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第四章 英雄への一歩 ―5―

 翌日。


 未踏査迷宮の入口前には、多くの冒険者で賑わいを見せていた。皆それぞれパーティとして塊を作っており、それがいくつもあるため、上空から見たらマダラ模様にでも見えそうだ。


 どの冒険者もエフェクターを持つ手がそわそわとしている。これから入る未踏査迷宮に対する期待や不安を抱いているのだろう。


 だがその中に、緊張感に欠ける者が二名いた。


「うふふふ。オル君の腕、オル君の腕ー」

「あの、マキちゃん……そろそろ離れて欲しいんだけど……」


 オルカは自分の左腕に嬉々として抱きついているマキーナに対し、力なく笑いながら言う。


「ええー、なんでよぉ? オル君私と腕組むのヤなのぉ?」

「い、いや、別に嫌だってわけじゃないんだけど……」

「ヤじゃないならいいじゃないっ。えへへへ。オル君大好きぃ~~」


 マキーナは猫なで声を出しながら、一層強く自分の腕を抱きしめだした。しかも、今度は頬ずりというオマケ付きで。


 凄まじくいい匂いが鼻をくすぐり、オルカの頬が羞恥で朱に染まる。


 周囲の視線が痛い。


 でも、無理矢理引き剥がそうとは思えなかった。心の底では嬉しく思ってしまっているのだ。悲しき男の(さが)である。


 ――昨日からずっとこんな調子だった。


 岬で互いの気持ちを確かめ合った後、マキーナはずっと自分の体のいずこかを掴んだまま離れなかった。


 好きな娘と触れ合う事に対して幸せを感じていたのは事実だが、困った事もいくつかあった。


 その中の最たることが――彼女が自分の部屋までついて来てしまったことである。


 その上、マキーナは甘えるような表情と声色で「一緒に寝よ?」とまで言ってきたのだ。


 彼女との関係をゆっくりと深めていこうという保守的な考え方だったオルカは、そんな誘いにひどく驚き、そして丁重にお断りした。しかしマキーナは自分に抱きついて離れず、何度別々に寝るよう勧めても聞き入れてはくれなかった。なので仕方なく一緒に寝ることにした。


 極めつけには、同じベッドで同衾している最中「ねぇ……何もしないの?」と艶のある声で囁いてくる始末。オルカは高鳴る心音を必死に隠しながらひたすら狸寝入りを決め込み、朝までの時間をほとんど眠らずに過ごしてしまった。


 そして朝を迎え、食堂で朝食をとり、身支度を整えて大型石車に乗ってここへたどり着き、そして今に至るまでの間、ずっとマキーナはくっついて離れなかった(誤解の無いよう言うと、着替えの場所とお風呂だけはなんとか別々にできた)。


 マキーナはこちらの腕に甘えるように身を寄せながら「んふふー」と心地よさそうな声を喉から出すと、


「ねーえオル君」

「な、何かな、マキちゃん」

「子供は何人欲しい?」


 ぶっ!!!


