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第四章 英雄への一歩 —3—

「ッッぁぁぁああああああああっ!!」


 オルカの裂帛の気合が、迷宮(アンダーエリア)内部に響き渡った。


 螺旋状の運動量をまとったその拳『旋鑽拳(スパイラルビート)六倍(ライジング:シックス)』が、眼前にどっしりと立つヒグマ型ゴーレムの土手っ腹へ激しく突き刺さる。


 その一撃はおよそ五メートルを誇るヒグマの巨体を大きく後ろへ滑らせることはできても、粉砕させるには至らなかった。


 しかし無傷ではなく、拳が当たった場所には大きな窪みができており、その底にある裂け目からはケーブルの束が微かに覗いていた。


 オルカは自身の体を蝕む不調を噛み殺し、ヒグマが体勢を整える前に歩法『箭歩(スライダー)』で急迫。


 ヒグマの装甲表面に出来た窪みの底へ片手を添え、足底からその手まで力が流れるイメージを浮かべながら『冷擊掌(サイレントクラッシュ)四倍(ライジング:フォー)』を発動。ゼロ距離から強烈な衝撃力を送り込む。


 転瞬、ヒグマの全身が急膨張したかと思ったら、手で触れている窪みから「ボンッ!!」と破裂。熟したアケビのようにぱっくりとその腹が裂け開き、中身を外部へ晒した。 


 魂が抜けてガシャン、と倒れ伏すヒグマから目を背け、すぐに目標を変更。エリマキトカゲの姿かたちのゴーレムに狙いを定める。


 そして走り出そうとした瞬間、


「うわっ!?」


 突如、真横から飛んで来たボール状の何かが脇腹をしたたかに打った。シールドエネルギー残量が0までの距離を少し縮める。


 横倒しになりながらも素早く立ち上がって見ると、それはボールの周囲に鋭いトゲの突き出たウニのようなものだった。


 トゲボールが三日月状に開いて地を這い回りだした時、それがハリネズミ型のゴーレムであると気がついた。


 オルカは苛立ち任せに、拳がどこまでも飛んでいくイメージを浮かべながら『旋鑽拳(スパイラルビート)二倍(ライジング:ツー)』を空打ちした。伸びきって虚空を打った拳の先から螺旋状の衝撃波がほとばしり、ハリネズミめがけて一直線に進んでいく。昨日仕込まれた新機能「衝撃発射(シュート)」である。


 しかしハリネズミは素早く体を丸めたかと思うと、突如背中の針が見えなくなるほどのスピードで高速回転し、弾丸のように飛び出して来た。


 オルカの撃った衝撃波と空中で拮抗するが、それは一瞬のこと。ハリネズミは容易く衝撃波を突き破って空中分解させ、真っ直ぐこちらへ迫り来る。


 予想外の事態に内心焦ったが、未だ『瘋眼(ディファレントゾーン)』発動中のオルカにとってその進行はスローそのもの。上半身の捻りのみで、なんとか来襲するボール状のハリネズミをやり過ごした。


 しかし一難去ってまた一難。その時にはすでに、先ほど近づき損ねたエリマキトカゲがその巨大な襞襟(ひだえり)に高エネルギーを充填していた。


 オルカがそれに気づいたのは、襟から熱線が照射された後だった。


 体勢的に重心が不安定であったため体に硬直が生まれてしまい、避けることも出来ずにその熱線を甘んじて浴びることとなった。


「ううっ……!!」


 全身が一瞬浮き上がり、背中から落下して数度後転させられる。もしもシールド無しだったら、骨と肉が一緒に溶解するという悲惨な死に方をしていたに違いない。


 オルカは立ち上がると、間隔の短い呼吸を何度も繰り返す。


 ――どうなってるんだ。


 戦慄と驚愕の眼差しで周囲のゴーレムを見た。


 その数を目算する。キチキチという金属音を立てながら動くその機体の数は――大小あわせて優に三十は超えていた。


 今から十分前に見た時は、ほんの三、四体程度だったのだ。だが一体倒すごとに、その穴を埋めてもう一つ山を作るような勢いで新たな個体が生み出されていった。そのようなプロセスを繰り返しながら徐々に増殖していき、気がつけばその数は十倍に膨れ上がっていた。


