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ラストストーリー④ THE DEVIL FROM HEAVEN

「……入ったか」


 スターマンは独り言のように呟いた。

 その視線の先には、広大な部屋の壁の一辺を覆い尽くすほど巨大なホロディスプレイ。

 旧時代の高度な投影装置は、オルカがこの迷宮(アンダーエリア)の外壁に空いた穴へ入る様子を鮮明に映し出していた。


 同じくそれを見ていたマキーナは、わけもなく希望を抱いた。 

 状況はすでに、彼がどうこうできるレベルを超えているはずだ。

 それなのに、彼ならばなんとかしてくれるのではないか、という根拠の無い可能性を信じてしまっている自分がいた。

 身びいきである事は明白。でもマキーナは、それにすがりたいと思っていた。自分のためにここまで乗り込んでくれた彼ならば、と。


 しかしスターマンはそんな心情を知ってか知らずか、浮遊するバリアの中に幽閉されたマキーナを見上げながら、


「言っておくが、侵入者が入り込むのは想定の範囲内だよマキーナ。むしろ僕は、わざと彼を招き入れたと言っていい」

「……負け惜しみかしら」


 低めの声でなんとか言い返した皮肉の言葉を、スターマンは一笑に付す。


「本当だとも。侵入者を厭うなら、彼が入ろうとする前にゴーレムの射出口を閉じている。それをしなかったのは、入られても問題が無いからだ。オルカ・ホロンコーンを招いたのは単なるイジメだよ。彼は確かにこのプロメテウスに潜入できた。だが入ったところで、決してこの部屋へたどり着く事はできない。見つからないものを探し続けさせることで彼を苦しめ、その四苦八苦を観察する。一ヶ月の猶予期間が終わるまでのちょっとした退屈しのぎだよ。もっとも、「アレ」があれば話はまた別だろうがね」


 ――「アレ」?


 不可解な代名詞に目を細めていると、スターマンは改まったような語気で言った。


「さて。オルカ・ホロンコーンは元々他の街から来た冒険者だが、ソレを運んできたあの老人はケルサック・トランバード。アンディーラの住人だ――これでアンディーラ側の者が、僕に反逆の姿勢を見せた事になるね。となれば、アンディーラにはそれなりの対応をしないと、こちらの面子が立たない。有言実行する度胸が無い腰抜けだと思われるのは御免だからね」


 マキーナは一気に血の気が引いた。


「…………まさか、アンディーラにさっきの砲撃を……!?」

「そんな事はしないさ。ただ、街にゴーレムの大群を送り込むだけだよ」


 スターマンのその言葉に、マキーナは的外れだと分かっていても安堵せずにはいられなかった。

 もちろん、ゴーレムが街で暴れるのも十分由々しき事態だ。街には冒険者ではない一般人も多い。そういった人たちの身が危険にさらされることとなるだろう。

 しかし、大きな山々を一発で消滅させたあの砲撃よりは、ずっと優しく感じた。


 やはり、なんだかんだで故郷なのだ。消し飛ばすことに大なり小なりためらいがあるのかもしれない。


 しかし次の台詞を聞いた瞬間、それが全くの見当違いであることを思い知る。


「言っておくが『火』を使わないのは、決して温情などではないよ? これもオルカ・ホロンコーンに対するものと同じ、一種の余興さ」

「余興……?」

「そうさ。だって――それじゃあ"つまらない"だろう?」


 氷を無理矢理喉に通したような悪寒が、マキーナの体幹に走った。


「つまらない、ですって?」

「ああ。だって『火』を使ってあっさり消し飛ばすより、街の住人がゆっくりとゴーレムに蹂躙されていく様子を眺めた方が楽しいじゃないか。よし、もう一つホロディスプレイを呼び出そう! ソレにレッグルヴェルゼの屋敷の様子を映すんだ! ああ、楽しみだなぁ、ガルティスや兄達がゴーレムから必死の形相で逃げ惑うところを見るの! 手足の一本でも吹っ飛んだり、内蔵が横っ腹からはみ出てたりしても、踏みつけられたゴキブリみたいな惨めさで醜く生に執着する様を観察(・・)するのが楽しみで仕方がないよ!」