 思わず吹き出すと、オルカは元々の肌の色が分からないほどに顔を真っ赤にし、


「ちょ、ちょっとマキちゃん!? いきなり何言い出すのかな!?」

「決まってるじゃない。将来結婚した時に作る子供の数のこと。ねぇねぇ何人欲しい? 言ってみてよ。オル君の子なら私何人だって産んであげるからぁ」

「ノーコメントでっ」

「ダーメ♪ さあ、何人?」

「うわああああぁぁぁぁぁぁーーーー!!」


 どう答えていいか分からず、オルカは苦悩の声を上げた。


 周囲から注がれる奇異の視線が、針となってチクチクと体に刺さる。だがそれ以上に、マキーナの期待に満ちた眼差しが焼け付くように痛い。


 お願いです誰か助けてください――割と本気でそう祈った時だった。 


「――ふんっ。いいご身分ね、まったく」


 そんな拗ねたような女の子の声が、横合いから飛んできた。


 目を向けると、そこには唇を尖らせ、細めた瞳でこちらを睨むシスカの姿があった。


「お、おはようシスカ」


 オルカは硬い笑みを浮かべ、やや緊張気味に挨拶した。


「…………おはよ」


 シスカはぷいっとそっぽを向きながらも、そう返してくれた。


 その様子を見て、オルカは内心ホッとする。昨日、話をしに行って本当によかった。


 昨晩、オルカは暴言を吐いたことを詫びるべく、シスカの元へ行った。


 目が合った瞬間、シスカが表情に嫌悪感を表す――前に、オルカは腰が折れんばかりに額衝き、全力で謝罪の言葉を叫んだ。


 そしてその上でマキーナと自分が、結婚を前提で交際を始めたことも次いで伝えた。


 あれだけ罵っておいて都合が良すぎる――そう非難されるのを覚悟していたつもりだった。だがシスカはえらく混乱こそしたものの、オルカと嬉しそうに手を繋ぐマキーナへ目をやると、いつも通りのツンとすました表情で「そんな幸せそうにフニャフニャしたお姉様見て、あたいが文句なんか言えるわけないじゃないっ。せいぜい頑張ることね、甲斐性なし」と言ってくれた。


 つまり何が言いたいかというと、シスカとはもう仲直りしているということだ。


 している……はずなのだが。


「シスカ、他の二人は?」

「パルカロとセザンならあっちで待ってるわ。パルカロ曰く「俺たちに出歯亀の趣味はない。迷宮に入るまでの間は二人でいちゃつきなよ」だそうよっ」


 どういうわけか、自分に注がれるシスカの視線はえらく冷たい。


 いや、侮蔑や嫌悪感を見せているわけではない。なんというか、どこかふてくされたような感情が見て取れる気がするのだ。そしてその視線は、マキーナが甘甘にすがりつく自分の腕に集中照射されていた。


 ……もしかして、ヤキモチ?


 彼女はマキーナのことをいたく慕っている。そんな女性が違う人の、それも男に猫よろしく甘えているのだ。シスカが抱く憧れがどういう類のものかはよく分からないが、憧れの人のそんな姿を見たらあまりいい気はしないはずだ。


 しかし、昨日の諍いを引きずって険悪な雰囲気を放つよりもずっと良いことなのは間違いないのだ。なのでここは、シスカが発するであろうお小言を甘んじて受けようと思った。


 ちなみに、パルカロとセザンもシスカ同様、自分とマキーナが交際し始めた事を知っている……というより、オルカの部屋に朝までいたという事実から容易に察したらしい。今朝顔を合わせた時、「で、どうなの? ヤっちゃったのかい?」と耳打ちしてきたパルカロに対し、リンゴのように顔を紅潮させながら全否定したのは記憶に新しい。


「それより……オルカ、あんた昨日お姉様と一緒に寝たらしいけど、いかがわしいコトはしてないでしょうね?」

「し、してません。神に誓います」


 パルカロといい、シスカといい、どうしてそんなことばっかり訊いてくるのか。


「そうよ! あれだけ誘ったのにどうして何もしてくれなかったのっ? オル君になら襲われてもよかったのに!」

「論点が微妙にズレてるよマキちゃん……」


 色々言いたいことはあったが面倒だったので、オルカはその一言だけでお茶を濁した。


 マキーナの発言の内容が内容だったので、シスカは微かの間こちらを射殺さんばかりに睨んだが、すぐにその剣呑な眼光は、同情するようなソレへと変わった。


 うん。言いたいことはわかる。


 あれだけ凛然なゴールドクラスの凄腕冒険者が、すっかり残念な子になっているのだ。「お前はこの先苦労するぞ」とでも言いたいのかも。


 あの子供じみた振る舞いはオルカの前だけでするものだと、最初は思っていた。


 だが酒に酔った時は、普段は落ち着いた態度で接する相手であるはずのシスカに対しても、オルカの時と同じく駄々っ子のように接していた。


 酔うと本性が出るものだ。そしてそこをよく考えると、違う考え方が見えてきた気がした。


 これが、マキーナの素なのかもしれない――オルカはそう仮説を立てたのだ。


 昨晩、オルカはベッドの中でマキーナの過去の話をたくさん聞いた。

 

 楽しい話もあったが、辛い話も少なからずあった。


 義理の姉たちから受けたイジメのこと。

 貴族として、礼儀作法やその他の教養を無理矢理教え込まれたこと。

 自分を引き取ってくれた義理の両親に感謝の気持ちを抱きながらも、なかなか他人意識が抜けきらなかったこと。


 マキーナには、心を許せる相手が一人もいなかった。法律上では新しい家族だが、マキーナにはどうしても「他人の家に居候している」という感じが否めなかったのだ。


 誰かに甘えることが許されない環境が、本来の自分を抑圧し、凛としていて礼儀正しい外面(そとづら)を作り上げたのかもしれない。そうする必要に駆られたのだ。


 でもここにいるのは、そうじゃないマキーナだ。甘えて、拗ねて、執念深くて、駄々をこねて、わがままも言う。同じ貴族の者から見れば欠点だらけと鼻を鳴らされそうな本当のマキーナが、今、自分の腕の中にいる。


