーが無くなったら、台尻にある挿入口から新しいアルネタイトを突っ込むだけでいいのだ。その方法は銃のリロードに似ている。


 やがて、最後の一匹が撃墜され、炎華が咲き誇る。


 パラパラと降り注ぐ鉄粉の中、パルカロは呑気に肩を回していた。


 シスカは改めて、自分の仲間たちを見つめる。


 彼らの力は十分知っているつもりだったが、今回の戦いで実力を再確認することができた。


 そして思った。この二人となら、やり遂げられると。


 だが、そんな矢先に――


「う、うわああああああああああああ!!」


 誰かの絶叫が耳を叩いた。


 聞こえたのは、半壊した三階建ての向こう側からだった。


 シスカは横へ移動してその建物を視界の端にずらし、その向こうを見た。


 冒険者の男たちがみっともない走り方でこちら側へ逃げてくる。


 その背にしているものを見たシスカは、言葉を失った。


 燃え盛る街の中に――二〇メートルを優に超える巨大な人影がそびえ立っていた。


 人間の五体をベースに、背中に大きな翼、両側頭部に枝のような角を生やしている。まるでおとぎ話に出てくる悪魔のような威容。


 他のゴーレムをはるかに凌ぐ鋼鉄の巨体。それは見間違いようも無く、ラージゴーレムだった。


「おいおい、マジですか……?」


 パルカロが少し引きつった笑みを浮かべて呟く。


 おそらく、彼の考えとシスカの考えは全く一緒だろう。


 ……よりによって、最悪の敵が現れた。


 ラージゴーレム自体の戦力もそうだが、現在の状況が最たる問題だった。


 ここが迷宮(アンダーエリア)内部なら、自分たちの心配だけして戦っていればいい。


 だが、ここは外だ。しかも冒険者じゃない、普通の人々がたくさんいる。


 彼らを守りながら戦う余裕は、こちらにはない。


 そうこう考えているうちに、ラージゴーレムの双角の間に激しいスパークが発生。


 その角から、無数の光の線が放射状にこちらへ伸びてきた。明確な狙いは定めず広範囲にぶっぱなす、無差別攻撃の『前兆』だ。


「っ!? 全員散りなさいっ!! 大至急っ!!」


 気がつくと、シスカは切迫した声を上げ、走り出していた。


 パルカロ、セザン含む他の冒険者も、素直にそれに従った。少女はセザンと一緒だ。


 全員、蜘蛛の子を散らすように駆け出した。


 そして、稲光のような眩いフラッシュが弾けた途端――流れ星のような光の矢が、ラージゴーレムの角を起点に解き放たれた。


 無数の光矢が虚空で曲線軌道を描き、光速で弾着。


 今までのゴーレムの攻撃をはるかに凌ぐ大爆発が、次々と膨れ上がった。


「「「わああああああああああああああ!!?」」」


 幾重にも重なり合う、冒険者たちの絶叫。多くの人間が吹っ飛ばされ、物のように地面を転げまわる。


 一発一発の弾着点は離れていたが、爆発の大きさがその間をみっちりと埋めた。あっという間にラージゴーレムの前に火の海が出来上がる。


「っくっ……!?」


 『前兆』を真っ先に見たおかげで直撃は避けたシスカだが、爆発の余波に押し流され、先ほどいた場所からかなり遠い位置でうつ伏せになっていた。


 体をゆっくりと起こし、周囲を見る。


 先ほどの少女は、遠くで横になったセザンの腕に包まれていた。怪我一つ無い。バリアで守ってくれたのだろう。


 パルカロも随分離れたところでひっくり返っているだけで、無事だった。


 そこかしこに、他の冒険者たちが横たわっている。


 シールド装置のおかげで全員五体満足だが、彼らの表情からは恐怖心がにじみ出ていた。体ではなく、心をえぐられたようだ。


