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ラストストーリー③ 真夜中のドッグファイト

 夜闇の中を駆け、街の人垣をかき分け、オルカがたどり着いたのはケルサック工房だった。

 マキーナを連れ戻すと決めはしたものの、相手は空に浮いているのだ。飛距離数千メートル単位の化物じみたジャンプ力があるならともかく、普通に挑んでも絶対に届かない。

 なので、あそこへたどり着くには空を飛ぶための機械、すなわち飛行機が必要だ。

 飛行機であの巨大球体まで近づき、どこか入れそうな場所を探してそこから内部へ突入する。それがオルカの思い浮かんだ作戦だった。

 オルカは以前ケルサック工房に来たとき、その飛行機が置いてあるのを見た。

 それを借りるべく、閉店間際の工房へ押しかけ、カウンターの奥の部屋で相談を持ちかけたのだが、


「……ふんむ。つまり、お主は突然現れたあの馬鹿でかいボールに入るために、ワシの飛行機を貸して欲しいと?」


 こちらの話を聞いたケルサックは、当然ながら難色を示している様子だった。顔に浮かんだ皺の数が増えており、腰掛けたスツールを体重で前後に揺らしている。


「は、はい……」


 そんな彼の前で立つオルカは、尻すぼんだ声で返事をした。


 我ながら、厚顔無恥な頼みだと思った。

 飛行機は一昔前のモデルでも、かなり高価だ。

 そんな一財産を、自分は最近知り合ったばかりの身であるにもかかわらず貸せと言っているのだ。図々しさここに極まれりだろう。


 一体どんなお断りの言葉を頂戴するだろうかと縮こまっていると、意外な返事が返ってきた。


「坊主、お主、飛行機の操縦ができるのか?」

「……うっ」


 痛いところを突かれた。

 きっと、まともな操縦などできないだろう。動かしたことがないのだから。

 あの球体へとたどり着くことのみにとらわれていたせいで、そういった細部にまで注意が行き届いていなかった。


 恥ずかしさと緊張に同時に苛まれながら、オルカは恐る恐るかぶりを振った。


 ああ、ダメだ。お断り決定だ。操縦もできないような奴に乗り物を貸す人なんかいない。


 ケルサックはしばし沈黙していたが、やがて、


「よかろう。貸してやる」


 そのように口にした。


「え……? 今、なんて……?」


 聞き間違いだろうか。

 確かに「貸してやる」と聞こえたはずだが。


 そんな風に考えていることを見透かしたのか、ケルサックは嘆息してから再度言った。


「だから、貸してやると言っとるんじゃ」

「い、いいんですか!?」

「ああ。ただし――操縦はワシがする。その条件を呑めるなら、ワシの愛機に相乗りさせてやる」


 条件どころか、オルカにはむしろ素敵な特典のように感じた――飛行機を貸してくれるだけでなく、操縦もしてくれるなんて。


「あ、ありがとうございます!」


 オルカはぽっきりと折れそうなほど頭を下げた。


 ケルサックは小さく笑いながら言った。


「礼には及ばん。飛行機を動かすだけの簡単な仕事だ。女を助けるついでに、あのはた迷惑なボールをなんとかしてくれるというのなら、喜んで力を貸そう。それに――気持ちが分からんでもなかったしのう」