 確かに時々答えに困ることも口にしてくるが、オルカは自分が苦労するなんて微塵も思えなかった。


 だって、今のこのマキーナが、なんだかんだで大好きだからだ。


 彼女のおかげで、自分を許した上で強くなる道を選べたのだから。


 感謝の気持ちと愛おしさが不意に心の底からわいてきたオルカは、抱きつかれていないもう片方の手でマキーナの頭を優しく撫でた。彼女は「やんっ」とくすぐったそうに笑う。


 そんなこそばゆく、官能的な反応を示したマキーナを見て、胸が高鳴った。人前でいちゃつくのをはばかっていたはずなのに、キスをしたい衝動に強く駆られ、その赴くまま顔を近づけようとした。


 だが不意に殺気のようなものを感じ、硬直した。勢いよく顔を向けると、そこにはジト目でこちらを見つめるシスカ。


「あ、あの……どうしたの?」


 そう愛想笑いで問いかけると、シスカはカツカツと靴を鳴らしてこちらへ近づいてきた。


 薄手のジャケットの襟元を掴み、オルカの顔をぐいっと引き寄せると、


「いいこと? お姉様とお付き合いするなら半端は無し。全身全霊をもって幸せにする義務があんたにはあるのよ。もし遊びだったり、また泣かせるようなことをやらかしたりしたら、あたいが地の果てまで追いかけて『アンチマテリアル』でブツ切りにするから。おーけー?」


 シスカは凄みのある形相となりながら、ドスの効いた声でそう言った。


 冗談には聞こえなかったため、オルカは圧されて「お、おーけー」と口走ってしまう。


「よろしい――んっ?」


 シスカはオルカのジャケットを掴んだまま、その胸元に視線を移して凝視した。どうしたのだろうか。


「あんた、これ「簡易バッチ」じゃない? 前のバッチはいったいどうしたのよ」


 ――そこを突っ込んできたか。 


 本来、アイアンクラスであるオルカの片胸には、輝きの無い灰色のバッチが付いているはずだった。しかし今のオルカのバッチは灰色ではなく、まるでまっさらなキャンパスのような――白。


 これは「簡易バッチ」と呼ばれるものだ。


 冒険者の証たる、火を抽象化したデザインのバッチ。冒険者としての身分証明であり、これを所持していない者が迷宮(アンダーエリア)に入ると、迷宮法に基づいて罰金刑が課せられてしまう。あまりに悪質で常習的な場合は、短期ながら投獄もあり得るそうだ。

 だがその冒険者バッチが紛失、または破損してしまった場合、バッチ裏に刻印されたIDを冒険者協会に告げて、再発行してもらう必要がある。そのため、IDのメモを取った紙を常備していることが、冒険者の間では食事でスプーンやフォークを使うレベルの常識である。


 しかしバッチの再発行には、結構な時間がかかるのだ。

 まず、バッチ再発行依頼を受けた冒険者協会支部が、王都にある本部へと「遠方通信装置」を使い、依頼を受けた事と、その依頼者のIDを同時に通達する。本部はそのIDを照会して依頼者のランクを調べ、その上でバッチを新しく作った後、運送業者に委託して石車で発送。そしてその支部へ新品のバッチが届いたら、それを依頼者が依頼料を払った上で受け取る。

 これが再発行の大まかな段取りだ。

 しかしこれだと、本部がある王都からの距離次第では、新しいバッチを受け取るまで随分待たされてしまうこととなる。そして冒険者は、そのバッチ無し期間内でも食い扶持を稼がなければいけないのだ。

 

 なので冒険者協会支部は、再発行依頼者にまずこの「簡易バッチ」を貸し出す。


 簡易バッチとは、新しいバッチを受け取るまでの間に用いる仮のバッチである。

 この真っ白なバッチでも迷宮へ入ることが可能なので、再発行が終わるまでの期間内でも収入を得ることができるのだ。

 しかし所詮は仮のバッチ。その権限は実質アイアンクラスと同等と最低である。なのでいくらランクの高い冒険者でも、簡易バッチをつけている間は、ランク制限のされた迷宮に入ることが叶わなくなってしまう。


