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第一章 冒険者 —1—

 迷宮都市アンディーラとは、パライト村から100キロほど離れた場所にある大きな町だ。


 「迷宮都市」という呼称は、多くの迷宮(アンダーエリア)が存在する町に与えられるものである。


 その名に違わず、アンディーラには町のあちこちに迷宮があり、そこに出現するゴーレムの戦闘力も比較的高いので、大きめのアルネタイトがたくさん採れる。そのため、冒険者の活動も活発だという。


 活発なのは冒険者だけではない。エフェクターやその他の機械を作る技術者もだ。


 たくさんの迷宮がある分、出現するゴーレムのバリエーションも豊富である。そのため、それらのゴーレムの体内から色々な部品を集められる。技術者たちは採れる部品のバリエーションの豊かさだけ、あらゆる種類の機械を作ることができる。年に一度、町中の技術者同士が腕を競い合うコンテストまで開くほどだ。

 

 そんな場所で――また新たに迷宮が発見された。


 そして、その迷宮の調査依頼を受けたオルカ・ホロンコーンは、一ヶ月後――そのアンディーラへとやって来た。


「――あの、ありがとうございます」


 車両の片側の座席から降りたオルカは、運転席に座る恰幅のいい中年男性に深々と頭を下げた。


 男性は人の良さそうな笑みを浮かべて親指を立て、


「なぁに、いいってコトよ。旅は道連れ世は情け、ってな。それよりオメェさん、冒険者なんだよな? いやー、まだ若いのに感心感心。あんな鉄のバケモンと殴り合うなんざ、おじちゃんじゃおっかなくて無理だかんなぁ」

「い、いや、ボクなんてまだまだですって。ランクは一番下のアイアンですし」


 オルカは胸に付いたソレを一瞥して、そう謙遜して返す。


 ――火を抽象化したデザインの、灰色のバッチ。


 これは、冒険者であることを示す「冒険者バッチ」だ。

 オルカは男性に冒険者であることは言っていない。冒険者だと分かったのは、胸に付いたそのバッチを見たからだろう。

 

「そういや冒険者って、そのバッチの色でランク分けされてるんだっけか?」

「あ、はい。そうなんですよ」


 オルカは首肯する。

 冒険者のランクは「クリスタル」「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」「アイアン」の五段階だ。

 これは実力を測る物差しであり、そして身分証明である。調査の結果危険だと判断された迷宮には、特定のランク以外入れない事がたまにあるのだ。

 ちなみに自分は最下位のアイアンクラスである。それを裏付ける形で、自分の冒険者バッチは輝きの無い灰色。 

 ランクが昇格するたびにバッチの輝きは増していき、最後にはクリスタルクラスの証である、透き通る水晶のバッチが渡される。だが、そこまで到れる者はごく一握りだ。もしなることができたなら、その人物は国のお抱え的立場となり、一生の安泰を約束される。


「ま、頑張れよ、ボウズ! おじちゃん応援してっからな」


 男性はそう言い残すと、再び車を走らせ、後ろに連結した荷台とともに離れていく。


 大きな車体は徐々に小さくなっていき、やがて見えなくなった。


 ――この世界には『石車(せきしゃ)』と呼ばれる乗り物が普及している。 


 大昔では馬に車を引かせる「馬車」なるものが存在したが、すぐに廃れ、伝統を重んじる一部の貴族以外は全く使わなくなった。


 理由は簡単。アルネタイトを動力とする機械の登場である。


 車は機械化され、より速い速度と持久力、応用性に富んだものとなった。「(アルネタイト)の力で走る車」だから「石車」というネーミングである。


 この石車は現在、物流、運送、工業など、あらゆる用途に利用されている。


 オルカは先ほどの男性に再度心の中で感謝すると、振り返り、やって来た街を広く見渡した。

 

 雄大な山脈を背景にしたその大きな町には、大小様々な建造物が林立している。それに比例するように道行く人々の数も多い。背の低い建物や家がポツリポツリとある程度だったパライト村にずっと住んでいたオルカの目には、その町の光景がとても新鮮なものに映った。