 今までで味わったことのないようなゴーレムの出現頻度の高さ。それに付随する終わりの見えぬ攻防。


 オルカは苦虫を噛み潰したような顔に脂汗を流す。


 最初は比較的順調に滑り出していたのだ。だが時間が経つにつれてその進み具合に翳りが見え始め、やがてこのように追い詰められていった。


 十分前にはまだ余裕のあったシールド装置、エフェクターのエネルギー残量も、現在では半分を下回っている。


 ゴーレムの攻撃力や耐久度については覚悟していた。元々「もっと強いゴーレムを」と望んだのは自分なのだから。


 厄介であったのは、それ以外の点にある。


 一つ目は、先ほど言及したゴーレムの出現頻度。


 そして、もう一つは――


「っ!」


 視界の左端から、先ほどのハリネズミ型ゴーレムが再び戻ってきた。


 高速回転しながら飛んでくるトゲだらけのボールを体の反りだけで回避。


 だが次の瞬間、左即頭部に衝撃が走った。


 横へ転がりながら倒れる。痛みはないが、衝撃で鼓膜がビリビリ震えた。


 目だけを巡らせると、それは先ほどと同じタイプのハリネズミ型ゴーレムだった。なんともう一体いたのだ。


 こちらにまとわりつくように飛び回り、不規則な方向から絶え間なく次々と襲い来るトゲボールを必死に回避し続ける。時々擦過し、シールドエネルギーが微かに減少。まるで銃撃戦の中間に立っている気分だった。


 素早いだけでなく、的が小さすぎるせいでうまく反撃できない。非常にやりづらい相手だった。


 オルカは高速移動の歩法『箭歩(スライダー)』によって、トゲボール地獄から抜け出そうと考えた。


 だが、そんな思考を読んだかのように、ボール状のハリネズミ二体が突如飛び交うのをやめて別々の方向へ散った。


 一瞬ラッキーと思ったが、それが自分を生かそうという親切心からの行動ではないことを半秒と立たぬ間に思い知らされた。


「ぐあっ――!?」 


 目の前がオレンジ色に染まり、耳をつんざく爆音が響く。それとともに、痛みは無いが重々しい衝撃が腹にぶちまけられた。


 衝撃の余波に押し流され、真後ろの壁面に背中から叩きつけられる。


 オルカは尻餅を付いたまま、眼前を薄目で睨んだ。今のは前方に立つ数匹のゴーレムのいずれかが放った、小型ミサイルによる爆発だ。


 『瘋眼』使用状態の自分なら、タイミングさえ間違えなければミサイル程度は難なく避けられる。だがハリネズミ二体に気を取られていたため上手く躱せなかった。


 しかしこれで攻撃を休めるほど、敵は優しくなかった。


 頭上三メートルほどの高さを飛ぶコウモリ型ゴーレムが、自身の両足に掴んでいたパイナップル状の物体を落としてきた。


 危険な匂いを察知したオルカは素早く立ち上がり、慌てて真っ直ぐに駆け出した。


 それから瞬刻後、先ほどまでいた壁際に激しい爆発が巻き起こる。やはり爆弾だったようだ。


 だが、それでもホッと一安心とはいかなかった。


 自分の今走る先には――大きな襞襟に燐光を纏わせたエリマキトカゲがいたのだ。


 ダッシュの勢いが残っているため、上手く別方向へ転換することが出来ない。


 全身が粟立つ。


 やがて、エリマキトカゲが放った熾烈な閃光がオルカの体を包み込んだ。


「うああああぁぁぁぁぁっ……!」


 シールドのおかげで痛みはおろか、人体に有害な熱や放射性物質なども遮断される。だがグングンと減っていくシールドエネルギーのメーターを見て、自分の死期が近づいているということが嫌というほど実感できた。