 最後の部分だけ、よく聞き取れなかった。が、オルカは力を貸してもらえる喜びの方がずっと大きかったので、それはすぐに関心から外れた。


 ケルサックはよっこらせ、とスツールから腰を上げ、


「さて、善は急げということで、早速準備開始といこう。ところでお主、『ライジングストライカー』はどこへやった?」

「……あ!」


 しまった、と思った。

 元々マキーナを探すために外出したため、エフェクターは自分の部屋に置いてきていたのだ。

 アンディーラ上空に浮かぶ球体も、おそらく迷宮(アンダーエリア)だ。ならば、エフェクターは必須アイテムだろう。

 今から一端取りに戻ろうかと思った時、ケルサックはやれやれといった態度で口を開いた。


「仕方がないのう。それじゃあ、ここにあるエフェクターを一つ貸してやろう」

「え、ええ? 大丈夫ですよ。今から宿に取りに戻りますから」

「いいから受け取れい。『ライジングストライカー』ではあまりに装備が貧弱だろう? 念のため、ここはもう少し強力なエフェクターをお供に持っていくといい」

「でもボク、他のエフェクターに慣れてなくて……」

「安心せい。これからワシが渡すのは、『ライジングストライカー』の機能を進化、応用した最新型エフェクターだ。きっとお主の体にすぐ馴染むだろうよ」


 そこまで言うと、ケルサックは歩き出した。

 先ほどの衝撃波のせいか部屋の窓は粉々に砕けており、その破片が屋内に散らばっていた。ブーツ底でそれらを踏みしめながら部屋を移動する。

 やがて、ケルサックは部屋の奥にある、黒いシートに包まれた「何か」の前で足を止めた。

 ケルサックは自身の身長より十数センチ高い「何か」を数度手で叩くと、それを覆うシートを取り払った。


 現れたのは――黄金色の甲冑。


 兜は、顔面を露出させるタイプだった。両耳の辺りには歯車のようなパーツが付いており、額には三つのライトが花弁よろしく並んでいる。

 竜の鱗を思わせる首部を伝って胴体へ視線を落とすと、分厚いプレートアーマーが胸と背を覆っていた。さらに背中には、小さな円筒のようなパーツが装着されている。

 堅牢な胴体からは、装甲に覆われた太い四肢が伸びている。


 マネキンに装着されて飾られているその甲冑は、顔面を除く全ての部位を分厚く覆い隠していた。


 ケルサックは不敵に口元を歪め、得意げな口調で言った。


「持っていけ。コイツがワシの最高傑作――『ライジングソルジャー』だ」











 それから、ケルサックはすぐに飛行機の整備に取り掛かった。

 彼曰く、一年ほど飛ばしていないらしい。そのせいか、内部にある一部の部品が劣化していた。ケルサックは劣化したパーツを慣れた手つきで新品に交換していった。

 その途中、カシューが街から戻って来た。見ると、その頬にはもみじ張り手の跡がくっきり残っていた。……まあ、何があったかはあえて聞かないでおく。

 その整備は、本来はもう少し時間がかかる作業だった。だがカシューが途中から手伝いに入ってくれたお陰か、ケルサックの予想した時間よりも早くにケリがついた。


 エンジンが安全に作動したことを確認した後、オルカは飛行機に搭乗した。

 ドーム状の風防(キャノピー)が被せられた座席は前後二人分。当然、操縦席にはケルサックが座り、オルカはその後ろのシートに座っていた。

 エンジン駆動による小刻みな振動が、シート越しに伝わってくる。


「どうじゃ? ソイツの着心地は?」


 前の席に座るケルサックが、からかうような口調で訊いてくる。


「なんだか、体のあちこちがゴツゴツします。全身に瓦を貼り付けたみたいです」


 黄金色の甲冑に身を包んだオルカは、苦笑混じりにそう返す。

 オルカはすでに『ライジングソルジャー』を装着していた。

 これを着る前に、使い方の説明を軽くされた。


 『ライジングソルジャー』は――『ライジングストライカー』の後継機にあたるエフェクターだ。

 与える衝撃を十倍まで倍加させるという基本機能はこれまで通りだ。しかし、以前と違うのは、手だけでなく足でも使えるという点だ。これなら蹴り技もゴーレムに通用する。

 その上、『ライジングストライカー』の「十倍の倍加を実行するとオーバーヒートを起こす」という致命的欠陥が克服されている。

 「衝撃発射(シュート)」の機能ももちろん付いている。

 おまけに低燃費性に優れており、エネルギーの減り具合が『ライジングストライカー』よりもはるかに少量だ。

 その他にも、多種多様な機能が備わっている。

 かなりの多機能だったが、大多数は『ライジングストライカー』と同じか少し変わった程度なので、一部の機能を除いて、覚えるのには難儀しなかった。


 ケルサックは「そうか」と軽く頷くと、


「さて、それじゃあ発進――と言いたいところだが……坊主、少しの間だけで良い。この老いぼれの昔話に付き合ってくれんか」


 突然、そのように切り出してきた。


「へ……? あ、はい……」


 オルカは一瞬ぽかんとするが、すぐに首肯した。

 ケルサックの声色は、いつになく硬かった。なので、黙って頷かなければいけない気がしたのだ。


 駆動音を背景音楽に、彼は語り始めた。


「ワシにはな、若い頃、家内がいたんだ。美しい女性だったよ。だがその美貌とは裏腹にさっぱりした性格でのう、シルバークラスの凄腕冒険者だった」


 一度息継ぎしてから、ケルサックは再び口を開いた。


「家内と知り合ったのは、ワシがまだ駆け出し技術者だった頃だ。ワシら二人は技術者と顧客の間柄から始まり、徐々に惹かれ合い、やがて結ばれた。だが彼女は結婚した矢先、当時未踏査迷宮として扱われていた「伏魔殿」の調査中、ゴーレムの大群に襲われてあっけなく爆死した。どうしようもなく悲しかったよ。しかし、それ以上に悔しかった。自分はただの技術屋だ。冒険者のようにゴーレムと戦う術は無い。仇を討ちたくとも、それが叶わんかった」