 スターマンはまくし立てるように言うと、手を叩きながらサルのような哄笑をあげだした。


 ――狂っている。


 スターマンが、悪魔に見えてならなかった。

 だが同時に、その狂気は「特別」な生い立ちゆえの歪みきった選民意識だけでなく、散々自分を虐げてきた父や兄への憎悪の裏返しでもあると、マキーナは確信していた。


 スターマンは細長い方の台座に掌を置く。


 それに呼応し、部屋中の幾何学模様から光芒が飛び出す。


《――了解。ガードボットの射出を開始》


 殺戮の種が、アンディーラに撒き散らされた。











 シスカ・クロップフェールは、石畳が整然と敷き詰められたアンディーラの街路で、ただただ立ち尽くしていた。


 眼前に広がる街の風景はめちゃくちゃだった。

 街中にある窓という窓が割れ、その破片が地面に散らばっている。

 街路の端に立てられた全ての街灯が、お辞儀をするように同方向へ折れ曲がっている。

 露天に並んでいた商品たちが吹き飛び、街路に散らばるゴミと同化してしまっている。


 人々もひどくざわめき立っていた。

 

 しかし、そんな周囲の様子は、今のシスカにとって些細なことだった。


「一体、何がどうなってんのよ……」


 短時間にあらゆる驚愕が舞い込んだせいで、シスカの脳が未だに混乱をきたしていた。「マキーナとオルカが帰って来ない」という最初の心配事すら忘れかけるほどに。


 最初に起こったのは、大地が痙攣を起こしたような地響きだった。


 はじめは強い地震だと思ったシスカは、パルカロとセザンを伴って窓から外へ飛び降りた。落下したら余裕で死ねる階数だったが、あらかじめ電源を入れておいたシールド装置のおかげで怪我一つ無い。


 だが外に出た瞬間、目を疑う光景があった。未踏査迷宮のあるアンディーラ北の山が崩壊し、その中から巨大過ぎる「球体」が現れたのだ。


 その「球体」が天高くに上昇した時、そのさらに上空を覆うようにして無数の「四角形」が現れ出た。その「四角形」に映っていたのは――スターマン。


 自分の知っている友好的な笑みとは違う、下等な存在を見て優越感に浸るような薄ら笑いを浮かべたスターマンはこう言った。「奴隷となり、命を捧げよ」と。


 始めは何かの冗談だと思った。しかし、彼が「自分の力を見せよう」と告げた瞬間、紅雷がやって来た。


 血のように赤い稲妻のような光の曲線は、遠く西にうっすら見える山脈に下りた刹那、大爆発。ラージゴーレムでも引き起こせないであろう、想像を絶する爆炎が長大に膨れ上がり、山脈と、その周囲の何もかもを跡形も無く消し飛ばした。


 無数のスターマンの顔がこちらを俯瞰しながら、それを自分がやったと主張する。


 ――それら全ての出来事が、頭の中をかき乱していた。


 青天の霹靂どころではない。まるで物理法則完全無視の、不条理な夢の世界にいるような気分だ。


 しかし、これは現実だ。頬をつねっても周囲の光景は変わらない。


 どういう理屈が重なって、このような事態になったのかは分からない。パルカロから「脳筋」と揶揄される自分ではなおのこと。


 だがこの騒動の原因がスターマンであることはなんとなく分かった。おそらく、今まであの男は猫を被っていたのだ。生い立ちと夢について聞かされた時に抱いた感動を返して欲しいと思った。