 エネルギー残量が八割を少し過ぎたところで、その熱線はなりを潜めた。


 オルカは間隔の狭い呼吸を繰り返しながら、驚嘆と畏怖の目でゴーレムたちを見渡した。


 そう。今の攻撃こそが、この迷宮のゴーレムが持つもう一つの厄介な要素。




 ここのゴーレムたちは――連携や統率が取れているのだ。




 ゴーレムとは、基本的に協調性に欠けた生命体だ。味方撃ち(フレンドリーファイア)で他のゴーレムが粉々に砕け散ろうが、一切構わず恣意的に暴れ続けるのである。


 だが、ここのゴーレムは違った。


 一体のゴーレムが他のゴーレムと連携し、下手な数押しよりもトリッキーでいやらしい攻撃を仕掛けてくるのだ。


 『瘋眼』を使用している今のオルカは、この場の誰よりも何よりも速い。だが連中はその速さすら前提にした上で攻撃を当てる方法を考え、それを多くの仲間とともに繰り出してくる。


 つい先程の攻防を思い出してみるといい。


 一度目にぶち当てられた小型ミサイルは、『瘋眼』使用状態の自分にとっては躱すなど造作もないもののはずだった。だがハリネズミ二体のまとわりつくような動きに翻弄されている最中に撃ち込むことで、その命中率を上げた。


 その後、コウモリのよって落とされた爆弾は、おそらくエリマキトカゲの熱線をヒットさせるための布石。爆弾を回避させることでオルカを手前におびき寄せ、その瞬間に熱線を照射して高確率でダメージを与えるという算段だったとしか思えない。


 まるでゴーレムが、冒険者のようにパーティを組んで戦っているみたいに思えた。


 味方の存在を気にせずに暴れまわるゴーレムしか見てこなかったオルカにとって、とんだカルチャーショックとなった。


 ――ゴーレム一体一体の強さ。

 ――その馬鹿げた出現頻度。

 ――普通なら見ることのない、ゴーレム同士のチームワーク。


 それら三つがこの迷宮を「伏魔殿」と言わしめた最大の要因であると、オルカは今更ながら納得した。


 ――このままじゃ危ない。


 長時間のいたちごっこを繰り返したおかげで、エフェクターのエネルギーはともにジリ貧だ。


 シールドエネルギーももう残り八割を切っている。極めて危険な状態である。


 おまけに『瘋眼』を今までで一番長く使っていたせいか、呼吸の浅さに加え、今までに味わった事のない症状まで体に取り付いていた。


 唇が紫色に変色し、手足に長時間正座した後のようなしびれが出ている。おそらく、浅い呼吸のまま長時間動き回ったせいでチアノーゼを起こしかけているのだろう。


 頭もクラクラし、嫌な浮遊感を感じる。


 生き残るためにと体に鞭を打ってきたが、おそらくもう長くは持たない。いつ倒れてもおかしくなかった。


 オルカは頭にのしかかる倦怠感から目を背けながら考え、今最もやるべきことを思いつく。


 替えのアルネタイトはいくつか用意してある。一度この状況から離脱し、ゴーレムのいない場所まで逃げてエネルギーを補給しつつ体を休めなければ。


 そうと決まった後のオルカの行動は早かった。


 右手の『ライジングストライカー』の点滅灯を四つ光らせた。


「『旋鑽拳(スパイラルビート)八倍(ライジング:エイト)』――――衝撃発射(シュート)ッ!!」


 全身の螺旋運動とともに右拳を真っ直ぐ振り出す。拳が伸びきった所から力の塊が渦を巻きながら発射された。


 その巨大なとぐろ状の衝撃波は、自分を扇状に取り囲んでいた軍勢の一部を大きく巻き込んだ。重なり合っていた数体のゴーレムをバキバキと粉砕して強引に押しのけていき、やがて大きな通り道が出来上がった。