 聞いていて、オルカは心苦しい気持ちになった。


 大切な妻に先立たれたこと。仇討ちをしたくてもその力が無いこと。当時のケルサックは、きっとそういう二重のやるせなさでいっぱいだったはずだ。


「だが坊主……お主は違う。お主にはワシと違って力がある。惚れた女を助け、守ってやれる力が」

「……店長さん」

「だから――お主は助けろ」


 その一言を浴びて、ようやく気づく。ケルサックは自分を鼓舞するために、自身の苦しい過去を話したのだと。

 自分の二の舞にはなるな、と訴えているのだ。

 オルカは哀愁を感じさせるその背中を真っ直ぐ見つめながら、


「――はい」


 はっきりと、返事をした。


「いやぁ、大出世だなぁオルカよ。小さい頃はよく修行が辛くてわんわん泣いてた泣き虫オルカが、お姫様を助けるナイト役になっちまうとはなぁ。ははは、妬ましいぞコンチクショウ。俺より先に童貞卒業しそうだなオイ」


 飛行機の傍らに立つカシューが、意地悪そうな顔で言ってくる。


 緊張感をぶち壊す発言をされ、オルカは顔をしかめた。


 だが、ふざけ半分だったカシューの表情が、すぐに誇らしいものを見るようなソレに変わった。


「ま、くどくど高説垂れるのは性に合わねーから、兄ちゃんがお前に言う台詞は一言だけにしとくぜ――男を見せてこい、オルカ」


 言って、親指を立てる。


 オルカは一度目を丸くしたが、やがて微笑みながら親指を立て返した。


 座席に深く座り、風防を閉じる。シートベルトを窮屈なくらいしっかり締める。


「ベルトは締めたな? では行くぞ、坊主!」

「はいっ!」


 鋭く相槌を打つと、それを合図にしたかのように、ガクンッ、と機体が推進力を得た。


 透明の風防から見える風景が後ろへ流れ、その速度が徐々に速まっていく。


 機体に搭載されたプロペラの回転速度を上げながら、飛行機はだだっ広い土地に設けられた滑走路を走る。


 やがて、オルカを乗せた飛行機は真夜中の空へ飛翔したのだった。











 一体、どうすればいいのだろう。


 マキーナは半透明のバリアの中で膝を付きながら、途方に暮れていた。


 今、現実で起きている出来事をなんとかしたいのに、それができない。そんな力は無いし、それができる状況でもない。それがとてももどかしかった。

 かといって、諦めたくはなかった。スターマンを止めなければ、いずれ数々の悲劇が世界を襲う事になる。

 しかし、今の自分ではどうしようもない。


 ――さっきからこんな風に、同じ思考パターンを繰り返していた。


 しかし、真剣に悩んでいるマキーナをあざ笑うかのように、真下にいるスターマンが軽快な口調で言ってきた。


「何を悩んでいるんだいマキーナ? 君が頭を悩ませる必要などないはずだ」


 答えない。無言でいることで、嫌悪と敵意をアピールする。


「君はただ大人しく、僕の言うとおりにしているだけでいい。それだけで君は何不自由なく、神話の楽園のような余生を過ごせるんだ。先ほど、僕の話を聞いて分かっただろう? 君と僕は「特別」だ。ゆえに他者を踏み潰して享楽にふける権利があるのだよ」