 そして、今の状況が、決して良いものではないことは分かる。


 そのように、ようやく思考に決着がつきかけた時だった。 


「――おい、何か来るぜぇ?」


 傍らに立つパルカロが、空を指差しながら言う。


 シスカとセザンは、揃ってその指先の延長上へと視線をなぞらせる。


 そこには「黒い点」があった。


 夜空の鉄紺色よりさらに黒さのある点が、星座のごとく浮かんでいた。


 しかし、それは星座ではない――なぜなら、だんだん大きくなっているからだ。


 徐々に大きくなっている。それはつまり、近づいて来ているということ。


 そして近づくにつれ、はっきりとした姿が見えるようになった。




 それは――ゴーレム。




 そう認識した瞬間、街のあちこちで重々しい落下音が聞こえてきた。


 当然、自分たち三人のすぐ近くからも。


「なっ……!?」


 目の前に降り立ったゴーレムを見て、シスカは唖然とした。収まりかけていた混乱が再燃する。


 別に大したゴーレムではない。体長は約二メートル弱。ダチョウを模した姿かたちのありふれたタイプだ。


 問題は――


「嘘でしょ!? ゴーレムは、地上に出てこないはずじゃ……!?」


 そう。そこだった。


 ゴーレムは基本的に迷宮から出てこないものだ。だというのに、なぜ今こうしてここで対面しているのか。


 しかし、真剣にその理由を考えている暇はなかった――ダチョウゴーレムのくちばしから攻撃の「前兆」が見えたのだ。


 剣士の本能の赴くまま、シスカは迅速に動いた。


「――()!!」 


 『アンチマテリアル』の光刃を伸ばし、鋭い踏み込みとともに一閃。ダチョウゴーレムの首を綺麗に斬り落とした。


 頭部がゴトン、と石畳に転がると同時、すぐに他の場所から爆発音が続けざまに聞こえた。


 他のゴーレムが、街のあちこちを無差別に砲撃し始めたのだ。


 巻き起こる猛火、黒煙。モノの焼ける匂い。瓦礫と化す建築物。人々の叫喚。


 一分とかからない間に、街中は炎に包まれた。


「キャァァァァァァァァァァァァ!!」


 突如、絹を裂くような悲鳴が耳朶を打つ。子供連れの女性に向かって、体長四メートルほどのクマ型ゴーレムが豪腕を振りかぶっていた。


 しかし、振り下ろされる前に一筋の光線が走り、鋼鉄の胸部を貫いた。心臓を潰されたクマ型ゴーレムは振りかぶった姿勢のまま硬直し、ただの人形と化す。


 標的を一瞥もせず、パルカロが小型エネルギー銃『ハウラー・ジュニア』の引き金を引いていた。


「……こりゃ、どうしちまったのかな? ゴーレムがシャバに現れるなんて」


 そう言うパルカロの口調は軽かったが、表情は若干引きつっていた。


 常時ポーカーフェイスのセザンも、重々しい面持ちだった。


 地上に現れるはずのないモノが現れた。そして、それによって街が地獄に早変わりした。


 今日はとことん不条理な出来事に事欠かない。


 しかし、今目の前にある危機に対して、立ち止まっている暇はなかった。


「行くわよ二人とも! ゴーレムは見つけ次第狩る! 冒険者じゃない非戦闘員は安全な場所に避難させる! いいわね!?」

「オケイ」

「心得た」


 パルカロ、セザンの返事を順に聞いた途端、シスカは燃える街へと一直線に走り出した。











 目に映る風景が、ものすごい速度で真後ろに流れていく。


 風が勢いよく顔を叩き、呼吸がしにくい。


 背中に取り付けられたスラスターの生み出す凄まじい推進力が、全身を虚空に泳がせ続けている。


 オルカ・ホロンコーンは、迷宮の中を猛スピードで移動していた。


 次々と曲がり角が現れるが、それらをぶつかることなく綺麗に曲がってみせる。


 右、左、左、右、左、左、右、右。


 めまぐるしく立ちはだかるカーブを、流れ作業のようにすいすいと切り抜けていく。


 自分でもびっくりするくらい、冷静にスラスターの操作が出来ていた。


 マキーナの所へ行く――その事しかオルカの頭にはなかった。


 そして、そのための道しるべとなるモノは、オルカの左眼を遮って存在していた。


 それは、モノクルのような円いガラス板だった。


 煙水晶を彷彿とさせる暗い透明度を持ったガラス板は、その円の端っこに、青く光る「点」を映していた。


 その青い点は、ほんの少しずつだが、円の中心点――オルカの現在地――へと接近していた。


 ――これは、アルネタイトレーダーだ。


 このヘルムの両耳には歯車のような部品が付いているが、それはダイヤルだ。限界までひねると、ヘルムの中から眼に垂れ流れるようにして、この小型のアルネタイトレーダーが降りてくるようになっている。


 そして、そのレーダーの端に映っている青い点は、マキーナの反応だ。


 シールド装置やエフェクターなど、人間の機械に使うアルネタイトには、特殊な加工が施されている。その加工は、現文明の未熟な技術でもエネルギーを取り出せるようにするための措置だ。