 自分の遠く真後ろの断崖絶壁には、茜色の夕日を反射する群青の大海原が広がっており、飛び交う海鳥たちの鳴き声が時々聞こえてくる。


 ここに来るまでの長い道のりを思い出し、オルカは少しばかりホロリとした。


 この国――オブデシアン王国内には「旅客輸送車」という、町から町へ乗客を運ぶ公共の石車が通っている。これに乗れば他の町へ楽に移動することができた。


 だがオルカは、それを使う事が出来なかった。


 お金がなかったためである。


 片道一、二回分の運賃なら持っていたが、パライト村からアンディーラまではかなりの距離があり、一回二回の乗り換えではすまなかったのだ。


 そのため、アンディーラの方向へ進む石車に可能な範囲まで乗せてもらい、それを何度も繰り返してここまで来た。


 何度か手酷く拒否されて落ち込んだが、親切に乗せていってくれた人も少なからずいた。先ほどの男性もその一人である。


 そう。自分がこの街へ遠路はるばる来れたのは、そういった優しい人たちの助力があってこそだった。


 世の中、そう悪い人ばかりではない。そう思わせてくれる素敵な体験だと思った。


 気を取り直し、オルカは町中へと歩き出した。


 建物の間の細道へ入り、しばらく歩くと大通りの端へと出た。


 小奇麗な灰色の煉瓦が敷き詰められた幅広い道路を、見たこともないほど大勢の人々が通行していた。


 その道の中央辺りを荷物運搬用の小型石車などが左右行き交い、両端には多くの店が軒を連ね、精力的に商いに勤しんでいる。


「わぁ……!」


 オルカは我知らず感嘆の声を漏らす。思いっきり田舎者丸出しの反応だったかもしれない。


 見ると、道行く人々の中には、冒険者バッチを付けている者がいた。それも一人二人ではない。少し見回せば苦労なく見つかる。


 冒険者の活動が盛んだという情報は、嘘ではなかったようだ。


 同じアイアンのバッチもいたが、自分より一つ上のブロンズクラスの者も多い。中には、なかなかお目にかかれないシルバークラスまでいた。

 

 ランクを昇格させるには、冒険者協会が定めたテストメニューを通過しなければならない。自分はまだ受けたことがないが、彼らはそんな厳しいテストを通過した者たちなのだ。


 そんな彼らを見て、一瞬、自分がひどく場違いな存在のように思ってしまった。


 だが、自分だってそれなりの準備をしてきたつもりだ。


 オルカは鞄をまさぐって「ある物」を取り出した。


 片手に収まるほどの大きさのソレは円盤状の形をしており、表面には中心に点が一つ付いた丸い画面がはめ込まれている。今は真っ暗だ。


 これは『アルネタイトレーダー』だ。

 周囲に存在するアルネタイトのエネルギー反応を感知し、その現在位置を画面に映し出す機械。

 これによって、ゴーレムがいる位置を前もって知る事ができる。

 冒険者が使うエフェクターやシールド装置にもアルネタイトは使用されているが、人間の使う加工アルネタイトの発するエネルギーは、加工前のとは質が違う。そのため、ゴーレムのアルネタイトの反応と間違えることなく、明確に区別できる。


 ちなみにお金があまりなかったのは、これを買ったせいだ。


 「蟻塚」で稼げる額はあまり多くない。なので稼いだお金を旅客輸送車の運賃に当てようか、レーダーを買うお金に当てようかをマジで悩んだが、最終的には交通よりも迷宮探索の方にお金をかけようと思った。これから向かう所は、何が起こるか分からない未知の迷宮。できる限りの準備はしておこうと考えたゆえの投資だった。


 それだけの気合を入れてここに来たわけだが、まずはやるべき事が一つあった。


 それは――宿泊施設を見つけることだ。









 ◇◇◇◇◇◇









 冒険者協会アンディーラ支部は、パライト村のそれと比べて大きな建物であった。


 オルカはそこの受付にて、依頼受諾名簿に名前が載っている事の確認をされると、事務的な口調で、用意された宿の場所を教えられた。


 「遠方通信装置」という、遠く離れた者とも連絡を取れる機械がある。貴族などの一部の金持ちくらいしか手の出せない超高級品だが、冒険者協会支部、本部には職務のために必ず設置されている。

 未踏査迷宮の調査依頼は、あらゆる町の支部で志願者が出る。各支部は「遠方通信装置」を使って、その者の情報を冒険者協会本部に通達し、書類にまとめるのである。

 オルカの名前も、その中に無事記録されていた。

  

 オルカは協会を出て、町中を歩く。辺りはすでに日が沈み、夜になり始めていた。


 話によると、食事も宿で出されるらしい。元々、「食事と寝床を保証する」という条件も踏まえて受けた依頼だ。使わない手はない。


 そして教えられた宿までやって来て、そこを見た瞬間――全身が硬直した。


「なっ……」


 目の前には、まるで貴族の屋敷と見紛うほど立派な館がどっしりと建っていた。


 広大な敷地の大半を陣取るほど大きく、屋上を除いて五階建てと背も高い。


 どう見ても、平民の自分には縁のなさそうな場所だった。


 宿を間違えたのではと思い、石の表札を見ると、そこには協会の職員に教えられた通りの名前――「妖精の方舟(はこぶね)」と彫られていた。


 通りすがりの人に尋ねて聞くと、このアンディーラの領主「レッグルヴェルゼ家」当主の息子スターマン・レッグルヴェルゼが、迷宮の調査依頼を受ける冒険者たちのために、高いお金を払ってこの宿まるまる一つを借り受けたそうだ。


 ――スターマン・レッグルヴェルゼ。


 このオブデシアン王国において最も発言力のある名門貴族の一つ「レッグルヴェルゼ家」の三男坊。国一つを動かせる力を持った家柄に名を連ねる、まさしく貴公子だ。

 だが父と同じ(まつりごと)の道を進んだ兄二人とは違い、スターマンは全く別な考古学の道へ進み、十八歳という若さで数々の功績を上げたという。


 今回探索する予定の迷宮も、考古学的な発掘作業中に発見されたものであるそうだ。


 未踏査迷宮調査のためとはいえ、高級宿をまるまる一つ借りるというスターマンの剛気さ感謝しつつ、オルカは「妖精の方舟」の入口へ入っていった。


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


今回の話はもっと文字数があったのですが、説明の多さを考慮して、理想郷の時より分割することといたしました。

ご了承ください(ー ー;)

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