 そんな簡易バッチをオルカがつけている理由はひとえに、「伏魔殿」に入るという昨日の愚行にあった。


 その時、オルカはバッチの色を誤魔化すために、自身のバッチの色を金色に染め上げた。これは本来やってはいけない事であり、冒険者協会に知れたらバッチ剥奪レベルの処分を受ける違反内容である。


 塗料を剥がそうと試みたが、色ムラが表れないよう念入りに塗りたくったせいか、どうしても金色を落としきれなかった。


 なのでオルカはバッチを紛失した事にし、冒険者協会アンディーラ支部に再発行依頼を出した。「承りました」とスマイルで頷いてくれた職員のお姉さんを見て、オルカは罪悪感を感じた。


 前のバッチはもちろん失くしてなどおらず、部屋に置いてある鞄の中に厳重に隠してある。そして未踏査迷宮の調査が終わった後も、再発行が終わるまでの間、このアンディーラに残るつもりだ。


 バッチを染めた事、そしてそのバッチで違法に「伏魔殿」に入った事は、当事者である自分とマキーナしか知らない。


 そして、他の者にはそれらの事を内緒にしておく必要があった。


 ゆえにオルカは、この時のために前もって考えていた言い訳をそのまま口から出した。


「えっと、その……失くしちゃって」


 それを聞いたシスカは訝しげな表情で、


「失くしたぁ? どこでよ?」

「分からないんだ。気がついてたら胸から無くなってて……一応探したんだけど、見つからなかった」


 オルカは「じゃあその場所で探すの手伝うわよ」と言われる可能性を潰すため、具体的な場所をぼかしてそう説明をした。


 シスカは呆れが礼に来るといった調子で言う。


「まったく、そんなんじゃ先が思いやられるわね。しっかりしなさいよ」


 オルカは自分の嘘を信じてくれたことに心中で安堵する一方、騙しているという事実にチクリと胸が痛んだ。


「あ、皆さーん、お揃いでー!!」


 その時、大勢のガヤの中から、そんな声が突出して響いてきた。


 声のした方に振り向くと、冒険者たちの人壁をかき分けながら、一人の人物がこちらへ近づいてきていた。


 まばゆい金髪に、貴公子然とした端正なルックス。しかしその容貌からは貴族特有の上品さと同時に、多くの人の心を否応なしに開かせることができそうな、人好きする雰囲気が感じられる。


 スターマン・レッグルヴェルゼだった。


 やがてこちらまで到着すると、姿勢をビシッと正しつつ、


「御三方、おはようございます。今日もよく来てくださいました」

「は、はい。おはようございます、レッグル……じゃなかった。スターマンさん」

「はいっ」


 オルカが呼び方を直しつつ挨拶を返すと、スターマンは嬉しそうに相好を崩し、そう返事をした。


 やっぱりこの人はいい人だ、そう思った。レッグルヴェルゼ家でのスターマンの冷遇、そしてクラムデリア家でのマキーナの苦労話を聞き、オルカは貴族という人種にいい感情を抱けなくなりかけていた。だがこの人と話すと、「貴族はみんな~」という一括りにする考え方を抱くのを予防できそうだ。


 マキーナ、シスカも「おはようございます、ミスター・レッグルヴェルゼ」「どうも、おはようございます」と相槌を打った。


「はい。今日もよろしくお願いします…………んっ?」


 スターマンはそこで言葉を止めると、不意にある一点を注視した。


 その一点は、オルカの片腕に抱きつくマキーナだった。


 ほんの少しの間、面食らったような顔をするが、やがてそれは何かを察したような笑みに変わった。


「もしや、あなた方は……」


 そこまでスターマンが口にすると、マキーナが抱きつく力をさらに強くしながら、笑顔満点で答えた。


「えへへ。旦那様ですわ」

「いや、まだ結婚してないでしょマキちゃん」

「でも、いつかはしてくれるんだよね?」


 無垢な子供のように笑うマキーナの問いに、オルカは多少照れながら「……うん」と小さく答えた。


 瞬間、シスカが自分の脛をドカドカ蹴りつけてきた。


「ちょっ、痛いよ、何で蹴るのさっ?」

「なんかムカついたからよ」


 理不尽だと思った。


 そんなやり取りをする自分たち三人を見て、スターマンが可笑しそうに吹き出した。


「あはははっ…………! でも、いいと思います。今時は貴族の娘が行きずりの冒険者と恋に落ちて家を出た、みたいな話も少なくないですからね。困難はあるでしょうけど、僕は祝福しますよ」