 オルカは『箭歩(スライダー)』を用いてそのスペースを一瞬で通過し、三十数体の軍勢から脱出した。


 そのまま足を止めることなく走り続ける。


 最初は無数の金属音が背後から聞こえてきていたが、すぐに小さくなっていった。『瘋眼』使用状態は続いているため、自分のスピードはまだ奴らよりずっと俊敏だった。


 しかし、決して安心出来る状況ではなかった。


 息苦しさや手足のしびれはもとより、浮遊感がさっきよりもはっきりしたものになってくる。少し油断すれば足元が崩れそうだ。着々と「その時」に近づいている。


 「その時」とはすなわち、『瘋眼』の副作用の累積による意識の消失。そして気絶したまま迷宮内にいることで、ゴーレムに襲われてもたらされる確実な「死」。


 考えた瞬間、背筋に絶対零度もかくやという寒気が駆け昇った。


 死への恐怖と生への執着という二つの本能的衝動に駆られ、オルカの走る足が自然と速くなる。


 この迷宮をどこまで進み、今どこにいるかすら分からない。そもそもそんなことに頭を悩ませる余裕がなかった。ただただ闇雲に走り回っていた。


 早く安全地帯を見つけたい。そんな思いを抱きながら必死に走行を続ける。




 だが、オルカはこの後、自分がいかに希望的観測にふけっていたかを思い知ることになる。


 ここは入場者を制限する危険な迷宮の中でもトップクラスの、「第一級危険地帯」の烙印を押された迷宮だ。


 そんな所にオルカの思うような都合のいい隠れ場所など、見つかるはずがなかったのだ。




 オルカは思わず立ち止まった。


「……そんな」


 眼前の光景に膝を付きたくなった。


 現在オルカは一本道を抜け、大きく開けた空間の中央辺りに立っていた。


 そこは広いといえば広い場所だが、奥にあるのは壁のみで、扉や道は無い。つまり行き止まりだ。


 そして、さらに豪華なオマケとばかりに――大量のゴーレムが横一列に並んでいた。


 軍の行進よろしくズラリと陳列されたその数は、先ほどの群れとほぼ同数、あるいはそれ以上。


 我に返り、慌てて引き返そうとした。


 しかし、時すでに遅し。


 先ほどまで遠ざけていたはずの金属音が、後ろから急激にこちらへ接近していた。


 オルカは見たくないという思いを抱きながら、恐る恐る真後ろを向く。


 自分が通った一本道をなぞるように、大勢のゴーレムが列をなしてこちらへ来ていた。


 そのゴーレムたちはぞろぞろとこの広間の中へなだれ込んできて、やがて自分の後方へ完全に壁を作ってしまった。


「あ……」


 前にも後ろにもゴーレムという最悪の状況に放り出されたオルカ。


 もう退路もなければ、エネルギーを補給する余裕すらない。


 シールドエネルギーも風前の灯。右手の『ライジングストライカー』のエネルギーはすでに空っ穴、まだ残っている左手のエネルギーすら雀の涙だ。


「あ……あ……!」


 四肢が痙攣し、嫌なもどかしさが宿りだす。


 怖い、怖い、怖い、ヤバい、ヤバい、ダメだ、ダメだ、ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺殺殺殺殺殺殺――――