「う、うわあああああああああ!!!」


 その中の一人は立ち上がるや、恐慌した声を上げて逃げだした。


 その一人を皮切りに、他の冒険者たちは一人、また一人と逃げの体勢に入った。


「ちょ、ちょっと! 待ちなさい! 逃げんじゃないわよ!」


 シスカはそう止めるが、彼らは一切聞かず、敵のいる位置の反対方向へと夢中で走り続ける。


 逃げている者のほとんどがアイアンクラスか、ブロンズクラスだった。


 この馬鹿野郎共、とシスカは歯噛みした。


 ゴーレムの王たるラージゴーレムの威力を思い知ったからだろう。気持ちは分かる。自分も少し前に味わったから。


 でも、今自分たちが逃げれば、街はこの怪物によって一方的に蹂躙されることとなるだろう。


 それだけは絶対にさせてはならない。


 その時だった。




「――――逃げんなっ!! オメーらそれでも冒険者かぁ!?」 




 響き渡る大喝。


 聞き覚えのある声が、その場にいる全員の耳を打った。


「この声、確か――」


 シスカはハッとし、声のした方を向く。


 自分の記憶違いでなければ、自分の視線の先には、あの男が立っているはずだ。


 そう――カシュー・ファルブレルという男が。


「俺らが今イモ引いたら、すべてが終いだ! 歴史あるアンディーラの街は、ただの瓦礫の山となっちまう! それでもいいってか、おう!?」


 カシューは逃げようとした冒険者の前に立ちはだかり、叱責を浴びせる。


 彼の迫力に冒険者たちは縮こまるが、それでもなけなしの反論をした。


「し、仕方ないだろ……俺たちまだアイアンクラスなんだぜ……? 死にに行くようなもんだろ……」

「わあった。んじゃ――あのラージゴーレムさえくたばればいいんだな?」

「え……」


 冒険者たちは絶句する。


 カシューはニッ、と人の良い笑みを浮かべ、言った。


「俺が――あいつをぶちのめしてやんよ」


 周囲の者たちはざわっ、とする。シスカも含めて。


 カシューはそんな空気など歯牙にもかけず、どんどんラージゴーレムへ向かって歩み寄っていく。


「ちょ、ちょっと発情兄貴!? まさか、一人でやろうっての!?」

「のっけから発情兄貴はないんじゃないのシスカちゃん!? ……まあ、大丈夫だ。少し休んでなよ」

「無茶よ! 死ぬわ!」

「大丈夫だってば。それにな――クランクルス無手術正統後継者第一候補だった男の実力、甘く見てもらっちゃあ困るぜ」


 そう意気揚々と告げるカシューの顔を見て、シスカは息を飲んだ。


 そこには、発情期の犬よろしく女の尻を追い掛け回すナンパ男の姿はない。あるのは――泰然自若とした、気骨ある武人の姿。


 カシューはラージゴーレムまで二〇メートルほどの距離まで来ると、


「オラ、来いよ、でっけぇの。――久しぶりのステゴロといこうや」


 好戦的な笑みを浮かべてそう告げ、手招きをしてみせた。


 次の瞬間、ラージゴーレムはその誘いに応じたかのように、双角の間をスパークさせ始める。


 やがて、激しい輝きと同時に、流星群のごとき光矢の数々が放たれた。


 降り注ぐ光の雨が次々と落下。


 轟音、爆裂が休みなく発生する。


 鼓膜をいじめぬくような爆音の連鎖に、シスカは耳が痛くなりそうだった。


 眼前ではひっきりなしに爆発が起きている。ラージゴーレムが、絶え間なく光矢を発射し続けているからだ。


 ラージゴーレムの攻撃力は、従来のゴーレムをはるかに上回る。こんな強力な攻撃の数々を一身に受けていたら、あっという間にシールド残量がなくなり、生身の体も木っ端微塵に消し飛んでしまう。