 スターマンの軽佻な弁舌は止まらない。

 しかし、マキーナもまた口を開かない。

 ――さっきのスターマンの話が本当だとすると、確かに自分たち二人は「特別」な存在なのかもしれない。

 しかし「特別」というのは、他者を虐げる免罪符でも何でも無いのだ。


 生き生きと話していたスターマンも、やがてマキーナの頑なな態度に溜息をついた。


「……まあ、今はいいだろう。予想外な事象の数々が一気に押し寄せて、混乱しているのだろうからね。でも、じきに理解できると思うよ。僕の思想がね」


 そう言って、部屋の奥の壁際に浮いている巨大なホロディスプレイへと目を向けた。相変わらず、アンディーラ周辺の土地を俯瞰したような映像を映し続けている。


「……んっ?」 


 突如、スターマンは眉を微動させた。

 かと思えば、二つのうち片方の台座に備えつけられた、タイプライターの文字盤のようなボタン郡に指を高速で走らせた。

 その操作によってか、巨大ホロディスプレイが映像の一点を拡大させた。


 ――そこには、一機の飛行機が飛んでいた。


 双翼を広げた鳥を連想させるその機体は、回転翼を高速でスピンさせながら、その鋼鉄の総身を空中へと舞い上がらせている。

 その飛行機は、この迷宮へと接近していた。

 映像が再び拡大、鮮明化。今度は飛行機の存在だけでなく、透明の風防の中にいる搭乗者の顔も確認できた。


「――えっ!?」


 終始無言を貫いていたはずのマキーナが、思わず声を上げた。

 搭乗者は二名。そのうち操縦をしているのは、見知らぬ初老ほどの男性。

 問題は二人目だ。


「オル君……どうして!?」


 そう、二人目はオルカだった。

 堅牢そうな黄金の甲冑に覆われてこそいるが、兜は顔面を露出するタイプのものであるため、顔の造作が分かる。

 よもや、何年も想い続けた相手を見間違うはずはない。あれは間違いなくオルカだ。


 マキーナはそこで思い出す。

 スターマンが全世界に向けて警告を発している最中、自分はその発言の過激さゆえ声を荒げた。あの声が地上に届いていたとしたら、自分がこの迷宮の中にいると分かるだろう。

 だとしたら、彼は自分を助けに来てくれているのかもしれない。


 それを感じた時、二つの感情が生まれた。

 純粋に嬉しいという感情。そして、危険なことに首を突っ込んで欲しくないという感情。


「ほう……誰かと思えば。彼の事だ、君を取り返すためにここに来るつもりだろう。かわいそうに。自分がすでに過去の男である事に気づいていない様子だね」


 スターマンは皮肉の混じった声で言う――勝手な事を。


「でもまぁ、飛行機を引っ張り出してまで来てくれた労はねぎらってやらなければね」


 言うと、スターマンはボタン郡のある台座とは別の、もう一つの細長い台座の上に手を置く。


 約半秒後、広大な部屋中に走った幾何学模様が脈動のように発光。


《――了解。航空ガードボットの射出を開始します》


 その非生物的な響きを持った音声が流れると、スターマンは薄く笑った。


「――シールド装置の無いそのオンボロ飛行機で、ゴーレムとどこまで戦えるのか見ものだね。オルカ・ホロンコーン」











「凄い……本当に空を飛んでる……!」


 オルカは驚愕と感動の両方を同時に感じていた。

 風防越しに夜空を見る。黒雲が格段に近くなっており、もう少しで手が届きそうだった。

 眼下には広大な大地が広がっている。山々、森林、そして人間の住む街が、まるでジオラマのように小さく見える。

 そういった光景を目にしたことで、自分は空を飛んでいるのだということを再確認した。

 まるで鳥のように大空を舞う爽快感。地上に存在するあまねくものを高きから見下ろす全能感。

 翼無き人類にそれらの感動を与える飛行機という機械が、「最も偉大な発明」と呼ばれるのも頷ける話だと思った。


「坊主、ドライブをしとるわけじゃあないんだぞ。もっとしゃんとせい」


 前方のシートに座るケルサックにたしなめられ、オルカは「は、はい」と慌てて返事する。そうだ、生まれて初めて空を飛ぶ感動に浸っている場合じゃない。それはまたの機会に存分に味わえばいい。

 気を引き締めて前方を見る。

 近づいて初めて、球体が思った以上に巨大であることが分かった。視界の全てをその姿で覆い隠してしまうほどの直径。まさしく空中要塞だ。


「これのどこかから、入り込めそうな所を探す。それでいいのだな?」


 確認するように訊いてきたケルサックに、オルカはこくんと頷いた。

 しかし、いざ近づいてみると、なかなか骨が折れそうだった。

 幸いにも、球面に走る太い幾何学模様が淡く発光しているため、夜の暗さによる問題はない。

 だが、こんな大きな球体をぐるぐる周りながら探すのだ。周回するだけでも時間がかかって大変なのに、その上で神経を集中させて探さないといけない。

 結構な時間がかかりそうなだけでなく、その作業そのものが無駄骨になるかもしれない。なにせ、入り込める入口があるかどうか自体、怪しいのだから。

 そんな不確定要素の多い自分の策に付き合ってくれたケルサックに、オルカは心の中で改めて感謝した。


「……あれは?」


 その時、オルカの目にあるものが映った。

 突如、球面の数箇所に、波紋が広がるように小さな穴が穿たれる。その中から、何かが外へ投げ出された。

 目を凝らして見ると、それは――


「――ゴーレム!?」


 そう。ゴーレムだった。

 木枝のように細い二足。それに反比例して大きな双翼。くねくねと湾曲の激しい頸部。それらの特徴から、フラミンゴを象ったゴーレムであると判断。


 オルカは驚いていたが、それはゴーレムが強そうだからではない。

 驚いたのは――この地上にゴーレムが現れたという事実だ。

 ゴーレムは基本、迷宮でしか活動しない存在だ。人間が引っ張り出したりでもしない限り、地上に現れることは有り得ない。もし出てこれたのなら、人類はとっくの昔に皆殺しにされている。