 先程まで焦りはしていたもののなんとか保たれていた冷静さが、徐々に瓦解し始める。


 完全に崩れ落ちるまで、そう時間はかからなかった。


「う……うわあああああああああああ!!! スッ、『旋鑽拳(スパイラルビート)十倍(ライジング:テ――)――」


 恐慌して我を忘れたオルカの技は、背中に叩き込まれた爆発の衝撃によって未遂に終わった。


 それを皮切りに、前後から一斉射撃。


 冷静さを欠いているオルカに、それらを避けきるだけの集中力など望むべくもなかった。


 ロケット弾、熱線、ビーム、対物ライフル、徹甲弾、コイルガン、多種多様な飛び道具がオルカのシールドをガリガリ削っていく。


 そして最後に脇腹へ撃ち込まれたミサイルの爆風によって、オルカは勢いよく壁へ吹き飛ばされる。


「っはっ――!?」


 壁面に背中から叩きつけられた瞬間、身悶えするほどの激痛を味わった。


 バウンドし、床にべちゃりとうつ伏せに寝かされる。


 目に涙を溜めながら、もう永遠に収まらないのではないかというほどの激しい咳を繰り返す。


 壁に当たって明確な痛みを感じた――その事実を確認した瞬間、心に巣食う恐怖心がさらに肥大化した。


 シールドというのは、人間にとって有害な衝撃を遮断する機能が備わっている。それはゴーレムの攻撃による衝撃ばかりでなく、勢いよく壁などへ叩きつけられた時のソレも防ぐ。


 しかし今、激突して「痛い」とはっきり感じてしまった。


 これの意味する所は一つしかない。


 つまり、シールドエネルギーが0になったということ。


 絶望。


 本当の意味でそれを感じたのは、今この瞬間が初めてだった。


 オルカの意思に反して『瘋眼』が解ける。世界が本来の色を取り戻す。


 そして、蓄積していた疲労感が押しつぶさんばかりに体へのしかかってきた。起き上がれない。


 今まで取れなかった分の酸素を取り戻すべく、肺活量をフル活用した吸気を無意識に幾度も繰り返す。だが吸っても吸っても吸い足りない。息苦しさが続く。


 もう、終わりだ。


 徐々に迫るガシャン、ガシャン、ガシャン……という金属音。


 大勢のゴーレムが、丸裸同然な自分へ歩み寄ってくる音。


 それはまさしく、辞世の秒読みだった。


 さらに、コロコロと何かが転がって来て、自分の耳元で止まった。


 ゴーレムの出した爆弾だと最初は思ったが、違った。


 色あせた――人間の髑髏(しゃれこうべ)だった。


 おそらく、かつてこの迷宮に挑み、命を落とした冒険者のものだろう。


 ――ボクもこれから、こうなるんだろうな。


 不思議と、怖いとは思わなかった。


 狂乱するのではない。何もかもに諦観を抱いてしまう。ある意味、悟りを得たような状態。これが真の絶望なのだろう。


 ちょうどいい冥土の土産だと思った。死んだ母さんに会えたら教えてあげよう。


 ある貴族に夜の相手をさせられ、その結果宿してしまった自分を堕胎せずに産み、なおかつ女手一つで育ててくれた母。


 そんな亡くなった母との思い出を中心に、水の波紋のように追憶が広がる。


 テストに合格し、冒険者になった記憶。

 エフェクターを買うために働いてお金を稼いだ記憶。

 母の死に立ち会った記憶。

 クランクルス無手術を学び始めた頃の記憶。

 カシューが突然道場を去って寂しい思いをした記憶。


 そして――大好きなあの娘との記憶。


 オルカ・ホロンコーンという人間の軌跡が、次々と脳裏に去来する。


 きっと、これが走馬灯というものなんだろう。


 そういえば、自分はどうしてここに来ているのだろう?