「……ありがとうございます」


 オルカはそう感謝を告げる。平民と貴族がくっつくと聞いたら多少なりとも難色を示されると思っていたが、そんなことはなく、むしろ祝福された。そのことが素直に嬉しかったのだ。


 そしてスターマンは再度自分たち三人を見渡すと、もじもじと両手の指同士を絡ませながら恥ずかしそうに訊いてきた。


「その……御三方。あと十数分ほどしたら、二回目の迷宮探索が始まるわけですが…………その……厚かましいお願いではありますが……また一回目の時のような面白い遺物が見つかったら……えっと……つまり、その」


 彼のその仕草を見て、言いたいことが容易に理解できてしまい、自分たち三人は思わずクスリと笑みをこぼした。


 そして、マキーナが代表して三人の総意を口にした。


「分かりましたわ。また何か見つかりましたら、お貸しします」


 スターマンは暗雲から快晴になるかのように表情を輝かせ、両手を握り合わせながら言った。


「あ、ありがとうございます!! 僕はこの上なく幸せ者です!!」


 彼は「それではっ」と元気よく一言告げると、元来た方向へ戻っていった。その足はスキップ気味だった。


 そんなスターマンを、自分たち三人は和やかに見送った。




 そして彼の言うとおり、十数分後――二回目の調査が始まった。











 それから冒険者たちは迷宮に入ったわけだが、彼らの行動パターンは主に二通りに分かれた。

 一つは、一階層に残って、取り残された宝がないかをしらみつぶしに探す営利重視パターン。

 もう一つは、一回目の調査で見つけた『階層間移動装置』を使い、二階層へと進む攻略重視パターン。


 オルカとマキーナのパーティは、後者を選んだ。


 二階層へ降りるべく、オルカたち五人と他の冒険者は『階層間移動装置』を使った。

 自分も使ったことがあるが、やはりというべきか、その装置による移動方法は異様なものだった。

 短い円柱状の台座の上にあるボタンを押す。すると、その広く円い部屋の中央辺りの床がぐにょぐにょと水あめ状になって盛り上がる。そしてそれがかまくらのような半球状の「乗り場」に形を変えるのだ。

 その「乗り場」は、その円い部屋にいる冒険者全員が余裕で入れるほどの広さを誇っていた。

 全員がその中へ入った途端、入口が閉じられ、浮遊感が唐突に訪れる。浮遊感は一~二秒経つと収まり、その瞬間、冒険者たちを覆っていた「乗り場」が再び水あめ状になり、時間を巻き戻すような過程で床へ引っ込んだのだ。


 そして気がつくと、視界いっぱいに見たことのない内装が広がっていた――二階層に到達したのだ。


 目に痛くない適度な光量で発光している天井は一階層と一緒だが、内壁は水色で、その表面に走る幾何学模様のパターンも違っていた。


 オルカたちはその空間をひたすら進んだ。

 その途中、まるで自分たちを進ませないとばかりにゴーレムが現れ、襲いかかってきた。

 内壁の色は水中を意識して決めたのだという古代人の考えが読めそうだった。なにせゴーレムのほとんどは、水生生物をモチーフにしたタイプだったのだから。

 その中で一番厄介だったのは、(アジ)を象った小型のゴーレムだった。空中を浮遊するタイプで、敵を見つけると矢よろしく突っ込んで来て、体当たりと同時に自爆するミサイルのような奴である。攻撃方法は捨て身だが数が非常に多く、向こう側の景色が見えなくなるほどの群れで押し寄せてくる。まともに相手をしていたら全身を無数の爆発が雪崩のように襲い、シールドエネルギーがあっという間に0となり、中身も黒焦げにされるだろう。マキーナでも難儀する数の暴力だった。

 そこで活躍したのがセザンとパルカロである。セザンのエフェクター『コンバットシールド』による巨大バリアで通路を塞ぎ、大多数のアジをせき止めて一斉に爆発させる。群れの中で数匹がセザンのバリアを飛び越えて急降下してくるが、それをパルカロが得意の早撃ちで全匹撃墜。的が小さいにもかかわらず、当て損じを一度も出す事なく、まるで針穴に糸を通すような精緻な銃撃を鼻歌まじりに連ねてのける彼の技巧に、オルカはひたすら舌を巻いた。


 そうしてゴーレムを倒しながら順調に進行していき、

 