 しかし、そんな懸念を吹き飛ばすかのごとき笑声が聞こえた。


「ハッハッハ!! 遅ぇ、遅ぇ!! 止まって見えるぜ!? それでマジパワーか、あぁ!?」


 心底愉快そうなカシューの声。


 見ると、カシューはとんでもないスピードで爆発をかいくぐりながら、ラージゴーレムとの距離を着々と狭めていた。


 その移動速度には、既視感があった。


 物質的に「速く」なったのではない。まるでカシューの周囲の時間が遅く流れているような、そんな筆舌に尽くしがたい不気味な移動速度。


 知っている。これは――ラージゴーレムと戦っていた時のオルカと同じ動きだ。


 『瘋眼(ディファレントゾーン)』――クランクルス無手術の奥伝の一つ。自身の体感速度を大幅に遅くすることで、相対的に最速になる技術。


 彼はオルカの兄弟子だという。ならば、同じ技を使えたとしても何ら不思議ではない。


 そして、オルカの使えない技――つまり、さらにレベルの高い技を使えたとしても同じだ。


 ポップコーンのように次々と吹き上がる爆発。


 だがカシューは、その爆炎が膨らむよりも速く動くため、一度も巻き込まれることはなかった。


 そして、とうとうラージゴーレムの足元へと到達。


「見せてやるよ、俺しか師範に教わってねぇ――とっておきをなっ!!」


 言うや、カシューは両手を手刀にし、左右に構える。


 次の瞬間、カシューの両手刀に強いブレが生じた。


 いや、ブレではない。あれは――振動。


 彼の両手が、ものすごい速度で振るえているのだ。


 ラージゴーレムは前のめりに腰を落とすと、拳を握り締めた片腕を真横から勢いよくスイングしてきた。


 鋼鉄の腕刀が、カシューへ一気に肉薄。


「それがどうした!!」


 だが、カシューは走りながら、迫って来た巨大な腕刀を手刀で薙いだ。


 分厚い装甲に覆われたラージゴーレムの腕。肉と骨の集まりでしかない人間の腕。


 普通なら、勝敗は熟考するまでもない。


 しかしカシューの手刀は――やって来たラージゴーレムの腕をバターのように切断した。


 直撃するはずだった範囲をごっそり切り取られたことで、鋼鉄の腕刀は断面を見せながらカシューの眼前を素通りする。


「なっ……!!」


 シスカは思わず目を見張った。


 その破壊力、超振動という二つの要素から、一つの定義を見つけ出した。


 ――『如魚得水(ジ・スティンガー)』。


 『瘋眼』と並ぶ、クランクルス無手術奥伝の一つ。


 特殊な意識操作を用いて手全体の関節を高速振動させ、それによって自らの手を超振動カッターへと変える。


 ガイゼル・クランクルスが、脊椎を左右にくねらせて泳ぐ魚の動きを参考にして作り出した技。


 クランクルス無手術の中でも最強の威力を誇り、たとえ巨大な金剛石であろうと紙同然に断ずることができる。


 カシューはしてやったりといった笑みを浮かべながら、今度はラージゴーレムの胸部へ狙いを定める。ラージゴーレムが前かがみになっているせいで、カシューと胴体の距離は非常に近かった。


 カシューは両手刀を脇に構え、腰を深々と落とすと、


「どっ――せいっ!!!」


 跳躍した。


 無双の名刀と化した右掌を前に出しながら、ラージゴーレムの胸部へ一矢よろしく突き刺さる。


 カシューの右腕はまるでスポンジに針を刺すかのような容易さで、分厚い胸部の装甲を貫通。肩口まですっぽりと納まった。


「……へっ」 


 カシューは勝利を確信したように口端を歪めると、右腕を引き抜き、着地。ラージゴーレムの胸部には、綺麗な穴が穿たれていた。 


 途端、ラージゴーレムの目から輝きが消え失せた。


 フラフラと重心がおぼつかなくなったかと思うと、ドシーン、と大きな音を立ててうつ伏せに倒れた。


 おそらく先ほどの掌打が、ラージゴーレムの心臓を潰したのだろう。


 単独でラージゴーレムを破壊する拳士を、再び目にしてしまった。


 シスカの目には、そんなカシューがとても恐ろしい存在のように映った。


 だが、同時にとても頼もしくも感じた。


 見ると、カシューの両手は血だらけになっていた。手のところどころに小さな裂傷が生まれ、そこから血液が流れて指先から滴っている。


 むべなるかな、とシスカは思う。


 『如魚得水』は、本来なら有り得ないほどの高速振動を手に強いる。そのため、皮膚や筋組織への負担はかなりのもののはずだ。強力な技には、やはりそれ相応のリスクがつきものなのである。


 しかしカシューはそんな痛々しさなど微塵も感じさせぬ強い声で、周囲へ訴えた。


「もう一度言う――――逃げんなっ!!」


 大きく息を吸って、さらに発言。


「俺たちが今トンズラこいたら、街の住人はみんなゴーレムに殺されちまう!! 今まで汗水流して築いてきた街並みが、一晩で更地になっちまう!! それだけは絶対にさせちゃならん!! 奮い立て、冒険者(やろう)ども!!」