 しかし、その有り得ない事が、今、目の前で起こっていた。


 気がつくと、先ほどより多くのゴーレムが産み落とされていた。

 フラミンゴゴーレムの大群は、集まって塊を作りながらホバリングしている。

 そしてこちらを見るや、皆その双眸を赤熱させた。


 オルカは強い焦燥感に駆られた。冒険者と違い、この飛行機にはシールド装置が存在しない。一発二発のミサイルを食らっただけで墜落する可能性がある。

 だがケルサックは逆に、爽快だとばかりに笑い飛ばした。


「ハッハー! まさかシャバでゴーレムに会えるとは思わなんだわ! 坊主! これからかなり無茶な操縦をする! 舌を噛まんように歯をしっかりと食いしばっておけいっ!!」

「は、はいっ!!」


 オルカが相槌を打った途端、機体全体に強い上向きの推進力が発生。

 体がシートに埋まりそうなほどの強い引力を搭乗者に与えながら、機体の高度がぐんぐん上昇していく。


 そして――急降下。


 凄まじい下向きのGが機体にかかる。

 それによって、足が浮き上がるような気持ち悪さに襲われた。 

 オルカは思わず悲鳴を上げそうになったが、操縦の邪魔になりそうなので頑張って押し黙る。


 見ると、さっきまで飛行機が飛んでいた位置――高度上昇のピークだった位置のことだ――には、ミサイルやら光線やら弾丸やらが通過していた。

 ゴーレムの放ったものだろう。おそらく、先ほどの高度上昇はゴーレムの攻撃を誘い、その上で急降下を用いて躱すためのものだったのだ。


「これでもくらえ!」


 機体を水平に持ち直した途端、ケルサックは操縦桿に付いた小さなボタンの一つを親指で押した。

 転瞬、機体下部が控えめな光量で連続フラッシュ。

 かと思った時には、遠くでホバリングしているゴーレム達の一部が、土塊のようにバラバラになって下に落ちていた。


「どうだ、徹甲弾の味は!? ほれほれ、もっとくれてやるぞ!!」


 なんだかテンション高めに、ケルサックは再び機銃を連射させた。

 装甲を貫く事に特価した弾丸を豪雨のように浴びて、ゴーレム達の鉄の総身が容易く崩壊。無数の鉄クズと化し、次々と落下していく。

 あっという間に、全てのフラミンゴゴーレムが目の前から消え失せた。


 しかし、まだ他の種類のゴーレムが残っていた。距離が離れているため小さく見えるが、それなりの数がいる。

 そのうちの一体であるワシ型ゴーレムの嘴辺りが、チカッと緋色に点滅した――発射炎(マズルフラッシュ)