 強くなるためだ。


 もう二度と、「あの日」のような事を繰り返さない勇気を手に入れるために。


 だが、まだそれを達成できていない。


「……もうそんなの、どうでもいいか」


 自分が今まで最大の目的としていたことも、今のオルカにはひどく詮無きことに思えた。


 自分はもう死ぬんだ。もう動けないし立ち上がれない。体力の限界だ。仮に立てたとしても、今の状態では立ち上がる前に一斉射撃で木っ端微塵になる。詰みだ。確実に訪れる死の前では、どんな大義だって意味をなさない。ニヒリスティックな思考に支配されていた。


 お前はここまでの人間だったんだ。そう言わんばかりに、周囲のゴーレムが銃口をこちらへ向けてくる。


 統率が取れたゴーレムなら、発射タイミングもきっと同じだろう。一体が火を吹けばたちまちその他大勢も同調して砲撃し、オルカの五体は瞬く間に原型をとどめぬほど粉砕される。


 ……どうせ死ぬなら、せめて一つだけわがままを叶えたいと思った。


 大したことではない。


 あの娘を、昔と同じように呼びたい。ただそれだけだ。


 それ以上は望まない。


 オルカは最後のわがままを実行した。


「さようなら――「マキちゃん」」


 そして、次の瞬間――















































 ゴーレムたちの首から上が無くなった。









































 ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャン……という多重した落下音が、広間に響き渡る。


「……………えっ?」


 意味がわからなかった。


 自分を取り囲むゴーレムすべての首に綺麗な直線状の断絶が生まれたかと思ったら、そこから首から上の部分がズルズルと滑り、床に落下した。


 目の前に種々雑多な頭部がゴロゴロと転がりまわる。


 やがて頭部を失ったゴーレムの体が、思い出したように次々と倒れ伏していく。


 それによって、今までゴーレムに遮られて見えなかった向こう側の風景が、先程までいなかったはずの人物の存在とともに露わとなった。


「うそ……」


 その時、自分はきっと夢を見ているんだと思いたくなった。


 なぜなら、ここに来るはずのない、来てはいけない人物が目の前にいたのだから。


 細く引き締まり、それでいて出るところはしっかりと主張した、女性らしさのにじみ出る抜群のプロポーション。磨きぬかれた黒曜石を思わせる美しい黒髪。名工の彫像のような美しさと、鋼のごとき意志の強さを併せ持った凛とした顔立ち。


 大量のゴーレムの残骸の向こう側には――片刃の剣を振り抜いた姿勢のマキーナ・クラムデリアの姿があった。


「そんな……どうして……」


 どうして、ここにいるんだ。


 いや、彼女はゴールドクラスだ。インチキでここに入った自分と違い、堂々と踏み入る資格がある。ここにいても別に不自然ではない。


 だが、それでは理屈の面でしか納得出来なかった。


 どうして今――このタイミングでここに来たんだ。


「よ、よかった……生きてた……!」


 マキーナはこちらの姿を視認するやいなや、目に涙を溜めながら感極まった表情を見せた。


 まさか、ボクのため?


 そんなバカな。


 どうやってここが分かったのか、という理屈はひとまず置いておく。


 どうして、自分なんかを助けに来たのだろう?


 自分は本心からは望まないとはいえ、彼女に酷い痛罵を浴びせ、そして汚物を忌避するかのように拒絶した。


 そんな醜い人間を見捨てるではなく、なぜ助けたりする?


「どうして――」


 助けになんか来たんだ――そう続けようとした瞬間、間欠泉が吹き出したような音がいくつも連なって聞こえてきた。


 音源は、マキーナの後ろ側に未だ残っているゴーレムの群れだった。それらの発射口から白煙が漏れている。


 連中の放った無数の小型ミサイルが、アーチ状の軌道でこちらへ接近してきていたのだ。


 焦りを見せるこちらとは正反対で、マキーナは至って冷静だった。


 そして振り返りもせず、とても自然な動作で片刃の剣『ファントムエッジ』を三度空振りさせる。


 その刹那、放物線の頂点から降りようとしていたミサイル全てが、ひとりでに爆裂した。


 火薬臭い突風がゴォッ、と攻め寄せ、オルカとマキーナの髪を激しく撫でる。


 『ファントムエッジ』の能力によって生み出した「斬撃のコピー」だろう。


 クラムデリア兵器術の攻撃軌道予測能力によってミサイルの軌道やその通過・直撃タイミングを先読みし、その予測軌道上に「斬撃のコピー」を作り出すことで、ミサイルを一発残らす斬って撃墜したのだ。