 名君を思わせる、力強い弁舌。


 そして、カシューは空を――あの巨大な球体を指差した。


「今、あの中に俺の可愛い弟弟子、オルカ・ホロンコーンが入った!! 好きな女を取り返すために!! そして、スターマンの馬鹿野郎の顔面をぶん殴るために!!」


 空を指差す血まみれの手を拳にし、胸の前へ持ってくる。


「アイツは空で男を見せに行った!! なら、俺たちはここで男を見せるんだ!! 見せなきゃならん!! アイツがスターマンを殴り倒して女を取り戻した後、笑って帰れる場所を残さなきゃならん!! いいか、もう一度言うぞっ!!」


 カシューは再び大きく息を吸い込むと、






冒険者(やろう)ども――――奮い立てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」






 爆発させるように大喝した。


 ラージゴーレムを単独で倒すという偉業。そして、彼の持つカリスマ性のようなもの。


 それらが相乗効果を発揮した。


 逃げ腰だった大勢の冒険者が、一人、また一人ときびすを返していく。


 やがて、全員が前を向いた。


「「「「「「「雄雄オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」」」」」」」


 自らの武器を固く握り、気力に満ちた雄叫びを上げて駆け出す冒険者たち。


 彼らの踏み出す一歩一歩には、戸惑いや躊躇の色は見られない。しっかりと地面を踏みしめて走っていた。


「……ふふふっ」


 それを見て、シスカは思わず笑みがこぼれる。


 まだまだ街にはゴーレムが跋扈している。決して宜しい状況ではない。


 しかし、この強固な団結が嬉しかった。


 何より、オルカが敵陣に入り込むなんて無茶をやっていることがたまらなく可笑しく、そしてたまらなく誇らしかった。


 今にして考えると、自分はオルカに対し――果てしなく恋に近い憧れを抱いていたんだと思う。


 臆病で弱腰で根暗な少年。自分が今まで憧憬を持っていた勇敢な姉弟子とは正反対なタイプ。初めて彼を見た時、こいつの事なんか絶対に好きにはなれないと思って疑わなかった。


 しかし、戦闘不能になった自分を守るため、手足を恐怖で震わせながらもたった一人でラージゴーレムに挑み、そしてギリギリで倒してのけた彼の姿を見た時、自分はどうしようもないくらい感動した。勇気と力に溢れた英傑が立ち向かうシーンより、ずっとずっと美しく感じられたのだ。