「ハィヤッ!!」


 マキーナが濃硫酸を吐き出してくるフグ型ゴーレムを一刀両断したところで、ようやくゴーレムの流れが収まった。


 アルネタイトレーダーで、周囲にゴーレムの反応が無いことを確認すると、冒険者全員がアルネタイト回収を始める。


「あんまりやっつけられなかったなぁ……」


 自分の拾い分の少なさに、オルカは思わずそうこぼした。倒した回数が少なかったのだから当たり前といえる。


 ちなみに、マキーナのアルネタイトの数はかなり多かった。それも、ほとんど大きめだ。


 思ってはいたが、やはり自分はまだまだなのだと改めて実感する。


 そんな自分の頭を、マキーナは優しく撫でながら、


「大丈夫よオル君。誰だって初めはこんなものよ。オル君ならすぐにいっぱい採れるようになるわ」

「……ありがと、マキちゃん」


 オルカはそう笑って見せる。それは無理矢理浮かべた笑みではない。


 即興で強くなる方法など無いということを、自分は「伏魔殿」で学んだばかりだ。


 これからは焦らない。塵を積んで山へと変えるように着実に強さを磨き、クリスタルクラスを目指そう。


「あ、そうだ! こうなったら私が先にクリスタルクラスになっちゃおうかな。それでささっと結婚しよ? 私がオル君のこと養ってあげるから」


 さも名案だとばかりにそう言うマキーナに、オルカは間伐入れずに「勘弁してください!」と突っ込んだ。それでは自分がクリスタルクラスを目指す理由が潰れてしまう。なにより、ヒモなんて嫌だ。


 そんな自分たちのやりとりを見ていた他の冒険者が笑いをこらえていた。うわ、恥ずかしい。


 だが、そんな彼らを視界に確認して、ふとある事に気づいた。


「あれ、そういえば今更だけど……人数が随分少ないような……」


 そうなのである。


 自分とマキーナのパーティを合わせた五人を除くと、その他の冒険者の数は、ざっと目算しても十人弱しか見当たらなかった。


 この迷宮の探索に来た冒険者の数は随分多かったはず。なのにどうしてここまで頼りない人数なのか。


 その理由は、シスカが説明してくれた。

 それは――一階層にてラージゴーレムが出たという情報が、冒険者たちに知れ渡ったからだそうだ。


 実は、ラージゴーレムが一階層目で早々現れることは、あまり無いのだ。出てくるにしても、その迷宮の三階層目辺りになってようやく姿を現すものである。

 そして、一階層目でいきなり姿を現すパターンだった場合――次の階層でも必ずと言ってもいいほどの確率でラージゴーレムが現れるらしい。それも、一階層で出た個体よりも強力な個体が。


 二段構えに登場する理由は、古代人にとって重要なものを守るためのセキュリティであるという説が有力だ。ゆえに、そんな二階層という虎穴に入れば、それなりに上等な虎子(たから)を得られる確率が高いのだ。

 だが、やはり危険なことには変わりない。そんな大博打に身を投じるくらいなら、宝が見つかるか分からないが比較的安全な狩りに興じた方がいい。良く言えば堅実、意地悪に言えば臆病な選択肢を、多くの者が選んだのだ。


 そんな彼らをシスカは「根性の無い奴らよね」と辛辣に評した。対してマキーナが「でも、命は大切にしないとダメだし」と苦笑混じりにフォローする。


 オルカは身内(?)贔屓かもしれないが、マキーナの意見に心の中で肩入れした。安全圏に留まる事を選んだ冒険者たちの気持ちが分かるような気がしたからだ。

 ラージゴーレムの恐ろしさは、実際に戦って骨身にしみている。単独で勝てたのは奇跡のようなものだ。できればもう二度と、一人で戦うなんて無謀極まる真似はしたくない。

 そして、この先に現れるというラージゴーレムは、それよりも強いというのだ。怖い気持ちは拭いきれなかった。


 そこで――自分の片手が、マキーナの手にギュッと握られる。


 彼女はこちらをジッと見つめ、自分の大好きな笑顔を咲かせて言った。


「平気。大丈夫。オル君は私が守るもん。私も死ぬつもりはない。式を挙げるまで、どっちか片方でも欠けちゃダメなんだからね」


 自分の手は『ライジングストライカー』に包まれているにもかかわらず、なぜか彼女の手の柔らかさとぬくもりを明確に感じとれた。


 オルカも手を握り返す。


 そうだ。何を恐れることがある? もう自分は一人じゃない。この娘が一緒なんだ。この娘と一緒なら、きっと大丈夫だ。


 感極まったオルカは、思わずマキーナを抱き寄せた。


 「オ、オル君っ?」という上ずった声に構わず、思いの丈をぶつけた。


「ボクも……ボクもマキちゃんを守るから。それでもって、ボクも絶対に死なない。約束するよ。愛してる、マキちゃん」


 もう絶対に離さないとばかりに抱きしめる力を強くする。貪るように首筋へ顔を突っ込み、甘酸っぱい彼女の匂いを確かめる。シールド装置に匂いを遮断する機能がなくてよかった。