「そらよっと!」


 ケルサックが機体をグワンッ、と急回転させる。

 半秒足らず後、先ほどまで右翼のあった位置を何かが音速で通過。

 錐揉み運動を続けながら、機体下部の機銃で砲撃。ワシ型ゴーレムの体が紙屑同然に砕け散る。

 その後ろにいる数体にも流れ弾が被弾、貫通。心臓等の主要なパーツに損壊を受けたであろうそのゴーレム達は、眼の光を消灯させて地上へと落ちていく。


 機体は回転をやめ、再び水平飛行に戻った。


 なんとか一部は全滅させることができた。

 だが、どんどん大きく見えてくる球体は、穴から絶え間なくゴーレムを生み出し続けている。

 なので、すぐにまた軍勢が出来上がってしまった。


「――烏合の衆だ」


 だが、ケルサックはそう断じた。

 そして、操縦桿に付いたボタンの中で、特に大きめのものを押す。

 次の瞬間、ボシュンッ! という、花火の音と爆発音の中間のような破裂音が機体下部から聞こえた。

 ゴーレムの軍勢めがけて、撃ち出された一発のミサイルが高速で突っ込んでいく。


 そして、先頭のゴーレムの目と鼻の先まで到達した途端――ミサイルは自爆。

 爆発が起きた一点から、無数の小さな破片が放射状にバラ撒かれた。

 爆発による勢いを秘めたその破片は、破壊のスコールと呼ぶに相応しい威力を誇った。ゴーレムの硬い装甲を蜂の巣にし、次々と機能を停止させ、下へ落としていく。

 前を通せんぼしていたゴーレム達は、あっという間に消え去った。地上では、ゴーレム達の死屍累々が出来上がっていることだろう。


「ふははは!! どうだクソッタレのゴーレム共め!! 人間サマを舐めるでないぞ!!」


 ケルサックは墜落するゴーレムに中指を立て、痛快に笑い飛ばす――もしかしたら、永遠にできないと思っていたゴーレムへの憂さ晴らしが叶って嬉しいのかもしれない。


 しかし、何にせよ、飛行機は球体との距離をかなり狭めた。

 球面はもはや壁にしか見えないほど、視界を覆い尽くしていた。間近から見る幾何学模様の線は、この機体をはるかに超える太さであった。

 おそらくこの飛行機は、球体から見れば羽虫に等しい大きさなのだろう。

 戦おうとしている相手の強大さを、改めて思い知った気がした。


 しかし、もう立ち止まる気はない。

 助けるのだ、マキーナを。

 そのためには、僅かな可能性にだって喜んですがりつこう。


「よし、これより、このボールの周囲を飛行する。操縦はワシに任せて、お主は入れそうな場所を探すことに集中せい」


 オルカは頷く。


 そして、飛行機は球体との距離をさらに詰め、そこからその周囲を周り始めた――











「店長さん! 後ろにゴーレムが!」

「わかっとるわい! それっ!」


 ケルサックはやや焦った口調で言うと、操縦桿を強引に横へ切った。飛行機が急激に横へ弧を描いて動く。

 先ほどまでいた位置を、ゴーレムの放ったミサイルが通過。

 機体は円弧軌道を保ちながら飛行し続け、やがてさっきと真逆の方向を向く。フロントガラスの延長上にてホバリングしているゴーレムを発見次第、機銃で撃墜。

 飛行機は旋回を続行。最初の向きに戻ると、進路を一直線軌道に変更した。


 オルカは、飛行機の左に重々しく存在する鉄壁――球面に目を向ける。


「坊主、まだ見つからんのかっ?」

「すみません、まだ見当たりません!」

「だぁーーっ! くそっ!」


 ケルサックはやけくそ気味に叫びながら、前方を飛行するゴーレムを撃ち落とす。

 その間、オルカは球体のあちこちにくまなく視線を走らせる。


 ――ここ数十分、ずっと球体の周囲をぐるぐる回って、その表面を調べていた。

 しかし、入り込めそうな所は未だに見つかっていない。

 球面に走った幾何学模様が明るく発光しているため、夜闇による探しにくさは無い。しかし、探しやすいのと見つかるのでは意味が違う。

 そして、探している間でも、ゴーレムはこちらを襲うのをやめてくれない。そのせいで、作業効率はさらに悪かった。


「飛行するエネルギーにはまだまだ余裕があるが、弾はもう残り少ない! このままじゃ抵抗できなくなって御陀仏だ! なんとかならんのか坊主!?」


 前方を銃撃しながら、ケルサックが切羽詰った声で言う。

 計器類の中には、アルネタイトレーダーの反応を表す円形モニターがある。そこからゴーレムの位置を割り出し、砲撃される前に先手を取って撃ち落とす――ケルサックはそういった戦い方を主にしていた。シールドのある冒険者と違い、この機体は丸裸だ。なので先手先手を取らなければとっくの昔に墜落している。