 そして今も、山脈を簡単に消滅させる力を持った強大な相手に、たった一人で立ち向かっている。


 それが凄く嬉しかった。自分が彼に抱いていた憧憬は、決して幻想なんかじゃないと再確認できたから。


 オルカはクリスタルクラスになると言っているが、自分には大言壮語と思えない。


 自分には分かる。彼ならきっと素晴らしい英傑になれる。強大な敵にも、自分の過去の過ちにも立ち向かえた彼ならば。


 シスカはゆっくりと立ち上がり、『アンチマテリアル』の光剣を伸ばす。


 そして、寝転がっている二人の仲間へ向けて、意気揚々と声をかけた。


「――あたいらも行くわよ!」


 パルカロとセザンは起き上がると、服についたススや土などを手で払いながら、


「オーライだ」

「承知、した」


 快く頷いてくれた。


 シスカは光剣の柄を強く握り締める。


 自分だって負けてられない。


 彼がマキーナと世界を救いに行ったのなら、自分はそんな彼が戻って来た時、笑っていられる場所を一生懸命作ろう。


 シスカは胸いっぱいの想いを込めて、空に呼びかけた。


「――オルカ、頑張って! 負けたら承知しないんだからね!!」












『――オルカ、頑張って! 負けたら承知しないんだからね!!』


 響いてくるシスカの声。


 巨大なホロディスプレイに映し出されているのは、街と住人を守ろうと奮闘する冒険者たちの勇姿。


 街は瓦礫が溢れ、炎に包まれた地獄と化している。


 しかし、そこにいる人々は絶望していない。


 自分たちにできる事を、やり遂げようと頑張っている。


 ――自分が、全てを終わらせると信じて。


 プレッシャーは感じない。


 むしろ、オルカは胸が高鳴った。


 自分の気持ちがみんなに伝わり、そして一つとなった。そんな気がして嬉しかったのだ。


 広大な大広間の床を踏みしめる両脚に、自然と力がこもる。


「くっくっくっくっ……!」


 突如、自分の十数メートル先に立つ白銀の天使――スターマンが、顔を手で覆いながら笑声をもらした。


 自分たちを嘲り笑っているのか。フルフェイスの兜のせいで、表情は分からない。


 しかし、白銀の天使は笑いを噛み殺すと、誤解を解こうとするような口調で、


「あー、いや、失敬。これは嘲笑ではないよ。これは――賞賛の笑みさ」

「賞賛?」

「そうさ。たった一人のちっぽけな意思が、身近な者へ波及し、さらに広がり、やがて大衆に影響を与える――そんな事をやってのける人物を、この世界ではこう呼ぶ」


 スターマンはこちらを真っ直ぐ指差した。


「――『英雄』。まさしく今の君のことだよ」


 オルカは何も答えない。


 自分は英雄なんかじゃない。


 強者のように振舞っているだけの、ただの弱い子供だ。


 しかし――人には恵まれている。


 このアンディーラで出会った仲間たち、自分の良き理解者である兄弟子、そして――八年ぶりに巡り会えた最愛の女の子。


 自分がここでこうして立っていられるのは、強がっていられるのは、そんな人たちのおかげだ。


 今こそ、その全ての人に報いる時。


「ならば――その英雄たるお前を今殺せば、地上の連中の働きも徒労に終わるというわけだっ!!」


 白銀の天使はそう発すると、頭上にブオッ!! と巨大な火球を膨らませた。


 小さな太陽を顕現したかのような煌々とした輝き、凄まじい熱量。今いる位置からでも、まるで焚き火の間近にいるみたいに熱い。


 分かる。あの火球は、自分を消し炭にしてなお余裕があるほどの威力を持つと。


 しかし、強大な暴力の誇示は、今のオルカを縛る鎖にはなり得ない。


 オルカは力を込めて言い放った。


「徒労になんかしないっ!! させるもんか!! あなたはボクが絶対に止めてみせるっ!!」

「ならばやってみるといいオルカ・ホロンコーン!! この僕を丸腰で打ち破ってみせろ!! いにしえの拳の勇者、ガイゼル・クランクルスのように!!」


 白銀の天使に浮かぶ火球が、燃える勢いを嵐のように強めた。熱風がフレアのように周囲へ広がり、オルカの肌を焼く。


 突然、マキーナがバリアを叩きながら必死に訴えてきた。


「オル君、左胸を狙って!! 彼の左胸に紫色のバッジが付いてたでしょ!? それはこの迷宮のマスターキー!! それを壊せれば、この迷宮を止められるかもしれない!!」

「……余計な事を」


 スターマンが舌打ち混じりに小さく毒づく。その反応を見るに、図星のようだ。


 ――ありがとう。


 オルカは余韻に浸るように目を閉じ、そして勢いよく開眼した。


 自身に特殊な暗示を施し、『瘋眼』を発動。視界内にある全ての事象の速度が、スローモーションに映る。


 攻撃を躱すための下ごしらえは終わった。あとは、真正面から突っ込むのみ。


 オルカは両足に気合いを込め、脇に構えられた右拳を強く握る。


 ――おそらく、チャンスは一度。


 成功確率は著しく低い。


 その「一度」に失敗すれば、自分は死ぬ。世界は終わる。そして、マキーナは……


 凄まじい重圧だ。このちっぽけな肩に、大きなものが乗りかかり過ぎている。


 おまけにエフェクターも無い、シールド装置も無い、片腕も無い。状況は掛け値なしに絶望的だ。


 しかし、どうしてだろう――不思議と負ける気がしない。


 「あの技」が成功するという青写真が、現実になると信じて疑えない。


 笑みさえこぼれる。


 互いに微動だにしない時間が続く。


 静かな、それでいて緊迫した空気。


 まるでガンマンの決闘のようだ。


 やがて、最初にアクションを起こしたのは――オルカ。


「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 床を踏み抜かんばかりに蹴り、一発の弾丸のように白銀の天使へ突き進んだ。


「跡形も無く消え失せろ、オルカ・ホロンコーンっ!!!」


 スターマンの一喝とともに、その頭上に浮かんでいた大火球がボゥンッ!! と激しく空中分解。


 四方八方へ弾けた無数の火粉は、そのまま炎弾となってオルカに襲いかかった。


 雨あられのように迫る炎弾。


 スターマンは体感速度を遅くする能力を使っているが、発射されたものには適用されないようだ。オルカの目には炎弾の動きがきちんとスローに見えている。


 しかし、それらを補うほどの圧倒的密度で、自分の行く手を阻んでいる。


 一発でも当たれば、死はまぬがれない。


 なら、全部避ければいいだけのこと!