 アルネタイトレーダーは、ゴーレムに埋まった天然アルネタイトの反応と、人間の使う加工アルネタイトの反応を別々に分けることで、冒険者とゴーレムの区別がつくようにしているのだ。


 つまり、レーダーに映るこの青い点は、人間の存在を表す反応と同義だ。


 ここはおそらく未踏査迷宮だ。だとしたら、調査責任者の許可無く立ち入る事は禁止されている。入る時はみんなで入らなければならない。そうでなければ、宝を探すための公平さがなくなってしまうからだ。


 だとすると、この反応は――必然的にマキーナのものということになる。


 マキーナはエフェクターか、もしくはシールド装置を身につけているのだろう。嬉しい誤算だ。これならレーダーで居場所が分かる。自分はそれを目指して近づくだけでいい。


 オルカはスラスターの操作に集中しながら、左腕を見る。


 左前腕部を覆う篭手には、三本のエネルギーバーが並んで存在していた。ここを見て、『ライジングソルジャー』のエネルギー残量を見ることができる。

 一番上のバーが、『ライジングソルジャー』のエネルギー残量。

 真ん中がシールド装置。

 そして一番下が、現在稼働中のスラスターだ。


 つまり『ライジングソルジャー』は、三つのアルネタイトを搭載しているのだ。


 スラスターは『ライジングソルジャー』の機能の一部ではあるが、シールド装置と同じく別電源になっている。そのため、浪費してもゴーレムとの戦闘に差し障ることはない。

 

 なので、自分はスラスターを存分にかっ飛ばし、マキーナの元を目指せばいい。


 すでに三十分は飛び続けているが、優れた低燃費性ゆえか、スラスターのエネルギー残量はまだ半分も下回っていない。まだまだ余裕がある。


 一分一秒でも早く、彼女にこの手を届かせたい。


 スラスターの出すスピードは、そんな焦燥感にも似たオルカの思いを体現しているといってよかった。


 そうして、さらに高速飛行を続ける。


 呆れるほどに長く、そして入り組んだ迷宮の通路を、なぞり書きのような丁寧さで進む。


 左眼のレーダーに映る青点が、徐々に、徐々に近づく。


 早く、早く、早く。じりじりした気持ちを抱きながらも、操作を狂わせぬよう冷静さはキープする。


 青点がさらに接近。接近。接近。接近していく。


 中心点と肉薄。


 やがて――――重なった。


 オルカは一本道を抜け、大広間に出た。


 スラスターの出力をゼロにし、着地。眼前にそびえるソレを見上げた。


 壁面だった。


 何の変哲もない、迷宮でならありふれた巨壁。


 道も何も無い、行き止まり。


 レーダーの青点は、確かに中心点と重複している。にもかかわらず、マキーナの姿も、先へ進める道もなかった。


 オルカはしばし立ち尽くす。道が無いなら、どうやって先へ進めばいいんだ。


 右側の壁の一角には『脱出口(イグジット)』がある。まるで「ここには何も無い。とっとと帰れ」とでも告げるかのように。


 しかし、引き返すわけにはいかない。


 ここで尻込みしてしまえば、命と財産を賭けて自分をここまで運んでくれたケルサックの働きが無駄になってしまう。


 こうなったら、やれるだけのことをやろう。


 オルカは壁面に掌を添え、


「『冷擊掌(サイレントクラッシュ)十倍(ライジング:テン)』ッ!!」


 ゼロ距離から起爆した。


 衝撃が掌で瀑布のように爆ぜ、勢い余ってオルカの足が大きく後方へ滑る。二〇メートルほどの距離が生まれた。


 ラージゴーレムにすら大ダメージを与える一撃。


 しかし、壁面には傷一つ付いていなかった。


 早速絶望的な気分になったが、気を取り直し、再び壁に近づいて考えた。


 一端、破壊するという方向から離れ、隠し扉のようなものがないかどうか探そう。


 今度は壁面を入念に調べていった。しかし、扉らしきものは見つからなかった。


 オルカは壁に手を当てて、再度思考を巡らせる。


 やっばり壁を壊すスタンスで行くべきか? それだと「十倍」より強力な攻撃を打ち込む必要がある。でもあの機能はエネルギーの消耗が激しい上、『ライジングソルジャー』自体が火を吹きかねない。ケルサックにそう忠告された。使いたくない。でも背に腹は代えられない。ならば、ここは壁を打ち抜ける可能性を信じて――