 大好きな女性の匂いに、オルカは麻薬のように溺れていた。


 マキーナは抵抗しない。むしろもっとして欲しいとばかりに強く抱き返してくる。


 そうして熱烈な抱擁を続けていると、不意に「あ、あのー……」というパルカロの声が耳に入ってきた。


 ――パルカロ?


 声のした方を振り返る。


 見ると、こちらを凝視しながら顔を思いきり赤熱させたシスカ、呆れた様子だが一方で微笑ましげに頬を緩めるパルカロ、相変わらず無表情のセザン、そして目に毒とばかりにそっぽを向いているその他大勢の冒険者の姿が瞳に映った。


 ……それを確認したことで、オルカはようやく我に返り、そして自分のバカさ加減に頭を抱えて絶叫したくなった。


 なんということだ。相手に夢中になるあまり周囲を頓着しなくなるという、恋愛初期の悪い面が完全に出ていた。これではマキーナの事をとやかく言えなくなってしまう。自分も立派な色ボケだ。


 突き飛ばさないようにゆっくり離れようとしたが、その前にマキーナがこちらのうなじに両腕を回してきた。


「ねぇ……もう我慢できないよぉ。今度はチュー、しよ?」


 そう懇願してくる彼女の目は、まるで熱に浮かされたようにとろんとしていた。頬もほんのりと紅い。

 

「だ、ダメだよマキちゃん! こんなくっついてたらゴーレムが出てきた時に何もできずに襲われちゃうよ!」


 そんなマキーナの表情に色気を感じながらも、オルカは一般論を振りかざして必死に説得にかかった。


 突如、彼女の後ろの壁に穴が開き、そこからゴーレムが出てきた――瞬間、真っ二つになった。


 見ると、マキーナの右腕は外側へ振り抜かれており、その手にはいつの間に抜いたのか『ファントムエッジ』がしっかり握られていた。斬撃のコピーを作り出して攻撃したのだろう。


「ふっふーん、お姉ちゃんに抜かりはないのですよ」


 ニンマリと笑いながら、マキーナは得意げに言ったのであった。











 そんなほっこりした時間も過ぎ、一行はさらに奥へ進む。


 ゴーレムの出現頻度が少し増したが、それでも順調に倒し進めていき、しばらくすると、


「ねえ、これ見て!」


 先頭に出たシスカが十メートルほど先で、手を振りながらそう呼びかけてきた。


 それに応じ、オルカとマキーナを含む他の冒険者たちが広い一本道を駆け、シスカのいる位置まで到着した。


 彼女が手で示した所へ目を向ける。


 幾何学模様がツタのように張る水色の壁面の一箇所に、綺麗な円形の穴が大きくぽっかりと空いていた。

 その中は真っ暗だが、穴の上の壁面には矢印のようなマークが描かれている。矢印は下を向いて穴を指し示しており、まるで「これはただの穴じゃない」と強調しているように見えなくもなかった。

 そして、その穴にはやはり見覚えがあった。


「『脱出口(イグジット)』……」セザンが静かにそうこぼした。


 この穴は『脱出口』という、迷宮内に設けられた設備の一つだ。人間二人分ほどのスペースがあり、中に入ると自動的に稼働し、入った者を数秒で迷宮の外へ出してくれる。地上への移動中に浮遊感が生じるため、使い心地は『階層間移動装置』に似ている。

 これは特に決まった階層にあるわけではない。ランダムな階に設けられている。緊急時に古代人が逃げ出すための非常口であるという説があるが、「非常口ならランダムな階層なんてケチくさいことは言わずに全階層に配備されているはずである」という反論から、その説の力はあまり強くはないらしい。

 また、『脱出口』を使ってゴーレムを地上へ送ってみよう、という研究が試みられたことがあったが、それは出来なかったという。彼らは地下の守護者でなければならないという、古代人の意思の現れなのかもしれない。