 オルカはやってきた無数の炎弾を、決死の思いでかいくぐった。


 雑念をすべて捨て去り、避けることのみに意識を集中させる。


 視界をできる限り使い、自分の周囲にある炎弾を一つたりとも見逃さぬよう注意する。

 

 針に糸を通すような気持ちで、炎弾のデッドスペースをなぞりながら進み続ける。


 進んで、

 進んで、

 進んで、

 進んで、


 やがて――炎弾の雨を切り抜けた。


 しかしその刹那、左の脇腹に焼きごてを押し付けられたような熱がぶつかった。


「があああああああああああああああああっ!!?」


 オルカはあまりの熱さに叫喚する。


 炎弾が、脇腹をかすったのだ。


 着ていたインナーは、その箇所だけ炭化して剥がれ落ちていた。

 

 苦痛のあまり、踏みとどまりそうになる。


 しかし、オルカはそれを渾身の自制心で回避。走行を続けた。


 もうすぐなんだ。もう少しで、あの男に届くんだ。止まるわけにはいかない。


 白銀の天使まで、残り十メートルを切った。


「ス……『箭歩(スライダー)』っ!!」


 オルカは全身に鞭を打ち、得意の歩法で風のように疾駆した。


 白銀の天使の姿が、急激に視界の中で大きくなった。


 やがて、両者の距離がゼロになろうとした時、




「我流――『ファンタズマ・タッチ』!!!」




 オルカは踏みとどまると同時に、掌打を突き出した。


 全身のありったけの力のこもった掌は、スターマンの左胸へとあっという間に肉薄。


 そして、その銀の装甲の表面に触れた瞬間――掌打の進行をピタリと静止させた。


 白銀の天使がビクンッ!!! と激しく痙攣を起こす。そして、微動だにしなくなる。


 オルカも掌打を終えた姿勢のまま動かない。スターマンの出方をジッと伺う。




 ――突然だが、自分は半年ほど前、とある実験をしたことがある。


 クランクルス無手術には『通天砲デッドリーエルプション』という技が存在する。

 自重を勢いよく叩きつけるように足底を踏みしめる。それによって、その踏みしめた力と同じだけの「反作用力」を大地から得て、それを全身の力を込めたアッパーカットに上乗せする技である。


 ここに出てくる「反作用力」とは、大地という"物体"が持つ「弾性力」がもたらした運動エネルギーのことである。


 「弾性力」とは、物体が外部から衝撃を受けた時、その衝撃に抵抗して元の形に戻ろうとする力のことである。


 物体を叩いても、その表面で「弾性力」が働くため、叩いた衝撃は物体内部には届かないのだ。


 なら、もしこの「弾性力」が働かなかったとしたなら――物体を叩いた衝撃は、その物体内部へ余すことなく浸透するのではないか?