「……ん?」


 ふと、壁に当てていた手から、妙な触覚を得た。


 恐る恐る手を離す。


 穴があった。


 周囲に二等辺三角形を付けた円の型でくりぬいたような、そんな穴だ。


 そう、その形は歯車か、もしくは太陽を抽象的に表情したかのようで――


「…………あれっ?」


 その形に、オルカは既視感を抱いた。


 目頭に指を当て、過去を思い浮かべる。


 しばし記憶の糸をたぐり寄せ、


「――あ!」


 そして正解を引き当てた。


 周囲にゴーレムがいないことを確認すると、ケルサックに教わった方法でプレートアーマーを部分解除。アーマーがみぞおちから両開きドアのように展開し、ジャケットとインナーを着た自分の胸が外界へ露出させる。


 そして、ジャケットの内ポケットから、ソレを取り出した。


 それは――人面が浮かんだ太陽のような形の、小さな石版だった。


 これは未踏査迷宮探索の初日、シスカと迷い込んだ時に偶然手に入れたものだ。


 壁に空いた穴と、この石版の形は、とてもよく似ていた。


 石版と穴を交互に見て思う。


 もしかしたら、はめ込むことで、何かが起こるかもしれない。


 オルカはプレートアーマーを再度装着すると、ドキドキしながら石版を穴に近づける。


 ――石版は、驚くほどなめらかに収まった。


 穴が埋められた瞬間、視界いっぱいに存在していた壁面が、空間に溶けるように"消失"した。


 オルカはもう驚かなかった。今日散々不可思議な体験をしたせいで、感覚が麻痺しているのだろう。


 眼前には、自分がいた大広間がさらに奥へ広がるように、空間が見える。


 喉をゴクリと鳴らす。


 確かに道はできた。しかしオルカの胸の奥では警鐘のように胸騒ぎが起きていた。


 一歩一歩足を進めるたびに、それは強くなる。喉がくっつきそうなほど乾く。


 歩いても歩いても、その大広間の奥まであまり近づけない。なので緊張と手の震えが、天井知らずに強くなっていく。


 やがて、奥の壁面がはっきり視認できるようになった瞬間――その胸騒ぎの正体がはっきりした。




「――ほう? まさかここまで来るとは」




 驚きでやや張り上げられたような声。


 その主は、奥に佇んでいる一人の青年だった。


 黄金の頭髪。浅葱色の双眸。スラリとした体格も込みで貴公子然とした容貌の美青年。 


 紛うことなき――スターマン・レッグルヴェルゼだった。


 もう見慣れた姿。しかしそれを映すオルカの瞳は、これ以上ないほど驚きで見開かれた。


 しかし次の瞬間、更なる驚愕がオルカを襲った。


「オル君っ!」


 もう一つの、鈴を鳴らしたような声――聞き間違えようもない。マキーナのものだ。


 恐る恐る、音源へ目を向ける。


 これまで求めてやまなかった彼女の姿は――奥の壁際の高い位置にある、透明の膜のようなバリアに閉じ込められていた。


「っ!!」


 それを見た瞬間、頭が一気に沸騰した。


 歩法『箭歩(スライダー)』で風のように移動。大きく空いたスターマンとの間を瞬時に潰す。


 この男を早急に拘束しよう。そして武力で威嚇し、言う事を聞かせるのだ。そうすればマキーナの身柄は開放され、今回の騒動にも決着がつく――オルカの頭には、普段なら考えもしないような過激なやり方が浮かんでいた。