 前にいるゴーレムの大群への射撃はまだ止まない。

 だがタイミングの悪いことに、レーダーは機体の真後ろの位置に赤い点――ゴーレムの反応を表示していた。

 マズイ。今この機体の銃は前方の敵を倒すのに手一杯だ。今後ろから撃たれたら避けられない。


 考える前に、オルカはシートベルトを外し、風防を開けた。


「坊主、何を!?」


 ケルサックの戸惑う声を無視し、開いた風防から上半身を外界にさらけ出す。

 殴るような追い風にさらされながらも、オルカは姿勢を懸命に保ち、機体の後方を向く。

 レーダーの通り、フラミンゴゴーレムが機体の尻に追従するように飛んでいた。その瞳は真っ赤な光を蓄えながら、こちらに敵意の視線を向けていた。

 そいつに向かって、オルカは黄金の右掌をかざす。


「『冷擊掌(サイレントクラッシュ)二倍(ライジング:ツー)』――衝撃発射(シュート)っ!」


 ノーモーションで強大な打撃力を生み出し、それを倍加、放出。

 撃ち出された衝撃波はフラミンゴゴーレムに直撃した途端、その総身を爆砕させ、ただの無数の金属片へと変えた。

 後方に他のゴーレムがいないことを確認すると、オルカは操縦席に素早く引っ込み、風防を閉じた。

 ケルサックも、すでに前方のゴーレムを全滅させていた。


「すまん坊主、恩に着る!」

「いえ。でも、少しマズイですね」


 シートベルトを締め直しながら、オルカはそう言った。

 状況はすでにジリ貧だ。ここ十数分の間に湯水のごとく撃ちまくったせいか、すでに弾数は尽きかけている。

 このままだといずれ交戦能力を失い、撃墜されるのを待つだけとなってしまう。


 こうなったら一度引き返そう――そう思った時だった。


「……あれは」


 あるものが、オルカの目に留まった。

 球面の下部にぽっかりと開いた、綺麗な円形の穴。

 ゴーレムが出てくる穴だった。

 目にした瞬間、穴は再び数体のゴーレムを外界へ産み落とした。


「ちっ、また来よった! おい坊主、もう弾がなくなりそうだ! 一度出直すぞ!?」

「いえ、もう少しだけお願いします」

「なぁにぃ!?」


 何を言ってるんだお前は、とでも言いたげな声で言うケルサック。

 しかし、無策ではない。オルカはある事を思いついていた。

 オルカの視線は、なおも大きく開いてゴーレムを吐き出している穴に集中していた。 

 そして、そこを指差し、はっきりとした声で告げた。


「店長さん――あの穴に近づいてください! あそこから、中に入れるかもしれない!」


 そう。ゴーレムを生み出しているあの穴から、侵入できるかもしれない。

 あの穴がどこにつながっているのかは分からない。

 しかし――この迷宮の中に通じていることは確かだ。

 どうせ他に入口らしき場所は見当たらなかったのだ。だったら、ここを調べてみる価値は十分にあるはずだ。


 フロントガラスにうっすら映るケルサックの顔は、正気を疑うような表情だった。


「本気か坊主!? 自殺行為に等しい考えだぞ! シールドも張られていないこのボロ飛行機で、ゴーレムどもの巣穴に飛び込めと!?」

「ある程度接近してくれればそれでいいです! その後はボク一人でなんとかします!」

「バカを言え! お主一人で一体何が――――そうか、「スラスター」か!」


 ハッとした顔のケルサックの言葉に、オルカは首肯した。

 この『ライジングソルジャー』の背部には、ジェットエンジンのもたらす推進力で空を飛ぶことのできるスラスターが付いている。

 ある程度穴まで近づいたら、飛行機を降り、そのスラスターによって飛行して一気に接近、突入する。

 自分は冒険者だ。飛行機と違ってシールド装置がある。そのため、ゴーレムからの砲撃にある程度余裕をもって対処できる。

 

「だが……できるのか? 一応使い方は教えたが、初めての操作だぞ?」


 そう問うてくるケルサックの声色は、緊張気味だった。


「やってみせます」


 オルカは少しの間も置かず、そう言った。

 そう。もうなりふり構っていられない。

 可能性を見つけたのなら、それに迷わず飛び込みたいとオルカは思っていた。


 ケルサックは数秒の黙想の後、腹をくくったような口調で言った。


「――いいだろう。ただし、チャンスは一回だ。何度も言うが、もう弾が少ない。これで失敗したら絶対に一時撤退だからな」

「はい」

「よし。では、行くぞっ!」


 機体が急激に進路を変え、ゴーレムを吐き出し続けている穴へ向かって進んだ。

 いつ飛んでもいいように、オルカは腰部にあるシールド装置の電源を入れておく。このシールド装置は『ライジングソルジャー』の付属品で、一般の冒険者が使っているモデルを省エネ化したスグレモノだ。一般のものよりエネルギー残量減少が遅いらしい。

 穴を守るように横へ列をなすゴーレムの群れ。それらが発する無数の赤い眼光が、どんどん大きく見えてくる。暗闇にいくつも浮かぶ赤光は魔物の百鬼夜行にも見え、不気味に感じた。

 機体が、群れとの距離をさらに詰めた。


「こいつが最後の対空ミサイルだっ!」


 ケルサックは操縦桿のボタンを押す。

 機体下部が山吹色にフラッシュ。一発のミサイルが炎と同色の軌跡を残しながら高速で推進。

 ソレはゴーレムの群れの前で爆裂。それによって無数の破片がバラ撒かれ、大多数のゴーレムを穴だらけにして絶命させる。次々と墜落。

 一発で、群れの4分の3ほどを削り取った。


「坊主、今じゃっ!!」


 ケルサックの一喝が空気を震わせるとともに、オルカは風防を開け、立ち上がる。

 高所に対する本能的恐怖心を無理矢理押し殺し、飛び降りた。

 自由落下の気持ち悪さに浮き足立ちそうになりながら、オルカはプレートアーマーの左胸にくっついた半球状の出っ張り――ダイヤルに右手をかけ、それを限界まで反時計回りに捻った。