 オルカはある日、ふとそんな仮説を思いついた。


 そして、それを可能にするかもしれない方法も。


 ――その物体の表面に触れた瞬間に拳を停止させれば、「弾性力」は働かず、その打撃力は物体内部へとそのまま浸透するかもしれない。


 オルカは好奇心で、それをパライト村の迷宮にいるアリ型ゴーレム相手に試してみた。『ライジングストライカー』は使わず、自分の打撃力のみで。


 そして――仮説は実証された。


 機能停止したアリ型ゴーレムは外傷こそ全く無いが、代わりに、体内にある部品のみがぐしゃぐしゃに破損していた。


 その一回以降は一度も成功していないが、自分は確かに一回だけ、エフェクターの力を借りずにゴーレムを倒してみせたことがあるのだ。




 そう。それこそが、この『ファンタズマ・タッチ』。


 掌打の進行を、目標物の「弾性力」が働かないギリギリの位置でストップさせることで、その掌打が持つ衝撃力をそのまま物体内部へと浸透させる荒技。


 思いつきと偶然によって生まれた、オルカ独自の技。


 掌打を止めるタイミングを測るのが非常に難しいため、成功率は極めて低い。とてもじゃないが、通常の戦闘ではあてにできない。


 だが、ひとたび成功すれば――いかなる堅牢な鎧も突き抜ける強力な一撃と化す。


「な…………!?」


 白銀の天使は信じられないと言いたげな声をもらすと、よろよろと数歩後退。


 やがて、脱力したように仰臥した。


 大の字で仰向けになったスターマンの全身から、銀の装甲がアイスのようにドロドロと床へ溶け流れる。鎧だった銀の水あめ状の液体は、水が土に吸われるように床へ染み込んでいった。


 スターマンは、元の姿をさらけ出した。


 左胸についた紫色のバッジは――粉々に砕けていた。


「きゃっ!」


 次に、小さな悲鳴が聞こえた。


 見ると、マキーナが床に尻餅を付いていた。


 閉じ込めていたバリアが消滅したようだ。もしかすると、バッジを破壊したからかもしれない。


 しかし、今はそんなことはどうでもよかった。


 マキーナが開放された――その事実だけで十分だ。


 オルカはおぼつかない足取りで、彼女へ向かって歩き出す。


 マキーナもこちらへ目を向けるや、瞳の中に涙を蓄えて立ち上がり、歩いてくる。


 それにつられたのだろうか、自分の視界も水の中に潜ったように揺らいでいた。


 お互いの距離が狭まっていく。


 やがて――ゼロになった。


「オル君!!」

「マキちゃん!!」


 二人は強く抱きしめ合った。


 が、


「いだだだだだ!! マキちゃん痛い痛い! 死ぬ! 死んじゃう!」


 マキーナの抱きしめる腕がオルカの無くなった左腕の先端を締め付けたせいで、気絶しそうなほどの激痛が襲ってきた。


 「あっ、ご、ごめんねっ」と離れるマキーナ。


 かと思えば、無くなったオルカの左腕を悲しげに見て、涙をボロボロとこぼし始めた。


「バカッ!! バカバカ!! もっと格好良く勝ってよ!! 左手まで失くして……!!」


 マキーナはオルカの胸にしがみついて、涙声で糾弾してくる。


「オル君の腕が転がったのを見た時の私の気持ちって分かる!? オル君が殺されるって思った時の私の気持ちって分かる!? あんなに胸が張り裂けそうになったの、生まれて初めてなんだからぁ!! もっと綺麗に勝ってよ!! 自分を大切にしてよ!! バカッ、バカッ、バカッ、バカァッ!!」


 ドカドカと執拗に胸板を殴りつけてくる。


 しかし、しばらくするとその手が止まる。


 そして、マキーナは顔を上げ、


「でも――本当に嬉しかった……!!」


 花が咲くような笑顔を見せてくれた。


 涙で潤んだ黒い瞳はまるで宝石のようで、オルカの鼓動を一気に高鳴らせた。


 間近で見つめ合う二人。


 互いの顔がゆっくりと近づいていき――唇同士で触れ合った。


「ん……っ」


 マキーナの柔らかい唇の感触。


 漂う甘酸っぱい匂い。自分が一番大好きな彼女の匂い。


 数時間ぶりのキス。しかし今のオルカにとっては、まるで数ヶ月ぶりにしたような気分だった。


 互いの唇を数十秒間貪欲に求め合った後、ゆっくりと離れた。


「ありがとう、オル君。それと――ただいま」

「……うん。おかえりなさい、マキちゃん」


 そう言い合って、二人同時に笑った。


 その時に浮かべたマキーナの笑顔がまた愛おしく感じ、再び顔を近づけようとした時だった。




 ――――大広間全体に走った幾何学模様が、赤く点滅し始めた。




 たくさんのベルをバラバラのタイミングで鳴らしたようなアラーム音が、部屋全体にけたたましく鳴り響く。


 オルカとマキーナは驚き、思わず離れた。


「な……なんだ、これは……?」


 オルカは思わず呟く。


 さらに、やかましいアラーム音に混じって、人間味の無い作り物めいた音声が、聞いたことの無い言語の体で発せられていた。




《――――――――!! ――――――――!! ――――――――!!》


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


完結まで残り二話!

このまま一気に突っ走るぜ!

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