 しかし、オルカの手が薄皮一枚の距離まで届いた瞬間、火花のようなものが走った。


「うわ!!」


 ギリギリで触れること叶わず、オルカの体はその見えない障壁のようなものによって弾き飛ばされた。


 地にしっかり両足を付けて踏ん張ったため、倒れずには済んだ。摩擦による白煙のラインが二本伸びている。


「無駄だよ。そういう短絡的な手段に対する策は練ってある」


 一笑混じりに言うスターマンを、オルカは半眼で睨む。


「しかし正直言うと、ここまで来れるとは思っていなかったよ。女の尻を追いかけて来たとはいえ、恐れ入った」


 スターマンは顎に手を当て、考えながら話すかのように続ける。


「このプロメテウスには、万が一悪しき者に操縦権が渡ってしまった時のために、このコントロールルームへと入るための非常用キーがあるとは知っていた。しかしまさか、その非常用キーを君が持っていたとは……こんなことなら「未踏査迷宮で見つけた遺物は無条件で引き渡せ」くらいに言っておくべきだったか。ああ、それだとごうつくばりな所に定評のある冒険者は集まらないか。まったく難しいことだ」


 ぶつくさと繰り返される独り言に苛立ったオルカは、強い語気で言い放った。


「その娘を開放してください。あなたには、彼女を縛り付けておく理由なんて無いはずだ。その上で、こんなバカな事はやめてください」


 スターマンは鼻を鳴らすと、


「はははっ、何も知らないんだね。僕とマキーナは運命の赤い糸で結ばれた仲なんだ。君にどうこう言われる筋合いはないよ」

「……妄言に付き合ってる時間はありません」

「妄言? 僕らの事情を全く知らない君の発言こそ、真の妄言だよ」

「事情?」


 オルカはその単語に首をかしげるが、その意味を考える間も与えずにスターマンが告げた。


「君には悪いが、マキーナは返せない。彼女は僕の創る新世界に君臨する妃となるべき女性だ。君のような男ではとてもじゃないが釣り合わない。なに、大丈夫だ。世の中女なんて腐るほどいるだろう? いずれマキーナを忘れられるほどの良縁に恵まれるはずさ」

「勝手な事を言うなっ!!」


 とうとう我慢ならなくなり、オルカは怒号を上げた。


 自分はマキーナと会い、一緒に帰るためにここへ来たのだ。


 この迷宮に入ろうなんて危険も犯せるほど、自分は彼女の事を愛している。それなのに、どうして「はい分かりました」と頷けるのか!


 だがスターマンは切り込むような鋭い口調で、その思いをつまらぬものと断じた。


「非生産的恋愛に耽溺するなよオルカ・ホロンコーン。お前とマキーナ・クラムデリアでは、どんなに熱烈に交わろうとも子孫を残すことは絶対に不可能だ。なにせ――――"違う生物"同士なのだから」


 心臓が一瞬、止まった気がした。


 違う、生物…………?


 マキーナは、沈痛な表情で顔を背けていた。明らかに何かを知っている反応だった。


「いい機会だ。君には特別に話してやろう。僕とマキーナの正体を」


 スターマンは剣呑さが消えた声でそう前置きをすると、


「オルカ君、いつかした質問を今、再びしよう。君は先史文明がどうして滅んだのか、知っているか?」


 脈絡の無い質問をしてきた。


 いきなり何を言っているんだと思ったが、オルカはとりあえず素直に答える。


「……「天よりの悪魔」に、滅ぼされた」

「うん。ではもう一つ問おうか。これも以前投げかけた質問だ。その「天よりの悪魔」の正体が何なのかは分かるかい?」


 オルカは迷わずかぶりを振った。


「まあ、そうだろうねぇ。「天よりの悪魔」の定義は、先史文明研究史上最大の謎であると言われているからね。世界中のどの学者でも、言い伝えの域を超える答えを出す事はできない。そう――僕を除いて」


 スターマンは涼しげに微笑む。




「あの日は嘘を付いて悪かったね、オルカ君。僕はもうとっくの昔に――「天よりの悪魔」の正体を見つけていたんだよ」




 それを聞いて、耳を疑った。


 しかし、そんなオルカに構わず、スターマンは語り始めた。


「華やかなりし先史文明は、高度な科学技術を誇る文明だった。そしてそこに住まう古代人達は、その英知と指の器用さで数々の神技を現実のものとした。月面まで容易に到達できる方舟、微生物よりさらに小さな医療機械、永らくの課題であった永久燃料、環境を汚染することなく一国家を吹き飛ばせる破壊兵器……彼らに作れぬモノなど無かった。そして果てには――新たな生命体を一から作り上げるという行為すら達成してみせた」