 これがあることは素直に嬉しい。危なくなったらここから脱出すればいいのだから。

 オルカは周囲を見回し、いざという時のためにこの『脱出口』がある場所の風景をしっかり覚えておく。他の冒険者も自分と同じような挙動をしていた。


 それが終わると、今いる一本道のさらに向こうを目指して再び歩き出した。


 似たりよったりな景色ばかりで眠くなりそうだったが、『脱出口』という違う景色を目に映したことで、惰性を感じかけていた脳が幾ばくか活性化した。


 要所要所でゴーレムの有無に気を配ることを忘れぬことを前提に、行進を続ける。


 そして――


「……行き止まり?」


 十数メートル先に有る事実に、素朴な感想を呟いたオルカ。


 そう。奥には真っ白な壁があるだけ。

 だがさらに近づくと、すぐに行き止まりなどでは無い事に気づく。

 その壁の真ん中には綺麗な縦線の溝があった。

 そして、五メートルほどの間隔まで距離を詰めるとその壁――自動扉は、真ん中の溝から左右に引っ込むようにして分かたれ、その向こうの風景を露わにした。


 だが、ここからでは部屋の全容がうまく見渡せなかった。


 やや駆け足で、その扉の向こうへと足を踏み入れる冒険者一行。それによって、ようやく部屋の全体像がはっきりとした。


 この迷宮で見てきた中で、最も広大な正方形状の空間だった。扉から幅約五〇メートルの通路が、真っ直ぐ一〇〇メートルほど先まで長大に続いている。しかしその通路は途中、水路の存在によって途切れていた。

 周囲を見回すと、馬蹄のような形の水路が、長大な通路を又の間に収める位置関係で伸びていた。足場の真下から「サラサラサラ……」と水が循環する心地よい音が聞こえる。どうやら、この通路の下にも水の通り道があるようだ。

 そして、通路と水路の姿を照らして見せている天井の光は、今まで通った迷宮のどの通路の光よりも神々しかった。


「天国みたいな場所ね」


 そんなマキーナがもらした感想に、オルカも同意した。


 天井から差し込む光はさながら陽光のようだ。水路を流れる水も全く濁りがなく、潜らなくとも幾何学模様の走った底がはっきりと見ることができる。まるで聖域のような侵すべからざる神聖さを感じた。


 そんな心地よい情景にほだされたのか、冒険者たちから緊張が緩んだ――時だった。




 真後ろの扉が――一気に閉じたのだ。




 全員が一斉にそちらを振り向き、そして駆け寄った。


 しかしこちらが近づいても、その扉は全く開かず、固く閉ざされたままだった。


 ある者は必死に扉を叩き、またある者は爆発物系エフェクターなどで破壊を試みるが、扉は全く有様を変えることなく壁を演じ続けている。


 ――閉じ込められた。


 オルカはその時、すぐに理解した。否、よほど愚鈍な者でない限り、この状況が何を意味しているのか想像に難くないだろう。


 『脱出口』があると思って完全に油断していた。もっと気を配るべきだったんだ。

 これは罠だ。

 この美しい空間は、ボクたち侵入者をおびき出し、そして一網打尽にするための餌だったんだ。

 まるでウツボカズラが芳しい香りを発して羽虫をおびき寄せ、捕食するように。




 ラージゴーレムが、来る――――!!




 転瞬、まるで「その通りだ」と言わんばかりにソレは起こった。


 通路の行き止まりから先に敷かれた水路の水が――大きく膨張し始めた。

 

 普通、水は陸地より高く盛り上がると引力によって溢れ出すものだが、そうはなっておらず、徐々に、徐々に高く膨れ上がっていく。


 その水塊は全長二十メートルほどにまで達すると、膨張をやめ、まるで粘土遊びでもするかのようにその形を支離滅裂に変えていく。


 やがて取るべき形が決まったのか、固定されたその姿は、半身のみの人型。


 そして、その頭部にあたる部位の中心深くには、眼球をモチーフにしたオブジェのような鋼鉄の球体がとどまっていた。


 今、目の前に現れた存在を言葉少なに表現するなら――水の巨人の上半身。


 水でできた体の奥にある巨大な眼球が、自分たちの姿を見て妖しい光を発していた。


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


ようやく更新できました……

前回は四章はあと一〜二話で終わりと言いましたが、どうやらこの話を含めてあと三話ほどかかってしまいそうです、面目無いです(-_-)


でもラストシナリオはもう目前!

やや不評だった今作ですが、ここまで来たらもう脇目も振らず、完結目指して突き進んでいくつもりです( ͡° ͜ʖ ͡°)

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