 ゴーレムは懲りるでもうろたえるでもなく、再び一斉にミサイルを撃ち放ってくる。


 だがマキーナが数度剣を振るうと、約束したように全弾が空中で爆発する。


 それから第三射、四射、五射、六射……と続いたが、いずれも結果は同じだった。


 やがてマキーナの「斬撃のコピー」は射手であるゴーレムの軍勢へ直接襲いかかる。


 指揮者が操るタクトを彷彿とさせる華麗な太刀筋から生み出される不可視の刃は、飛び道具で反撃する暇すら与えず、次々と金属の怪物を斬り刻んでいく。


 そして一分とかからぬうちに、あっという間に細切れになったガラクタの山が形成された。


 苦し紛れとばかりに端から回転しながら飛来してきた、ボール状のハリネズミ型ゴーレムを見もせずに一太刀で真っ二つにする。


 二等分されたトゲボールが、ガシャガシャンと床に落下して転がっていく。


 それを皮切りに、金属同士がぶつかるような足音は一切聞こえなくなった。


 辺りには、ゴーレムだったものがいくつも転がっていた。


 この空間唯一の出入り口である一本道を通せんぼしていたゴーレム達も、例外なくいくつにも分割された鉄屑と化していた。ここへ入ってくる途中に倒したのだろう。


 あれだけの軍勢を――目の前の女性が一人で全滅させたのだ。


 煩わされてばかりだった自分とは大違い。恐ろしいまでの早業。


 これが、ゴールドクラスの実力。


 凄腕の冒険者としての顔を見せる今のマキーナに、オルカは羨望を通り越して崇拝のようなものすら抱いていた。


 マキーナは深く息を吐くと、『ファントムエッジ』を腰の左にある鞘へ納める。


 こちらを振り返り、真っ直ぐ歩いて近づいて来る。


 徐々に大きくなるマキーナの姿。


 やがて横向きに倒れていた自分の傍へたどり着くと、体を引きずって運び、近くの壁際に寄りかからせてくれた。


 こちらと視線を合わせるようにしゃがみ込むマキーナ。


 そして、右手を勢いよく振り抜いてきた。


「……っ」


 バチンッ、と乾いた音が鳴り、頬に衝撃が走る。


 横っ面を叩かれたのだ。


「――バカッ!! オル君のバカッ!! バカバカ!!!」


 マキーナは表情を歪めてボロボロと涙を流しながら、悲痛な声でそう言ってくる。


「バカッ!! バカバカバカバカバカバカッ!!!」


 ひたすらに罵倒を繰り返す。


「バカバカバカバカ!! バカッ!! バカバカバカバカバカバカっ!!」


 いくら涙滴を落とそうとも、彼女の目に溜まった涙は一向に減らない。


「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカッ!!! バカッ!! バカァッ!!!」


 溜まったものを吐き出すように、発散させるように、マキーナは涙混じりに「バカ」のみを何度も何度も何度も発する。


「バカッ……バカッ…………バカ、バカバカ……バカバカ……!」


 次第にそれは落ち着きを取り戻していく。


「バカバカッ…………バカッ……バカッ……バカッ……バカッ……」


 だが、まだ止まることはない。


「バカッ……バカッ……バカッ……バカッ……バカッ……」


 声量と勢いは衰えたが、一定の間隔を保ったまま規則的に罵倒し続ける。





 ――オルカは何も言えず、黙って彼女の「バカ」を何分も聞き続けた。



読んで下さった皆様、ありがとうございます!


台風半端なかったです。

強風のせいで玄関のドア開けられなかったし、浄化槽が浸水したせいか便器の中の水が常に源泉みたいにボコボコいってました……

庭の植木はめちゃくちゃ。スマホは警報でキンコンキンコンうるさかったです。

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