 スターマンはオルカを見る目を強めた。


「遺伝子や細胞といった最小単位から組み立て、一つの生命を新しく作り上げる。そんな造物主のごとき御技すら、古代人は成功させた。ヒトと全く同じ姿かたちをし、食事をし、血液が通い、情緒や思考があり、男女という雌雄があり、性交で子孫を残し、病にもかかり、老いて寿命とともに逝く。生命活動はヒトと全く同じだが、ヒトではない新たな生物――ヒト型人工生命体『ピープル』。彼らの真の英知の結晶は永久燃料でも『火』でもなく、この『ピープル』だったのさ」


 しかし、と一度区切った。


「その『ピープル』が完成して間もない頃だった。古代人は、この地球に隕石が接近しているという情報を掴んだ。本来ならば問答無用で撃ち落とすが、その隕石のサイズは微々たるものだった。なおかつ落下予測地点には人はおらず、重要な施設も皆無。なので古代人はその隕石を迎撃せず、宇宙研究の資料を得るために地上へ迎え入れた。しかし――その驕りが悲劇の始まりだった」

「え……?」

「その隕石にはね――ウイルスが大量に付着していたんだよオルカ君。地球上にあるどの感染症よりも感染力と致死率の強い、未知の病原体がね。そうとは知らずに隕石を持って帰った古代人達は、ドミノ倒しのような勢いで次々と死んでいった。対処しようにも、相手は地球の医学が通用しない未知の生物。古代人の知恵をもってしても全く対策がつかめなかった。その間にも感染者は倍々ゲームで増えていき、やがて全人類が死に絶えた」


 オルカはようやく合点がいった。


「……まさか、「天よりの悪魔」っていうのは」

「そう、そのウイルスだよ。他の生物には感染せず、ヒトにのみ害をもたらす性質の、ね。まったく差別もいいところさ。思えば『ピープル』なんてものを作ったのがいけなかったのかもしれない。一つの生物を一から創造する。まさしく神の所業だ。しかし人は神ではない。にもかかわらず神の御技を実現してみせたことで、天上におわす本物の神々が怒り狂ったのかもしれないね。「人間風情が神の真似事をするな。分際を知れ」と」


 スターマンは自嘲めいた笑みを浮かべる。


「もちろん、古代人だって努力はしたさ。だが結局そのウイルスを無毒化、駆除する方法は見つからなかった。残ったのは、年月の経過による自然死滅を狙うやり方だけ。しかし、大気圏摩擦の熱でも生きていたウイルスだ。生命力も相当なものだった。おまけに地球の常識が何一つ通用しない生物だったからね。研究によって導き出された、そのウイルスが一匹残らず自然死滅するまでの期間は―――三千年」

「さんっ……!?」


 叩き出されたべらぼうな数字に、オルカは愕然とする。


「古代人は絶望したよ。自分たちの滅亡は避けられないのだからね。しかし、せめて遠い未来には希望を残そうと、彼らはある計画に身命を賭した」

「計画……?」

「「プロジェクト・パルナソス」。洪水で滅んだ世界の中でただ一つ沈まなかった山から、再び人が生まれる――そんな旧き神話にちなんだ名を付けられた計画だ。いつか遠い未来、ウイルスが一匹残らず死滅した時、機械によって自分たちの子孫を産み落とし、再び人類の繁栄を取り戻す。それが「プロジェクト・パルナソス」の目的だ」


 スターマンは「そしてっ」と力強く区切りをつけてから、

 

「三千年の時を経て、「プロジェクト・パルナソス」は始動した! そして地上に産み落とされたのさ――僕とマキーナという、二人の人類がね!」  

「――っ!!」


 驚きのあまり、めまいすらした。


 ――マキーナが、古代人の子孫。


 スターマンの言葉の意味がソレであると気がついた途端、オルカの中でそのことを全力で否定したい気持ちが生まれた。


「嘘だ!」

「嘘じゃないさ。その証拠に僕ら二人は、ともに古代語を読解する能力を生まれながらに身につけている。それは機械によって脳に焼き付けられた知識だ。本当はもう少し成熟した男女となって、生命活動に必要な予備知識を埋め込まれてから地上に放り出される予定だったのだがね、僕らは外部からの介入のせいで赤ん坊の段階で地上に放り出された。まったく、冒険者たちも余計な事をしてくれたものだよ」