 刹那――全身に強い上向きの力がかかった。


 滝が流れ落ちるような轟音が、すぐ背後から聞こえる。

 『ライジングソルジャー』背部に装着された円筒状のジェットエンジンが莫大な噴流を吐き出しているのだ。


「え、ちょ!? うわわ!!」


 次の瞬間、オルカの体が空中のあちこちを勝手に飛び回り始めた。

 右、左、上、前、下と、意思とは裏腹の方向へ無秩序に飛行し続ける。まるで暴れ馬の上に乗っている気分だ。

 横になったり逆さになったりしながらも、オルカは懸命に冷静さを保って考えた。


「……あっ。そうだ、親指……!」


 ケルサックから教わった操作方法を思い出し、それに従って左手の親指を真っ直ぐ天に突き立てた。

 すると、振り回されるようなオルカの軌道が安定。上向きの推進力を保ったまま上昇し続ける。

 ひとまず安堵の溜息をつく。なんとか手綱を握れたようだ。

 スラスターの進路の操作は、左手の親指を操縦桿のように動かして行う。

 指を立てると上昇。前に倒すと前進。前に倒したまま横へ動かすと左右に曲がれる。そして、親指を曲げきると降下。

 スラスター自体の出力は、先ほど捻ったダイヤルで調整する。現在は最大出力だ。


「……よし」


 頭の中で教わった内容を確認したオルカは、改めて穴のある場所へ目を向ける。

 親指を前に倒し――空中を爆走。

 叩きつけるような向かい風が顔面を襲う。だがオルカは意識を前方と、左の親指に集中し続ける。

 遠ざかっていたゴーレムたちの姿が、視界の中で一気に大きく映った。

 その群れの一角が、緋色の光を明滅させた。


「うわっ!」


 気がつくと、オルカの懐に爆炎が咲いていた。ミサイルに当たってしまったのだ。

 シールドのおかげでダメージは無い。だが衝撃と爆風に吹っ飛ばされ、オルカは撃ち落とされた鳥のように落下する。

 しかし、すぐに持ち直し、穴に向かって飛翔を再開。

 再びゴーレムの群れまで急接近。彼我の距離を十数メートルほどまで狭めた。


 ――転瞬、眼前のゴーレムたちが一体残らず粉々になった。


 頑強そうなゴーレムの鋼鉄の肉体があっけなくグズグズになり、その赤い眼から光を失い、ボロボロと下界へと落ちていく。

 傍らには、ケルサックの飛行機。

 今のは彼の援護射撃だ。残ったなけなしの弾で、突破口を開いてくれたのだ。

 風防の中に見えるケルサックはこちらに気のいい笑みを見せて親指を立てると、飛行機を後方へ下がらせた。


 ――ありがとうございます。


 オルカは心の中で深く感謝する。

 そして、心おきなく直進した。

 黄金の残像を残しながら、天空を弾丸よろしく駆ける。

 そして、穴のすぐ近くに到達した。


 上へ反り返るような円弧軌道で上昇し、穴の中へと頭から入る。

 人間よりも大きなゴーレムを通すだけあって、穴の幅は広かった。内壁には下向きの矢印が模様のようにいくつも描かれており、それらが淡く発光している。

 ダイヤルを調整して出力を弱め、穴の中をなぞるように進む。それほど入り組んではおらず、操作は上昇のみでよかった。


 奥から大きな影が滑り落ちてきた――ゴーレム。


 考えるより早く、オルカは空いた右掌を突き出した。


「邪魔だっ!!」


 『冷擊掌(サイレントクラッシュ)四倍(ライジング:フォー)衝撃発射(シュート)――掌から撃ち出された力の塊を受けたゴーレムは無残に大破。

 降りかかる残骸や鉄片を払いながら、オルカはひたすら奥へ進む。

 罠かもしれない。行き止まりかもしれない。

 しかしオルカは上昇を続ける。罠だった場合の対処は、その時になってから考えればいい。

 雑念を捨て、ただただ奥に進んだ。


 ――やがて、周囲の場景が変化した。


 そこは大広間だった。

 程よい光量で発光する天井。珍妙な幾何学模様がツタのように走った内壁、床。

 間違いない。この内装は迷宮の中だ。球体の中に入れたんだ。

 自分が出てきた穴は、真下の床に空いている。


 オルカは天井にぶつかる前にスラスターを切ろうとしたが、自分が出てきた穴の周囲に集まる大勢のゴーレムを視認した瞬間、慌てて出力を強めて進路変更。ゴーレム達の真上を飛び、その場を高速で去った。

 退散してすぐに、後方から幾重もの爆発が追いかけてきた。飛んでくる多くのミサイルから必死で逃げる。

 大広間から伸びる通路の曲がり角を曲がり、なんとか事なきを得た。


 そのまま、オルカは迷宮内を風のように駆け抜ける。


「待ってて、マキちゃん……!!」 


 たった一つの宝物を探すために。

読んで下さった皆様、ありがとうございます!


最近寒さで外に出るのが苦痛になってきた件……

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