「なら説明しろ! 古代人が一度絶滅したっていうのなら、今、この世界に住んでいる「ボク達」は、一体なんだっていうんだ!?」


 現文明で生きている人類は、先史文明滅亡からかろうじて生還した少数の人間の子孫である――それが世の中の通説だ。自分もそういうものであると認識していた。


 しかし、今聞いた話は、その通説を真っ向から否定するものだった。


 スターマンは呆れたように溜息をつくと、


「やれやれ……君は自分で考えるという事をしないのかい? 最初に言っただろう? 君とマキーナは"違う生物"だと」

「それがどうし――――っ」


 オルカの言葉が途中で途切れた。


 違う生物――人間とは違う、しかし、果てしなく人間にそっくりな生物。


 まさか。


「古代人は確かに一度滅亡したが、彼らを差し置いて、生存していた者達がいた――そう『ピープル』だ。ウイルスはヒトにのみ寄生する性質で、ヒトではない彼らにとっては存在しないものと同義だった。『ピープル』達はオリジナルのヒトが居ぬ間に、この地球の王になった。そしてオリジナルがたどった歴史(みち)をなぞるかのように、自分たちの文明を作り、それを徐々に発展させていき、現在に到るというわけさ」


 突然突きつけられた、世界の真実。


 オルカは少なからずショックを受けていた。


 自分は自分の事を、ずっと人間だと思っていた。


 でも、本当はゴーレムと同じ「人工物」だったなんて。


 この心は、ゴーレムの演算装置と同じただの「機能」か、もしくはその故障が引き起こしたエラーに過ぎないのか。

 「勇気が欲しい」と奔走した時の気持ちも。

 マキーナが好きだという気持ちも。

 そして、彼女を助けたいと思った気持ちも。

 全部、作りモノの故障で生まれた、ただの幻想(バグ)だったというのか。


「――さて、話はここまでだ。マキーナは僕の子を産める腹を持ったただ一人の女。君のような「人形」が腰を振っていい相手ではないんだよ。早々にこのプロメテウスから出ていきたまえ。今ならまだ無傷で帰してあげよう」


 ――いや。


 本当は、そんなことどうでもよかった。


 この心が本物か、偽物か、そんなことはつまらない問題だ。

 

「先ほどの話を聞いたなら、子供の君でも分かっただろう? 君たちは家畜なんだよ。僕ら古代人は君たち『ピープル』の創造主。ならばその創造主を崇め、そして満面の笑みを浮かべて己が命を差し出す義務があるんだ。君も、ガルティスも、兄達も、その他大勢も、皆等しく僕らの飼育する豚だ。君たちの命を糧にし、僕とマキーナはかつての人類の栄光を取り戻す!」


 確かに思っている。確かに感じている。それだけでいいのだ。


 ならば、その感じた事に忠実に生き、選択すればいい。


 誰にどう言われようと、どう思われようと、何をされようと、自身の抱いた幻想(おもい)を捨てずに追い続ける――それが、本当の勇気というものなのだ。


 オルカはスターマンを真っ直ぐに見て、言った。




「そんなこと――――絶対させない」




 それは、神への宣戦布告だった。


「…………クククッ、勇敢というべきか、愚かというべきか、迷ってしまうね」


 スターマンは手で顔を覆い、くつくつと喉を鳴らす。


 そして、指の隙間から昏い視線をのぞかせた。


 それはまるで、深淵からこちらを見つめる魔物の眼差しのようだった。


「……本音を言うと、あまり君を逃がしたくはなかったんだ。君には散々な事を言った気がするが、こう見えて僕は君を大いに評価している。ラージゴーレムを単独で倒す力、ここまで来れる勇気、扉を開ける鍵を偶然持っているという悪運、飛行機を用意できる人脈、そして――それらを総合して考え、導き出される危険性をね。君を野放しにしておいたら、今後の僕の行動に支障が出るかもしれない。だから――ここで殺す」


 はっきりとした殺意を主張するスターマン。


 これで、互いがぶつかり合う動機は揃った。




 ――――神との決闘が、始まった。


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


とうとう、世界の謎に言及できました……

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